子育て*自分育て*親子のこと〜公認心理師目指して勉強中です〜

子育て*自分育て*親子のこと〜公認心理師目指して勉強中です〜

公認心理師を目指して大学で勉強中です!
7歳の男の子と5歳の女の子を育ててます。


テーマ:


 

子どもがスイミングスクールで

嬉しそうにはしゃいでる姿、



おもちゃ屋さんで

あれもこれもと目の色変えて

おもちゃを選んでいる姿、



好きなお菓子を満足そうに

食べている姿。




どれも言葉にできないほどかわいくて、


そして一瞬のことで、


日々大きくなる子どもを前にして

それらの記憶はどんどん遠のいてしまう。




時々そのことを

もったいないように感じます。


子どもの小さい時は

振り返れば一瞬。





けれど、その時子どもに向けた

穏やかなまなざしは


今後はよそのお子さんを

目にした時、


我が子に面影を重ねながら

懐かしいなという気持ちとともに



死ぬまで繰り返されるのかな

とも思います。





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最近久しぶりにブログ仲間の方々の
ブログにもゆっくりお邪魔して、


ブログっていいなと
改めて思いました。


皆さんの更新が
途切れていないことが
何より嬉しく、

私もなるべく続けたいなと
思いました。




きれいな写真、文章、知恵に
心が洗われるような気がしたり、


分野は違えど同じように
大人になってから勉強を楽しんでいる方に
共感したり、


お片づけの知恵や
人を癒すお仕事を通して
人への感謝を率直に表現されている方、


またご自分の気づきや迷いを
書いている方の文章は、
噛みしめるように、頷きながら 
読ませてもらったり。



お子さんの写真を見ると
成長も嬉しくなったり。


子育てのバタバタには
とにかく同感。




皆さんのブログに遊びにいくと
心に新しい風が吹くような気分です。



自分とは違う環境、暮らし方、
けれど共感できて勇気づけられる世界。




また、


自分とはかなり違う
暮らしぶりを覗いて、

つい自分の日常を
振り返ってしまうことも!




料理すごく美味しそう!

お仕事しながらすごい丁寧に
子育てされてる…!

丁寧!!




しかも決してブログのために
偽って表現されたものではない、
日常の一コマなんだと伝わるのが
素敵すぎる。




それに対して
私の毎日はどうだ??



いつも同じような料理ばかりで
家も汚いし
自分のことばかり考えて
イライラしてる…

子どもの勉強より
自分の勉強優先。

宿題もろくにみてあげてないのに
公文休むなと命令ばかり、、。




謙遜して言ってるのではなく、
私の子育てには確実に
丁寧さが欠けている。




あれ、私毎日何して
生きてるんだ??

何を大変がってたんだ…?と

一瞬迷子になることも(^^;;





いや、わかります、
ブログは日常の一コマを
美しくみせる場であることも。

(何より自分が!)

みんな色々な思いや工夫で
毎日を生きてますよね、

見えない部分の方が多いですよね、




とまぁ平常心を取り戻して

というか一瞬の反省をすぐ忘れて、



けれどちょっと新しい気持ちで
またいつもの自分に戻ります。




いつも新しい気持ちをくれる
皆さんのブログが大好きです。





我が子も日々大きくなっていますねー


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ご無沙汰しております。

アメブロをやめたわけでは
なかったのですが、

いつの間にか前回の投稿から
5ヶ月以上空いてしまいましたえーん




間が空くと投稿するのが
気恥ずかしくなっていたのですが、

ブログをずっと読んできて下さった方が
久しぶりに投稿したら?と背中を押して
下さり、今日久々に書くことができました。

ありがとうございます!




