中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。
[第二十八集]
芈月は孟嬴公主の誘いで嬴夫人宅へ遊びに行く。にこやかに語り合うが嬴夫人は王后や後宮の女たちの嫉妬の目に全く気づいていない芈月に己の本分をわきまえて行動するようにと忠告する。嬴夫人の言う事ももっともだと感じた芈月は病と称して王のお召しを休むが恵文王が直接見舞いに来たため仮病がばれて、芈月は正直に他の妃嬪に気を使ったと打ち明ける。恵文王は嬴夫人が入れ知恵をしたのだろうと既にお見通しだった。
燕国から婚姻の申し出があった。公孫衍は遠方の弱小国である燕と組むメリットがないと反対するが、張儀と樗里子は秦と燕が手を組んでいるからこそ他の国が手を出せずにいるのだと主張し、恵文王は申し出を受け入れ娘を嫁がせることに。
芈月ははじめ孟嬴公主の結婚を喜んだが、相手が50過ぎのご老体だと知ってあまりにも可哀相だと恵文王に直訴する。が、分をわきまえろと叱られてしまった。ならばと芈月は王后に泣きつく。半ば強引に押されて王后は恵文王に言ってみると答える。
[第二十九集]
恵文王は芈月を避けて王后の部屋を訪れる。王后はおそるおそる芈月が孟嬴の結婚に反対している旨を伝えるが、恵文王からお前はどう思うと聞かれ、王の決定に間違いはないと答えた。すると恵文王は安心したと満足そうに言った。
孟嬴は嬴夫人に何とかしてほしいと頼み込むが、王族に生まれた者は国を守るために色んなものを棄てていかなければならない、それが王族の義務だと諭された。
孟嬴はついに結婚を受け入れ、燕へと旅立って行った。
ようやく秦国へたどり着いた黄歇。市場での揉め事を解決してやり、それを見ていた庸芮が屋敷へ招待してくれた。庸芮から、芈月があの後無事に秦国へ戻ってきて秦王の寵愛を受けて八子となったと知りショックを受ける。
[第三十集]
恵文王は書を好む芈月を四方館へ連れて行ってやる。様々な国からやってきた学者が集う秦国一の学問の館だ。到るところで学者らがディスカッションしており芈月は興味津々。恵文王は芈月にたまになら遊びに来てもいいぞと言う。
黄歇は用事で宮殿へ行くと言う庸芮に頼み込んで一緒に連れて行ってもらう。行きかう小姓に芈月を知らないかと訊くが、八子の名を軽々しく呼ぶとは無礼だと怒られ結局何も得られず戻って来た。
楚威后が病で亡くなったとの報せ。王后と、そして威后の古くからの侍従であった玳瑁は悲嘆にくれ、威后の位牌を祀って喪に服す。孟昭氏など王后の付き添いも皆拝みに来たのに芈月だけが来ない。芈月はもちろん威后の死を聞いていた。だが母を殺し大切な人を傷つけ自分を殺そうと何度も追い詰めた威后を弔う気にはなれないのだった。
公孫衍は義渠に貸した関牌が実は売却され今は庸芮が持っていると知る。王に真相がばれるのも時間の問題だ…ついに秦を離れる決心をした公孫衍は一般人に扮して咸陽を出る。すぐ先に待つ魏王の使者の車に乗って走り去ろうとするがすぐに樗里子率いる騎馬兵が追って来た。樗里子は公孫衍を捕えようとするがそれを追って来た穆監が止める。恵文王は公孫衍が秦を去ると聞いて餞別を贈るというのだ。その贈り物とは金銀財宝と、あの義渠に貸した関牌に他ならなかった…公孫衍は無言で拝礼し、そして去って行った。
公孫衍が逃げたと知って魏夫人は腹をくくり、親族である魏長使に息子の事を託す。
魏夫人の部屋を捜査官が訪れた。関牌を出すよう迫られ魏夫人はどこへしまったか忘れたととぼける。捜査官が部屋中を捜索すると、なんと関牌が出てきた。実は魏長使がこっそり自分の関牌を魏夫人の小物入れに忍ばせ、自ら身代わりとなることを選んだのだった。

[A] 芈(ミー)八子
王后の異母妹。本名は芈月(ミーユエ)。八子は爵位。
[B] 恵文王
秦国王。
[C] 王后
秦王后。本名は芈姝(ミーシュ)。息子に蕩(タン)公子がいる。
[D] 魏(ウェイ)夫人
妃嬪の一人。王后と対立している。息子に華(ホア)公子がいる。
[E] 魏(ウェイ)長使(※以前は少使だったが長使に昇格)
妃嬪の一人。魏夫人の親族。息子に壮(ジュアン)公子がいる。長使は爵位。
[F] 公孫衍(コンスンイェン)
秦大良造。魏国出身。己を理解してくれる恵文王と故郷との板挟みに苦しむ。
[G] 嬴(イン)夫人
恵文王の姉。
[H] 孟嬴(モンイン)
恵文王の娘。お転婆で芈月と仲が良い。
[I] 黄歇(ホァンシエ)
芈月の幼馴染で結婚を約束した。記憶を取り戻し芈月に会いに秦国へやってきたが…。
[J] 庸芮(ヨンルイ)
薬屋を営む商人。嬴夫人の愛人でもある。
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