昨日は、骨折で入院している祖母のお見舞いに行った。東京から宇都宮の病院まで。
おばぁちゃんは、腰を骨折して歩けない状態で、軽度の認知症になっている。最近はいつも元気がないらしい。
少しでも元気になってもらえるようにお見舞いに行った。それに、いつまで会話が出来るのか心配だった。もしかすると、この機会を逃したら、もう会うことが出来なくなるのではないかという不安があった。
病院に着くとおばあちゃんは、ナースステーションにいた。車イスに座っていて、ぼやぁっとしていた。初めは誰だか分からないぐらい老いた印象を受けた。話し掛けてみると声が小さく元気がない。想像してた通り意識がボンヤリとしていた。
おばあちゃんがナースステーションにいたのは、徘徊をしてしまうからだそうで、体を車イスに包帯で縛られていた。骨折しているから立って歩いてはいけないという理由で縛られていたのだけど、少し可哀想に思った。
人間が老いて弱くなるのは仕方のないことだ。身体はほとんど動けなくても、会話をして少しでも元気になってくれればと思った。
会話をしていく内に、元気がなかったおばぁちゃんが、少しずつ笑顔を取り戻してきた。内容も、大体は理解が出来る。お菓子を食べながら、長い時間お喋りをした。だんだんと、元気を取り戻してくれて嬉しくなった。私の顔をマジマジと見つめて、父親そっくりだと言った。
やっぱり会話は大事だ。話すことで、生き生きとしてくる。とりあえず大丈夫そうだったから、ホッとした。また、近いうちにお見舞いに行こうと思った。
夕方、宇都宮の街を散歩した。駅から商店街まで、かなり歩く。宇都宮の欠点は歩けない街だということを改めて思った。駅西口から二荒山神社まで大通りを歩いて十五分ぐらいかかる。その神社まで、大通りにコレと言ったお店が何もない。しかも、人があまり歩いていない。
駅から神社まで歩いてみると、気持ちいいことが分かる。宇都宮の大通りは、神社までの参道のような霊的に心地がよい道だと思う。しかし、その良さを地元の人間はほとんど知らない。それは、地元の人の多くが車に乗っているからだろう。車に乗って走れば、その道の良さを感じられない。
宇都宮は車の尺度で街を作っているから、つまらない街になったと思う。車の尺度で作った街に、他県の人が降りるわけがない。さんざん歩いて、パルコがあって神社があって、その先に寂れた商店街だったら、他県からの評判はよくないし活性化はしない。なぜ、それに気付かないのかといつも思う。宇都宮は、もっと歩ける街にならないと未来はない気がする。車の尺度で、街を作っていったら廃れるだろう。西口側には神社まで素晴らしい道があるのに全然活かしてない。東口方面の開発ばかりに力を入れている。東口方面は車尺度で、街を作っている。東口方面は、とても歩ける街ではない。
そんなことをグチグチ思いながら散歩をしてみた。
夜は、同級生の友達とファミレスで食事をしてお喋りをした。二年ぶりぐらいに会った。しばらく会っていなくても縁は切れずにお互い友達と思い続けていた。なんか不思議な気がする。二年間、お互い何をしていたかを話した。そして、これからのことも。楽しい時間を過ごせて良かった。
おばぁちゃんは、腰を骨折して歩けない状態で、軽度の認知症になっている。最近はいつも元気がないらしい。
少しでも元気になってもらえるようにお見舞いに行った。それに、いつまで会話が出来るのか心配だった。もしかすると、この機会を逃したら、もう会うことが出来なくなるのではないかという不安があった。
病院に着くとおばあちゃんは、ナースステーションにいた。車イスに座っていて、ぼやぁっとしていた。初めは誰だか分からないぐらい老いた印象を受けた。話し掛けてみると声が小さく元気がない。想像してた通り意識がボンヤリとしていた。
おばあちゃんがナースステーションにいたのは、徘徊をしてしまうからだそうで、体を車イスに包帯で縛られていた。骨折しているから立って歩いてはいけないという理由で縛られていたのだけど、少し可哀想に思った。
人間が老いて弱くなるのは仕方のないことだ。身体はほとんど動けなくても、会話をして少しでも元気になってくれればと思った。
会話をしていく内に、元気がなかったおばぁちゃんが、少しずつ笑顔を取り戻してきた。内容も、大体は理解が出来る。お菓子を食べながら、長い時間お喋りをした。だんだんと、元気を取り戻してくれて嬉しくなった。私の顔をマジマジと見つめて、父親そっくりだと言った。
やっぱり会話は大事だ。話すことで、生き生きとしてくる。とりあえず大丈夫そうだったから、ホッとした。また、近いうちにお見舞いに行こうと思った。
夕方、宇都宮の街を散歩した。駅から商店街まで、かなり歩く。宇都宮の欠点は歩けない街だということを改めて思った。駅西口から二荒山神社まで大通りを歩いて十五分ぐらいかかる。その神社まで、大通りにコレと言ったお店が何もない。しかも、人があまり歩いていない。
駅から神社まで歩いてみると、気持ちいいことが分かる。宇都宮の大通りは、神社までの参道のような霊的に心地がよい道だと思う。しかし、その良さを地元の人間はほとんど知らない。それは、地元の人の多くが車に乗っているからだろう。車に乗って走れば、その道の良さを感じられない。
宇都宮は車の尺度で街を作っているから、つまらない街になったと思う。車の尺度で作った街に、他県の人が降りるわけがない。さんざん歩いて、パルコがあって神社があって、その先に寂れた商店街だったら、他県からの評判はよくないし活性化はしない。なぜ、それに気付かないのかといつも思う。宇都宮は、もっと歩ける街にならないと未来はない気がする。車の尺度で、街を作っていったら廃れるだろう。西口側には神社まで素晴らしい道があるのに全然活かしてない。東口方面の開発ばかりに力を入れている。東口方面は車尺度で、街を作っている。東口方面は、とても歩ける街ではない。
そんなことをグチグチ思いながら散歩をしてみた。
夜は、同級生の友達とファミレスで食事をしてお喋りをした。二年ぶりぐらいに会った。しばらく会っていなくても縁は切れずにお互い友達と思い続けていた。なんか不思議な気がする。二年間、お互い何をしていたかを話した。そして、これからのことも。楽しい時間を過ごせて良かった。