自分が出来ないやつだと思っているひとへ | before the dawn

before the dawn

夜を縦横無尽に 駆け抜ける クリエーター sei_jin が贈る 
夜明け前の独り言コラム

 
出来る人間と、出来ない人間の差のはなし。
すごく単純な話だ。
 
 
「話が違う」とよくスタッフから云われる。
何の事かと思ったら、仕事を頼まれた時と状況が変わってきたと。
こんな事はよくある話で、状況なんか刻一刻と変化するものだ。
その変化についていけない者が「話が違う」と云って来るのだ。
あまりにもご無体な話がこじれた場合はちゃんと報告してくれればいいのであって
事実だけを延々と話されてもこっちは甚だ迷惑だ。
実際に業務を遂行するのは上司ではなくて本人だし
こちらは、その変化に対してどう対応するのかを知りたいだけだ。

そういうやつは責任を負いたくないとか
自分が負わなくても上司がなんとかしてくれると思っているやつに限って
そう云う事を云ってくる。

しかし、その本人がそれを云うことで
上司に「できない」と見られてしまう事が分かっていない。
業務の遂行は変化も踏まえて対応するのが基本だし
それが分かっているやつはそんな事をいちいち云っては来ない。
終わってからひとこと「こうやっておきました」と報告しに来るか
一切云ってこないかだけだ。
そういう変化に対応できるやつが「出来るやつ」なのに。




また
仕事を頼もうとすると、引受けられない理由をくどくど話すやつがいる。
こちらとしては、そんな事は初めから聞く気はないし
出来るか出来ないかだけを云ってくれれば事足りる。
いくら言い訳したって、出来ないヤツは出来ないんだから。
話は簡単で出来るやつにやらせるだけだし。
言い訳をするヤツは、
自分の器はそれだけだっていっているようなものだし、
自分は出来ないやつですと云っている事にまったく気がついていない哀れなやつなのだ。
 
出来るやつはどんなに横着にぶん投げたとしても
ちゃんと片付けてくれる。

たとえ完璧に出来なくても、不安だったり難しくなったら
途中でこういうところを手助けして欲しいと云ってくる。
決して初めから「できない」とは云ってこない。
そういうやつは伸びるのだ。



 
そういうやつらを自分は優遇する。 
当たり前の事である。