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before the dawn

夜を縦横無尽に 駆け抜ける クリエーター sei_jin が贈る 
夜明け前の独り言コラム

今夜は高校の同窓会。京都でね。

でも、自分は東京にいる。


そんな気分じゃなかったのかも知れない。

通知が来たとき、あまり考えずに「欠席」に丸を書いて投函した。

会ってみたい人はいるけれど、この先どうなるかも分からない自分だから

どのつら下げて行けるだろうかって思ったら

思わず「欠席」に丸を付けてた。

ホントはね、時には昔の話をしてみたいけどね。




 
 
今日は桜も咲いたそうだし、
暖かかったので半年ぶりにバイクのカバーを取ってみた。
 


$Solid brass Design before the dawn




去年は車検を受けたのに数回しか乗っていなかったので、ちょっともったいなかったな。

勤めていた頃はバイク通勤してたので、一年で一万キロくらい走ってたのに、
会社辞めてからは滅多に乗る機会がなくなってしまった。

Solid brass Design before the dawn-XR400 Motard 1
    

このバイク、かなりマイナーなオフ車で「HONDA XR400 Motard」ってやつ。
オフ車のくせにオンロードタイヤ履いているのでダートコースは走れません。
でも、単気筒の400ccなのですり抜けやダッシュはかなりのパワーでイケます。

$Solid brass Design before the dawn


マフラーも「無限」オリジナルのMotard用を装着。
ウインカーも小径にして、ストップランプはLEDに換装済み。

というわけで、久しぶりに午後からちょっと遠乗り。

世田谷通りを西へ走り、多摩水道橋を渡って川崎へ。
多摩警察署を越えて高架の上を左折して川崎インター方面から丘陵地帯の住宅街を抜け、
あざみ野辺りに出て、横浜の都筑区へ。

センター南から江田の246を越えて県道13号を西へ。
尻手黒川道から王禅寺辺りをかすめて生田に出る。
マリアンナ医科大前から生田緑地を越えて、また津久井道の多摩警察署に戻って来る。

これでほぼ一時間半コース。

いやいや、久しぶりに乗ったもんだからライディングのポジションをつかむのに苦労したり
タイヤが地面を噛んでくれなくて滑ったり、挙げ句の果てには普段左手でものを強くつかむ事なんかあまりしていないものだから、クラッチを握っているうちに左手が痛くなってしまった。
おまけにニーグリップしてたら、足の付け根がつってしまったよ^^;

いやはや、いかんです。
モロに運動不足が出てしまいました。
ここんところ、毎日新宿駅の階段を上り下りしてるので、足は鍛えられて来たかなとは思っていたけれど、局部の筋肉というものは、個々にちゃんと使わないといけないんだなと、思い知らされました。

ホント、最近運動してなかったし、山とかスキーとかちゃんと目的があれば、何処へでも行くのに、目的のない運動が大の苦手なタチでして、ジムとか大嫌いなんです。でもちょっとこれから暖かくなってきたら、砧公園あたりでちゃんとストレッチしようかな。

でも、クルマもいいけれど、やっぱりバイクは風を感じる。
もっと暖かくなったらちゃんと筋肉鍛えなおして
伊豆スカイラインとかを抜けて、西伊豆辺りの温泉に久しぶりに行ってみたいなあ。

とても風が強い昨日今日だね。

昨夜なんか ぼろ屋が揺れて壊れるんじゃないかと思うほど。



でも、毎日通っている厩橋の川風もこの頃は暖かくなって来たもんだ。
この3月という時期は、私なんかに云わせるととっても無駄なことが多い季節だなと。

例えば人事異動。大きな組織になると 変わる人 変わらない人 いずれも発表になるまでは仕事も手につかずにそわそわしてる。ウチの会社なんか社長自ら出向してるんだから、移動もへったくれもないので気楽なもんだ。
しかし、4月から新しい期が始まるというのに人事異動の発表がこの時期にあったら 来期の準備なんかどうするつもりなんだろう。結局準備もろくにできずに4月に突入してあれよあれよという間に四半期なんか過ぎてしまう。組織というものはまっこと無理を承知であれこれこね回しているようにも見える。

