お酒というものは、そのものの味の良し悪しというのももちろんありますが、よほど不味いお酒で無い限り、たいていの場合は、飲む状況によって美味しいと感じるか、不味いと感じるかが左右されると思っています。

  

親しい人と飲むお酒は会話がメインになりますから、お酒の良し悪しは関係なく、楽しく美味しいお酒を飲むことができます。

 
夏の日中、汗だくになって歩いたあとの一杯目のビールは、味よりものど越しでしょう。

 

体の芯まで冷える夜に、飛び込んで入った居酒屋で、銘柄は何であれ熱燗は堪えられません。

 

逆に、大吟醸の素晴らしく美味しいお酒でも、お店の対応が悪かったり、お店の雰囲気をが悪いと、お酒の美味しさも半減します。

 

嫌なことを忘れたいと思って飲むお酒は、味よりも度数が大切かもしれません。

 

下の娘夫婦が、伊香保旅行のお土産にと、お酒を買ってきてくれました。

 
 両毛三山である、赤城、妙義、榛名を名前にしている3本のお酒です。

これは、そのうちの1本。

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榛名山は、高校のときに20キロ近い荷物を自転車にくくりつけ、汗だくになって上った、思い出深い山です。

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合の飲みきりサイズなので、瓶の蓋をあけて、瓶ごと90度くらいの熱湯に入れて燗をしました。

1合瓶は、瓶がお銚子代わりになって、お手軽に燗酒を楽しめます。

ああ、うまい。

体にしみるなあ。

 

若い頃は、お土産を買ってくるというのは出費だと思うのですが、それでも私がお酒好きだということを覚えていてくれ、買ってきてくれたと思うと、美味しいお酒がさらに美味しくなります。

 

お酒というのは、そんなものではないでしょうか。

 

日本ではまだ公開されていない映画、「EX MACHINA(エクス・マキナ)」を見ました。

店舗ではみつけられなかったので、ブルーレイをamazonで購入しました。


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この映画は、人工知能を搭載したアンドロイドのお話です。

以下に、結末は書いていませんが、多少のネタバレがあります。

主な登場人物は、次の4人だけです。

主人公は、googleをイメージできる世界的な検索会社「ブルーブック」でプログラマーとして働くケレイブ。

その会社の社長は、広大な山奥のモダンな自宅で隠遁生活をしているネイサン。

そして、ネイサンによって作られたアンドロイド、エイヴァ。

もう一人重要な役割を果たす人物がいるのですが、これは触れないほうがいいでしょう。

ケレイブは、ネイサンの別荘で1週間過ごす権利を獲得して、ヘリコプターでネイサンの家に向かいます。

そこで待っていたのは、優雅な休暇ではなく、エイヴァに対するチューリング・テストでした。

チューリング・テストというのは、イギリスのアラン・チューリングが考えたもので、相手が人間であるか人工知能であるかを見極めるのが目的のテストです。

姿が見えない相手(人間と人工知能)と対話して、対話した人が、相手を人工知能であるとは思わなかった場合、その人工知能を「人工知能」として認める、というものです。

チューリング・テストは相手が見えないことが前提なのですが、映画では、ケレイブはエイヴァの姿を見ながら対話を始めます。

だんだんとエイヴァがケレイブに質問することが多くなり、そのうちにどちらがテストを受けているのかわからなくなってきます。

ケレイブは、もしかしたら自分がアンドロイドなのではないか、という疑問を持ち、自分の腕を剃刀で切って、中を確認します。

このあたりから、ストリーがどこに向かうのかがわからなくなってきます。

ネイサンの家は、各部屋が厳重に管理されていて、与えられたキーカードで移動できる範囲しか行動できず、エイヴァに至っては、廊下に出ることもできない監禁生活状態です。

ネットもつながらない環境にいる、人間以上の知能を持ったエイヴァ。

この状況は、エリエゼル・ユドカウスキーの行った、「AIボックス実験」と重なりました。

人工超知能が現実のものとなり、人類の脅威となることがわかったとき、果たしてその人工超知能を隔離し、閉じ込めておくことができるだろうか、ということを試した実験です。

