松徳硝子のうすはりシリーズはだいぶ手元に集まってきました。

 

お酒を飲むという行為を、ちょっとした儀式のように演出してゆっくりと楽しむ余裕があるときには、ミニ・デキャンタを取り出します。

 

 

小さめのワイングラスに2杯注ぐくらいの容量しかない、小型のデキャンタです。

 

うすはりシリーズのひとつである「大吟醸」グラスと同じように、底の部分に突起があって、デキャンタを振ることで、空気と混ざりやすくなるような工夫がされています。

 

日本酒もこれを使って攪拌することで、お酒に柔らか味が出てきます。

 

日本酒は、最近目にすることが多くなった三重の「作」です。

 

昨年11月に、伊勢神宮に行ったときに仕入れてきました。

 

こういう、特別な思い入れのあるお酒の時には、ミニ・デキャンタは雰囲気を盛り上げてくれます。

 

 

 

世の中の音楽の楽しみ方の主流は、ダウンロード+スマホになっているようです。

 

移動の時にはとても便利で、私も購入したCDは、一度ディスクに取り込んで、必要に応じて持ち出すようにしています。

 

ただ、これはあくまでも、外で音楽を聴くための仕方がない方法として利用しています。

 

ヘッドフォンやイヤフォンの音質は相当良くなっているとは言え、両耳に直接音を入れてしまう方法と、スピーカーやライブ演奏のように、からだ全体で音を感じる音楽とはどうしても差が出てしまいます。

 

ポータブルオーディオでは、音楽が流れている空間を感じることができません。

 

そんなわけで、室内にいる時は、なるべくスピーカーで聴くようにしています。

 

LPレコードを知らない世代は何も感じないかもしれませんが、CDが登場した時は、A面が終わったらレコードを裏返してB面にする手間なしに、一気にアルバム全部を再生できることに感動しました。

 

聴きながら寝てしまっても、勝手に止まってくれるのも楽ちんだなと思いました。

 

アナログレーコードでは、そうは行きません。

 

オートリターンがあれば別ですが、針を落としてからうっかり寝てしまうと、眼が覚めるまで内周の無音部分を、「ボツッ、ボツッ」と音をさせながら再生し続けます。

 

アナログレコードを再生する時は、一連の儀式のような動作が必要になります。

 

レコードの棚を眺めながら、今の気分にぴったい会いそうな1枚を選び、ビニール袋からジャケットを取り出し、さらにスリーブに入っているレコードを取り出して、ターンテーブルに載せます。

 

ホコリが目立つようであれば、クリーニングします。

 

カートリッジが交換できるようであれば、アルバムに合わせてカートリッジを選び、針圧を調整し、インサイドフォースキャンセラーも調整します。

 

アンプのボリュームを下げてから盤面に針を落として、再びボリュームをあげます。

 

こうやって書いてみても、なんとも面倒です。

 

もちろん、もっとアバウトにやっても構わないのですが、どちらにしても一種の儀式みたいな一連の動作が必要になるので、心理的には、よーし、じっくり音楽を聴こう、という気分になります。

 

レコードが高価だった頃は、やっと手に入れたアルバムを、それこそ「溝がすりきれる」という言い方をするほど聴いた経験をした方は多いと思います。

 

照明の明るさを落として、左右のスピーカーの中央に座り、さながらコンサート会場に行って音楽を聴くようにじっくりと耳を傾ける。

 

久しぶりに取り出したアルバムであれば、ていねに書かれたライナーノーツに目を通します。

 

ライナーノーツの情報量はかなりあって、これで沢山の勉強をさせてもらいました。

 

そういう楽しみ方ができるのがアナログレコードだと思います。

 

出番は少ないのですが、アナログレコードを聴く時間は、そのカドがない音とともに、なかなか贅沢なひと時になります。

 

 

リタ・シュトライヒが歌う「椿姫」のハイライト版のLPというのがあります。

 

高校生の頃持っていたグロリア・シリーズという廉価版の中の1枚で、当時の私は、シュトライヒの歌はとても可憐に感じていました。

 

そのLPは、人に貸したきり、そのまま戻ってきませんでした。

 

返してと言えばいいのですが、知らないうちに北海道に引っ越してしまい、連絡先がわからなくなってしまったのでした。

 

その後、中古ショップやネットで探し続けていたのですが、昨年までみつかりませんでした。

 

同じグロリア・シリーズに、複数のオペラ歌手の聴きどころが集められたLPがあって、これに「椿姫」から抜粋で入っていて、これは手に入りました。

 

 

ある日、要町方向から池袋駅に向かって歩いていた時、店先にLPの箱を並べたお店がありました。

 

どうせ、大したものは無いだろうとエサ箱を漁るとなんと!

 

探していたシュトライヒの「椿姫」があるではありませんか。

 

それも、500円で。

 

 

ほかにもずっと探し続けていたアルバムがみつかり、ホクホクして帰りました。

 

で、早速聴いてみると。。。

 

素晴らしく上手いのですが、ちっとも可憐ではない。

 

高校生の頃の感受性と今の私は随分と変わっていたことに気付き、ちょっとショックでした。

 

このアルバムにたどり着くまでに買い求めたものを整理してみたら、こんなにありました。

 

 

 

 

 

 

決してシュトライヒのファンではありません。

 

たった1枚の「椿姫」に近い歌声が聴けるかもしれないと思いながら見つける度に買い、その都度、「ちょっと違うなあ、やっぱりあの「椿姫」じゃあないとだめだな」と思っていたのに。

 

もちろん、思っていたイメージと違うだけで、シュトライヒの歌は素晴らしいです。

 

それでも、大げさかもしれませんが、何十年も見ていた夢やぶれたり、という気分でした。