父が亡くなってから4週間が過ぎましたが、週末は実家通いで忙しい日が続いています。
四十九日には位牌が必要なので、住職さんにお願いして仏具店に注文しました。
今日はその仏具店仏壇を見に行き、帰りに公園墓地に立ち寄りました。
父は北海道生まれ。
「死んだら北海道の川に骨を流してほしい」と言っていましたが、そう簡単にはいきません。
位牌に魂が込められて仏壇に納められ、お骨は墓に納骨されるという、父が思ってもいなかった方向に流れています。
おそらく火葬の温度を上げれば、骨は残らないのではないでしょうか。
物として残すから、お墓の問題が出てきます。
すべて燃やされ、地球の大気の中に帰る。魂があるとすれば、このほうがよほど理解できます。
父は心の中に沢山の思い出として残っているので、お骨よりも、1枚の写真のほうがずっと価値があるように思います。
家族や親戚や友人など、亡くなった人と関係する人が多くなるほど、死に対する考え方が多様化します。
いろいろな意見が出てきます。
今まで距離のあった世界にいきなり飛びこんでしまい、戸惑っています。
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