初めて『十二夜』を観たのは、18歳の時
演出は、大多和勇
シアター2+1の渋谷・児童館での公演
高校3年生だった私は、その夏
大多和さん演出のチェーホフ『かもめ』のニーナを演じていました
もう、円演劇研究所に入ることが決まっていた頃
恐れを知らない・・・一番、生意気だった時期・・・
正直、芝居もピンとこなかった
ただ
道化のフェステ役の仲原明彦さんから目が離せませんでした
今でも
最後の台詞のシーンが目に焼き付いているほど・・・衝撃的でした
彼のような役者になりたいと思ったのです
それから研究所で2年
フリーで1年
「この世界に向かないんじゃないか
・・・女優なんてあきらめた方がいいんじゃないか」
この芝居が終わったら、芝居から足を洗って
結婚しよう・・・
その・・・
最後になるはずだった芝居の初日
劇場に電話がかかってきたのです
「マライア役の女優さんが倒れた!・・・舞台は、10日後・・・出来るか!!!」
あの仲原さんからでした
10日後、『十二夜』学校公演の舞台に立ちました
この3年・・・何をやって来たのでしょう・・・
あまりに、何も出来ませんでした・・・
それ以来、どっぷり芝居の世界に嵌りました
そして
仲原さんがいる、シアター2+1に入団しました
初めて
主役ヴァイオラを演じたのは、22の時
演出は、青年座の高木達さん
仲原さんによく
行き帰りの中央線の中で台詞の稽古してもらいました
電車の中だから
とても・・・恥ずかしかった
25の夏
下北沢・駅前劇場を押せえてあったものの
突然、予定の作品が上演出来なくなってしまった
悩む代表・仲原明彦に言いました
「シアター2+1には、『十二夜』があるじゃありませんか!!!」
仲原明彦44歳
初演出『ロマンティックコメディ・十二夜』
私は、ヴァイオラを演じ、フルートを吹き…歌を歌った
この時に創った『ロマンティックコメディ・十二夜』が
全国の学校公演・おやこ劇場公演から支持され
ヴァイオラを600回以上演じ続けました
相手役のオリヴィア姫や兄のセバスチャンは
何人変わったでしょう・・・
思い出すのも大変なくらい
その間・・・
劇団もいろいろあり
私も・・・
いろいろありました
でも、私は・・・
ヴァイオラと共に生き
ヴァイオラと共に成長してきました
7年前・・・
代表・仲原明彦が
60歳の若さで逝ってしまった
創造の柱が無くなった劇団
またも、私は叫んだ
「シアター2+1には、『十二夜』があるじゃない!!!」
20年演じ続けたヴァイオラ役を降り
そして・・・
いさらい香奈子42歳
初演出・シアター2+1アトリエ公演『十二夜』
従来・・・あるものを
再構築する難しさを思い知らされた初演出
それから
学校公演版『十二夜』安堂鈴治(=仲原明彦)演出を引き継いできました
手探りで演出しているうち
どれ程、仲原さんから教えられてきたか
芝居というものを
私に伝えてくれたのか
やればやるほど
思い知らさせるのです
そして
昨年、仲原時代から道化フェステを演じられていた俳優さんが役を降りた時
道化フェステを演じる決心をしました
本来
男性しか演じられない道化を
個性の強かった今までの道化とは違う
いさらい香奈子の道化フェステ
18歳の時観た
・・・今でも忘れられない、仲原明彦のフェステ
そして、私が演じるためには
いままでの『十二夜』の枠組みを変えなければなりませんでした
学校公演の少ない稽古の中で
今までの中身は変えずに変える
それがいいのか・・・悪いのか
今までの『十二夜』の評判を落さずに
新しい『十二夜』にしていく
今年に入って
2月21日の公演と先日5月2日の公演
まだ、2回のみですが
なんとかクリアしたようです
もちろん
課題は、山積みなのです
これからも
もっともっと・・・もっと
でも
公演が終わった・・・その夜
思い知ってしまったのです
もう
仲原明彦はいないのだと
7年も経ち・・・
わかっていることなんだけど
私・・・ひとり
一人で立ち向かって行かなくてはならない現実に
どうしていいのか
途方にくれてしまったのです
でも
やるからには
受け入れて行かなくてはならないこと
もう大丈夫です
これが
お騒がせした騒動のいきさつです
長い文書を読んで下さって
ありがとうございます
これからも
