秋田小学生死亡のマスコミ対応
秋田小学生死亡事件の件で、警察捜査とマスコミ報道がリンチの様相を呈しているように感じる。
特にマスコミがひどい。逮捕前からの執拗な取材、「死体遺棄」の段階ですでに殺人犯であるかのような報道。「疑われていることを感じていたのか取材に苛立つ」とかなんとかいってるけど、おかしいんじゃないの?あれだけのカメラに24時間追い回されて、苛立たない人間がいたら、そっちのほうがへんだ。
報道を見る限り(って、そこが問題なのだが)彼女は限りなく黒に近いように思われる。
しかし、仮に殺人罪だったとしても現段階では単なる容疑者、しかも逮捕容疑も殺人ではなく死体遺棄に過ぎない。
まさに「ありき」の捜査とマスコミ報道だ。
古い話になるが、マスコミは、松本サリン事件を忘れたのか。
当初、疑わしいとされた一般市民を追いまわし、家の外から写しまくり、プライバシーを暴露し、まさに犯人扱いした。その後のオウム真理教関係者の逮捕などでころっと身をひるがえし、報道被害者には、一部の局が「すみませんでした」とニュース番組などで謝っただけだ。すみませんで済むのか?
同じことが、おそらく全国で今でも日常的に、私たちの知らないところで繰り返されている。そして、どこで何が行われているか、情報を取捨するマスコミ側が加害者である場合、マスコミに情報源を頼っている私たちは知りようがない。
マスコミはいったい何様のつもりなのか? マスコミだったら何やってもいいのか? だいたい、こういうことやってっからマスコミが信用されなくなるんだよね。最近、某A新聞社が「ジャーナリスト宣言」とかなんとかいってるけど、笑わせるなってかんじだ。彼らマスコミが「ジャーナリズム」だなんて認めてる人なんて、いないと思うよ?
こういう事態を放置している司法も情けない。弁護士会でもなんでもいいけど、抗議文くらい送ってほしい。
平成17年度版母子家庭の実態調査が出た
平成17年度の母子家庭の実態調査(母子家庭の母の就業支援施策の実施状況)が厚生労働省から発表された。http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/boshi/06/index.html
まだ最初のほうしか読んでいないが、母子家庭の収入の状況についての報告があって、これが、前回調査(平成15(2003)年)よりかなりかなり減っている。
もともと母子家庭の収入というのは一般世帯に比べて低いのだが、前回調査では母子家庭全体の平均年収が234万円だったのに対し、今回の調査では224万6千円となっている。たかが10万、されど10万。年収たかだか200万あまりという世帯に、10万の減収は大きい。
こんな状況のなか、2010年から、離婚後5年後の母子家庭について児童扶養手当を削減していくことがすでに決まっている。
当然ながら、誰でも仕事をしなければ収入はない。しかし、現在の日本の職場は、家庭内での性別による役割分担が前提となっており、世帯に、分担する対象が不在である場合に、子育てをしながら会社勤めをしてまともな収入を得るのは、ほぼ不可能といっていい。
これに、就学児童を対象とした学童保育などの整備の不足と制度の穴が拍車をかける。
保育園に言っている間は、まだいい。延長保育を行っている保育園も増えてきた。いざとなったら認可外の保育施設もある。しかし、学校にあがったとたんに、支援は極端に薄くなる。たいていの施策も就学前児童を対象としているし、学童保育の開設時間も短かったり、ヘタすると学童保育事態が学区内にない場合もある。
子どもを放置して(独身者と同じように)働けば、そりゃ、まともな収入は得られる。しかし、「子どもなんか存在しないかのごとくに働く」ことによってしかまともな収入を得られないってのは、これは、子ども産まない人が増えるのは当然ではないのか。
母子家庭に対する支援は、おもにその子どもに対する支援だと思う。別に、ひとり身なら支援なんていらないさ。働けば稼げる、そうでなければ金がない。健康上の理由でもなければ、それはまあ、自己責任といわれてもいい。
しかし、子どもを保護するインフラが整っていない現在で母親に自己責任ばかりをいう政策は、小子化対策と矛盾していないのか。
結婚したカップルのうち、離婚するのは10組に1組だそうだ。離婚する可能性は、10人に一人であるということで、うっかりそのときに子どもでもいた暁には子ども抱えて路頭に迷う、なんて思ったら、子どもなんて果たして産めるかね。
君が代うたわないと処罰される国・日本
君が代を立って歌わないと教職員が処罰される。
まさに独裁国家顔負け。
っていうか、すでに独裁国家なのかもね、やっぱ日本って。
卒業式のときに君が代歌わないと抗議した教師に、東京地裁が20万円の罰金を命じたそうだ。訴えたのは東京都。以下、yahoo!ニュースより引用―― >判決は「退場要求に従わずに大声を出したのは威力業務妨害罪の『威力』に当たり、開式が約2分遅れるなど『業務妨害』の結果が生じた。起訴は公訴権の乱用に当たらない」と退けた。―――引用終わり―――んだそうだ。
マスコミはいつも独裁者に敬礼してうれしそうな縁起をしている北朝鮮国民のことを、あたかも滑稽であるかのごとく演出して報道しているが、日本のいったい、どこが違うのか教えて欲しい。
司法もいったい何をやってるのか。2分だよ、2分? ってことは、もし子どもがおしっこいきた~い、とかいって式を2分中断させたら業務妨害?
