私の母は昭和20年代生まれで、代々続いてきた大きめの士族の家柄です。
裕福ではあったものの、母は女性であったがゆえにその恩恵には預かれず、大学進学も諦め、祖父母の勧めで銀行員になりました。
彼氏を作れば祖父母に興信所に調べられるなど、かなり制約の多い人生だったようです。
しかしながら、生来の奔放な性格には抗えません。
家を出たいがために(と言っていました。それだけではないと思いますが)結婚を決め、父と一緒になりました。
賢かった母に比べ、父は中卒で頼りなく、私の知る限り母はいつも父を軽蔑していました。
離婚を決めてからは、女城主です。持ち前の根性も手伝い、自営業が軌道に乗るまでダブルワークしながら私と弟を育ててくれました。
結婚した私から母を見ると、母は絶対に結婚に不向きだと思います。
幼い頃から父の悪口を毎日のように聞かされ、洗脳されて育ちましたが、母の性格にも問題があったと感じました。
母は祖父母に虐げられて育った過去から、少し屈折したのかもしれませんが、人柄は人情深く、母性に溢れた人です。また、バイタリティもあり、仕事もうまくいって人を雇うほどになりました。私が中学生になった頃には海外旅行にも行けたり、割と裕福な生活ができていました。
コロナを機に自営業は廃業しましたが、なんとその後68にしてまた芸能の仕事を始めました。それも軌道に乗せて後期高齢者ながら年金ぐらいの収入を得て楽しく生活しています。
暴力などあり屈折はしていましたが、私たちを守ると言う心の強さはいつも感じて育ちましたし、私は母を尊敬しています。
彼氏も多く、私が小3.、小6、中2、高1、大学、社会人2年目、その後も2、3人、とにかく男の人とはよく付き合っていました。
現在70代後半ですが75までは彼氏がいました。(こわ〜)
しかしながら、一度臍を曲げると周りを巻き込んでとんでもない事をするのは耐え難く、いくつかエピソードをご披露したいと思います。
大人になってからのエピソードで酷いものは
夫の実家への結婚の挨拶当日に帰ってしまった事件でしょうか。
夫は遠方が実家であったため、前日から泊まりでご挨拶に行きました。
その日、私は夜到着で、荷物をできるだけ減らすため、挨拶に行くときの洋服(一張羅)で現地入りしていました。
ところが、なんとコーヒーを思いっきりこぼしてしまったのです。
ホテルのフロントに確認すると朝までにクリーニングできると言われ、他に服のない私は母にフロントに持って行ってもらえるよう頼みました。
すると母からの返事はノーだったのです。
翌日大切な日なのは母も知っているはずなのに、なぜか理解できず、何度も(臍を曲げると厄介なのは知っているので丁寧に)
頼みましたが、答えは変わらず…。私は思わず"持って行ってくれるぐらいいいじゃん"と、怒るように言ってしまいました。それからもう無視されていました。
仕方なくコーヒーで汚れたコートを着て(コートは諦めた)洋服だけクリーニングに出しに行きました。
翌朝、ほぼ無言のまま一緒に出発して5メートルほど前を歩いて徒歩1分の駅にたどり着いた時、振り返ると母は姿を消していました。
母の挨拶のために親戚を集め、料理を注文し待っている夫の父母になんと言い訳するか…なぜこんな事をするのか…、本当に焦りました。
結局、突然の不幸ごとがあったことにし、ことなきを得(てはないかな…)た感じになりました。