ブログを書けない間は、

自転車で横転して前歯を折ったり

ママ友とトラブルになって
めちゃめちゃ腹が立ったり

色々ありましたが…

主には大学の勉強に追われていました。




公認心理師という資格取得のために一昨年
大学の心理学部の3年次に編入し、
通信課程で勉強しています。




68単位取らなければいけないうち、
ようやく40単位取得をこえて
少しずつ先が見えてきました。




通信課程ですがどの科目にも講義が2日ずつ、
それからレポートと科目試験の3段階を
クリアして初めて、
2単位か4単位を取得できます。



毎月レポートと試験勉強に追われます。

正直、大学で学ぶということを
なめていました。




心理学の勉強の範囲はなかなか広い。

心理学入門、概論から始まり
社会心理学、教育心理学、臨床心理学…と
○○心理学が計24科目。

特に心理統計は理系すぎる。
実は心理学は実験科学…。







それぞれの科目に理解しなければならない、
覚えなければいけない定義が盛りだくさん。


いちいち用語が難しい。
試験前日の夜は毎回泣きそう。。


勉強時間は幼稚園生と小学生の
子どもたちがいない午前中が勝負。




たとえば社会心理学で、

「フェスティンガーの
認知的不協和理論の態度変容に
ついて述べよ」


みたいな論述問題を前にすると、





これ書けたからって
良いカウンセラーになれる訳でも
ないよなぁ…


まして試験前なんて
子どもたちに早く寝て!!
とキレる自分、情けない…



私、何のために
勉強してるんだろう?



ということが
ふと頭をよぎったこともありました。




以前通っていた
心理カウンセラー養成講座の仲間にも、

「大学で心の勉強して何になるの?
経験あるのみでしょ」

と言う人もいました。




私もどこかでずっと
そんな風に思っていた。




けれど、
うまく言えないのですが



最近は大学で体系的に
心理学という心を扱う学問を学ぶことは

心を理解するために決して無駄ではないと
思えるようになってきました。




心は目に見えないから、
その理解は主観に偏りやすい。



けれど、心理学の歴史は他の学問より
浅いとはいえ、

心について脳、生理現象、社会など
様々な観点から研究している人が
たくさんいて、


その知見はカウンセリングの場だけでなく
社会の色々な場所で役に立っている。




心の理解は主観に偏りやすい分、

学問を通して色々な人の研究結果、
意見、考え方を知ることは

視野を広げる一助になると思いました。




ただし、
やはり大学の勉強だけをして
良いカウンセラーになれるわけでは
ないとも思います。



座学だけでなく傾聴や心理療法の
トレーニングを受けることや、

自身がまずカウンセリングを受けて
自分を知ることも

並行して必要だと思います。




元々心療内科の患者スタートの私は
ここ数年も月1ペースで
カウンセリングを受け続けています。




人のことより自分を知ることが
何より難しく終わりがない!

心の揺れ、自分の弱さ、強さ、
日々感じ続けてます。




けれど基本的には
「私は、大丈夫」と思える土台を
育て続けることが


カウンセラーになることと共に
自分の人生の目標です。




楽しく勉強続けます!





木更津の夕陽です。

ゴールデンウィークは
苦手な遠出を達成できました笑い泣き



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南青山での児童相談所を併設した施設の
建設反対のニュースを観て、
残念な気持ちになりました。


メディアでは一部の人の過激な意見を
クローズアップしすぎな面もあると
思いますが、


児童相談所に対して良くないイメージを
持つ人が一定数いることを、
今回改めて知りました。



そしてそうした人は
南青山に住む人々だけでなく、
全国にもある程度いるんじゃないかなと 
思います。




児童相談所を悪く言う人の
言葉を聞いて、
最初は腹が立ちました。




ただ、しばらく経って思い直しました。
この人たちはただ、知らないのだなと。



児童相談所を必要とする人々のことを、
必要になるかもしれない人々のことを、

たまたま知らないで
生きてこれたんだなと。

それを良い悪いで判断することも
難しいなと思います。

無知は誰にでもあって
気付きづらい。




児童相談所はなんのためにあるのか。



虐待の認知の増加に伴い
児童相談所での保護を
必要としている子どもが
年々増えていること。 



家族形態、育児体制の変化、

また虐待の世代間連鎖の観点からも
虐待の増加を食い止めることは
簡単ではないこと。

たとえ見ないふりしたって
虐待がなくなるわけではない。



児童相談所に保護される子たちは
犯罪者ではないこと。



また公的に子どもを保護できるのは
現在の日本では児童相談所しかないこと。
 
隣の子が虐待されてることに気づいても
自分の家で育ててあげることは
できないですよね?