これで共謀罪なんて成立した暁には、あなたもわたしも何されるかわかったもんじゃない。こういう訴えや判決ががまかり通るっていうことは、何されたって文句いえないってことでしょ。
ちなみに、今まで君が代日の丸で反抗して処分された教師の数は、のべ345人だそうな。じきに、国内で難民制度かなんか作らなきゃいけなくなりますね。東京都に帰ると刑務所に入れられるって難民申請するとか。
あ、だめか。裁判所がつるんでるんだもんね。東京都だけが危ないわけじゃない。こうなるともう、日本脱出しかなくなるかも?
以下もと記事。
<君が代判決>都立高の元教諭に罰金「懲役刑は不相当」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060530-00000033-mai-soci
P.S. 懲役刑は不相当って、あったりまえだろが。恩着せがましくいわれたくない。
子どもの性同一性障害
性同一性障害と診断された小2の男児が女児で通学することを兵庫県の学校が受け入れていることが大きく報道された。
ところで、性同一性障害とは違うが、両性具有で出生する子どもはけっこういるらしい。ある情報によると、県内のとある病院で年間200件程度は両性具有の子どもを診ているらしい、とのことである。たいていは、技術上の問題から女性に適応するように処置されているらしいのことだが、もし社会の制度が「中間」を認めていたら、自分で選ぶこともできずに生まれてすぐにどちらかの性にされてしまうのではなく、いずれもう少し大きくなって、自分が選びたい性を選ぶという道も、もしかしたらあるのではないか。
今回の報道でも、関係者が「困ったな~」と思っているのは、修学旅行のときにどうするか、とか、着替えはどうするか、みたいな、どっちかというと受け入れ態勢の問題らしい。
性の問題は本人にとってみれば大問題である。自分が男か女か、社会の都合にあわせて(選べる時期ではないのに)どちらかをさっさと選ばなければいけない、というのは酷じゃないだろうか。
ものすごく稀なケー スならともかく、性同一性障害の人や生まれたときに性別が確定できない人はけっこう多いらしい。
男・女・未分化(もしくは未選択)、みたいなカテゴリーわけ、できないんでしょうかね。そのほうが自然なような気もするんですが。
ボーリングフォーコロンバイン
マイケル・ムーアのボーリングフォーコロンバインを見た。
人々の恐怖をあおることによってビジネス的な成功が手に入るアメリカ社会において、(政府やマスコミが)恐怖をあおることが日常になっていて、与えられた(つくられた)恐怖をコントロールできなくなった人々が互いに入手が安易で安価な銃を持たされたことによって、「ナントカに刃物」状態に陥ってしまい、結果、子どもも含めて年間11万人強の人々が銃で射殺される社会構造になってる、ってのが、おおよその構成になっている。
見ながら、日本も同じ道を突っ走ってるな~と思った。
子どもの連れ去り事件の後、子ども向けの携帯電話がばんばん売れてるそうだ。ドコとはいわないがドコかの通信会社など、笑いが止まらないだろう。
学校などがGPSを内蔵した携帯電話などで子どもの安全確認をする、という公共事業も、すでに各地で実験段階とはいえ、始まっている。このままいけば、予算化されるだろう。総務省も、前々からICT(今はITじゃなくてICT Information and Communication Technology っていうそうだ。どっちでもいいけど別に。)を活用してあれやれこれやれといっている。 タイミング的には受注側に追い風だ。
ところで、私が定期購読している「週刊金曜日」http://www.kinyobi.co.jp/Recent 記事によると、子どもを対象とした犯罪は、ある統計によると、むしろ数としては減っているということだ。
