107分

※日本語版はありません。
原作は肖江虹という作家の同名の小説。
監督のウー・ティエンミン(呉天明)は「グォさんの仮装大賞」の主役格チョウさんを演じてた方で、2014年に他界。本作は2013年に制作された最後の監督作品で、2016年に公開された模様。
――遊天鳴は13歳の時、スオナ(チャルメラ)の名手・焦三の元へ連れてこられた。父はスオナ吹きになるのが夢だったのだが叶えられず息子にその夢を託したのだ。スオナをはじめとする伝統楽器による楽曲は今では法事の場で演奏されるくらいで奏者は年々減少していた。今では四人構成の楽団が主だが、焦三は今でも八人構成の楽団を率いており、幻とも言われる名曲「百鳥朝鳳」を奏でることのできる名手だった。
だが天鳴はスオナに特に思い入れがあるわけではなく、毎日長い葦をつかって川の水を吸い上げる練習ばかりさせられうんざりする。数か月後、天鳴とそう歳も変わらない藍玉という少年がやはり弟子入りし、天鳴は彼と仲良くなった。
初めて焦三の楽団の演奏を聞いた天鳴はスオナの魅力に引き付けられた。長い基礎練習の日々が続き、そしてようやくスオナを渡された。その日から天鳴と藍玉は焦三についてスオナを奏でる練習を始める――
[ここからネタバレ-----
天鳴は初めて焦三の楽団の演奏旅行へ同行することが許された。それはとある村の村長の葬式であった。葬式の場で楽団は故人の霊を慰める楽曲を演奏する。喪主の青年がどうか村長の弔いに「百鳥朝鳳」を演奏してほしいと焦三に頼むが、焦三は黙って首を振る。「百鳥朝鳳」は特別な、徳を積んだ人のためだけに奏でられるべきなのだと。
楽団には部屋が用意されていたが天鳴と藍玉は勝手に抜け出し藁小屋で眠る。だが持って行ったランプの火が藁に燃え移り火事を起こしてしまった。焦三は自分のスオナを置いて逃げてきた天鳴をスオナ吹き失格だと厳しくしかりつける。だが天鳴が藍玉のスオナを持ち出すために自分のスオナを後回しにしたことを藍玉が釈明する。
月日が流れ天鳴と藍玉はスオナの腕を上げていった。
ある日焦三は村の人々を集め、自分の後継者に代々受け継がれていた金のスオナと共に「百鳥朝鳳」を授けると発表する。その後継者として呼ばれたのは、天鳴であった。藍玉は自分が天鳴より上手に吹けるのに選ばれなかったことが悔しく涙する。翌朝、藍玉は荷物をまとめ故郷へと帰って行った。
さらに七年が経った。立派な青年となった天鳴に焦三は自分の楽団を譲る。天鳴の楽団の初仕事は幼馴染の結婚式だった。多すぎるほどのチップを貰い戸惑った天鳴は貰ったチップを楽団の仲間に分け与えた。
初仕事を終えて帰って来た天鳴に焦三はとても喜び、秘蔵の酒を取り出してきてご機嫌に酔っぱらう。そして愉快にスオナを吹く。「人に聞かせるために吹くんじゃない、自分が聴きたいから吹くんだ。」そう言ってばたんと倒れてしまい天鳴は驚くが、焦三はそのまま大いびきをかきはじめた。
街へ出掛けた天鳴はそこで久しぶりに藍玉に会った。藍玉は今は天鳴の妹と同じ精油工場で働いていて、驚くことに妹とは恋人同士だという。藍玉はもうすぐ工場を辞めて都会の西安へ行こうと思っているらしい。
市街地の街角で天鳴の楽団が演奏していると、少し離れた所にブラスバンドが現れ華やかなマーチを演奏する。さらにセクシーな女性歌手が現れ聴衆はみなそちらへ集う。焦三は天鳴に負けるなと演奏を促す。客の数人が天鳴に演奏を止めろと凄んできてついに乱闘騒ぎに。楽器はふみつぶされへしゃげてしまった。
村では何名かが死去し何組かの婚姻があったが天鳴の楽団には声がかからなかった。今は皆ブラスバンドなど西洋の楽団を呼ぶのだ。楽団のメンバーも都会へ出稼ぎに出てしまい天鳴の楽団は解散同然だった。焦三は怒りに震え、残ったメンバーを集め隣村の村長の葬儀へ出向く。楽団の人数不足を心配した天鳴の父も太鼓を持ってかけつけた。
