大学3年のことでした。

 

生協のレジのところにあるガラスケースにうやうやしく展示されていた1つの電卓に惹きつけられました。

 

テキサス・インスツルメンツの、RCL-59という電卓です。

 

単なる電卓ではなく、プログラマブル電卓と呼ばれるもので、簡単なプログラミングができるという、当時としては先端を行く画期的なものでした。

 

この電卓には上部に磁気カードリーダーがついていて、作成したプログラムを細長い磁気カードに書き込み、必要な時にカードリーダーに差し込んで呼び出せるというものでした。

 

値段は確か10万円を少し超えていたと思います。

 

仕送り無しで下宿生活をしていた身としては高くて直ぐには手を出せませんでした。

 

生協に行くたびにガラスケースに入ったRCL-59を眺め、ある日、思い切って買ってしまいました。

 

現金があるはずもなく、何回払いか忘れましたがローンでの購入でした。

 

それから、プログラミングの面白さにはまりました。

 

目に見えない何かが小さな躯体の中で起こっていて、自分が期待した結果を返してくれる不思議さ。

 

そして間もなく、ワンボードマイコンなるものが世の中に登場しました。

 

研究室の友人がそれを買い、私も買おうかどうか悩んでいた時、黒船のようにアメリカからやってきたのが、コモドールという会社のPETというコンピュータでした。

 

 

白いスチールのケースに収められたブラウン管モニターとキーボード。

 

未来を想像させる宇宙的なデザインでした。

 

 

メモリ容量は、最上位機種で、32kバイト!

 

今では信じられないくらい小さな容量です。


教育学部の4年生だった私は、このコンピュータが教育に使えるぞと感じ、学生には無謀と言える30万を超えるローンを組んで手に入れました。

 

おそらく大学内では、教授も含め、最も早くコンピュータを手に入れたはずでした。

 

卒論はコンピュータを使った教育への利用でした。

 

教育実習を経験し、教員採用試験を受け、都内のある市で教職に就くことも決まっていたのですが、コンピュータの世界にすっかりはまってしまい、結局進学を選びました。

 

大学院時代には、NECのPC-8801、9801、6801とシャープのMZ-80Bさらに松下のMSXパソコンを買い、部屋に全部を並べ、プログラミングに没頭しました。

 

その頃は、バイトの鬼でもあって、8つのアルバイトを掛け持ちでやっていました。

 

三鷹の中学校で講師もしていたのですが、プログラミングが面白く、結局、先生になるのはやめて、ある会社に就職しました。

 

そこで20年働き、退職して起業。

 

そして今があります。

 

小学生の頃からなりたかった先生にはならず、今に繋がるきっかけを作ったのは、生協のガラスケースにあった一つの電卓だったということになります。

 

最近、ふとこの電卓のことを思い出し、ネットを調べていたら、なんと、アプリで再現されていることがわかりました。

 

早速購入してダウンロード。

 

まさしく、iPhoneの画面に現れたのは、あの電卓でした。

 

 

今また、これが愛用電卓です。