
一週間、もしくは二週間に一遍ぐらい、ボーッとしないと、どうやら駄目らしい。
人間の性質として、私は基本ボーッとしている。 昔はそれでよく怒られた。 ボーッとすんなって。
それが友達に怒られるんだから、どうしようもない。自分でも何でボーッとするかなと思っていた。
勝手に思うのだが、自然のものを見ていると、そのボーッとする感じが丁度おさまる。というか、ボーッとしていても一向に差し支えない。
木を見ていても、木は文句を言ってこない。虫も鳥も花も、ただそこに存在する。
いくらボーッとしていても受け入れてくれる。 そういう存在が私にとっては非常に大事だ。
それは社会から逸脱することである。ボーッとすることは反社会的行動なのだろう。
人間にとって、世界を広げることは社会の枠組みの中に入ることを意味する。 それはよく分かる。だけども、人間の世界だけが世界ではない。
池に浮かぶカモの動きをただ見ているだけ。それが何の意味を持つのか。
感覚の世界。それを広げたい。
今日は公園に行った。公園は人工施設だけども。しばらくカモを見ていたら日が暮れた。