ソチ前のフィギア選手のキムヨナ選手は“眠ったふり”と評された。
確かに、ヨナには国際試合に出ないなどの作戦はあったと思う。それでも、聞こえてくるヨナのコメントは、スポーツマンらしいさっぱりしたものだった。
 
金メダルを逸しても、ヨナのコメントが淡々としていた。実力があっても勝てないリスクを、十分に覚悟していたからなのだろう。それがまた、良かった。
 
到着の順位を競う競技に比べ、人が採点するスポーツはいつでも採点批判がつきまとう。それでも、フィギアは素人にもわかりやすい方だと思う。
 
難度の高いジャンプであったり、回転の回数など、ジャンプ解説者の努力もあって、その出来栄えの得点は、素人が納得しやすいものだ。日本人は、特にこうした問題に敏感で、不公平の無い事をめざす。

浅田選手のSPで、ほとんどとべたと思ったジャンプの後で、後足が、つっかかってしまった。
このアクシデントに、彼女の気持ちの準備ができなかったのではないかと、私は素人ながら考える。
 
翌日のすばらしい演技は、浅田選手に本当に実力があるから、練習に裏づけられているからできることだ。
「練習でできなければ本番でできることない」体操の選手が以前に言った言葉だ。
 
今回のオリンピックでは、フィギア競技が体へかける負担の重さを,、多く人が知る機会を与えたと思う。
プルシェンコの突然に棄権もびっくりした。
トレーニングをすることで鍛えられる体の部分や経験と並行して、一方で、壊れて行く体の構造がある。

妖精のように細く美しい姿で、人が廻り、舞う。
選手の華麗な演技を見ていると、人間業でないことが当たり前になってしまう。
なんであの選手は、いつもできるのにできないの?などと考えたくなってしまう。
 
でも、あれは妖精ではなく、人がやっているのだ。人の体は、回転するために作られていない。
超人的な動きを繰り返すことで、体は壊れていってしまう。
 
森元首相が、「あの子は、大事な時には、必ず転ぶ」と言って、かなりのひんしゅくを買った。
 
フィギアに限らず、スポーツは、人の機能の限界への挑戦だ。
 
アジア人の活躍がめだつのも、やはり人種的に有利なことがあるのだと思う。
飛ぶ技の最後は、選手自身が編み出すものではないかと思う。
最初はコーチの影響や指導があると思うが、あるレベルまでいったら、選手本人が創造する世界と思う。
 
どう廻って、どう降りるか、選手ごとの身体能力は違う。
どう動けば成功させられるか?は、本人でなければわかるはずがないと思う。
そうした思考過程が、アジア人向きではないのかしら?などと考えてしまう。
 
羽生選手は、今後、さらに回転数をあげて廻る練習をしているという。
今後の彼も、又、難しいジャンプに取りつかれてしまうのでないか?
飛ぶための技術を習得しても、体が壊れて行ってしまえば、飛べなくなる。
それを、選手本人がどう調整していくかであろう。
 
聞くところによると、彼は食べ物が恐怖になることがあるという。
人の健康やトレーニングを維持するのは、食べ物だ。人の免疫も食べ物で支えられている。
特に長く競技を続けるには、食はすべてであると思う。
そして、食の何が最良なのかについての、食の理論はまだ、結論に達していない。
 
世の中には、エセ健康情報にあふれている。一流食品メーカーが競って、でたらめな健康情報を出す。
このブログにも、そうした広告が貼り付けられている。
 
今、このブログを書いている時に、貼り付けられているのは、サントリーの忘れっぽさを防ぐためのサプリだ。
健康な人に、不安をあおってサプリを買わせようとするものである。
 
加齢すれば、モノが覚えられない事は、しごく正常な反応だ。
そうでなければ、脅迫神経症だ。
サプリごときで、人の脳がかわるわけがないだろう(怒り)

健康な人を、より健康にするための食の理論は、まだ、確定していない。
つまり、世界中さがしても専門家などはいない。
栄養学は、最高に難しい学問で、医学の後押しがなければ完成しない。
 
健康な人は、体の調整能力が高く、知らない間で調整されてしまうので、人の目に触れることが難しい。
だから、真実が明らかにならない。
今の科学では、健康学は確定できないし、これからも同じ状況だろう。
 
それでも、病気の研究が進むことにより、健康の理論が進んでいく。
将来の人類が、健康理論を作れるかは不明だが、科学の究極の到達点であるような気がする。
 
腸の病気があり、機能が低下している子どもが、長期にどのような栄養状態が確保されれば、成長発育に障害がでないか?の研究などが進んでいる。

この分野で知識が進むのは、慢性の腸の病気を抱えた人が、どのような栄養条件で、健康に成長発育できるかの研究だ。
一見、同じ条件の腸の病気にみえても、実は人には大きな個人差がある。ほぼ似た条件の腸の病気を抱えた人の中で、ある人は、体重・身長が順調に増え、性機能も発達出来るのに対し、ある人はそれができないことがある。人の体の条件は極めて多彩・多様である。
 
こうした個人の多様性を乗り越えて、人に必要な栄養、強くするめの栄養論が完成してくる。
しかし、今は、結論はまだ無い。
 
オリンピック前に、高橋大輔選手は、「自分を追い込んで、追いこんで、がんばりたい。」と言っていた。
体の崩壊と、訓練のせめぎ合いの状態に、自らの体を追いこんでいるというわけだ。
 
今後、羽生選手が故障と闘いながら、華麗に舞い続けられるのか?
芸術で人々が感動するのは、苦悩が喜びに変わるストリーづくりと思う。
 
見る者にとっては、阿修羅の表情は引きつけられる像であり、阿修羅が苦悩しながら、最後は喜びで終わる姿を、人々は見たい!飛んだ真央を見て、人々は狂喜したしたようにようにだ。
 
羽生阿修羅は、芸術的に舞えるのか?阿修羅が、転んで、ますます、険しい表情の阿修羅になっていくのか?今後は、どうなって行くのだろう?
 