ただ、人心が一新されない限りは何にも変わらないような気がする。
上が変わったって現場が変わらないと何にも変わらないよな。

組織の面白いところは 成熟した企業ほど 個性豊かな人材が上に昇れていない。小賢くて点数取りが何だか出世する。で、そういう人たちが5人10人の部下をちゃんと差配できてるかというと これが面白いように出来ていない。あげくの果てには部下の難儀を見て見ぬ振りをする。ホント外部の人間が見てると面白い。この会社、どうなってしまうんだろうと思ってしまう。

今 ある人材派遣会社に頼まれて ある印刷会社の制作部に常駐している。
派遣切りにあったけれど、派遣会社の契約社員に切り替わったデザイナーとオペレーターの面倒を見てくれと頼まれて 昨年の12月の中旬から常駐している。
印刷会社のディレクターからの仕事を派遣会社常駐のデザイナーやオペレーターに振り分ける仕事が主な任務ではあるが、当初は簡単な事だと安請け合いしたが、常駐しているうちに色んな問題がおこって来る。というか浮き彫りにされて来る。
まずは派遣から契約に切り替わった彼らのモチベーションをどうやって上げてやるか、そして派遣会社の売上増にどうやったら貢献できるか。これはクリエーターというよりはコンサルタントと云った方がいい仕事かも。

まぁ、この3か月ほどでなんとかモチベーションは上がって来た。売上もスポット対応で微々たるものだが上がってなんとか黒字を計上している。

しかしここにきて問題なのは派遣会社の問題ではなくて常駐している印刷会社のディレクターのテンションの低さ加減。もうよくも悪くも飼い猫状態の事なかれ主義の軍団にはほとほと参ってしまう。
特にリーダークラスの出世予備軍たち。部下がいっぱい仕事を抱えてあっぷあっぷしているのに 知らん顔、ないしは自分が忙しくて面倒を見る暇もなし。あげくの果てにそのディレクター達が上司ではなくてこっちに相談をしにくる始末。おいおいそれはお門違いというものだよ。予算さえあれば人材は投入できるけど、それさえ稟議通ってないのになんでこっちが手当てできるのよ?
それに本来ならば、クライアントに面倒な担当者がいて部下が手を焼いていたら、その上司はその担当者に会いに行って話をちゃんとつけるのが普通だろう?
それもせずに逃げ回っている。その相談を自分という部外者がやっている異常さ加減。
うちのデザイナー達は、面倒なクライアントの担当者に振り回されてもうやりたくないと言い出すし。
これは放ってはおけないから、担当ディレクターや関係者を無理矢理集めて対策会議をこちらが持ちかける。その席上ディレクター上司はかかって来る電話対応でたびたび中座。議事も全然進行しない。もう私は頭に来たので「そのイカれた担当者の首に鈴を誰も付けないのなら、私が行って大げんかでも何でも直談判しますので宜しく連れて行ってください。でないとウチのスタッフは疲弊してしまう!」と怒鳴ったら、さすがにそれは印刷会社としてもまずいと思ったのか、その対応は営業にしっかりやらせて、経費を捻出しますので専属スタッフを増員してください、という結論に収まった。それってもう2か月位前から私が唱え続けていた対策のひとつじゃないかよ?
ったく、もう。誰かが大騒ぎしないと誰も動かないのかよ・・・

不況だ不況だと云いながら 売上が落ちただの予算がクリアできないだの 組織を内側から見てたら多分そうなるのは目に見えてる。広がりそうなクライアントでさえも人手不足とやらを盾に全然広がって行かない。中途半端な事をやってはクライアントに、もうあんないい加減な仕事ぶりだと来年は無いものと思ってください などと云われてるし。そりゃ予算行かんわな。売り上げ上がらんわな。
部長もこれ以上どうやったらいいのかお手上げ状態のような気がする。

