中国土産を解読する-図説中国歴史・秦 #7 | あさひのブログ
中国現代語に親しむための翻訳練習です。

「图说中国历史・秦」
中国地图出版社 www.sinomaps.com
 2014年1月初版 2016年4月第2版

裏面。

『文化芸術』
1.統一文字
戦国時代、文字の形は非常に入り乱れており、ひとつの字に当てられている読み方も形も大きく異なっていた。このことが政令と文化交流の道を阻む一匹の虎のようであった。咸陽の詔書が桂林へ届いても、一般人は誰も解らなかった。文字の統一が帝国を成すための当面の急務であった。まもなく秦始皇帝は李斯、趙高、胡毋敬コムケイらが文字を整理し、標準文字として書く篆書を制定し、公文書や法令書に使用した。歴史の車輪がどんどん前へ進むにつれ、まもなく民間でよく使われている字体とはかけ離れてしまったので、また整理しさらに簡便な隷書ができた。1975年、湖北省の雲夢から出土した秦時代の竹簡は我々に二千年前の秦の隷書を見せてくれた。秦の古文字は時が経つごとに整理され、字体の組み立てはシンプルに法則化され、すでに後の漢字と大差ないものであった。

2.秦陵の銅車馬

この銅車馬は1980年陜西省の臨潼にある始皇帝の陵墓から出土したもので、二体あるうちの二つ目である。長さ317センチ、高さ106.2センチ、現在は秦始皇帝兵馬俑博物館に所蔵されている。車は二つの車輪と一つの轅(ながえ)を備え、四頭立てで車の前部に坐っている御者は冠を被り帯をしめ、剣を佩び手には縄を持っている。車の後部には箱(部屋)があり、箱の後面に入口があり、箱の前と左右は窓が開く。車の上には楕円形の屋根がついており、車の内外には雲気紋、菱門、あるいは何らかの紋が描かれ、御者の衣冠にもあざやかな絵が描かれ、四匹の馬は白く塗られている。この銅車馬は秦朝の車馬の形を再現しており、当時の青銅鋳造工芸の突出した技術を物語っている。

3.雲夢睡虎の秦簡
雲夢県は湖北省の中央より東に位置し、睡虎はその(雲夢県の)中央より西に位置する。1975年睡虎の考古学者は西部の12基の秦墓を発掘していた。ここで小型の土坑に埋められていた木の外棺が墓中から出土し、400点近い漆器、銅器が発見された。また11号墓からも1100枚以上の秦時代の竹簡が出土した。大部分は秦朝の法律と文書で、ほぼ完全に保たれており、字もはっきりと見えるものであった。その内容はおそらく十種、『編年紀』『語書』『秦律十八種』『效律』『秦律雑抄』『法律答問』『封診式』『為吏之道』『日書(甲)』『日書(乙)』である。これらの秦簡は戦国時代末期から秦朝に至るまでの政治、経済、軍事、文化、社会生活において特に法律が重視されたことを示す研究に重要な材料を提供してくれた。

4.小篆体十二字方磚
この道の舗装に用いられていたレンガは長さ30.8センチ幅26.7センチ厚さ4センチ。正面は盛り上がった線で12個の四角に区切られ、その四角の中には一個の秦篆書体の陽文(※浮き彫りにした文字や模様)が書かれているため、秦代の遺物と推測できる。レンガの文章は「国中の者は皆(大切な)臣、幾歳が過ぎても、道に飢え人を出すことなし」これは秦朝の政治の徳や功績を讃える言葉である。現在は中国国家博物館が所蔵している。

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