フィギア選手は、美しさと力を披露して、人に喜ばれることを何より励みとするのだろう。つまり、才能がある者だけが許される恍惚感である。
これに、選手がはまってしまうと、もっと人を喜ばせたい、もっと人に勇気を与えたいという、気持ちにのめりこんでいってしまうだろう。
 
日本人は、故障をかかえた羽生選手をハラハラドキドキしながら応援するようになるのかもしれない。
 
一瞬の勝負にかける人たちの言葉には、重みがある。
 
前回、羽生選手のコメントである「だめな時、失敗やプレッシューを含めて、これが今の私の力として受け入れる」という考え方を紹介したが、その後でも、フィギア選手へのインタビューから珠玉の言葉が聞かれた。
 
鈴木明子選手 「(失敗しても)たかが人生の一出来事に過ぎない.」、「私としての精一杯がやれればそれで良いです。」
 
彼らは、失敗してしまう自分自身を励ます言葉をいつも用意している。この切り替えが、次のエネルギーを生む。
 
試合後の選手へのインタビューに人気があるのは、それを聞く人が、自らの人生にあてはめて、日常の勇気付けや教訓にしているからだろう。ある人は、意識的に共感し、教訓を取り入れているていると思うし、ある人は、無意識的にしていると思う。
 
フリーを終えた浅田選手が、最後は涙の笑顔になる映像が流れると、テレビにでている多くの人たちが、涙ぐんでいた。
 この映像は、日本の胸に残る記録的映像として、人気を保ち続けるだろう。
 
インタビューでの浅田選手は、感情で声がつまる状態を何度か、咳払いでのどをクリアにして、声をしぼりだしながら、熱い気持ちを語った。良い成績がとれなかった、メダルを持って帰れなかった、ごめんなさいという言葉と、めざしているものができました、恩返しができました、との相交差する感情が混じった心あふれるコメントであった。

浅田は天才であるが故に、トリプルアクセルに取り付かれてしまった。これを飛べれるかどうかに命運をかけてしまったのだろう。
 
そうした意味では、浅田選手は、ファイナルで飛べて本当に良かった。テレビのキャスターも、トリプルアクセルが飛べるかどうか、それがすべてに影響したのではないかのコメントだった。
 
金メダルをあきらめた時、トリプルアクセルを飛ぶ気力を含めて、彼女の中で、思い入れの方向が変化したのは確かであろう。
 
自分で考え、自分で気持ちを切り変えて、次の目標へ向かう姿は、多くの人の生き様にヒントを与えたと思う。
 
今ある立ち位置で、がんばることが、自分も他人も納得する方法だと、多くの人が思ったと思う。
 
ショートプログラムでは、トリプルアクセルをほとんど飛べたようだが、最後の部分で転んでしまった。
 
氷の状態が悪かったためと思うが、こうした氷の条件についてのコメントは選手から聞いたことは無い。
おそらく、氷への苦情は、スポーツマンシップに反するコメントだからだろう。
選手が、飛ぶ前に飛べないとわかると言うが、氷の状態によることも多いのではないか?と思う。
 
極限状態で氷面に降りるのだから、そこの氷が深くえぐれていたら、ころんでしまう。
今回のSPは、そんな感じだった。氷の表面がよければ、トリプルアクセルが飛べていて、その後の失速は無かったと思わせる転び方であった。
 
トリプルアクセルにすべてをかけていた浅田選手の、あの転び方が、その後の集中力を失わせてしまったかもしれない。

フィギアは圧倒的に強かったロシアのペアのロドニナのエッジ音はすごかった。
ロシアの牙城は揺るがないと思われた時代が去り、ロシアがアジアに負けるようになった。
フィギア界は、優雅な東洋的な舞の時代となった。
細く妖精のような美しいアジア人の姿が、フィギア選手の美しさでもあった。
 
今度のソチでは、これからのフィギア界が、又、変わろうとしているのだろう。
飛ぶためには、体重を増やしてはいけない。ロシアの選手は、年齢による体の変化を乗り切るのは難しいらしい。
 寒い国では、体が脂肪をためこむように運命づけられている。遺伝子の中に組み込まれた情報があるのだろう。
 
年齢を問わないフィギアの舞や技術は、これからもフィギアスケートの主流であってほしい。フィギアが、子どものような曲芸になったら、痛々しい気がする。
 
ひとつのことにこだわる人生は大事なことではあるが、それは時に病的なものとなる。
精神科において強迫神経症と呼ばれる病気があるが、その中でも厄介なのは、死ぬことに脅迫的にとりつかれてしまう場合である。
 
人は、今、死のうと思うとき、あるいは今は思いとどまって死なないでおこうと思うとき、どちらにしても、気持ちが極限に集中することになる。その極限に、人が病的にとりつかれてしまうようだ。
 
ひとつのことに取り付かれてしまった人が、周りの人の気持ちを思い出すことで、究極の行動が避けられるケースもあるだろう。
 
SP後の浅田選手は、トリプルアクセルを飛びたいと脅迫的な思い込みをマイナスとし、新たに気持ちの切り替えを測ったであろう。
 
周りの人への恩返しをめざすという方向に向かって、気持ちの切り替えをしたようだ。視点を広げて、チャレンジすることの重要性を、学ばせてもらった気がする。
 
羽生選手、金メダルおめでとう。
 
彼の細く、ハガネのような体は、ジャンプの後に氷面に鋭角に立つことができ、飛んだ後に倒れず立ち直ることができる。技術に裏づけられた羽生選手の気合を感じることができた。
 
試合前、試合中の羽生選手がよせる眉間のしわは、悩める青年像を象徴する国宝の阿修羅像を思わせる。
緊張に耐え、やり抜こうという表情は、どこか宗教的な感じさえする。プロ、アマを問わず、カメラマンにとっても、彼の表情の多くは、シャッターチャンスと言えそうだ。
 
従来、大きな二重の目が美形の典型だったが、彼の目は切れ長の東洋的な美しさがある。
 
相変わらず、羽生選手のコメントは興味深いが、金メダルを取ってからも、プレッシャーについて、素直に語ってくれた。
 
「プレッシャーは、僕だけではない。誰もがプレッシャーを感じている。プレッシャーの条件の中での勝負だ。プレッシャーの中で、どれだけのことをやれるかの勝負だと思う・・・」のようなコメントであった。
 
プレッシャーに負けて失敗すれば、自分自身はそれだけのものだ!と羽生選手は言っている。
うまくできれば自己満足するが、できない自分を責めることはしない、とする考え方である。
 
プレッシャーにつぶれた自分自身を反省する時、「僕は、これだけの者だった。しかたない。」と肯定する。
つまり、悩みを引きずらず、落ちこまない。だめな自分も受け入れるということである。
 
もっとも、彼のような天才は、次はもっと上を望む。しかし、普通の人にとっては、“できない自分”を受け入れるための教訓と言えそうだ。
 
多くの男性は、夢みる年を過ぎて、ある年齢に達したら、そうした悟りの境地で生きているのだろう。
 
一方、女性は、先を見るということが得意ではなく、その場の状態で判断することが多いと思う。
 
先日、裕福そうな女性たちが4-5人集まっておしゃべりをしていた。
そのうちのひとりの女性が、「この間、喘息で入院したけど、治っているのに、なかなか医者が退院させてくれないのよ。そして、医者が言うことには、あなたの症状はメンタルだ!なんて言うのよ。それを聞いて、私は、わかりました。それなら、メンタルは自分で治します、と言って退院してきたのよ」
と、彼女が病院で起こしたトラブルを、憤慨しながら語っていた。
 
