『先生、私の癌はどのくらい前に出来たモノなんでしょうか?』

癌告知の後、母親が担当医に詰めいるように聞いた。


担当医は飽くまで推測であると前置きした後…。


『癌のサイズから、半年から一年以内であろうと思います』と答えた。


『やっぱり…』


母親には思い当るフシがあったようである。


思い起こせば、昨年は色々な事があった。


そもそも、心配性で、神経質で、思い込みの激しい母親には、自分自身の事も含めて激動の一年であったと思う…。


一昨年の年末から、高齢出産を控えた妹が2月の出産準備の為に実家に戻って来ていて、初孫と言う事もあり、かなり頑張ってもいたし、色々と神経もすり減らしていたように思う。(そのご褒美の初孫の笑顔もあるのだけど)


出産後も初孫と産後の妹の世話など、精力的に動いていた。

その頃から、母親の口から『疲れた』と言う言葉が漏れる事が多くなっていたように思う。


当時の僕は、孫と娘の世話焼きにテンション上がっていたのだから当たり前か…くらいにしか思っていなかったけれど…。


母親と父親との関係はずっと良くなかった…。
父親が定年して家にいるようになってそれに拍車がかかった。

それは多分にして父親の性格に問題があったように思う。

簡単に言えば、もの凄くワガママで、嫌味な性格であり、人の話には『そうか』とは言えずに否定から入るか、馬鹿にする傾向が強い。

それでも、僕が離婚して実家に戻ってからは少し控え目になったとは言え、僕がいないところでは母親に辛く当たっていたらしい…。

余談だけど、父親は船乗りをしていて、定年を迎えるまでは年間でトータルで60日も家にいなかった人だ。

僕は高校卒業して県外に進学して、そのまま就職して、結婚して帰省して両親とは別居。

そして、離婚後に実家に戻ったので、まとまに父親と生活するのはここ5年くらいの話である。



そんな母親のストレスの原因とも言える父親がこの夏に倒れた…。


お盆の挨拶に親戚の家に1人で出かけた際、よろけて転倒、頭部を強打して救急車で病院に搬送された。

搬送先の病院では、転倒当初の意識混濁や記憶の混乱も落ち着いて、駆け付けた母親とも普通に会話をしたらしいのだが…。

念の為検査入院する事になった父親の身の回り品を母親が自宅に取りに戻っている間に状況が急変…。


急に看護婦さんとの会話があやしくなり、再度頭部CTを撮ると大量の脳内出血をしており、そのまま緊急オペになった。


緊急オペではとりあえず一命は取り留めたものの、脳挫傷からの脳幹圧迫で脳幹に深刻なダメージ、意識が戻るのは絶望的で、自発呼吸も戻るかわからない状態だった。

所謂、植物状態で意識が戻るのは難しいと言うよりは無理に近いと医師から説明を受けた。


その後、父親は意識が戻る事も、自発呼吸が戻る事も無く、昨年の9月後半に息を引き取った…。

意識が戻らない以上。積極的な延命はしないと母親と相談して医師に伝えていたので、穏やかな最期だったように思う。


緊急オペから最期を迎える1ヶ月以上の間、母親はほぼ毎日病院に通っていた。

あれだけ僕に散々父親の愚痴を溢していたのに、夫婦とは不思議なものだな…なんて思っていたけれど…。

どうやら、父親に対する義理と言うよりは、家族が頻繁に病院に顔を出さないのは恥ずかしい事だと言う認識が母親を突き動かしていたようである。

『あそこの家族は全然見舞いに来ないと思われたら恥ずかしい』と何度も口にしていた。


母親は『恥』に対しては敏感で神経質な人であり、この期間に肉体的にも精神的にも相当疲れたのだと思う…。

母親的にはこの時の心労が原因ではないかと考えている。

その後も葬儀やら、保険やらの各種手続き等で落ち着かない日々を過ごし…。


ようやく11月に49日法要を終えて、『これで少しノンビリできるね』なんて言っていた矢先…。


母親が体調不良を訴え始めた。


胃痛と、胸焼けと、食欲不振と、背中の痛みである…。


きっと、色々あったせいで疲れが溜まっているせいで内臓系に負担がかかったり、自律神経系が弱ったんじゃないのか?なんてくらいにしか思っていなくて、とりあえず掛かりつけの病院で胃カメラ。

胃カメラでほ異常は無くて造影剤を入れて検査…。

そこで膵臓に影のようなモノが見付かり、県立がんセンターの紹介状を書いてもらって検査入院…。


そして、がんセンターの精密検査により膵臓の組織から癌細胞が見付かりました。



色々な方に話を聞くと、まだ黄疸が出る前でよかった…なんて話を聞きましたが、やはりlV4aと言う現実の前では五十歩百歩なのかなぁ…。



ここに書いた事が原因だと言う確証はありません。


ただ、良い事もあり大変な事もあったイレギュラーな一年であった事は間違いありません。


経緯の他にもう一つ付け加えるならば…。


母親は、僕がまだ小さいころに乳癌で手術をしています。

幸いに早期発見で良性だったので1週間くらいの入院で帰ってきた記憶があります。


ちなみに父方も母方も家系は癌家系では無いです。


となると、母親の体質やストレスや心労が影響したのかな…と思わずにはいれません。



原因だけわかったところで、母親の病状が変わる訳でもないのですが…、あくまで備忘録的な感じで書いてみました。