こういうことをやりたい。

あんな風になりたい。

 

そう思っていると、それへ近づいていくようになる。

 

自分から、求めなくても

川上からこちらへ流れてくるように、

自然と目の前にやってくる。

 

 

もっと力を抜いていいんだ。

 

 

 

--- y.

 

 

磯田道史

『無私の日本人』 「太田垣蓮月」 より抜粋

 

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嫌なものは嫌だとあのとき、どうしていわなかったか。

 

夫婦になってからも、泣きたいときに泣き、

夫に怒りたい時に怒っていれば、

あるいは、あの人を死なせずにすんだのではないか。

 

「素直なる 心ことばは いにしへに

 帰らん道の 姿なりけり」

 

和歌は素直な心を生きるものであるという。

 

言葉と言うのは、人の心の声だから、

思いのたけを述べるほかはない。

 

思うことを言わずにいられないと思うと、

草木でさえも風に託して、声をたてるのだから・・・・・・

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昨日、会った人も、言っていた。

 

「他人にどう思われようと

 自分が思ったこと、相手にとってよいだろうと

 自分が思うことは言う。

自分が、あとで後悔しないように。」

 

というようなことを。

 

相手のため、というより、自分のためか。

 

それでいいのかもしれない。

言葉は自分の口から発せられる、自分のもの。

 

それを相手が受け取るかどうかは、相手次第であって

こちらには決められないのだから。

 

 

--- y.

 

 

磯田道史

『無私の日本人』 「中根東里」 より抜粋

 

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ところが、東里は、本は全部読まなくてよい、と、言った。

 

天地万物一体の理がわかれば、それでよい、というのである。

 

聖人の学というのは、煎じつめれば、仁の一字につきます。

仁とは天地万物一体の心のことです。

義も礼も智も信も、みな、そのなかに含まれます。

 

たしかに、一見すると、宇宙の森羅万象はさまざまで、

とても、ひとつのものにはみえません。

しかし、考えてください。

この宇宙の物は、みな天地の気をうけて生じてきたものです。

 

そういう意味で、一体であるといえる。

 

天地万物は一物です。

このあたりまえのことに立ち戻るだけでいいのです。

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お師匠様は言う。

 

東方 仁徳

西方 義徳

南方 礼徳

北方 智徳

中央 信徳

 

 

東里がいう「仁の一字につきる」というのは

東方仁徳のことか。

 

東は、日が昇るところ。

1日の始まり。

太陽が生まれるところ。

 

朝起きは大切。

 

 

--- y.