ジャズもブルースもロックも | 風まかせのガレージ

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※バイク雑誌「風まかせ」さん(2006年創刊)と当イベント「風まかせ」(1994年スタート)は何も関係がありません。

世界中の全ての音楽は起源、ルーツと言うものがある。生み出したのは特定民族だったり特定文化圏だったり。そしてその特定民族や特定文化圏が脈々と育ててきた。才能や啓示を与えられた個人や少数の人々が進化や深化の階段を進めながら。

自分のルーツ。日本で生まれ育った自分。今日、自分は洋楽に入れあげている。入れあげている自分を育てたのは日本だ。その音楽が生まれた文化圏じゃない文化圏で育った自分が歌っている。生まれた地を今更ニューヨークやロンドンへ変えることなど出来はしない。整形でどんなに容貌を変えようが、国家機関の深部を掌握して記録を変えられる立場に達しようが、生まれ育った歴史を変えることは出来ない。

ロックをブルースをジャズを、今正に歌っている自分は一体誰なのか。

文化圏は土や水、空気などにあたる。それらがあるから植物は生息出来る。どんなに否定しても何らかの足場から自分が生えて来たことは変えられない事実だ。

しかし、土や水の存在や有難さを意識することは少ない。


日本の心と言われる歌がある。そのひとつ、演歌をしっかり歌えるようにすることは入れあげてる洋楽を歌う上ですごく大切なことである気がしてならない今日この頃。洋楽はそのどれもが心をこめられた存在だ。ジャズは美しい。ブルースもロックも、ボサノバやクラシックも美しい。それはきっと土壌となった文化圏がその空気や水で熟成を重ね醸してきたからだ。

ならば演歌も美しいはずだ。

演歌は一言一言を疎かに発してはならないと聞いたことがある。力むのとはもちろん違う。ソウルフルとは血が生む吐息を声に込めること。

これは歌うことの根幹ではないだろうか。

日本語ネイティブなら演歌歌詞に入っている単語・構文が持つニュアンスはよく解かるはずだ。情景も空気も浮かぶ人は多いだろう。ならば吐息に血を込める練習に演歌は持って来いだろう。

だから洋楽好きな日本語ネイティブが演歌を歌うことは有益だと俺は考える。