昨日は、

0143 公式な文章と、私的な文章


について、書きました。



それの続きというか、派生して思ったこと。。



ある人から聞いたことをそのまま書く、というのは、

ポイントを抑えてまとめる、という工夫が必要ではあるものの、

まぁやろうと思えば、誰でもできるわけです。


(私のように聞いたことについて解釈違いをしたまま

 書いてしまったり(汗)するのは論外ですが)、



誰それが、こんなことを言っていたよ、というふうに

書くだけなのであれば、


それは、まるで伝書鳩のようであり、

ただの伝言ゲームのようになってしまう、ような気がします。



そうではなくて、

聞いたことを、一旦、自分なりに解釈して咀嚼して


そして、一度は体験してみるのが良いような気がします。



その体験を踏まえて、

そのことについて、書くのであれば、それはもう

伝書鳩でも、伝言ゲームでもなく、


自らの体験に基づいた言葉として、

話すことができるし、書くこともできるようになるのだろうと思います。



昨日の例で言えば、

陰陽五行も、経絡も、すでに過去のある人々によって

多く語られ、書かれた事柄であり、


もしかしたら、

AさんはBさんを、BさんはCさんを、CさんはDさんを参考にした、

かもしれないと考えることも可能です。



今、私たちが見聞きしている言葉というものは、

AさんやBさん、Cさんが、

聞いたことをそのまま言ったり書いたりするのではなく、


一旦、自分で体験して、自分の言葉で話したり、書いたりしたから

現在の私たちにも届くような形で、残ってきたのではないでしょうか。



なぜか?

自分の言葉で、書き、話すことは、


単に誰かの言葉の羅列ではなく、

実感を伴ったものであるので


聴き手への浸透力が高まるからでしょうか。


そして、何よりも、

その事柄が、自分自身の心身に浸透する力が強まるから、

であるような気がします。



●まとめ

聞いたことを、聞いたままにするのではなく、体験しよう。




うーーん、上手くまとまりました(?)。

ひとまず、今日はこの辺で。。



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今日も、気をつけてありがとう★