でもなぁ・・・
解決する策は結構見えてるんだけどなあ。
私なんか部外者だし、部長の下には課長や主任や色々といるから 敢えて話をしないようにしてるけど、見てたら部長はジャイアンのようなワンマン部長だけれど周りがついて行けてなくてさながら「裸の王様」状態。
どうするんだろな。でも静観していては派遣会社の売上にも関わってくるし、自分もコンサル半分で常駐してる身だから、そろそろ部長と話をしてみるかな?意外にもあの部長は私と同い歳だから面白い話が出来たりするかも。ちょうどその部長、今年も移動はないようだから、来週から本腰入れて改革に取り組むような事を聞いてるし、ちょっと面白い事を仕掛けてみようかなと。

大阪に行って早、1週間以上。

最後のご報告です。

そう、このあいだの続き。

一日乗車券を買って、地下鉄御堂筋線に乗って、心斎橋までやって来た。
荷物が重いので地下鉄の駅のロッカーに鞄とコートを放り込んで、手ぶらになって心斎橋筋を南下。
戎橋に出た途端、長蛇の行列が。関西人も並ぶのか?と訝しげに見てみると、戎橋のたもとにH&Mがオープンしてた。道頓堀の川沿いの遊歩道に長蛇の列が出来ている。東京でも出来た時はすごい行列だったな。そうか、こういうブランドなら大阪人も行列を作るんだな。と、思いながら道頓堀界隈を歩いてみた。

食い倒れがあったところは、店先に「食い倒れ太郎」のグッズが並んでいたが、店舗は閉まったまま。へぇ、キャラとしては人気があるからこういう商売もあるんだな。
さっき立ち食いそばを食ったからそれほど腹は減ってはいないけれど、せっかく来たのでなにか食ってやろうと色々と歩いてみた。そうだな、大阪のラーメンという手もあるな。そう思ってみても何処がいいのか目星をつけていなかったので相合橋のたもとの金龍ラーメンに入ってみた。随分前に入ったことがある気がしたがまぁいいか。
で、入ってみて驚いたのは、人種のるつぼって感じだった事。店員はみな中国人だし、来る客も中国人。店内で聞こえる言葉は中国語ばかり。日本人は?と見渡してみると競馬新聞片手に店内のテレビを見ながらラーメンを食ってるオヤジばかり。ほぉ~、なんだかブレードランナーの映画みたいだな。大阪というよりもアジアの片隅でラーメン食ってるみたいだ。

ラーメン食い終わって、戎橋の方に戻って、ちょうどH&Mが向かいに見える喫茶店に入って新聞を読みながら周りの客の会話を聞いてみた。そこは今風とは云えない昔ながらの喫茶店。客層もおのずと年配が多い。飲み屋のマスターと店員だとか、おっさん、おばはんが多い。周りから聞こえて来る会話が全部関西弁というのも妙に心地がいいもんだ。会話にリズムがある。かならずオチを付ける。笑い声が合いの手のように入って来る。こういう会話って、もう随分していないなあ。

昼下がりになってH&Mの行列はどんどん増えて行くのを見ながら、心斎橋の駅まで戻り、また地下鉄に乗る。
ちょいと今度はディープな場所を目指した。

東京の人は知らないだろうが、「飛田新地」という場所。
ここは知る人ぞ知る大阪のダークな場所だ。まぁ云ってしまえば昔の「赤線」。
多分こちらの関東ではこういうシステムの風俗はないんじゃないだろうか。
東京以外では信太山新地、松島新地、今里新地、滝井新地などやはり大阪が一番多いのかな。
京都にもあるけどね。五條楽園っていうのが。行ったことがあるのは沖縄の「真栄原」。ちょうど今話題の普天間基地のすぐ隣。宜野湾にある歓楽街。正式名を「真栄原社交街」という。狭い一角にクルマが一台通れるくらいの路地が縦横に交差した場所で、ほとんどが平屋のモルタルの店が建ち並んでいる。店のガラス戸が開いていて、玄関にソファや椅子をおいてドレスを着た女性が一人二人座って前行く客に笑顔を振りまいている。
客は女性の品定めをしながら通りを歩き回る。そして気に入った女性がいると店に近寄っていって、交渉をするのだ。交渉といっても値段は決まっている。だいたい30分で1万円ほど。
http://www.geocities.jp/uraoki2007/maehara/maehara.html