焦三は村長のために「百鳥朝鳳」を演奏すると発表する。だが天鳴は体調が悪く熱があり汗だくだ。すると焦三は自分が「百鳥朝鳳」を演奏すると言いスオナを手にした。そしてこの物悲しい曲を奏で始めたが、途中で血を吐き倒れ込む。だが焦三はスオナを天鳴に渡し自らは太鼓のばちを手に取って演奏を続けた…。
病院での検査の結果、焦三は末期の肺癌であった。
焦三は自分の牛を売ってその金で新しいスオナを買えと天鳴に渡す。自分の命はいずれなくなるが、この村からスオナをなくしてはならないと…。
村に県の文化保全課の課長がやってきた。この村の伝統文化であるスオナの楽団の演奏を録音したいのだという。それを聞いた病床の焦三は絶対に受けろと天鳴に言う。
天鳴は散り散りになったメンバーを集めに西安を訪ねるが、西安へ出稼ぎに出たメンバーは機械の事故で手を失い、または重い病気にかかってもう演奏はできない体になっていた…。肩を落とす天鳴に、妹と藍玉は西安に来て今の時代にあった暮らしをしたらどうだと勧めるのだった。
街角でスオナを吹く物乞いの姿を見かけた。スオナ吹きとは現代の人々からすればああいうものなのかもしれない、そしてそれは自分の将来なのかもしれない…。
焦三の墓は海の見える見晴らしの良い丘に作られた。墓の前で伝統衣装を身に着けた天鳴は「百鳥朝鳳」を吹く。焦三がこちらを見て少し笑みを浮かべ、そして去っていく姿が見えるようだった。(終)--------ここまで]
物語としては地味で劇的な展開はないけど静かでコンパクトでいいお話だったー。
廃れようとしている伝統芸能を続けようとする人々と支えようとする人々、そして彼らを取り巻く新しい時代の波の一シーンを切り取った物語。代々受け継がれる伝統芸能のスオナの技を廃れさすまいと熱心に指導し、やっと後継者に育て上げたその時、伝統芸能は時代から排斥されようとしていた…人生の全てをスオナに捧げてきた焦三から見るスオナの行く末、そして若者として新しい時代を理解しながらその渦中にあるスオナの行く先を"選択する"遊天鳴。物語は天鳴の視点で統一されているけどその折々に焦三の心情も深く絡まりながら描かれている。
ラストが若干唐突で、はっきりとした答えやテーマが提示されているわけではなく、そこは視聴者に自由に考えてほしいというところだろう。
ただ腑に落ちないのは、特別な楽曲である「百鳥朝鳳」に、実際にすごいと思うような特別感が感じられなかったこと。百の鳥が鳳凰に付き従ってるような壮大な曲じゃないの?タイトル負けしてる。特別感というと「百鳥朝鳳」のシーンではなく天鳴の初仕事に喜ぶ焦三がスオナを吹くシーンの方がずっとずっと印象に残ったし特別なオーラを感じたけど。
スオナの名手・焦三を演じるタオ・ザァルー(陶澤如)さんはさすがのお芝居。スオナを本当に吹いているかのよう。実際にある程度は吹いてるんだろうけど、人が歌っているかのようにおしゃべりしているかのように吹く姿は本物の名手。そして幼少期の天鳴と藍玉を演じる子供たちも凄い。めっちゃ練習したんだろうなぁ。青年になった天鳴を演じるリー・ミンチェン(李岷城)は、あんまり心情を面に出さない役柄というのもあるけどちょっと地味だなと思ってしまった。これはこれで、作品として味わいがあるけど。
この作品はポスターがすごく綺麗で、それに惹かれて見てみた。
↓このポスターのイメージもあって、「百鳥朝鳳」がもっと華やかな曲であってほしかった…。


YOUKU
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