中国語でドラマを見る-大秦帝国(第二部:縦横) #9 | あさひのブログ
「大秦帝国之縦横(ダイジェスト版・全43話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第二十五集]
西の辺境諸国の巴国・苴(ショ)国が蜀国と戦う様相を見せる。楚の宰相・昭陽は楚国はどう動くべきかを思案する。秦は韓との戦いに忙しく巴蜀の争いには関わらないだろう。だがもし秦が巴蜀へ兵を出すとすればその視線は東(韓)と南西(巴蜀)の地に集中し、他の防衛が手薄になるはずだと芈原(ビ・ゲン)は指摘する。そして秦楚の国境に兵を配し機を見て攻め商於の地を奪回すべきだと提案する。

秦恵文王・嬴駟(エイ・シ)の元に巴国の使者がやってくる。そして蜀との戦いの手助けをしてほしいと要請する。続いて蜀国の使者がやってくる。蜀は以前盟会でエイ・シに土くれを贈って侮辱した経緯があるためまずはそれを陳謝し、この度の戦いには不干渉を願いたいと言って帰っていく。
張儀は蘇萱と結婚し休暇をもらっていたが、巴蜀の使者がやってきていると聞いて急いで参内する。顔にひっかき傷を負っていた張儀はさっそく新妻にやられたのだろうとエイ・シや大臣将士らから散々笑いものにされた。巴蜀に対してどうすべきか問われた張儀は巴蜀へは不干渉を貫き今は韓との戦いに集中すべきだと説くが、司馬錯将軍は蜀と戦い巴ショに恩を着せて掌握すべきと言う。国力の基本は農耕にあり、未開拓地も多い巴蜀を得て開墾すれば国は富み東出の基礎力ともなる。弱国韓を攻め取ることは簡単だが弱い者いじめの汚名を着る、一方蜀国は小国とはいえ勇猛な国。これを叩いて巴ショ両国を救ったという形にすれば土地も得て名声をも得る。また巴蜀を取るのは張儀が秦に来て最初に説いた筋書きと同じだ。そこを指摘され張儀も承諾せざるを得ない。司馬錯将軍が兵を率いて巴蜀へ向かうこととなった。

主軍を巴蜀へ向けると韓への防衛が手薄になることを危惧した嬴疾(エイ・シツ)は司馬錯と共に張儀に相談する。張儀が巴蜀に出兵する事に難色を示したのも同じ事を心配したためだ。そこで韓に糧秣を贈って少なからずいる親秦派の心を動かし戦の回避を試みることに。

[第二十六集]
嬴疾(エイ・シツ)は使者として韓を訪れ韓王に停戦を説得する。
エイ疾は韓王に連れられ廟堂に参るが、反秦派が暗殺者を仕込んでいた。それにいち早く気づいた武安候・韓朋は暗殺者を引き留める。ここで彼を殺すのは時期尚早だ。やはり暗殺者の存在に気づいていたエイ疾は韓朋に礼を言い、秦へと戻る。
果たして韓王は停戦を受諾し前線に撤退命令を出した。

恵文王・嬴駟(エイ・シ)は巴蜀の戦に長公子の嬴蕩(エイ・トウ)を参加させる。王后・魏纾(ギ・ジョ)は息子が遠くへ行ってしまうことが堪えられずエイ・シに泣きつく。彼女の息子の溺愛ぶりにエイ・シはいささか閉口するが、エイ蕩は武芸にも秀でた立派な若者に成長しておりエイ・シは安心して彼を戦に送り出す。

公孫衍(コウソン・エン)は韓朋の元を訪れ、韓国を去ると告げる。反秦派の韓朋は必死に引き留め、時期が来れば韓は必ず打って出ると言う。公孫エンは彼がそう応えるのをわかっており、ただ韓を出て行くのではなく援軍を要請に行くのだと言う。それは斉国だ。斉と聞いて韓朋は有り得ないと憤慨するが、楚は同盟に応じても行動を起こさず、秦に対抗するにはもはや斉と組む以外に道はない。秦は巴蜀を平らげればその後必ず韓に向かってくる。韓朋は納得し、公孫エンの成功を祈り送り出す。

