Free Nelson Mandela
Free free
Free free free Nelson Mandela
Free Nelson Mandela
21 years in captivity
Shoes too small to fit his feet
His body abused, but his mind is still free
You're so blind that you cannot see
Free Nelson Mandela
Visited the causes at the AMC
Only one man in a large army
You're so blind that you cannot see
You're so deaf that you cannot hear him
Free Nelson Mandela
21 tears in captivity
You're so blind that you cannot see
You're so deaf that you cannot hear him
You're so dumb that you cannot speak
Free Nelson Mandela
途中、ふと昼食のことが気になったのである。シーフードヌードルを食べるつもりで来ているのだが、ヌードルを食べるには箸が必要である。冷めて延びきったヌードルなら手で掴んでも食べることもできるだろうけど、できればそういうことはしたくないので、普通は箸を持ってくるものである。ところが箸の準備をしている気配がなかったことに今さらながら思い至ったのである。
「ところで箸持ってきた?」と連れに確認してみると「あ、忘れた」と期待通りの返事が返ってきたのであった。
思えば、貝月山に登った時も箸を忘れたのだった。その時はベテラン登山者が木の枝を切って箸のかわりになるものを作ってくれたり、余分に箸を持っていた登山者が譲ってくれたりして、親子3人ヌードルを食することができたのだった。
以後箸を忘れることのないように心してきたつもりであったが、やはり喉元を過ぎれば熱さを忘れるのが世の常なのであった。
さて、夜叉ヶ池手前にはガレ場があって鎖やロープが張ってある。ちょっとした登山気分が味わえる。岩肌が素晴らしい夜叉壁を右手にみながらガレ場を登って少し行くと目的地の夜叉ヶ池に到着である。
池にはボランティア・パトロールの方々がいて、夜叉ヶ池周辺での注意事項などを書いたリーフレットを配っていた。こういうことをしないと植物を摘んだり、ゴミを捨てたり、源五郎を取ったりする人たちが後を絶たないのであろうか。残念なことである。とはいえ、わたくしたちもカップ麺を食べるためには、木の枝を少し頂戴しようとは思っていたのであったが、良く読むと、火気も厳禁とある。これではEPIガスで湯を沸かすことも出来ないので、結局池を前にしてカップ麺を食べることはかなわないのであった。仕方がないので、御菓子と水分でやり過ごすこととなったのだった。
夜叉ヶ池は小さな池であった。これが濃尾平野のどこかにあったとしても、何の変哲もない池として見向きもされなかったことであろう。まさにここにあるからこそ、それを目当てにわざわざ1時間半も登って老若男女・善男善女のみなさんがやってくるのであるし、夜叉源五郎も生息しているのである。
だとするならば、わたくしがもし、誰からも評価されず、見向きもされない日々を送っているのだとしたら、それはきっと、わたくしがいる場所が間違っているであって、どこかもっと輝ける場所がきっとあるはずなのではないか……、などと自分の居場所探しを今さら考えても詮無いことなのであった。自然を前にして、そんなことを考えていてはいけないのだった。
素晴らしい岩肌に見とれながら、ひたすら足を前に進めていけばそれで良いのである。
「ところで箸持ってきた?」と連れに確認してみると「あ、忘れた」と期待通りの返事が返ってきたのであった。
思えば、貝月山に登った時も箸を忘れたのだった。その時はベテラン登山者が木の枝を切って箸のかわりになるものを作ってくれたり、余分に箸を持っていた登山者が譲ってくれたりして、親子3人ヌードルを食することができたのだった。
以後箸を忘れることのないように心してきたつもりであったが、やはり喉元を過ぎれば熱さを忘れるのが世の常なのであった。
さて、夜叉ヶ池手前にはガレ場があって鎖やロープが張ってある。ちょっとした登山気分が味わえる。岩肌が素晴らしい夜叉壁を右手にみながらガレ場を登って少し行くと目的地の夜叉ヶ池に到着である。
池にはボランティア・パトロールの方々がいて、夜叉ヶ池周辺での注意事項などを書いたリーフレットを配っていた。こういうことをしないと植物を摘んだり、ゴミを捨てたり、源五郎を取ったりする人たちが後を絶たないのであろうか。残念なことである。とはいえ、わたくしたちもカップ麺を食べるためには、木の枝を少し頂戴しようとは思っていたのであったが、良く読むと、火気も厳禁とある。これではEPIガスで湯を沸かすことも出来ないので、結局池を前にしてカップ麺を食べることはかなわないのであった。仕方がないので、御菓子と水分でやり過ごすこととなったのだった。
