こうも毎日
いろいろな経験をさせられる、というのは
何か意図があるのだろう、と。


でなければ、
そうでなければ、

なぜに、こうも、
いろなことが起こるのか、

「氣のせい」として
受け流すことができようもなく

流れてくるこれらのことを
それでも、受け流していく。


「待て」と言うから
わたしは待つのです。



--- y. 108(楊太極拳)