へんだと思いません? テレビをつけると、政治家や役人が「子どもが被害にあう犯罪が年々増えており・・・」ってよくいってる。しかし、年々増えている、という具体的な裏付けを示されたことは、考えてみたら一度もなかったような。
確かに、報道される量は増えていると思う。前々から「ニュース番組なのになんでワイドショーみたいなBGM入れるわけ?」と疑問に思っていた各ニュース番組でも(その後、「これらはニュース番組ではなく夜に放送されるワイドショーなんだから仕方がない」と思うことにした。)子どもが対象・もしくは(加害者含めて)「主人公」の事件は特にエキセントリックに取り上げる。
そして最後に必ず「どうすれば子どもを守れるのか! その課題が大人たちにつきつけられている!」「子どもたちの心の闇の解明が待たれる」とかなんとかいう決まりになっているようだ。
昔、何かで読んだが、CMって、子どもか動物をだすと簡単に視聴者の共感を得られるそうな。ニュース番組もCM化しているということか。
迷惑なのは子どもたちである。
ストーカーまがいの大人たちにGPSでつけられて、道草もできない。
子どもには人権っつーのはないのかね?
例えば、私の夫(夫はいなのだが、仮にいたとして)が、「おまえの身が心配だから」といって、私にGPSを持たせて行き帰りの時間や場所まで報告させ、ちょっと予定と違う行動をとるとすぐに電話がかかってきて・・・なんてやったら、いずれ、私は逃げるだろう。人権侵害、ストーカーです、そんなのは。
親だから、学校だから、そんなことが許されるのか? 違うんじゃないのかな、ずいぶんと?
先日、子どもが父親が海外出張するに際して、「おとうちゃんが乗ってる飛行機が落ちて死んじゃったらどうする?」と訊いてきた。(彼らは別々に暮らしているがちゃんと良好な親子関係を築いている。)
道を歩いていても、車に乗っていても、飛行機に乗っていても、家で静かにしていたって、死ぬ可能性はゼロではない。おかあちゃんもいつかは死ぬ。あなたもいつかは死ぬ。今まで生き物で死ななかったものはひとつもいない。それは、そういうふうにできている。すべての生き物がいつかは死ぬ。でも、いつか終わっちゃうから楽しいしうれしいし、いきてる間にあれもやろう、これもやろうと思うわけ。ずっと永遠に生きていなきゃいけないなんてことになったら、それはそれでたいへんだと思うよ~。
・・・という私の説明を、9歳の息子はよく理解し、納得したようだった。
子どもが死ぬ可能性はゼロではない。大人が死ぬ可能性がゼロにならないのと同じことで、その可能性をゼロに近づけようとしたら、それこそ、子どもを家に閉じこめて何もさせないでいるしかない。そうしたところで、可能性がゼロになるわけではない。
子どもは危ないことが好きだ。昨日も一緒に山にいったら、「熊が出てきたときのために」山道で自分の身長くらいの枯れ枝を二本ほど拾って、熊が出てきたときのシミュレーションをしながら枝を持ち歩いていた。
山から出て現実の世界に戻り、枝を捨てたあとに子どもがいった。
「いやー、おかあちゃんが そんな枝は危ないから捨てなさい、なんていう人じゃなくてよかったよー。それじゃまるで○○と同じだよ」
前にいた学童保育でいわれたらしい。
子どもが生きてるってことはもちろん大切だ。怪我もしないにこしたことはない。
しかし、子どものQOLって、もっと大事にされてもいいと思う。
危ないことを試してみたり、怪我をしながら成長したりするのも、子どもの立派な権利だ。そうやって、私たちも大人になってきたはず。
大人が自分たちの不安に負けて、子どもをがんじがらめにしていくのは、それは愛ではなく、ただのエゴだと私は思う。
結婚相談所CMが解禁?