残念ながら、この女性は、次に又、起こるであろう喘息発作を想定していない。
他の病院にいけばよいと思っているのだろうが、案外、元の病院に戻されることもある。
こうした想定能力の欠如は、女性の強さでもあるし、弱点にもなる。

男性は、退院したい時には、医者に言い訳をするだろう。やれ仕事があるとか、やれ会社を首になるとかの理由をつけて、医者に退院を頼みそうだ。次の病気を考えて、病院に捨て台詞は残さない男性が多いと思う。

テレビの番組で、男性の通行人に「あなたは、夢はありますか?」と聞く番組があった。
この街頭インタビュー調査に対し、「夢がある」と答えた通行人が半分で、「無い」と答えた通行人が半分であった。
スタジオにいた女性タレントは、多くの男性は夢があると、インタビュー前に予想した。意外が結果に、スタジオの女性たちが沸いていた。
 
人は誰でも、夢をもっていると思うが、ある時期から、男性は、夢を持たないと答えるようになるのだろう。
少なくとも、人前ではそうした態度をとる。夢はあってもかなえることは難しいことを知るようになるからと思う。
先を良く読むのは、男性的な思考回路であると思う。
 
男性は、毎日の収入源(仕事)を得ることが、何より大事だ。
つまらなくても、仕事を飽きず、続けていくことが大事だと思っている。
その中で、“私は、この程度の出来だ!”と思っている。良い意味でも、悪い意味でも、現状肯定の考え方をしているのだと思う。
 
現状肯定の考え方は、病気を得た時に、役に立つ。
何かの異常を指摘されると、その異常が取れることだけを考えて、気に病む人がいる。
 
一億総検診時代、国の方針は、検診さえすれば、人々が健康で働けると思っているらしい。
 
労働者は、検診が義務づけられているが、検診で異常を確定するのは難しい作業である。
 
レントゲンに影がでました!、心電図に異常があります!、血液検査の原因不明の肝機能障害があります、などと、検診で言われて、一気に落ち込む人がいる。
 
体の異常が、原因不明と言われると、多くの人が不安の材料を抱え込む。
検診を多くの健康人に行った結果、新しい病気もみつかるようになった。
こうした病気には、データが無かったり、診断名のつかないことも良くある。
 
しかし、検査の結果が良くならないと、病気が続いていると考える人がいる。
検診でみつかる病気には、まだ、診断や治療の方針や結論が出ていないものも多い。
 
異常値が一生続いても、生命予後は変わらないものもある。それは、病気とはいえないだろう。
人は、健康であるかどうかを、常にチェックしようとすると、異常値に悩まされてしまうのである。
 
はっきりした病名を言われなければ、異常値にとらわれることはないのだ。
正常の考え方を変えてしまうのが必要な場合もある。
こうならなければいけないと考えてしまうと、そうならない時の葛藤が大きいのである。
 
病気に限らず、何事も、「これで良い!」{私はこれだけの者}と居直ることは、悩まない人生に必要なのだと思う。羽生流の現状肯定の考え方でもある。
 
たとえば、うつの人は、早く治したいとあせったり、どこかに良い医者が薬があるはずとしない。
 
アトピー性皮膚炎の子どもをもった母親が、つるつるの皮膚でなければいけないと、ドクターショッピングしたりする話があるが、これも無駄だ。
 
他人に依存することは、体力や気力を消耗させる。
 
気力、体力が消耗した末に行き着くのは、不安と不満である。
うつに落込まれることも多い。
体力と気力の保持は、どのような病気や環境でも必要なスキルだ。
 
病気を治したいとあせる人に、はまるリスクある。
世の中には、ニセ専門家、ニセ情報があふれている。
情報を出している本人が信じ込んでいる場合が多いので、たちが悪い。
 
偽ベートーベンが、これだけ非難される今の時代に、なぜ、偽広告はこれだけ許されているのだろうか?
眠れる食品、体を若返えられる食品、病気の元を取る薬、など、昨今の新聞の広告は、でたらめに満ちている。

最後に、羽生選手の話題に、再び、もどるが、彼は、立ち直るための考え方、めげない考え方、現状肯定の考え方を示唆している。
 
こうした人でなくとも、日常的な周りの人たちとの何気ない会話からも、はっとさせられる言葉にめぐりあえるチャンスはいくつもありそうである。

 
羽生選手の活躍がすばらしいが、彼のコメントもとても自然体だ。「すごく、緊張した」、とか、「足が緊張でがくがくした」、とのコメントを聞くと、多くの人が、「君のような天才もそうなんだ!」と感じて、安心したりする。
 
足がガクガクしても、超越した演技をすることができるのだから彼らは別人だ。緊張して萎縮する一般人と、一流選手は違うと思えども、羽生選手の「がくがくした」との言葉に多くの人が親近感を感じるだろう。

人がみつめる中で、何かをやらなければならない時、多くの人は、本来のことができなくなることが多い。プレッシャーの中での作業は、ストレスを多く感じてしまうものである・
 
日常的なイベントでも、似たようなことはある。
試合だと、本来の力が出ないのはあたりまえである。
ゴルフの最後のチャンスので、手がしびれるという話も良く聞く。
 
医者に行って聴診器を当てられ、「大きく呼吸してください」と言っても、普通の深さの呼吸が出来なくなる人もいる。意識すると、深呼吸が難しくなったりする。
医者の前で血圧が高くなる白衣高血圧も、よくある現象である。
 
人は、ドキドキしてはいけないとか、気が小さいと思われたくないなどと、意識してしまうと、かえってドキドキしてしまうものである。
 
今回、活躍の羽生選手の素直なコメントには、学ぶことが多い。

自分に弱いところがあったら、それを最初に自分から言ってしまうというやり方である。そうすることで、プレッシューからは、逆に遠ざかれる。
 
インタビューアーから、「緊張してしまいましたか?」などとストレートに聞かれた時、成績が悪かった選手は落ち込むし、成績が良い選手は、おごりを見せない優等生的な答えをさがして迷うだろう。
 
選手は、足がガクガクしても、スケートリンクに降り立った時がピークで、滑りだすと、体内コルチゾール濃度いっきに高まって、スケート時はハイな状態になると思う。スポーツに限らず、舞台で歌う歌手が、出だしはだめでも、途中から一気に歌がうまくなることがある。
 
人は、気持ちがあせっているのに、逆に無理して感情を封じ込める作業をすると、うまくいかない事が多い。
何か悩みがある時、何とか、他人が気づからないうちに治してしまいたいと思ったり、隠しておくべきと思い込む時、そのプレッシャーが表に現れてしまい、かえって苦しむものである。
 