さらに、たとえ児童相談所に行っても
保護の限界から家庭に戻されてしまったり、
現在の児童相談所には課題もたくさん
あることも。





自分の家の近くに児童相談所が
できることには反対する人たちも、


虐待されて死んでしまった子のことを
報道で知れば、


可哀想で涙が出る、
代わってあげたかった、
許せない、
忘れない、

とか言うのではないかな。




子どもを助けてあげたいと思う時に
必要なのは
同情することではなく、


虐待について知ること。


虐待は起こるという事実から
目を背けないこと。


虐待する親を責めるだけでは
何も変わらない。  


親もまた虐待という形で
言葉にできない保護を求めています。




子育てはきれいごとじゃないと 
思います。


私も今日まで子育てをしてきている中で

どうしたらいいかわからなくなること、
誰に助けを求めたらいいのかわからなく
なること、何度もありました。



だから児童相談所のことは
決して他人事ではない。



子どもを育てていると、

元、子どもとして
今、親として自分が試されて
壁にぶつかって苦しくなったり、

時に孤独で、
自分を責めてしまうことも
たくさん起きる。



親も子も相談できる場所、 
家庭以外の居場所、
もっともっと増えてほしい。



子どもは社会で育てるものという意識は
きれいごとではなく現実であってほしい。



泣いてる子どもを見て舌打ちするような
おじいさん、おばあさん、

その年まで何を学んで
生きてきたのかな?



どういう仕組みを整えれば
社会で子どもを守れるのか、
救えるのか。



すぐに答えは出せないけれど、
ずっと考え続けなければいけないことだと
思います。





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子育て中と謳いながら
それに似つかわしくない
タイトルです( *`ω´)



昨年、好きな人がいました。



けれどその人は奥さんやお子さんを
大事にしている人で、

幸い見向きもされませんでした。




寂しくて思わず恋に落ちたら
余計に寂しくなりました。

結果自分で傷口を広げただけ…。




会いたいと思う気持ちは活力で、
そして底なしの寂しさでした。




ある時言わずにいられなくて
好意があることだけ
伝えました。


その人はただうなづいて、
気持ちだけ聞いてくれました。





間違わない、
正しい人でした。


その賢さが魅力であり、
現実でした。


もちろん、私にその人を
間違わせるだけの魅力がなかった
ことも大前提でしょう。





受け入れられなくて良かったと、
誠実な人で良かったと

どこか心から安心する気持ちと、



嘘でも良いから
遊びでも良いから
受け入れてほしかったという
気持ちの間を数ヶ月、

行ったり来たりし続けました。





こんな気持ちは無駄なんだと
毎日自分に言い聞かせて、

けれどふとした時に
涙が出て、

そうか、私は悲しいんだなぁと
気づいたりしました。





自分を恥ずかしいとも思いました。


奥さんのいる人を好きになって、
自分の卑しさにも気づきました。


ある時痛烈に恥ずかしさに襲われて、
それを機にときめきが消えました。


気持ちが死ぬって、あります。






そして時は経ち…


恋心がなくなった今思うことは



あぁ、やっぱり
何も起こらなくて
良かったんだなぁ、



です。





恋してる時は
結構頭おかしくなってました。
あれでは正常な判断はできない…。



なんであんなに感傷的だったんだ?

あれ、なんでだ?

と思う。冷静に。

手帳に書き留めた自分の言葉に
目を疑う…。





ドラマチックに不倫に走ってしまう人の
気持ちもちょっとわかる。


既婚者の恋ほど
理性と欲望の間で揺れるもの
あるだろうか。


焦燥感も辛かった。
もうそれに追われなくて良くなって、
安堵。平穏。





変なことして下手に罪悪感
抱えることにならなくて良かった…と


思います。





それでも、
ときめいた気持ちは
何にも代え難いものでした。




その人に好かれているかもと
思うことは甘美で、

その人に嫌われているかもと
思うことはゾッとするくらい
怖いことで。




そんな両極端な気持ちを味わえて。
たくさんたくさん意味なく揺れて。


いい大人が踊りだしたくなるくらい
はしゃげる瞬間があって。


生きてて良かったなんて
思ったりして。


2人だけで話せた時間は
ほんのわずかで、

けれどだからこそ
その時間は記憶の中で
みずみずしい。





さぁ、真面目にお母さんしよう。