今回は少し変化球的なタイトルです。
昨日3月20日は、オウム真理教による地下鉄サリン事件がおきて15年目になります。
そして昨晩、フジテレビで特別ドラマが放送されました。そこから気づいたことをブログにしてみました。
オウム真理教により、無差別テロがおき、約6000名の方々が死傷しました。日本や世界を震撼させた事件です。
しかし、その多くは謎に包まれたままになっています。そこで2点を取り上げてみたいと思います。
①なぜ、高学歴者がオウム真理教に集ったのか?
②なぜ、「無差別テロ」だったのか?
①について
事件は95年に起こる。時代背景は、日本がバブルの絶頂期からどん底に下る時代を彼らは生きていた。銀行の倒産や経営危機が騒がれ、出口の見えない経済環境、日本を包む「リストラ」等の不安や挫折。「負の10年」と言われる時代だった。
「エリート日本の凋落」と「エリート学生の凋落」
そんな時代を彼らは生きた。
エリートなのに・・・・、未来を感じられない不安や挫折感。それと自分を覆う環境を脱せ無いむなしさ。
そういったものが彼らを「未知」の世界に「すがる」行為に結び付けてしまったように思う。
そして、現代の日本。GDP世界2位から転落。人口減による世界での存在感を失っていく実態。政治の迷走等。ビジョンの見えない日本国という船に私達は乗っている。どこに行くのか?エリート学校を出ても就職先が見つからない時代。何のために生きるのか。ビジョン無き国の学生は今、迷走し始めているように思える。
②について、
自らの主義主張のため、オウム心理教は弁護士の暗殺や教団に対して敵対的行動を起こし、人々を傷つけてきた。その「恐怖心」によって、自らを防衛する手段を学んできたといえる。その延長上に対国家が浮上する。自らの教団を守るため、霞ヶ関という国家中枢にサリンを散布する「テロ」を実行する。
実行犯は人間。その実行を止められなかった。多くの民間人が地下鉄に乗っていたのに。
自浄機能を持ち合わせない教団を
この日本が生んでしまった事実。
それを忘れてはいけない。
二度と起こしてはいけない。
今、私達ができることは何だとうと考えてみた。
それは、かつての時代と今、15年という月日を経ているが、違った形でのリスクがあると思えたかだ。
最近、新卒採用面接官をやっていて思うことは、学生に夢が無い。希望が無い。志が無い。
何に向かって、自分の「限られた時間」や「命」を使うのか?何のために生まれてきたのか?分からない。
そして、面接で挫折は何ですか?と聞くと「受検勉強の失敗」や「彼女と別れたこと」と答える。
残念すぎる・・・
その程度のことといってはいけないが、ビジネスで待ち受ける壁を乗り越えられるか不安だ。
この若者達に日本を託すと考えると、非常に未来が心配でならない。(そんな学生ばかりではないが)
未来が見えずらい時代、もっと強くあって欲しいと思う。
そして今、私達ができることはなんだろうか?たくさんあると思うが、2点実践しようと思う。
『挫折を乗り越える力』を伝えることができる。
挫折って、きっと「視点」を変えれば、ポジティブな事に受け止められる。物事の全ては表裏一体。ポジティブな視点で物事を捉えてみること。そして、自分を取り巻く事の問題の本質に向き合うこと。
勇気を持って行動を起こすこと。行動なきところに解決は無い。視点切り替えと行動が道を拓く。
思考転換こそ、モチベーションの源泉を自ら生み出すことができる。
『すがるのではなく、自ら判断する』ことを伝えられる。
自分を取り巻く環境が悪く、何かにすがりたくなる。それも大事だと思う。しかし、すがるだけではダメ。自分で考え、自分で判断すること。全ての受け入れは、洗脳されることになる。自分のこれまでの成功体験から得た判断基準や道徳感を忘れてはダメ。その物差しを失った結果、組織の人間の自浄作用が失われ、サリン事件が起きたと思う。
今回はサリン事件の事を考えてきたが、やはり、日々の生活や両親、友人、先輩、上司から学ぶ「道徳感」・「愛」がすごく大事なことに気づく。人というものは、根源的に精神的な充実が「正」のエネルギーを生み出すのではないか。と思う。
私達は組織人事に関する仕事をする上で、人の心理に直接メッセージする仕事だからこそ、自分自身が持つ「道徳感」や「価値観」をしっかり持ち、若い人達を牽引していく責任があると思う。
そういった事が日本全国で行われていけば、きっと日本は自らの力で出口を見つけ出し、輝く国になるのだと思う。