うつで仕事を止めた人が、うつを治して早く復職しようとすると、うつ克服ばかりをあせりプレッシャーとなる。
 
特に、PTSD(外傷性ストレス症候群)などで苦しい実体験によるうつの時、イベントのはっきりしない内因性うつより、薬の効果は出にくいように思う。
東日本大震災を経験した多くの人が、PTSDをかかえている。
 
抗うつ薬は活用すべきと思うが、いろいろな理由で薬を飲みたくない人が少なくない。
こうした人は、飲み続けてもそれが奏功することは少ないと思う。
特に、男性は、抗うつ薬を止めてしまう人が多いようだ。
彼らは、薬を止める事に不安をかんじながらも、薬を信じることができないようだ。
自ら判断しているのだと思う。
 
こうしたタイプのPTSDの人では、それぞれに認知行動を工夫しながら、新しい経験を上書きする作業が奏功しそうだ。周りに力になってくれる人、認知行動のヒントをくれる人がいると良いと思う。
少しづつでも、新しい経験を重ねて、苦しい思い出を上書きしながら、毎日を過ごしていく。

動物実験の結果でも、ストレスの条件を設定したネズミに、その後、似た条件でストレスに変えて、快楽を与えると、ストレスの消去が進み易い。

動物の脳は、ストレスを忘れるように、仕組まれている。
 
子育て中の、毎日のイベントに追われる女性は、毎日否応なしに起きる出来事で、心のストレスが上書きされてしまい、結果、悩みが緩和されやすい。
しかし、子どもが育ち、そうしたことが少なくなる更年期になると、それまでにつのった感情で我慢がきかなくなるようである。
 
昔、悔しかった事、昔、好きだった人、昔、隠していた事、きらいな夫、などの思いにとらわれて苦しむようになる。
 
女性の毎日の生活において、上書きできるようなイベントが少なくなってしまったことによるのだろう。
 
不得意なこと、避けたい事は、隠さず自らで明らかして、乗り越えてしまうことは、生活の知恵である。そして、不本意な出来事は、別のイベントで上書きしてしまい、忘れてしまう事が大事なのであろう。
 
昨今は、新聞、広告ポスターで、「うつの時に、医者に行きましょう」との啓発広告がめだつが、その先が大事だ。医者も薬も、限界がある。本当にいいものかどうかは、結果がでるまでわからない。
 
医者に行こうが、行くまいが、薬を使うが、使わないがに限らず、認知行動療法は、いつでも大事だし、長期的に有用だ。
 
認知行動療法は、ちょっとした日常の出来事でもいろいろなヒントがある。
日常で見かけた出来事に、いろいろと考えさせれることがある。
 
認知行動に関連した毎日の出来事を紹介してみよう。
私が、実際に経験したこと以外でも、参考になるかも・・・と思われる事を書いてみようと思う。
 
うつの原因となるものがすぐには無くならない時、医師も薬もだめな時、そうした場合には、エネルギーロスを避け、ここぞ!の時に、エネルギーを、小出しにして時間をかせぐことがよさそうだ。
 
毎日のがんばることを最低限に減らして、状況の変化を見ながら、過ごす人の紹介である。
 
早朝のファミレスでのレストランに、やや肥満傾向の中年の女性と、二十歳過ぎた息子と思われる青年が食事をしていた。
 
二人は、入口近くのテーブルに向かいあってすわっているが、息子は体を半分以上、椅子(ソファー型)からのりだして、レストランに新しい客が入るたびに、客を目で追って行く。
 
私もじろじろと見られた。私は、少し、ぎょっとなった。彼のしゃべり方から推察して、彼は知的障害があるようであった。彼は、口の中に食べ物をもぐもぐさせながら、大きな声で話す。一方、答える母親の声は無表情で小さな声である。
 
息子はしゃべったり、食べたりであるが、息子の言葉はほぼ独り言に近い感じであり、母は、無表情に軽い相づちを打つであった。
 
朝食を済ませて、二人は出ていったが、母親は、店員さんに「お世話様でした」と、はっきりした声で言った。この声は、以外な位に明るく大きかった。店員もにこやかに返していた。この二人は、なじみの客のようであった。
 
母親は、息子をここまで養育する過程で、ずい分と苦労をしたであろう。母親があの静かさにとどりついたのは、その結果かもしれないと思った。
 
過去には、母親は、あせったり、悩んだり、しかったりしたと思うが、今は静かな様子であった。
母親は、かつて、子供の将来を憂えてうつとなったかもしれないし、疲れて、子どもと離れたいと思ったこともあったかもしれない。
しかし、今は、息子とは、今の関係で落ち着いている。息子も、母といることで安心している。
 
この母親は、安定した気持ちを保ち、無駄なエネルギーを使わないようにしているのだろうと思った。しかし、母は、スタッフに感謝の言葉は、しっかり伝えた。
 
こどもの病院では、重大な先天的な病気をかかえて、かつ知的障害を伴う子どもが多い。
若いうちは、何とか親もやっていくのだろうが、子どもが成長するにつれ、解決できない難しいい問題が子どもに起きてくる。両親も歳をとってきて、体力も気力も低下する。
 
話しは、変わるが、私が知っていた喘息児の母親は、とても静かな人であった。彼女の子ども(喘息児)は、知的障害があり、子どもはしゃべれないが、母親もほとんどしゃべらない人であった。
 
最初、私は、この母親はしゃべれないのではないか?と疑った。病気の事を説明しても、理解してくれたのか、はっきりしないし、質問も無いからだ。しかし、だんだん慣れてくると、母親は少しづつ話すようになり、今までの出来事を断片的に話してくれるようになった。その語り口は普通であった。
 
母親は、子育てに疲れてうつになり、子どもを施設に預けたが、子どもが施設になじめなくて脱走を企て、飛び降りて骨折をしてしまった。そのため、その後は、再び、母子で一緒に住むようになったとかの話であった。
 
母親と一緒なら、子どもは安心する。障害ある息子は抱えれば、母親はうつになっても、前に進むしかないのだろうと思った。
 
母親は、覚悟を決め、エネルギーを無駄にせず、静かな気持ちを維持してがんばっているのだろう。
子どもに病気があれば、親は落ち込む。しかし、多くの親は、それぞれのやり方で、エネルギーをため込みながら、乗り越えているのだろう。
 