夜叉ヶ池は小さな池であった。これが濃尾平野のどこかにあったとしても、何の変哲もない池として見向きもされなかったことであろう。まさにここにあるからこそ、それを目当てにわざわざ1時間半も登って老若男女・善男善女のみなさんがやってくるのであるし、夜叉源五郎も生息しているのである。
だとするならば、わたくしがもし、誰からも評価されず、見向きもされない日々を送っているのだとしたら、それはきっと、わたくしがいる場所が間違っているであって、どこかもっと輝ける場所がきっとあるはずなのではないか……、などと自分の居場所探しを今さら考えても詮無いことなのであった。自然を前にして、そんなことを考えていてはいけないのだった。
素晴らしい岩肌に見とれながら、ひたすら足を前に進めていけばそれで良いのである。
多くの場合当日の朝に思い立って行くことが多いのであるが、今日は前日には行くことを決めていたのである。目指すは少し前の中日新聞でも紹介されていた夜叉ヶ池である。わたくしたちとしては、かなり早めの朝8時半ぐらいに出発したのであった。
わたくしは前日午前3時ぐらいまで眠ることができず(遅い晩飯の後少々居眠りしたが)、少々睡眠不足なのと、ここ最近きわめて快調であった朝の便通がないことが、若干不安ではあったが、まぁ、歩く時間は3時間程度なので、何とかなるに違いないとも思ったのである。
10時過ぎぐらいには「夜叉ヶ池の里さかうち」という道の駅に着いたのだが、登山口はさらにその先18kmも先なのであった。18kmといえば街中であれば市を1つ2つまたいでしまうくらいの距離である。さすがにスケールが違うものだと感心したのであった。
登山口までは国道303号線からはずれ、車がすれ違うのが困難な細い道を多分10km以上いかなければならない。たまに路肩が広くとってあって、そういう所ではすれ違うことができるが、それほど頻繁にそういう場所があるわけではないので、対向車が来たら非常に困るのである。幸い往復で4度ほどしかすれ違わず、たまたま路肩が広いところの近くですれ違ったから幸運であった。
登山口手前には車が40台ほど駐車できるスペースがあるが、わたくしたちが到着した時には満車であり、すでに数台の車が道路に駐車していた。
駐車場のトイレで用をすませて、持ってきた食料や水などをリュックに詰め込み、出発である。ちなみに、昼飯はカップヌードルシーフードヌードルなので、途中で飲むお茶やウォータードリンク以外に、水を1リットルぐらい背負っていくのである。
登山口からいきなり下って沢を3度4度渡ったあと、上りになる。若干のアップダウンはありつつ、基本的には上りである。当たり前であるが。
夜叉ヶ池までは1時間半程度の予定なので、それほど大したことはない行程だと思っていたので、途中、遠くに見事な岩肌の山を見て、あれは何という山だろうか、良い山だ、ぜひ一度登ってみたいものだなどと思っていたのだが、実際には多分、そこまで行ったのだった。人は一時間半で結構遠いと思えるところまで歩けるものなのだった。
(続く、かも知れない)
わたくしは前日午前3時ぐらいまで眠ることができず(遅い晩飯の後少々居眠りしたが)、少々睡眠不足なのと、ここ最近きわめて快調であった朝の便通がないことが、若干不安ではあったが、まぁ、歩く時間は3時間程度なので、何とかなるに違いないとも思ったのである。
10時過ぎぐらいには「夜叉ヶ池の里さかうち」という道の駅に着いたのだが、登山口はさらにその先18kmも先なのであった。18kmといえば街中であれば市を1つ2つまたいでしまうくらいの距離である。さすがにスケールが違うものだと感心したのであった。
登山口までは国道303号線からはずれ、車がすれ違うのが困難な細い道を多分10km以上いかなければならない。たまに路肩が広くとってあって、そういう所ではすれ違うことができるが、それほど頻繁にそういう場所があるわけではないので、対向車が来たら非常に困るのである。幸い往復で4度ほどしかすれ違わず、たまたま路肩が広いところの近くですれ違ったから幸運であった。
登山口手前には車が40台ほど駐車できるスペースがあるが、わたくしたちが到着した時には満車であり、すでに数台の車が道路に駐車していた。
駐車場のトイレで用をすませて、持ってきた食料や水などをリュックに詰め込み、出発である。ちなみに、昼飯はカップヌードルシーフードヌードルなので、途中で飲むお茶やウォータードリンク以外に、水を1リットルぐらい背負っていくのである。
登山口からいきなり下って沢を3度4度渡ったあと、上りになる。若干のアップダウンはありつつ、基本的には上りである。当たり前であるが。
夜叉ヶ池までは1時間半程度の予定なので、それほど大したことはない行程だと思っていたので、途中、遠くに見事な岩肌の山を見て、あれは何という山だろうか、良い山だ、ぜひ一度登ってみたいものだなどと思っていたのだが、実際には多分、そこまで行ったのだった。人は一時間半で結構遠いと思えるところまで歩けるものなのだった。
(続く、かも知れない)