今日は夫と私の結婚式記念日。
結婚から半年後に式をした日。

お祝いはしないもののささやかに労いのきもちを夫に告げた。

19年間、夫と一緒で幸せだった。
今もそれは変わらない。
夫がいることはとても幸せ。

朝、1人で考えて怖くなった。
私、そのうち一人になるんじゃない?
夫が亡くなったら、一人で長い間生きないといけないんじゃない?


私の祖母は初めの夫を戦争で亡くし、その弟と結婚した。それが祖父。
祖父は祖母より十も下で、跡取りという意味では仕方がないが35のおばさんと結婚させられるのは始めは嫌だったと思う。(母からもそう聞いた)
祖父は六十五で退職後すぐに亡くなった。

亡くなる前、祖父はちゃんと、祖母に一緒に生きてきたお礼を言った。

11歳の私が見ても感動的な二人のお別れだった。
祖父が亡くなってからはいつも寂しいと言って仏壇の前で泣いていた。

友達の少なかった祖母は祖父の死後13年も孤独に耐えながら生きた。
私はそれを見て、死別して一人になるとあんなに寂しいんだ、と内心怖くなった。

祖母は88歳を目前に孤独死した。
お盆、前日までうちに来て数日泊まり、そろそろ帰りたいと言って帰っていった、その翌日。

だんだん一人暮らしも大変になってきたので、お盆明けには入所できるホームを探そう、と話した矢先だった。

第一発見者は私と母。
毎日連絡をしていて、電話に出なかったため夜中に様子を見にいって発見した。
夏の夜、部屋の真ん中に敷いた布団の上で、着替えのため立ったところの心臓麻痺だと警察、そして検視した医師から伝えらた。

第一発見者になった私は、孤独死した祖母に対して、惨めに思い、自分や母が同じ状況になるのは避けたい、と強く思った。
心を許した祖父や妹に先立たれ、寂しく晩年を過ごした上に孤独死とか…と。

でも、今朝急に、私は思い違いをしていたのかもしれない、と感じた。

もしかしたら祖母は何となく感じるものがあって、亡くなる前日に家に戻ったのかもしれない。
祖父と長年過ごした、大好きな妹と歌って、子供たちを育てたあの家に。


人の脳は心臓からの血流が停止して暫くは生き続け、最後に数分間、激しく働くことが分かっている。(アメリカの研究)

臨死体験をした人の証言をもとにすると、その瞬間(脳が働いている時?)、おそらく脳はこれまでの自分を振り返ったり、体から離れて明るい光の方は向かっていく光景を見るそう。

これは多くの人で見たものが合致している。

いわゆる走馬灯。


祖父を亡くしてからきっと、祖母は"お迎え"を心待ちにしていたと思う。
ちょうど今の私と同じ気持ちで。
祖母にとってあの家での死は、祖父に抱かれ、家族の暖かさに触れながら逝ける最高の場所だったのではないか。
身体は孤独だったかも知れない、でも、祖母は亡くなる瞬間幸せだったのではないだろうか。
祖母にとってはあれで良かったんだ。

祖母の性格をよく知る私だから解る。
そして上の子が旅立った今なら分かる。
身体が孤独であろうがなかろうが関係ない。
既にあちらに待ってる人がいるのだから。
手を伸ばせばそこに…!

祖母は最期の瞬間、孤独じゃなかったんじゃないか。
幸せな最期だったんじゃないか。

誤解しててごめん。
"惨めな死"にしててごめん。


私は将来、孤独死するのはいやだ。
それは警察や事務的な問題もあるし、やはり人に看取られたほうが無難だと思うから。
でも、それがないなら孤独な"死"そのものは場合によると思う。

ステージ4の私の夫は私より先に行くだろう。
だから私も祖母や母(離婚してる)と同じ運命かも知れない。

孤独な時間はできるだけ短いほうがいい。(祖母みたいに寂しいのはいやだ。)

私の願望は
その時が来たらホームに入って、最期は下の子に手を握られながらあっちに行きたい。
そしたら夫と、上の子と、下の子全員に囲まれながら幸せな死を迎えられる。

これは人生の最終目標として、下の子に重々伝えておこう、うんうん。


ばあちゃん、解るまでに24年もかかったよ。
惨めな悲しい死だったって誤解しててごめん。

今日は結婚式記念日、ばーちゃんが亡くなって5年後に結婚したよ。
可愛い顔した年下の人とね。

ばーちゃんと一緒。
立派な人だからもし会ったらびっくりするよ。
今は癌と戦いながら頑張って生きてくれてる。

それから不甲斐なくて、ひ孫の◯◯が亡くなっちゃった。
辛い人生やけど、夫と、下の子を大切にしながら頑張って生きるね。