先ほどのレストランでの母子のカップルの話に戻るが、母親には、息子が、レストランに入る客たちをじろじろ見る理由がよくわかっている。
 
息子は、まわりを見ていないと不安になるのだ。入口近くに座るのは、息子がそこを好み、息子はそこが安全な場所と感じるからだ。
 
彼が大きな声で話すのは、聴力も問題もあるかもしれないし、彼にとって必要な手段だ。
 
一方、入口に陣取った息子からじろじろ見られた人は、最初、不快に思う。「なんで見るのか?」、「なんで入口近くに座っているだろうか?」と考えるかもしれない。

もし、彼の障害に気づかない場合、人々の反応はどうなるのか?じろじろ見られた人は、不快に思う、不安に思うなど、さまざまなものとなる。
 
「じろじろ見られるのは、私が変なのかもしれない」とか、「私の○○がいけないのかもしれない・・・」と不安の心をかかえてしまう人は、要注意の人である。このように、不安を感じやすい人は、自分に問題があると思いがちなのだ。
しかし、現実は、相手に問題があるのである。
 
障害のある彼は、本人の不安を解消したくて、人をじろじろ見ているのだ!と知れば、人々は穏やかな気分に戻れる。障害者に慣れている人なら、彼の心はすぐ理解するだろう。
 
相手の状態を推し量ることができれば、こちら側は、無駄な不安や不快から解放される。不安を感じやすい人は、傷つき易い人でもあるので、悪いように思いこむ前に、相手の状態を思い測ってみることが必要だ。これも、認知行動と言えるだろう。
 
人は何かひどいことをされたと感じて落ち込む時、自分自身に問題があるためではないかと悩んだりする。しかし、相手が病気だったり、隠したい事があったりなど、相手が困った状態であることが少なくないのである。
 
誰かに感じ悪くされたとか、意地悪された時、相手の余裕の無さを知ると、受け取るストレスは減らせることができる。
 
憎い相手に、ばちが当たれば良いなどと考える必要もない。傷つける行動を学ばせてもらったと思えれば、こちら側は十分、報われる。

自らが、悩ましい感情を抱え込んだり、不利な考え方をしないで済む人は、自らで認知行動をいつもしている人ということだろう。
 
学とみ子の病気・健康相談

前ブログで、萩原朔太郎の著書『月に吠える』(田中恭吉・画 1917刊)を紹介した。
 
萩原朔太郎は、1927年(昭和2年)頃から、三好達治、堀辰雄、梶井基次郎などの書生や門人を多く抱えるようになったとウキべディアにある。萩原朔太郎の元には、将来、有名になる作家が多く集まってきていた。
 
梶井基次郎は、そうした朔太郎の影響を受けたひとりで、1901年(明治34年)生まれで1932年(昭和7年)31歳の若さで肺結核で夭折した人である。
 
生存中に、20篇余りの同人誌に小品を残している。死後に評価が高まり、今日では、梶井基次郎は、近代日本文学を代表する人である。彼の代表作は短編の「檸檬」である。
 
梶井基次郎の小説は自伝的なもので、病気、すなわち結核を語る部分が多い。
1925年(大正14年)1月、同人誌「青空」に発表された彼の代表作である「檸檬」も、彼が結核による慢性炎症をかかえて、落ち込む様が良く分かる内容である。
 
梶井は、結核の療養のために滞在した旅館で、川端康成と親しく交わり、囲碁の相手をしたり、『伊豆の踊子』の校正を手伝ったりした。川端康成による「伊豆の踊り子」の文章にも、かなりの梶井の影響があったと、川端自身が後に語っているようだ。

梶井は、自らの結核症状を見つめ、感覚鋭く文字にした点で、結核文学と言っても良い。(結核文学という表現があるかはわからないが・・・)。
 
梶井が檸檬をにぎった時に、その冷たさに解放感を感じた。
そして、その爽快感を味わいながら、その後、訪れた丸善では、再び落ち込む。以前は、楽しむことのできた高級な文具や西洋絵画には、もはや興味を感じることができなくなっていたのである。
 
自分自身の心が、以前と比べ、余裕のない状態へと進んでいる事を知るのである。梶井は、そんな自分の変化に落ち込む。しかし、その時に、美術本を重ねて檸檬を置くことにより、再び、心が解放されてくることに気づく。そして、それを実行して、丸善を出て行く。
 
この行動について、読み人はどう解釈しても自由だが、病気で病む心が十分に伝わってくる内容だ。
 
彼は、いつも自分の体を注意深く見つめている。それは、彼が結核をかかえている事から来る影響が強い。
体の中を異生物が育つような感覚でみつめていたのかもしれない。肩から竹が生えるとする荻原の感覚もうけていると思う。
 
そして、結核から解放されたいと切に望み、生きる力をかき集めようとする。
 
檸檬をにぎるというような、何か小さな行動で、心が解放されていると感じる。しかし、その時間もつかの間、又、元に戻ってしまうことを嘆いている。
 
梶井は、心地よい方向へ気持ちを集中させ、その状態を維持したいと願う。
いろいろな作業をして心の切り替えを企てるが、彼に真の安心感を与えることができない。
結核が治るという、真の安心感がかなわないからであろうと思う。
 
梶井は、体や心の症状をみつめて文章でつづった。何らかの希望を感じたり、落ち込んだり、そうした心の浮き沈みの心情が、「檸檬」で表現されている。
 
ネットで公開されている青空文庫から、彼の文章を紹介しよう。
 

始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛(ゆる)んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗(しつこ)かった憂鬱が、そんなものの一顆(いっか)で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。
 
 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖(はいせん)を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼(だれかれ)に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故(せい)だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。
 私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅(か)いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。

「檸檬」は、まだ、彼が病気に余裕を持っていた頃に書かれたものであろう。しかし、結核は進行していく。

その後、1932年(昭和7年)、生涯の最後の年に「中央公論」に『のんきな患者』を発表している。これも、結核を感じる心を書いたものである。
 
結核菌をかかえる体は、菌の増殖を食い止めようと、全身の免疫反応を動員して、菌と闘う。
その結果、当然、人の体には、苦しい現象(症状)が起きる。
 
梶井は、免疫反応が起きる体の症状を見つめ、文字にした。
なぜ病気の元が、なかなか体から消えていかないのかに腹を立て、そうした感情と対比させながら、病気を語った。
体の変化を必死に見つめる一方で、早く治りたい!早く治りたい!彼の心が聞こえるような文章となっている。
 
彼は、体が熱いのを他人に自慢してみたり、肺から出血した血液をコップにとって、ワインだと他人に見せていたらしい。恐ろしい位の自虐的な行動だが、病気を克服したいとの一念が、逆の形で彼の行動に現れていたのだろう。
 
彼は死ぬ直前になっても、弟にむりやり薬を頼むなどして、最後まで、生きることを求めていたようだ。
薬が飲めない程悪くなっていても、薬をほしがった。そんな様子を見て、「覚悟が足らない」と母親が叱った。それを聞いた梶井は「覚悟します」と涙を流した。
 