それとほぼ同じシステムが大阪にも残っているのは不思議な感じがするのだ。
それも、沖縄と違って建物が結構立派なつくりになっているのが趣があっていい感じ。
現在は西成区山王三丁目に地名も変わってしまったが、西成という大阪でも下町というか独特の地域にいまだに存在している異空間だ。
「ジャンジャン横丁」という名の通りが今でもある。通天閣の南に位置した横丁で、東京でも有名になった串カツ屋なんかが昔っからある街。その名のジャンジャンというのは、昔飛田新地に客を呼び込むために三味線をジャンジャンと鳴らした事からついた名前と云われている。

動物園前駅から南へ伸びるアーケード街が「動物園前商店街」土曜日の昼下がりだというのに、年配のおっさんばっかりがふらふらと歩いている。かなり年齢層の高い街だ。飲み屋も開いていて、暖簾の奥を覗くとやってるやってる、もう出来上がったおっさん達がカウンターで寝てたりする。ぶつぶつ何かいいながら歩いてるおっさん。パチンコやの前で出る台の話で得意げになってるおっさん達。
しっかし、西成という街はこういう独特の風情があるなあ。
と思いながら10分ほど歩くと飛田にたどり着く。
大門という昔の面影があったり豪華な作りの料亭の「鯛よし百番」があったりと、歓楽街の雰囲気がまだまだ残っている。午後2時頃というのに、店は所々開いていて、お姉ちゃんが座っている。必ずおばはんが横にいて声を掛けて来る。ここは一応は料亭街。風俗とはいっても、店のスタンスとしては仲居と客の自由恋愛という事で成り立っている。現に入り口に飛田交番があってお巡りさんもいる。
一件かなり昔ながらの作りのいい店のおばはんと話しをしてみる。「よってってんか、にいちゃん」おばはんに声掛けられて、話を聞いてみる。「ええ作りの建物やねぇ」「へぇ、でも地震が来たらぺしゃんこになりそうやわな」「どや?寄っていってんか?」「なんぼなん?」「30分一万円にしとくわ」
お姉ちゃんというか小太りの熟女がにっこり笑っている。まぁ今の時間はどっこもこんなもんかと思って「ほな頼むわ」と店に上がる。昔ながらの木造建築の階段を上がって部屋に通される。ちゃぶ台にせんべい布団。床の間には簡単なお品書きが。「刺身 時価」と書いてある。お姉ちゃんに「こんなん頼む客いるんか?」と聞くと「まずはおらへんって。頼まれた方が困るがな」と笑ってた。確かにな。
簡単にする事済ませて、残り時間でお姉ちゃんに色々と聞いてみた。どんな客が多いの?「まぁサラリーマンが多いよ。出張客とか。週末は地元のサラリーマンが多いねえ。でも中にはかなり歳のおじいとかもいるで。ホンマこのじじい大丈夫かいなって思うくらいのおじいも来るで」「そんなじじいで出来るんかいな?」「できひんできひん、触ってるだけで帰っていくがな。でもやろうと頑張るじじいもいるけどね」「大丈夫なんかいな?」「昔は店でおかしいなってしもたら、みんなで服着せてから玄関の外に寝かすねん。そしてから救急車よんであげるんや」「なんで?」「そら、こんな店でおかしいなったって分かったら家の人も悲しむやろし、じじいの名誉のためと違うか?そやから外歩いてて倒れたことにしてあげるんよ。まぁそれも客への配慮なんよ」「なるほどなぁ、優しいねんな」「まぁ腹の上でぽっくりいかれるんも嫌やしねえ」「どこの店でもそうやってるんか?」「そうや、組合としてそういうふうにしようって申し合わせしてるみたいやわ」等々、風俗っちゅうやつは昔っから中に入ってみないと分からん事が多いね。外側からだけ見るとおっかない感じがするけれど、中に入り込んでそういう中で働く人たちと色々話してみると、力強く逞しく生きてる人たちやなあと感じる事が多い。
なんだかんだいっても、人間の欲望というものがある限り風俗というものは廃れない。性欲と金欲。男の欲望と女の欲望、その合流点がこういった場所になるんだろうな。そして官憲も見て見ぬ振りをしながら、人間の欲望に対するガス抜きをしていると云った感じがよくわかる。