斉王は公孫エンの名声を聞き及んでおり彼を厚遇し迎え入れようとするが、宰相・田嬰は彼らのような縦横家は国を乱すばかりで、儒教の国・斉が主君をころころ変えるような士を受け入れるべきではないと反対する。
結局公孫エンに面会が許されたのは斉王でも宰相でもなく、宰相の息子・田文だ。その宴の席で田文の食客から愛妾を愚弄された公孫エンはその食客を斬ってしまう。しかし田文は公孫エンの気概を気に入り話を聞く。公孫エンは田文に魏国の宰相となって共に秦と戦ってほしいと説く。既に魏王にその旨を伝えてあると言うのだ。

楚が秦との国境に兵を向ける。曲沃の守軍の指揮を任された甘茂だが、曲沃は元は魏の城で、地元民は秦の戦の準備にあまり協力的ではない。籠城戦となり曲沃城の兵糧が尽きようとしている。甘茂は最後の一人になっても戦えと命じる。

[第二十七集]
斉宰相・田嬰は息子の田文が公孫衍(コウソン・エン)の口車に乗せられ魏へ行くと言い出したので激怒する。急がずとも斉の宰相の地位はお前にやってくるのだと説得するが、今を逃して秦を抑える機会はないと田文の決意は固い。
魏へ向かうという田文に、斉王は秦へ出兵すると告げる。今、楚と戦う秦に三晋諸国と斉が向かえば必ず勝てる、斉王は公孫エンに面会せずとも合縦の精神に則り決断を下したのだ。

曲沃に大雨が降り洪水に見舞われる。城は流され多くの命が失われた。さらに斉が軍を出したと知り恵文王・嬴駟(エイ・シ)はすぐさま張儀を召喚する。主軍は未だ遠い巴蜀の地にあり、国境のどの軍も動かせる状態ではない。エイ・シは魏や韓に土地を割譲して味方につけるかと考えるが、張儀は両国とも秦に協力して斉や楚と戦うとは思えずむしろ斉と組むだろうと推測する。そして今手を打つべきは三晋諸国ではなく斉と楚。この二国が手を組むことを何としてでも阻止せねばならない。だがそのためにはかなりの代償が必要だ。それは、商於の地を手放す事。楚は因縁の地・商於を取り戻せば満足するだろう。だが地理的に、楚が商於を得ればいつでも秦に攻め込むことができる…エイ・シは苦渋の決断を迫られる。

張儀は秦の使者として楚を訪れるが、反秦派によって軟禁され楚王に面会すらできない。しかしそれを見越していた張儀は知り合いの商人の手を借りて屋敷を脱出し、楚の公子・子蘭に面会。宝珠を贈って楚王との面会を取り計らってくれるよう頼む。
ようやく楚王に謁見を許された張儀は商於の返還によって休戦を申し入れる。念願の商於の地が帰って来ると聞いて楚王は大臣らの反対を押し切って承諾。さっそく盟約書を取り交わそうとするが、張儀は途中の関所で荷物を没収されたため相国の印鑑がないと言う。楚王は特に気に留めず徹兵を決める。



――秦国――
[A] 張儀
秦の相国。弁舌の士。世間では利になびく不義不忠の徒だと言われている。
[B] 恵文王(嬴駟/エイ・シ
秦の君主。
[C] 嬴疾(エイ・シツ)
秦の上将軍。智将と名高い。
[D] 司馬錯
秦の将軍。
[E] 嬴蕩(エイ・トウ)
恵文王の長子。

――韓国――
[F] 公孫衍(コウソン・エン)
魏人の策士。現在は韓の大将軍。秦と戦うため諸国を駆け回っている。
[G] 韓朋
韓の武安候。秦の嬴姜(エイ・キョウ)公主と離婚したことで秦の恨みを買っている。

――斉国――
[H] 田嬰
斉の宰相。
[I] 田文
田嬰の息子。孟嘗君とも呼ばれる。

――楚国――
[J] 熊子蘭
楚の公子。

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またまた政治色の強い回が続く。公孫エン先生の不遇さが可哀相すぎてたまらない。すごく良い人なのに、報われない…。(iДi)
そしてエイ・シさまはやっぱり意地悪でシビレる。意地悪すぎてもはやコメディw


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