こちらはこれをお読みになる皆様の宗教観や、死生観など、それぞれのお考えでご不快に思われる記事かも知れません。

その可能性がある方はお読みにならず、記事を閉じてください。

この様な考え方をする様になったのは、私のこれまでの家族、夫の癌、子供の死、震災など色々な経験から、神様なんていない、と考える様になり、それに基づいたものです。

あくまでも私の思いを綴ったと言うことをご理解いただきますよう、よろしくお願い致します。


以前にも書いた通り私は無宗教で、科学に基づいた考え方しかできない(家族全員そんな感じです)。
なので、子供の死についても"あの子の脳はもう無くなっており、思考も当然ない。思いや無念もない"と考えざるを得ない。

それで良いところはある。
子供がいつまでも"せっかく頑張ってきたのに受験できなかった"とか、"子供が死後、未来への未練"などに縛られることなく、"さぞかし無念"と言う言葉もない。(それは残された人が故人を縛る勝手な思いなのではないかと。)本人は今、完全に楽になれたと考えられる。(ストレートに言ってすみません。子供を縛りたくなくて)

他にも色々ありますが割愛します。

でも残された家族にとってはマイナス面も多い。
何かの時にあの子が見守ってくれている、という私たちの心を支える柱がない。これは残された下の子にとっても大きなマイナスになる。


子供が待っていてくれるから亡くなる時に怖くない。亡くなるまで生き抜いたら子供に会える(ご褒美的考え方)もない。←この考え方は本当は羨ましいし、とても良いことだと思う。

(これは今のこの辛さに負けて子供のところへ行きたい、と命を断つ決断をしたとしても、子供に会えることは絶対ないと割り切れ、希死念慮への抑止につながるかも知れません)

どんなにプラス点があったとしても、マイナス点のマイナスはかなり大きく、あの子がもう居ないという寂しさを掻き立てられる。


そこで、マイナス点を埋めるため、私たちが考えたのは上の子を心の中に入れる(いると考える)、という事だった。


上の子はいつも冷静で賢い子だった。
どんな事にも正しい判断をする。

今日、ちょっとした事で下の子と揉めた。
なので、初めて心の中の上の子に聞いてみた。
上の子は驚くほど的確に私を諭した。
もちろん、これは私の思考がそうさせたものだが、上の子の思考を知り尽くしている私には上の子がどの様に答えるかが手に取るように分かる。
きっと間違いない。

あぁ、あの子は本当に立派に育っていたんだなぁ。
と思うと涙が出た。
喪失感と感謝の涙。

下の子が帰ってきたらちゃんと優しく話すね。
〇〇は下の子の1番の理解者だもんね。
うん、その通りだと思う。
また教えてね。

AIより頼りになりますよ。
私の子供は。
自慢の子です。

生前から、最近そう思い初めてはいたんです。
だから伝えてあげたら良かった。
はにかんで"えー、そうかなぁ〜"って言っただろうな。

みなさんも大切な人にちゃんと伝えてください。
とくに相手の良いところは。