店を出て振り返ると、おばはんとお姉ちゃんがにっこりと笑ってくれた。
ほな、またね。って云っても、今度はいつ来るかも分からないけれど手を振って歩き出したら、それまで曇り空で時々雨が落ちていたのに、雲が切れて青空が見えて来た。

人間って面白いなあ。ついでに自分という人間も面白いなあ。
前の日は学校で面接官やってたのに、今日はディープな下町の風俗の門をくぐってる。
いやいや、それやから人間はおもろいんとちがうか?色んな事を経験するから人間としての奥行きみたいなもんが深まるっちゅうもんやがな。なぁ~んて、関西弁でひとりでつぶやきながら、また来たアーケード街を戻っていった。

 
帰ってから、忙しくて続きが書けなかった。
もう一週間が経ってしまったよ・・・・

そう、大阪の感想シリーズの第二弾。

この歳になって初めて曾根崎新地に行きました。というか連れて行ってもらった感じか。

私は学生時代を京都で過ごし、就職とともに東京に来てしまったので
そういう関西の歓楽街を経験することなくこの歳まで生きて来てしまいました。
京都ですら祇園なんて云う場所をホームグラウンドにすることもなく・・・
学生時代は木屋町がホームでしたから。4年生になってようやく東の先斗町にちょこっと顔を出したくらいで、社会人になって本来は鴨川を越えて祇園デビューするはずが、東京に来てしまったので歌舞伎町や渋谷や銀座になってしまいました。
これはこれでいいのだけれど、関西生まれとしてはちょい寂しい感じがします。

歌に聞く「曾根崎新地」通称北新地は梅田の南側の一角にあって、さしずめ祇園のようなクラブが集まってる歓楽街でしたね。まぁでもいい感じでしたよ。どこの店の雰囲気も東京にあるのと変わらない。ただ、街を歩く酔っぱらいが全部関西弁というのが妙に面白かった。友人と別れてホテルに歩いて帰る道すがら、ちょっと寄り道しながらくまなく歩いてみました。クラブのママさんと酔い客の掛け合いが漫才さながら面白くて、思わず聞き耳を立ててしまった。

しかし、なんだかそうやってふらふら歩いている自分がちょっと可笑しかったな。
だって、喋れば関西弁で喋れるし、日本人だし、相手はこちらを見れば同郷の人間だと思うでしょうに、こちらは東京に人生の半分暮らしていて、曾根崎なんて初めて足を踏み入れたわけで、さながら日本生まれの在日三世が韓国を訪れて、ハングル語は喋れるので向こうの人たちとのコミュニケーションは何不自由ないのに、育った国が日本なものだから母国なのに異国に来たような感覚を感じるようなものだなと。

事実、店に入っても何不自由なく関西弁を喋れるし、妙に構える事なく話も出来る。
そういえばいつからだろうかな、東京に来た間なしの頃は妙に構えて店の人と話しをしていたような。
それが当たり前のような感覚に変わってしまったのは。