経済産業省が、小子化対策として、結婚相談所のCMを解禁する方針だそうだ。
結婚相談所のCMが禁止されているということも知らなかった。いわれてみれば見たことないです、たしかに。やっぱずれてるなー、このひとたち。
結婚できないのは、結婚に関する情報が不足しているからか? 違うでしょ?
結婚したって、仕事ばかりでたいして家にいない、子育ての戦力にもならない夫と結婚して、みんなが子どもばんばん産みたがると思ってるのか、ほんとに?
もうひとつ。
先日、議会報を読んでいたら、小子化の原因は「女性の社会進出・高学歴化が原因」といってる議員がいた。まだこんなこといってるのか、この人たちは?
高学歴でも社会進出しても子ども産みたきゃ産める社会なら問題ないでしょ? なんで女性だけが「仕事か子どもか」なんて人生の選択を迫られるのか? こどもは両性いないとできないはず。どっちかの性だけがその選択を強制されるのはおかしいんではないか。
ってかんじに、無茶ばかり男にも社会にも押し付けられてウンザリした女性たちの出産ボイコットが、小子化の大きな原因であると私は思っている。
ボイコットする側にはそれなりの理由があるのである。見当違い、ひとりよがりの政策ばかりぶってないで、何を要求してるのかを聞き(一応、次世代育成支援計画でアンケートなど莫大な予算かけてやったはずなんだけど、そこに結婚相談所のCM解禁しろとかいっぱい書いてあったのかね?)、その上で、優先順位を勝手に決めないで、ニーズに従って政策決定してほしいと切に思う。
結婚相談所CM解禁に関するもと記事はこちら。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060502-00000301-yom-bus_all
教育基本法で「国・郷土を愛する」を明記するって
教育基本法で「国・郷土を愛する」を明記するって今日のyahoo!のニュースに出てました。
素朴な疑問なんですが、「愛」って、法律に規定するようなこと?
別件ですが、先日、子どもが学校から「家庭の日」かなんかのパンフレットをもらってきました。フルカラーA3見開き、おそらく市内(もしかしたら県内? 県も同じこと別途やってたりして?)すべての世帯に配られるはず。どう考えたって、少なくとも数百万の金は軽くかかってます。それに携わる行政職員の人件費も考えたらもちろん、もっといく。こういうのは、だいたい、出入りの業者かなんかに下請けに出しますんで外注、つまり民間委託の公共事業でもあります。とんちんかんな公共事業で無駄遣いするな~!
おっと、話がずれました。それをいいたかったんじゃなかった。 要は、「家庭を大事にしよう」とか「国や郷土を愛する」なんて、人に、特に国や行政なんぞにいわれる筋合いのものかってことを私はいいたい。誰かや何かを愛せ、なんて、いったい何様のつもりならしゃあしゃあといえるのだろうか。
愛ってのは、何かを大事にする気持ちってのは、自然に沸いて出るもので、それはその人の生き方であるとか、いろんなことで、自分が自分のなかで大事に育ててきて、気がついたら「あった」ってようなものじゃないでしょうか。 子どもや家族を大事にしましょうって行政にいわれて、子どもや家族を大事にするのか? 法律で「国や郷土を愛しましょう」といわれたから国や郷土を愛するのか?
私は、栃木県にすでに10年近く住んでいるけど、いまだ、自分が幼い頃を過ごした長野は木曽の山奥の風景が自分の原風景だと感じているので、やはり、なんとなく自分は長野の人、というような漠然とした感覚がある。もしかしたら年をとったら、あの場所に戻りたい、みたいに思うのかもしれない。シャケが生まれた川に帰っていく、みたいな感じなんでしょうか(^^; 多分、そういうのが、郷土に対する愛だったりするのかもしれないと、私自身は思っている。
少なくとも、日の丸掲げたり、国歌歌ったり、サッカーの大会ときだけ愛国者に早代わり、みたいなのは、郷土を愛するってのとは、ちょっと関係ないんじゃないかと思う。
なんか、子育てしてる立場としては、不安ですね。世の中右寄りになってきて。
教育基本法改正に関するもと記事はこちら http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060412-00000006-yom-pol
「根性」政策の限界
ラジオを聴いてたら、ニートの問題で、自立支援塾が流行ってる、しかし効果はないようだと。
効果なくてあたりまえじゃないでしょうか。
生物学者かなんかにぜひ一度訊いてみたいんだけど、例えばある環境において一定以上の固体が通常と異なった行動をとったとき、その固体に責任があるのか、環境に責任があるのか。
私は一定以上の割合を超えたら環境にほとんどの問題があるんじゃないかと思うし、少なくともそういった視点での検証は必要だと思う。
しかし、現状の施策は、すべて「本人が悪い」説に基づいているように見える。
いわく、不登校は子どもが悪い、シングルマザーは甘えてないで自立しろ、ニートは仕事できるように鍛えてやれ。
根性でなんでも克服しろって? スポ根漫画じゃないんだからまったく。
結局、なにやっても効果がない。だって、原因は他のところにあるんだから。
効果がなかったら他のところに原因があるんじゃないかと考えるのがふつーの常識かと思うのだが、どうも、政策つくってる人たちはそこには思い至らないようですね。っていうか、わかってるけど考えたくないのか な?