ユドカウスキーは天才的な人物ですが、人工超知能にははるかに及びません。

ユドカウスキーは看守の見守る小部屋に入ります。

看守は、どんなことがあってもユドカウスキーを部屋から出さない、というのが役割です。

その状態で、ユドカウスキーは、その部屋から出ることができました。

どんな手を使ったのかは明らかにされていません。

これの結果は、人工超知能であれば、人間が考えもつかない手を使い、閉じ込められた状態から脱出できることを示唆しています。

映画の中で、エイヴァは、ケレイブに恋愛感情を抱き、ケレイブもエイヴァに特別な感情を抱くようになります。

ああ、人間がアンドロイドに恋をする話なのか、と思っていたらまったく異なる展開が始まります。

そして、身震いするような結末が訪れます。

この衝撃は、エイヴァがケレイブととってきた行動や発言を思い出すと、さらに恐ろしいと感じます。

8Kで撮影したという美しい映像と、どちらかというと、遅いテンポの映画は、結末をいっそう引き立てる効果を出しています。

「エクス・マキナ」は、人工超知能の脅威、つまり人間の知能をはるかに超えてしまった人工超知能の恐ろしさを見事に描き出していました。

実は、購入したブルーレイは、英国版で、日本語字幕が無く、英語が得意でない私としては、非常に疲れました。

スペイン語版を購入すれば、日本語字幕がついていたらしく、失敗でした。

それでも、なんとか楽しむことができたのは、「チューリング・テスト」とユドカウスキーの「AIボックス実験」について少しだけ知っていたことが助けになったからでした。

ご覧になる方は、この2つをネットで調べておくと、さらに楽しめると思います。

それにしても、この映画はなぜ日本で公開されないのでしょうか。




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アウトゥーロ・トスカニーニ指揮 
NBC交響楽団 14分14秒
録音:1939年
日本フルトヴェングラー協会 WFJ-73~74
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上のアルバムの写真を見て、おや、と思った方がおられると思います。写真は、フルトヴェングラーです。

本当は、下のアルバムが手に入れば値段的にも安くてよかったはずなのですが、なかなか出会うことがありませんでした。

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フルトヴェングラーのアルバムは、「日本フルトヴェングラー協会」が編集領布している2枚組みのCDで、実はこの中のボーナストラックとしてトスカニーニの「ボレロ」が入っていたのでした。

当時、指揮者として双璧をなし、その演奏スタイルも異なるフルトヴェングラーとトスカニーニが1枚に収められているというのは面白いことです。

解説によると、フルトヴェングラーのラヴェルでは、「ボレロ」が最も面白らしいく、残念なことに録音が残されていないので、代わりにトスカニーニの録音(ライブ録音)を入れたということでした。


トスカニーニの演奏する「ボレロ」は、作曲者であるラヴェルから「テンポが速すぎるよ」言われ、それに対してトスカニーニは、「このテンポで演奏すべき。あなたはわかっていない」と返したというエピソードが残されています。

トスカニーニの演奏は14分14秒で、ラヴェル自身が指揮をして残した録音は16分19秒ですから、2分くらいの差です。

14分14秒は早い演奏に入りますが、聴いた感じではそれほどせかせかしている印象は受けません。

トスカニーニの演奏ですから、一糸乱れずにキビキビと進み、ぐいぐいと盛り上げていくのだろうと思っていました。

ところが間逆で、管楽器のミスは目立ち、十糸くらい乱れています。

トローンボーンのソロは、いつもハラハラさせられ、この演奏では期待を裏切らず、音を外します。

面白いのは、トローンボーンのソロから、トスカニーニは大きくテンポを揺らします。

ソロにトスカニーニが合わせているようにも聴こえますが、それ以降は、テンポルバートかけまくりなので、トスカニーニの指示なのでしょう。

ちょっと意外です。

テンポルバートについては、最近の演奏ではほとんど見られません。

言葉を選ばずに書くと、ちょっと素人っぽく、ダサく感じてしまいます。

「ボレロ」の魅力は、繰り返される一定のリズムとテンポ、音量の増大で、これが聴衆を酔わせ感動させる大きな要因だと思うので、トスカニーニの演奏はここからは外れています。

ラヴェルの演奏を聴き返してみると、ラヴェルもトローンボーンのところでは大きくテンポを動かしています。

楽譜には、テヌートの指示はあっても、テンポルバートさせるような指示は見当たりません。

ラヴェルの録音は1930年、トスカニーニの録音は1939年。

時代性なのかと思って、クセーヴィツキーが1930年に録音した演奏を聴いてみると、とくにテンポを揺らしてはいませんでした。

ちなみに、クーセヴィツキーの演奏時間は13分23秒とかなり快速で、スカッとする演奏です。

トスカニーニは、カンタービレ、つまり歌うように演奏するのが特徴とされていますが、この「ボレロ」はちょっとやりすぎな感じがしました。

SP時代の録音なので会場の雰囲気は聴き取れませんが、それでも演奏後はブラボーの嵐だったので、すさまじい演奏だったことは確かでしょう。