彼の最後のこの様子は、家族によって明らかにされている。苦しい時間のみが過ぎていく家族たちの修羅場であった。
 
梶井 基次郎は、「のんきな患者」でこんな風に書いている。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/425_19812.html
 
一度咳をしてそれを乱してしまうと、それを再び鎮めるまでに非常に苦しい目を見なければならない。
つまり咳をしなくなったというのは、身体が衰弱してはじめてのときのような元気がなくなってしまったからで、それが証拠には今度はだんだん呼吸困難の度を増して浅薄な呼吸を数多くしなければならなくなって来た。
 
胸のなかがどうにかして和(やわ)らんで来るまでは否(いや)でも応でもいつも身体を鯱硬張(しゃちこば)らして夜昼を押し通していなければならなかった。そして睡眠は時雨空(しぐれぞら)の薄日のように、その上を時どきやって来ては消えてゆくほとんど自分とは没交渉なものだった。

薄氷を踏むような呼吸がにわかにずしりと重くなった。

この病態を、生理学的に解説することを試みてみましょう。
 
重症な肺炎に陥っている病人の気管支の中には、粘度の高い分泌物が充満している。
気管支の中は、空気が通りにくい。全身で酸素不足になっていて、動けばさらに呼吸が苦しい。
空気が流れるとそれが刺激となって、血の混じった痰と咳がでる。
 
強く咳こめば、次の咳を刺激する。やっと痰をだせたとしても、出しきれない程の分泌物が、まだ、奥の気管支にたまっている。
 
人の気管支は、痰が動くと咳の反射が起きるようになっている。
痰が新しい場所に移ると、そこが刺激され、激しく咳こんでしまうのである。
気管支は、何とかして肺の中にたまった分泌物を外に出そうとする。生物が生きるために、気管支に与えられた仕事である。
 
しかし、すでに傷ついた肺は、血管も弱くなっていて、血管が切れてしまい、大出血したりする。
 
現在の重症肺炎を治療する時、人工呼吸器使用し肺内に酸素を供給するが、いまでも、治療が困難で死亡率が高いのは、肺は強制的な人工呼吸で傷つき、本来の肺の構造がどんどん壊れていってしまうからである。
 
小説の主人公は、気管支の中を痰が動かないよう、そっとそっとした状態を保とうとしている。
 
痰がたまり、腫れて狭くて気管支の中は空気が通りにくい。呼吸を小さく、浅くかつ速くして、酸素を少しでも確保しなければならない。休めば、すぐ低酸素になってしまう。そろりそろりと苦しい息をし続けるしかない。
 
少しでも体が動けば、呼吸困難が増す。酸素が消費されるからだ。そんな苦しい呼吸状態でいる彼の布団の上に猫がやってくる。ふとんにのってきた猫をおいはらうのに、患者は命がけな思いをしている。そして、母親が安らかに眠るのに激しく嫉妬をしている。
 
もし、老人だったら、体力がなく、すでに消えるように眠って死んでしまう状態だろう。咳はなくなり、空気は入らない。
 
梶井の若い脳は、必死に生きることを欲している。 
梶井の若い脳は低酸素に気づき、肺に呼吸をしろとの酷な命令をだす。
しかし、やがて、二酸化炭素が脳に溜まってくると、脳も感度を落とす。命令する力を失うのである。そして、呼吸は止まる。
 
若い人の脳は生き延びることを欲し、眠らせないのである。梶井はそんな眠りを、「薄日のような眠りが訪れる」と表現している。
 
先日の放送大学で、萩原朔太郎、田中恭吉の授業を放映していた。講師は、木股知史氏であった。

朔太郎は、『月に吠える』(田中恭吉・画 1917刊)の著者で、詩人である。田中恭吉は、「月に吠える」の装丁を担当した版画家である。
 
「月に吠える」に集録された詩は、人間の肩から、竹が生えるという妄想的な感覚を謳っている。
竹が、何ものをもつきやぶってするどく育つ様を前に、詩人は、その強さを賛美しつつも、その生命力に恐れおののいている。
一方、竹が生えてしまった人間は、衰えていくとするイメージである。人の命のはかなさを憂いている。詩人は、ある時は竹になり、ある時は、人に戻る。

当時の挿絵入り詩集は、画文共鳴という言葉で説明されるそうだ。文学と美術、詩人と画家たちが協力し、意匠を凝らした書物が作られたことを指す。芸術家の親密な交流から創り出されたイメージが、大衆化とファッションになりはじめた時期であるとの解説があった。

しかし、その耽美的な暗さは、作家たちがかかえた病気である結核の影響が大きそうだと、私は感じる。

なにしろ、結核は、日本の国民のほぼ全員が感染していた。
結核は、肺結核が有名であるが、地球上の最強の細菌であり、人の体内のどこでも結核菌は増殖する。
少し病気が良くなっても、又、すぐ悪くなるといった症状を繰り返す。症状が軽快して病む人が希望を持てば、すぐ悪化して、その希望から突き落とす。病む人の心を何度も踏みにじっていく。

発熱し、免疫反応が高まり、脳が影響を受ける。逃げ場のない苦痛は、妄想を呼ぶ。病む脳は、現実でないものを恐ろしげに再現することが得意だ。結核に感染した若い才能あふれる人たちは、逃げ場のない苦痛を克服すべく、文学として昇華させたのだろうか?病気に負けたくない!と、混乱する心が謳われる。

萩原朔太郎の『月に吠える』の詩集には、田中恭吉・版画による夜のサボテンがある。
田中恭吉による死体から植物が生える画のイメージである。
 
田中恭吉は、なんと23歳で結核で死亡している。
 
弱って行く体と、勢いつく植物を対比させて、気持ちが乱れてコントロールできない心の状態を描いているのかもしれない。いづれにしろ、見る人の心情によっていろいろに考えることのできる芸術作品である。

この版画に与えられた後世(現代)の論評は、想像世界の闇の奧へと連れ去られる誘惑があるとある。しかし、この絵や詩は、病気が人の心を追いこんだとも言える。
 
じわじわと進行する結核は、当時の才能あふれる若い人の心をずたずたにしていた。結核は、当時の人のメンタルトラブルと大いに関係したのであろう。体が病めば、心が病む。
 
戦前の若い世代で、結核が重症化してしまうような人は、結核に免疫が弱くい人であり、こうした人は、さんざん、結核菌と戦ったあげく、免疫反応にも苦しめられ、命を落としてしまうのである。