色々と歩いたものだから、妙に小腹がすいて来たので通りがかりの「たこ焼きや」で一皿買ってホテルに向かう。途中に「お初天神」を発見。これも聞き覚えのある名前だった。
ホテルに帰って早速「たこ焼き」を食べてみた。
うん、確かにうまい。べつに行列ができているわけでもなく、大阪としては別段おいしいと云えるものでもなかろうが、私にとっては格別にうまい。というか裏切られなかった。東京で食うものは、とにかく裏切られる。そもそも立ち食いそばなどは初めから諦めモードで店に入る。関西の味覚はもうどうしても消せないんだな。お馴染みのファーストフード以外は、申し訳ないが全て裏切られるのを覚悟の上で入店することにしている。そういえば一件目に行った居酒屋。東京にもありそうなチェーン店っぽい店だけど、「出し巻きです」といって出されたものを一口食って驚く。「甘くない!」それを聞いて後輩が「何を驚いてるんですか?そんなに」って。君は関西人が東京に行って出し巻きを口にする時の悲しみを知らないだろう。おやつを食うんじゃないんだから甘くしないでおくれと云いたい。
鍋を食ってみて「出汁がうまい!」「また云ってる(笑)」笑うんじゃない!マジな話なんだよ。
数年前に父方の叔父が亡くなって、南方のセレモニーホールで葬儀があったとき、仕上げで出された弁当を食べ始めたとき、思わず向かいに座っていた従兄弟の仕出し屋の主人に「これ、うまいなあ」とつぶやいたら「アホか、おまえは。これくらいでうまいとか云ってたらアカンで!」と云われてしまった。そして「おまえ東京で何食ってんねん?」とも。
そうなんです。わたしは飯を食うときに満足という言葉を忘れよう、期待なんかしないで腹を膨らすだけのために自分はこの店に入るのだと暗示をかけ続けているのだ。
女性と食事をする機会があって以前外国の元首が訪れたことのある西麻布の和食の店に連れて行った。私としては、店構えが大仰なだけでメニューもショボクて味も殊更うまいとも云えずな感想しかなかった。でも相手は「とっても美味しかったね」って云ってくれる。これは支払いをこちらがしたからお世辞で云ってくれてるんだと思っていた。しかしある時からマジで云っているのだと気がついた。かなりのセレブな女性ですらそのざまだ。いい歳をした会社の社長を京都のおばんざいやに連れて行ってひとしきり食っても、あまり味についてのコメントがなかったり・・・
一体全体こちらの人の味覚はどうなってるんだ?って思う事が本当に多い。
こちらで信じられて60点をあげられるのは「なか卯」と「王将」くらいしか見当たらないのだ。

おっと、味について話し始めるとついつい熱くなってしまう。

翌日、チェックアウトぎりぎりまで寝坊させてもらってシャワーを浴びてから街に出た。
このまま東京に帰るのはもったいないから、とりあえず気になるところにちょっと足を伸ばしてやろうと考えた。その前に何か食いたいと思ってお初天神の商店街をぶらぶらしていたら、ちょうど一件の立ち食いそばが見つかった。何気なく「きつねそば」って注文したらそこのオヤジが「たぬきやね?」と返してきやがった。
ええっ?「たぬき」?なんでや・・・・東京で「たぬき」は天かすを入れたそばのこと。京都ではあんかけのこと。大阪は「きつねそば」のことを「たぬき」というのかぁ・・・・
じゃあマルちゃんの登録商標は大阪では間違ってるのか?などと考えてたらオヤジがどんぶりを出してくれた。おお、でっかいお揚げだ。まるごと一枚だ。匂いを嗅ぐとかつおのいいにおいだ。出汁をすするとこれまた薄いけれどうまい。コクが違うのだ。こんなに納得してそばを食ったのは何年ぶりだろう・・・(泣)
おもわず出汁を全部飲み干し、店を出ておもわず「これやがな!」とつぶやいてしまった(笑)

そして梅田で友人の版画家が作品展をやっているのでちょいと覗いてから
一日乗車券を買って「御堂筋線」で心斎橋に向かった。


 つづく