日常とは異なる空間に身を置くと、
かえって、日常を意識することになる。
コペンハーゲンでもロンドンでも、ここアムステルダムでも
街の人を観察していると
スーツに身を包んだ人の割合は、
感覚的に1000人に1人くらい。
0.1%というところか。
本当に少ない。
男性も女性も、みんなカジュアルな格好をしている。
平日も休日も、朝も昼も夜も、それは変わりがない。
観光客が多いということもあるのだろうけれども、
仕事中のスタイルが、スーツの人が少ないのかもしれない。
東京の新宿なども観光客は多いと思うけれど、もっとスーツ率が高い。
ここでは自転車を使う人が多く、道路のほとんどには、
自転車専用レーンが設けられており
街のあちこちに、自転車が止められている。
そのためか、女性のスカート率が非常に低い。
ハイヒール率も同様。
実用性のほうがより重視されている風だ。
でも決してオシャレではない、ということはなく、
色使いとか、重ね着の仕方、ヘアスタイルなど
街の人の格好を観察するのは飽きず、
しみじみ楽しい。
そんな風に、異国の人々をぼんやり眺めながら
自分のスーツに囲まれた毎日との、ギャップを思った。
どちらが良いとか悪いとか、そういうことではなく、
自分の住む場所が、全てではない。
一歩外に出れば、そこにはそこに暮らす人々がいる。
という、当たり前のことを改めて思う。
当たり前なのだけど、
日常にまみれていると
そのことをつい、忘れてしまいがちになる。
自分を取り巻く環境は、
世界のごくごく一部であると認識することは、
例えば、
何かに行き詰ったときに、
もし今、ロンドンにいたならばどうするだろう、とか
クリスティアニアに住む私ならどうするかな、などと、
思考や視野を広げて考えることができるので、
それほど深刻に悩まずに済むような気がする。
何だか異国の人々をみていると、
何でもありじゃん!
と、セコセコしていた自分が小さい人間に思えてくる。
ここ異国の人々だって、
そりゃ、悩みや問題はあるだろう。
言いたいのは、
いまいる場所だけが全てではないよ、という当たり前のことを
常に忘れないようにしておくことは、
何か壁にぶつかったときなどに、
その壁が、実はそれほど高いものではない、というように
別の角度から捉えられるようになるのではないかな、ということ。
非日常の空間において、日常は強く意識される。
そして、そのような非日常のなかで意識された日常は、
その中にドップリとはまっていたときとは、違った景色として捉えられる。
話は全くそれるが、、、友人の口グセ
関係アル~~~?!
関係ナーーーイ!!
という言葉を、なぜか思い出した。
そういえば、彼も海外でも活動する人だったな。
---
今日も気をのせていこう★
かえって、日常を意識することになる。
コペンハーゲンでもロンドンでも、ここアムステルダムでも
街の人を観察していると
スーツに身を包んだ人の割合は、
感覚的に1000人に1人くらい。
0.1%というところか。
本当に少ない。
男性も女性も、みんなカジュアルな格好をしている。
平日も休日も、朝も昼も夜も、それは変わりがない。
観光客が多いということもあるのだろうけれども、
仕事中のスタイルが、スーツの人が少ないのかもしれない。
東京の新宿なども観光客は多いと思うけれど、もっとスーツ率が高い。
ここでは自転車を使う人が多く、道路のほとんどには、
自転車専用レーンが設けられており
街のあちこちに、自転車が止められている。
そのためか、女性のスカート率が非常に低い。
ハイヒール率も同様。
実用性のほうがより重視されている風だ。
でも決してオシャレではない、ということはなく、
色使いとか、重ね着の仕方、ヘアスタイルなど
街の人の格好を観察するのは飽きず、
しみじみ楽しい。
そんな風に、異国の人々をぼんやり眺めながら
自分のスーツに囲まれた毎日との、ギャップを思った。
どちらが良いとか悪いとか、そういうことではなく、
自分の住む場所が、全てではない。
一歩外に出れば、そこにはそこに暮らす人々がいる。
という、当たり前のことを改めて思う。
当たり前なのだけど、
日常にまみれていると
そのことをつい、忘れてしまいがちになる。
自分を取り巻く環境は、
世界のごくごく一部であると認識することは、
例えば、
何かに行き詰ったときに、
もし今、ロンドンにいたならばどうするだろう、とか
クリスティアニアに住む私ならどうするかな、などと、
思考や視野を広げて考えることができるので、
それほど深刻に悩まずに済むような気がする。
何だか異国の人々をみていると、
何でもありじゃん!
と、セコセコしていた自分が小さい人間に思えてくる。
ここ異国の人々だって、
そりゃ、悩みや問題はあるだろう。
言いたいのは、
いまいる場所だけが全てではないよ、という当たり前のことを
常に忘れないようにしておくことは、
何か壁にぶつかったときなどに、
その壁が、実はそれほど高いものではない、というように
別の角度から捉えられるようになるのではないかな、ということ。
非日常の空間において、日常は強く意識される。
そして、そのような非日常のなかで意識された日常は、
その中にドップリとはまっていたときとは、違った景色として捉えられる。
話は全くそれるが、、、友人の口グセ
関係アル~~~?!
関係ナーーーイ!!
という言葉を、なぜか思い出した。
そういえば、彼も海外でも活動する人だったな。
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今日も気をのせていこう★