結核で亡くなった正岡子規は、彼が小児期から抱え込んでいた結核菌に負けて、34歳で死亡している。
ウキベディアによると、22歳で喀血とある。その後の12年間、じわじわせまりくる死との戦いの毎日であったろう。

今は、こうしたものすごい感染症は無くなったので、一般の人は、病気をイメージすることが難しいであろうと思う。ハリセンボンのように、数ヶ月経ったら、又、元気に復帰できるような病気ではなかった・・・。

文学や芸術に、病気の視点を加えることは、邪道かもしれないが、人の心の理解には、やはり欠かせないものである。当時の文学者が暗い妄想に囚われた原因に、やはり、結核は重要だ。

病気以外にも、戦前のメンタルトラブルは、戦争、社会の不平等、理不尽さが、人々を苦しめていた。結核の影響力は、極めて強いものであったであろう。

今も昔も、人のメンタルトラブルは、身体的な病気を基盤に起きやすい。
がん、神経難病など、進行性の苦痛を伴う病気が起きた時、気持ちの落ち込みがない人など、いないだろう。
メンタルトラブルが、さらに元の病気も悪くするという悪循環もつきものだ。
メンタルと肉体の両方が悪い影響を与えあって行く・・・。

現代のメンタルトラブルは、忙しい仕事、競争の激しい仕事など、厳しい時代であるのだが、昔よりずーと良くなったことは、症候性のうつ病(文末に説明)が無くなった事である。これは、大変ありがたいことで、病気がなくなったことで、この原因による人の心の病気は減った。

メンタルトラブルは、絵画、音楽、などの芸術として昇華したものが多い。
こうした作品を見ながら、心の問題を一考するのは、大事なことであると思う。それは、大事な認知行動療法の一種であるとも言える。

少しづつ、自らがうつを克服していくのは、認知行動療法である。
残念ながら、その方法に画一的なものはない。しかし、社会の中のいろいろな出来事や経験から、ヒントにつながるものは多くあるはずである。

追い詰められた心を描く文学や音楽にも、人の強さが潜んでいて勇気づけられたりするものである。

ふりかえって、当時の医師たちの立場を思い測ってみよう。患者である若い芸術家の苦悩と死を前に、医師たちは、医学の無策をつきつけられたことだろう。

作家たちが結核で苦しみ、その苦悩が、絵や文学から垣間見える時、当時の医師たちはどのような思いでみつめたのであろうか?身近に治療にあたっていた医師であれば、患者さんたちの作品は、見たくなかったのではないか?と思うのである。
 

(症候性のうつ病とは、別の体の病気に伴って発症してくるうつ病である。今なら、代表的なものに、糖尿病性うつ病とかがある。)
本日、徹子の部屋に松たか子が登場した。新聞での紹介によると、
彼女曰く、「初めてけんかできる相手が、夫でした。」
「結婚したいと父に言った時、父親は初めて父親となり、娘は初めて娘となった」
という言い方が紹介されていた。
 
結婚承諾の大きな家庭内の出来事の際、親と子の本音の話し合いがあったと思うが、これはどの家庭でも当たり前のことだろう。
 
しかし、松たか子の家庭では、それまでの人生イベントの中で、本音で親子が話し合ったことが無かったことを伺わせる発言ともとれる。
娘が語る父親批判か?との見方もあるだろう。
 
テレビの松たかは、それ以上はくわしくは解説しなかったが、ところどころに、ビッグな親を持つ子供の思いが垣間見えた。
 
格式ある有名人の家庭で育つことの大変さは、誰でも想像できる。
その具体的な様子を聞けるのは興味深いものである。
こうした話は、一般人との家庭の場合と比較しながら聞いてしまう。
 
多かれ少なかれ、一般家庭においても、親子の行き違いは日常的におきる。しかし、有名人の場合は、重荷が大きそうだ。
 
実際の松たか子は、家柄の良さに加え、美しくさや才能も申し分ない。彼女は、自らの意思と無関係に背負い込んだ重荷をものともせず、逆に利用し、はね返すような活躍をしている。
 
彼女の努力、容姿、環境、すべてに恵まれたことが、重圧を乗り越える力になっている。そんな彼女が、それまでの葛藤を番組で語っている。
 
松たか子が、この番組で語ったところによると、松本幸四郎(父)は、日常の生活でも、ドラマ化されたあるべき像を持ち、特に、公の場では、それに沿って演じているという。
 
一流役者にとっては、公の評価は極めて大事なものであり、日ごろの行動にも気を使うだろう。名家に生まれた役者であっても、時に庶民を装うこともできなければいけない。計算しつくして、あるべき人の顔を演じる必要がある。
 
そして、有名人の子供たちは、優秀であることが期待される。何でも、周りのこどもより良くできなければならない。
 
今日の番組では、松たか子は、親子関係を素直に語ってくれたが、これは、女性の特性でもあると思う。息子は公共の場で、こうした父親像は、なかなか言わない。
 
男性は建前論を重んじるため、息子は、公共の場では、父親の代弁者に徹し、実像は触れず、役者の建前論が中心になるだろう。
 
一般的に、女性と異なり、男性は、話の内容や言葉、表情から読み取れるものとは、まったく違う感情をかかえていたりするのである。
 
ここで少し視点をかえ、一般家庭の場合の子どもを考えて見よう。
 
彼女のような有名人ではなくとも、多かれ少なかれ、人は親の期待、家の期待を背負っている。
 
親の期待は、子供を成長させる力になる一方で、いろいろな葛藤を生むだろう。そして、子どもの中で葛藤が高まって、解決できないと感じたとき、それが子どもの心の病となっていく危険がある。
 
一般的に、大きな存在である親の場合、子どもは萎縮しがちになる。子どもは、少ない情報と経験しか持たない。子ども自身の能力が育たない前に、プレッシャーが重いと、子どものバランスは狂ってしまう。
 
子どもの能力やキャパはさまざまである。もともとキャパが少ない子、キャパはあっても生かせない子、キャパを超える期待を背負う子は、苦しいものとなりそうだ。
はね返す力がなければ、親への反抗も言わず、感情をぶつけることができない。
 
こうした環境からのしかかるプレッシャーは、子どもだけとは限らない。大人の場合でも、いろいろな心の病の原因となる。特に、弱い立場で、物事を決められない立場にある人では、悩みは深刻だ。
 
本人の努力では乗り越えられないと感じながら、解決できない人生は苦しい。これが、体の病気の症状となって出たりすれば、身体表現性不安障害などと言われる。
 
特に、本人が心の葛藤を隠したい、平静でいるふりをしていたいなどがあると、心も体もさらに悪くなるものである。

番組の最後に、松たか子は、「小さいおうち」に主演して、当時の社会の不平等というものが、人々を苦しめたであろうとコメントした。それに応じて、徹子は、男女の差について言及していた。
 
