小さい頃は神様がいて -44ページ目

Feliz


小さい頃は神様がいて

Feliz Navidad


この日は、皆が幸せを感じる日。


どんなに悲しいことがあっても


この日は皆、幸せになれる日。


ワインを掲げて、幸せを祝おう。


Feliz Navidad

ミサ


小さい頃は神様がいて

この地にして、無宗教、という立場は少し奇妙なことだ。


例えば私は宗教の話になった時、自分を説明する時に


「宗教はない。私は神を信じていない」


と言う。


でも無宗教というのは、単なる無関心に近いと思う。

宗教がある人でも、実際は、


「神を信じているけれど、特にそれ以外は何も変わっているところは無い」


という人が多い。

あとはミサに赴くというくらい。


でもそれでも、ミサの時間になれば教会が鐘を鳴らし、

教会の古い扉を開けて、人々がその席に並んで行く。

神父の言葉に耳を傾け、神の生い立ちを聞き、時に合唱し、何かを唱える。


決して楽とは言えない姿勢で、堅い木の板にひざまずいて、十字架を切る姿は、本当に神に仕えていることを物語る。


そんな姿を、無宗教の私は客観的に見ることができるし、逆に決してわかることの出来ないものがそこにあることも感じられる。

どんなに周りと握手を交わしたところで、それはただのまねごとで、きっと彼らの何も理解は出来ていないに違いない。


皆が神に想いを馳せている場所で、私はその教会の装飾に想いを馳せているなんて、


本当に滑稽だ。

グラナダ一週間

というわけで行ってきたグラナダ。


一週間毎日雨で、グラナダの街の良さはほとんどわかんなかったけど。

あと語学学校自体も、色んな部分が見えて良い参考になった。


でも総合的に、行って良かった。


というより、今回は観光や授業意外の部分で収穫があった一週間だったと思う。



小さい頃は神様がいて

まずホームステイ先。これは当たりだった。


おぼさん(Violeta)が1人で住んでるとこだったけど、御飯もおいしかったし、夜は一緒にテレビ見たりして、私が出かけている時間以外は一緒にいることが多かった。

すごくたくさん話したわけではないけれど、でもとても居心地が良かった。


クリスマスの夜はミサに一緒に行ったり、近所のBarに飲みに誘ってくれたり、家以外のところにも連れて行ってくれたことが、とても嬉しかった。

クリスマスの朝はチュロスを食べに行ったし。


Barなんて、本当に地元の人ばっかりが集まるところで、店員も客も、皆私のことを気にかけてくれて。笑

なんかいっぱいからかわれた(良い意味でね)けど、楽しかった。アンダルシアの人ってやっぱあったかいな。

皆親切で楽しい。

道でも気軽に声掛けてくるし。笑


ちなみに店員は2人ともPepe(Joseの愛称)なんだよ。笑


小さい頃は神様がいて

そしてVioletaもとても明るくて、親切で、愛情のある人だと思う。

なんか波乱の人生を歩んできたのが、話してて垣間見えた。

だからこそ、愛情も深いのかも。



学校でも良い出会いがあった。


初めて中国人の子と仲良くなったし。

彼女はこれからスペインに滞在する予定だから、街は違えど、知り合えたということは幸運。

一緒に街散策したし。


あと、日本人の人にも出会って。

同じ一週間の滞在で、現在NYに住んでる人。

よくしゃべる人。でも面白い考えの人。

最近思うが、やっぱりこっちで気が合う人って、だいたい同じような考えとか持ってる人が多い。

彼女も言ってた。

一か所に留まらない人だって。笑

当たってるかな。でも彼女とは、きっと再会するとしたら、日本ではないと思う。




たった一週間だったけど、得たものは多い。

住みたい、とは思わないけど、でももう一回グラナダは行きたいな。


今度は晴れてる時に。笑