先日、あの子の特別な日が終わりました。

去年のあの日、それが最後の誕生日になることなんて誰が想像したでしょう。
一年前、何をしていたかとカレンダーを見てみました。
平日。
私は夫の仕事の予定以外何も書き込んでいなかった。
きっと普段通り学校に送り出し、ケーキや食事を準備してあの子を待っていたのでしょう。

書く必要なんてない、当たり前の嬉しい日。
子供の誕生日はいつも何かウキウキしてた。

写真も確認したけど、当日の写真はなかった。
二日前に下の子の中学の制服を着て楽しそうに笑うあの子が写っていました。

今年はなんだろう…
旅立ち後すぐから、無宗派であるうちは命日や一周忌などしない代わりに誕生日だけは祝おう、と話していたにも関わらず、数日前になると疑問に思う様になって来ました。
あの子はいないのに誕生日をお祝いするの?と。
誕生日はあの子の健やかな成長や、生まれたことを祝う日。

いないのに祝うの?

と。

それによく聞く記念日反応も怖かった。


当日、私は予定を入れ、それを避けようとしました。

家族も上の子の誕生日の話は少しだけ。

どうして良いかわからなかったのだとおもいます。


昼間少しだけ泣きました。


忙しく動いて18時過ぎに帰りつき、気持ちは安定。

だまって上の子の遺影を見ました。


座ってブロ友さんに返信、誕生日を打ち明け何もしていないことを告げ、スマホを置いて遺影を見ていると、あの子が私を見てニコニコしてた。


途端に突き動かされる衝動に駆られ、私は家を飛び出し、近所のスーパーで花と好きだったものをたくさん購入しました。

それこそ必死に。

家に帰って花を生け、食べ物を皿に乗せてお供えしました。

やってあげても意味ないことは分かってる。

自己満足だって。

でも、やってあげたかった。


あの子に好きなものをあげることができてとても嬉しかった。


記念日反応はあったかなかったか分かりません。

逃げてばっかりのダメな母親。

けれど考えて考えて。

今後は楽しかった日々をくれたあの子の誕生を、感謝する日にしたいと思います。