やっていきますから・・・
演出は、大多和勇
シアター2+1の渋谷・児童館での公演
高校3年生だった私は、その夏
大多和さん演出のチェーホフ『かもめ』のニーナを演じていました
もう、円演劇研究所に入ることが決まっていた頃
恐れを知らない・・・一番、生意気だった時期・・・
正直、芝居もピンとこなかった
ただ
道化のフェステ役の仲原明彦さんから目が離せませんでした
今でも
最後の台詞のシーンが目に焼き付いているほど・・・衝撃的でした
彼のような役者になりたいと思ったのです
それから研究所で2年
フリーで1年
「この世界に向かないんじゃないか
・・・女優なんてあきらめた方がいいんじゃないか」
この芝居が終わったら、芝居から足を洗って
結婚しよう・・・
その・・・
最後になるはずだった芝居の初日
劇場に電話がかかってきたのです
「マライア役の女優さんが倒れた!・・・舞台は、10日後・・・出来るか!!!」
あの仲原さんからでした
10日後、『十二夜』学校公演の舞台に立ちました
この3年・・・何をやって来たのでしょう・・・
あまりに、何も出来ませんでした・・・
それ以来、どっぷり芝居の世界に嵌りました
そして
仲原さんがいる、シアター2+1に入団しました
初めて
主役ヴァイオラを演じたのは、22の時
演出は、青年座の高木達さん
仲原さんによく
行き帰りの中央線の中で台詞の稽古してもらいました
電車の中だから
とても・・・恥ずかしかった
25の夏
下北沢・駅前劇場を押せえてあったものの
突然、予定の作品が上演出来なくなってしまった
悩む代表・仲原明彦に言いました
「シアター2+1には、『十二夜』があるじゃありませんか!!!」
仲原明彦44歳
初演出『ロマンティックコメディ・十二夜』
私は、ヴァイオラを演じ、フルートを吹き…歌を歌った
この時に創った『ロマンティックコメディ・十二夜』が
全国の学校公演・おやこ劇場公演から支持され
ヴァイオラを600回以上演じ続けました
相手役のオリヴィア姫や兄のセバスチャンは
何人変わったでしょう・・・
思い出すのも大変なくらい
その間・・・
劇団もいろいろあり
私も・・・
いろいろありました
でも、私は・・・
ヴァイオラと共に生き
ヴァイオラと共に成長してきました
7年前・・・
代表・仲原明彦が
60歳の若さで逝ってしまった
創造の柱が無くなった劇団
またも、私は叫んだ
「シアター2+1には、『十二夜』があるじゃない!!!」
20年演じ続けたヴァイオラ役を降り
そして・・・
いさらい香奈子42歳
初演出・シアター2+1アトリエ公演『十二夜』
従来・・・あるものを
再構築する難しさを思い知らされた初演出
それから
学校公演版『十二夜』安堂鈴治(=仲原明彦)演出を引き継いできました
手探りで演出しているうち
どれ程、仲原さんから教えられてきたか
芝居というものを
私に伝えてくれたのか
やればやるほど
思い知らさせるのです
そして
昨年、仲原時代から道化フェステを演じられていた俳優さんが役を降りた時
道化フェステを演じる決心をしました
本来
男性しか演じられない道化を
個性の強かった今までの道化とは違う
いさらい香奈子の道化フェステ
18歳の時観た
・・・今でも忘れられない、仲原明彦のフェステ
そして、私が演じるためには
いままでの『十二夜』の枠組みを変えなければなりませんでした
学校公演の少ない稽古の中で
今までの中身は変えずに変える
それがいいのか・・・悪いのか
今までの『十二夜』の評判を落さずに
新しい『十二夜』にしていく
今年に入って
2月21日の公演と先日5月2日の公演
まだ、2回のみですが
なんとかクリアしたようです
もちろん
課題は、山積みなのです
これからも
もっともっと・・・もっと
でも
公演が終わった・・・その夜
思い知ってしまったのです
もう
仲原明彦はいないのだと
7年も経ち・・・
わかっていることなんだけど
私・・・ひとり
一人で立ち向かって行かなくてはならない現実に
どうしていいのか
途方にくれてしまったのです
でも
やるからには
受け入れて行かなくてはならないこと
もう大丈夫です
これが
お騒がせした騒動のいきさつです
長い文書を読んで下さって
ありがとうございます
これからも
やっていきますから・・・