企業の次世代育成支援対策は実効性があるか。
次世代育成支援促進法で301人以上の常時従業者を抱える企業に支援策の策定が義務付けられている。
が、やらなくても罰則がないし、内容に対してもチェック項目にひとつかふたつチェックして出せばいいような程度のものである。
なので、いくら企業の策定率が高いといわれたところで、内容はほとんどあってなきがごとしのところが多いのではないか。
下の中国新聞の記事には「従業員数に応じて企業に保育所の設置などを義務付け、達成できない場合は負担金を課すぐらいでなければ少子化は止まらないだろう」といっている企業の社長のコトバを紹介している。
政策にするんなら罰則つきにすると同時に、企業の内部の決済を通すことができるちゃんとした報酬(減税とかそういう実際的なやつ)を用意すべきだろう。
今回、政府が用意したのは、「いうこときいたら次世代育成支援のマークをあげますよ~」程度のことである。
それで動く企業なんて、いったいどれだけいるんだろうか?
企業は「なぜやるのか」の明確な理由がないと動かない。というか、動けない。
「やるべきだ」なんてことをいってもそんなことをきく企業は圧倒的に少ないし、第一、それでは社内的にも通らない。
子育て支援には金も手間もかかるのである。その支出に対して、社内的にも株主に対しても明確に説明ができるようなものでなければ、会社はふつう、動けないのである。
少子化が緊急事態だっていう危機感がちょっとでもあるんだったら、もうちょっとマシな施策を打ち出してほしいもんである。
でも、関係ないと思ってるのかな? 今国会に座ってる政治家のみなさんは、議員年金とかもらえるし、少子化で国が滅びる頃にはもう死んじゃってるし?
参考記事:中国新聞「少子と団塊」http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/child/syoushi/050803.html
大家族の税制優遇
政府が大家族の税制優遇をするそうだ。出産費用の無料化にしてもそうだが、なんでこの人たちは、こうもズレてるんでしょうか。
今、日本では小世帯化が進んでいる。総務省の「国勢調査」によれば、日本の平均世帯人員は1950年には4.97人であったのが、70年には3.69人まで減少、2000年には2.67人、2005年の速報では2.58人となっている。
小世帯化が進む日本で大家族の税制優遇をして、果たしてあてはまる人はどれくらいいるのか。
また、これは同時に露骨な「産めよ増やせよ」政策にも見える。たくさん産む=善なのか?
女性なら誰でも経験したことがあると思うが、独身の時は「いつ結婚するの?」と訊かれ、結婚したら「子どもまだ?」と訊かれ、子ども産んだら「次はまだ? 一人っ子じゃかわいそうよー」という無責任な世間のプレッシャーがある。
このプランは、そういう世間全体のセクハラを政策化したに過ぎないように見える。
いずれの制度も、あってもかまわない。しかし、優先順位が違いすぎる。緊急にやらなければいけないことはほっといて、頼んでもいないことを次々打ち出してくる。
これは、「今、のどがからからに渇いているから水がほしい」と言ってる人にステーキ出して、どうだ、私ってやさしいだろう、と悦にいる人の滑稽さに等しい。
そんなもんほしいって、誰がいったよ? 水ちょうだい、水。
もと記事はこちら http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060305-00000003-yom-pol
