今日は横浜で劇団四季のキャッツを観覧した。

内容はあまり分からなかったけど、えらく感動した。

とにかくハイレベルな歌と踊りが凄かった。見ているだけで、脳が活性化していくのが分かった。

演者の身体の響きに対して、自分の身体が呼応していると思った。歌声の響き、踊りから発せられる響き。


演者の身体の響きが心地よかった。
見ていて面白い理由の一つは、舞台に非日常性があるからだろうと思う。その非日常性は、演者の身体から生み出されている気がする。

身体を用いた表現には非日常性が生み出されていると思う。なぜなら、身体は本来として自然物だからだ。人工社会に住んでいる現代人にとって、身体を用いた表現は非日常なのだ。

多分、外国語で観ても楽しいのだろうと思う。


身体の響きがある人は、好きだ。逆に、身体が響かない人は好きではない。
街中にいると色々な誘惑がある。

それらをまともに受けてたら、金もなくなるし、身もたない。

地を這うように生きれば、案外そうした誘惑を避けられるのかもしれない。

高みを望むから高層マンションが高級になる。
地面に近くなればなるほど低級になる。

もちろん、人間にとって地面との隔たりは必要だ。

でも、地面の近くにあるものの方が大切な気がする。
社会においても、きっとそうだろう。

仕事から帰ってきたら、ジョギングして頭と体をリフレッシュするようにしている。

多かれ少なかれ、日々の仕事においてストレスは生じるものだ。

職場の人に嫌なことを言われても、自分なりに対処したい。

どっちが正しいのかそれは分からない。

だけれど、オレは自分の感覚をまず一番に信じる。そうでなければ、右往左往してしまう。

責任をもって仕事をするには、最終的には自分の感覚で判断するしかないのだ。

その感覚を取り戻す作業が、走ることなのだと思う。

そうして明日も仕事に向き合える。