あの子が撮った夕日です。


私はあの子の手が好きでした。


指が長くも短くもない、あの子の不器用さがしっかり出た可愛い手。
パーをするといつも指をパーンと広げて、本当に元気の塊みたいな可愛い手なんです。
私は何人の手を出されても、ちゃんとあの子の手を見分けられるでしょう。

なので火葬場でのお骨あげの時、絶対手の指を拾わせて貰いたかった。
けれど、出てきたお骨は手の指なんて見分けることができませんでした。

なぜならあの子が荼毘に付された火葬場では線路の様なものの上にお棺が置かれることで、お棺のゆか部分が焼け落ちた時に一旦身体が15センチほど下の台に落ちるのだそう。


なのでお骨はバラバラになっていました。
本当にがっかりしました。

それはがっかりしたのですが、頭蓋骨はきちんと残っていました。
丸顔だったあの子。

頭蓋骨もまんっ丸で、思わず"骨までかわいい!"と言葉が出ました。


頭蓋骨まで愛おしかった。


今思い出して涙が出ました。

あの時は自分の中であの子と、あのお骨が全然リンクできてなかったのだと思います。


ただ亡くなってまで可愛いなんて!なんてふざけた事を考えていました。
今でもあの時のあの情景ははっきり覚えていますが、あれがうちの子のための儀式なんて到底思えません。

この度、あの子が旅立って初めて震災がありました。
私はあの子の大切な遺骨を失ってはいけないと、紙袋に入れて枕元に置いて寝る様になりました。
もし私の住む地域で地震があって骨壷が破損したり、自宅に入れないほどの状況になったら、大切なあの子の身体を失ってしまう。

今とても過敏になっている私にとってそれはとんでもない脅威であり、すぐに持ち出せる様にしたかったのです。



また、昨日も書きましたが、どこへいくにもあの子と行きたく、少しだけ分骨して持ち歩こうと思いました。



さて、どうするかな。

自宅供養を念頭に、始めから一番小さな分骨用の骨壷にしてもらったため、火葬場の方は容赦なくあの子のお骨を骨壷サイズに折ったり割ったりしました。
事務的なやり方に大変驚きましたが、仕方ないね、と事後夫と話しました。

私たちもほんの少し、割らせてもらって持ち歩き様にするしかないかな、と思います。

〇〇、痛くないから我慢してね。
大切に持ち歩くからね。
一生一緒にいられる様になるんだよ。