今日は「将来性」に関するお話です。「経済力」の上位互換。よく男(女)を見る目についての議論があります。あの人は見る目がある(ない)という事柄をもっと精緻に言語化してみたいと思います。尚、これとセットになるのがフィーリングですね。

 

将来性

=掲げている目標の達成できそうな蓋然性

=「考え方(認知的な部分)」×「過去の実績」×「言っていることの深さ」×「立ち振る舞い」

 

上記の方程式からその人物の変化曲線を見抜けるか。例えば、人ではなくてなくても自分の得意なもので考えてみます。僕は日本史なら小さなヒント(=使っている参考書、勉強法の仕方等)から点数を見なくても、どのくらい相手ができるか大体レベル感を予想できました。

 

評価”される”側の目線から申し上げると、現状の僕レベルの頭の良さ(肩書きを含めて)に惹かれるタイプは・・・。圧倒的に”社会への認識”や”頭が溶けそう”なタイプが多かった気がしました。なぜなら、肩書きを得るプロセス、結果を出せる考え方/行動(出せない考え方)や人格(長期的にはうまくいく/失敗)の見極めこそ本質だからです。

 

そして、その見極め(=「着眼点」と「そのレベル感の把握」)は自分で失敗したり成功したりしないとその解像度が甘いです。周りの人のサンプル数を増やして、レベル感を把握する方法だけでは洞察に限界があります。


何が言いたいかというと、今は苦学生でもちゃんと見る目があれば化けるし、スペックでモテている人でももしかしたら・・・かもしれないということです。これはわかりやすい美しさのようなものにクラクラきてしまう自分への戒めでもあります。