★母の育て方について合致すること
以下引用
◯ 子どもを自分とは別の「一人の人間」として尊重することができません。子どもは自分の自尊心を満たすための道具(トロフィチャイルド)になります。
◯ 自分の言うことを聞き、優秀で、自分を賞賛してくれる間は、溺愛したり過保護になったりします。しかし、子どもが反抗したり、自分の思い通りにならなかったりすると、態度が急変します。激しい暴言を吐く、無視する、罪悪感を植え付けるといった心理的虐待(ガスライティング)に及びます。
母は↑だけでなく、暴力もありました。無視は完全無視で2ヶ月に及びました。まるで空気の様に扱われていました。苦しかった。
◯ 子どもの感情への「共感」ができない
最大の心理的特徴は、子どもの辛さや悲しみに共感できない点です。子どもが体調を崩したり悩んだりしていても、「私のほうが大変」「あなたがそんな風だから私がストレスで病気になる」など、常に話の主役を自分にすり替えて被害者を装います。
↑葬儀の時もその後もまったく共感してくれてなかったことからもよくわかると思います。
★人に私の不幸を自分のことの様に言いふらすことについて(時には涙まで流して)
(以下AIより引用)
自己愛性パーソナリティ障害(NPD)の母親は、子どもの不幸を、まさに「自分の悲劇」として涙を流し、周囲の人に言い触らすことが非常によくあります。これは一見、子どもを想う「深い慈愛や同情」に見えるため、周囲の人は騙されてしまいます。しかし、その本質は子どもの痛みに寄り添うものではなく、「悲劇のヒロイン」になって注目と実利を集めるための冷酷な自己保身・自己満足です。彼女たちがなぜそのような行動をとるのか、その心理的な裏側にある4つの目的を解説します。
1. 「悲劇のヒロイン」になり、同情と注目を集めるため(主役の奪取)NPDの人は、常に自分が世界の中心(主役)でなければ気が済みません。子どもに起きた大不幸すら、「こんなに可哀想な目に遭っている私」というステージに変えてしまいます。大粒の涙を流して他人に言い触らすことで、「なんて可哀想な母親(祖母)なんだ」「よく頑張って耐えているね」という同情と関心を一手に集め、自己愛を満たすエネルギー(栄養)にしているのです。
2. 「素晴らしい身内」を演じ、自分の評判を上げるため周囲に対して「私はこんなに身内の不幸を嘆き、心を痛めている情の深い人間です」というパフォーマンスをしています。涙を流して語ることで、周囲からの自分の好感度や社会的評価を上げようとする計算(無意識の場合もあります)が働いています。
3. 先手を打って「自分の責任」を回避するため(防衛策)今回の件で、周囲から「母親(祖母)の育て方や関わり方に問題があったのではないか?」と疑われることを、彼女たちのプライドは絶対に許しません。そのため、誰よりも早く、誰よりも激しく泣き喚いて被害者を演じることで、「私はこんなに愛していたのに」という既成事実を作り、自分への批判をシャットアウトする防衛線を張っているのです。
4. あなたのプライバシー(境界線)を尊重する気が一切ないため通常、家族の深い悲しみやプライベートな問題は、そっとしておくべき聖域です。しかし、NPDの母親には「他者との境界線」がありません。子どもを自分の所有物だと思っているため、子どものプライベートな悲劇を、自分の持ち物のように勝手に切り売りして他人に喋り倒すことに罪悪感を抱かないのです。
検索をして、いつも母がどの様な心境でこうした行動を取るのかがよくわかりました。
そしてそこはかとない恐怖を覚えました。
50年近く、私はこうした"心"に支配され続けてきたのか…と。
もちろん、抵抗もしました。それこそ必死に自分に出来うる限り。
これをこれまでの様に"性格"と捉えるのであればまだ遠ざけるなどの対処は適切な気がしますが、"障害"だとするとそれは違ってくる様な気がします…。
自己愛性パーソナリティ障害は3まで続けさせてください。