女性の立場が弱い時、心の問題がおきやすいともいえるだろう。
 
嫁ぎ先(結婚相手)からの期待に答えられないと感じる人
嫁ぎ先(結婚相手)の要望が理不尽と感じる人
不妊を責められる人
子どもに病気が起こる人
 
などなど、高まる不満と不安は、受身で生きる女性の心の病気となっていきやすい。
 
こうした意味では、時代背景の変化は、女性にとって、確実によくなっているが、発症が無くなる方向へと向かってほしいものである。
前回、危険なメソッドで紹介したザビーナの話について、もう少し考えてみることにします。
 
彼女は苦しい幼児体験に関連した侮辱感に苦しむ少女でした。それでも、歳月は彼女を成長させました。しかし、彼女は、限られた世界しか知らず、彼女の知識では、環境からの抜け出し方がわからなかったのです。彼女の不穏状態は高まり、家人には手に負えなくなりました。
 
そんな彼女が精神病院に強制的につれてこられました。
画面は、馬車の中で半狂乱になるザビーナの描写から始まります。恐らく、彼女はこれから、地獄のようなところへ連れて行かれるとの恐怖感で一杯だったでしょう。
 
ザビーナは、身近な人から精神病院とは恐ろしい所との情報を与えられて育ったと思います。罰として病院にいれてやる!頭に電気がかけられる!みたいに教えられてきたとおもいます。当時の精神病院では、電気ショック療法がやられていました。
 
ところが、連れてこられた病院には、知的な医師であるユングがいました。その静かな医師から、話すことを勧められ、彼女の中には新たな価値観が生まれます。すぐ、ザビーナは、ユングに惹かれていきます。
 
精神の混乱を落ち着かせるのは、愛の力といってしまえば、あまりに単純化です。
病院での生活は、ザビーナにと、新たな世界観と価値観を与えました。
 
女性は、若い時期は、精神疾患が発症しにくいという理由のひとつは、廻りにサポートしてくれる男性がいることが関連すると言われます。愛されているという感情は、強い満足感と自信を与えるものです。

現在の女性なら、家庭のような閉鎖された環境でいると、自らとらわれてしまったネガティブな価値観で悩み続けてしまうことがあるでしょう。

愛するものがある、愛されている、理解してくれる人がいる、世の中に役にたっているなど、本人の希望がだんだんかなえられていく、など自己肯定の感情は大事です。
 
そうした心のよりどころが、病気回復のエネルギーになります。この映画は、そうした女性の環境の変化と心を描いています。
 
心の病気にとりつかれた時、誰でも、マイナスの価値観にとりつかれます。特に、幼児期は、廻りの人の価値観が、その子どものすべての価値観となり、子どもの心を支配します。
 
子育ては、家庭の中に独断的な力があると、うまくいかない事が多いでしょう。ザビーナの家庭は、父が絶対的な支配力をもち、その価値観がすべてでした。
 
逆に、今は、母が独断的に決めつけた子育てをしている場合があります。そうなれば、父が軌道修正する必要があります。
 
両親が独断的に子どもに接すれば、学校が軌道修正にかかわろうとするでしょう。子どもの成長発育の過程では、複数の人々と、多様な価値観に触れていく必要があるのです。それが学びの原点でしょう。
 
ザビーナも、絶大な父のいる家庭で育ち、父支配家庭の中で、病的な心にとりつかれました。
ザビーナの不安と不信を、愛情を持ってサポートする大人が、周りにいなかったと思います。心を軽くしてくれる大人にめぐりあうことなく、彼女は育ちました。
 
錯乱状態にあったザビーナが、精神の安定を取り戻す力に、ユングの役割は絶大でした。
特に、ユングが本気で愛してくれたことが、彼女の屈辱感を修正しました。その後、ザビーナは医師となり、社会貢献したのですから、その後の、彼女の努力と才能も大きかったわけです。
 
女性の心の病気を考える時、ザビーナの人生が、いろいろヒントを与えてくれます。閉塞感で悩む人の心を変えられるのは何か?は、臨床心理学の治療のテーマです。
 
廻りの人と環境から、人は学ぶ事、
屈辱感を解放しようと踏み出すこと、
不安感が根拠ないと思えること、
受け身だと物が見えない事に気づく事、
自分で考え努力して、新たな展望を見いだす事、
価値観の多様化で救われる事を知る事、
経過が大事で、結論は最初には見えない事
などなど・・・。
 
現代でも、挫折感や屈辱感などにとりつかれてしまい、心を病むことがあります。挫折感や屈辱感は、マイナスの価値観にとりつかれた結果です。
 
他人からみたら、意味のないことで悩んでいるかもしれません。視点を変えると、変化しうるあいまいな感情でもあったりします。本人自身が、別の考えで処理できれば、挫折感や屈辱感が別物に変わったりしえます。
 
廻りからの評価や他人の気持ちなんて、所詮わかりませんし、自己の中で、作り上げてしまった妄想かもしれません。
自分自身を悩ませている感情から意識的に遠ざかり、自らが救われると感じるための自己肯定の道を探るしかありません。
 
自分の立場や考えを客観的にみながら、自己肯定をしていきます。
子どもなら、その役割は廻りの大人の義務ですが、大人ならその人自身でやらないと成果があがりにくいです。
 
ザビーナも自ら医学部で学ぶことにより、病気について多くの知識を得たでしょう。
 
話は少し変わりますが、気持ちの切り替えが大事と思われる身近な例として、子宮がんワクチン問題があると思います。
 
このワクチン接種を受けた女生徒たちが、その後、強い痛みを訴えて、ワクチン被害ではないかと、社会問題になりました。
 
ワクチン後、激しい痛みがなかなか収まらず、その痛みのために学校へ行けなくなってしまったのです。その結果、このワクチンそのものが、ひどいシロモノであり、これは現代の薬害論であるとの強い批判もありました。
 
そして、今年、1月21日の新聞に、子宮がんワクチン究明委員会の見解が、発表されました。その記事によりますと、女生徒の痛みの原因は、接種された本人がかかえる心の問題であり、ワクチンは関係がないとの見解でした。
 
このワクチンは、外国では日本よりずーと前から発売されていました。その時から、女子生徒が倒れることは報告されていましたし、因果関係も論議されていました。
 
しかし、大きな社会問題にはなりませんでした。外国では、この年齢の若い女性のメンタルの不安定さが原因であるとされ、ワクチン中止になるような状況にはなりませんでした。
 
ところが、日本では、即、薬害論が出て、即刻中止すべきの騒ぎにもなりました。実際に、ワクチンを打って後悔するとの泣き顔の女性もいました。
これも、ワクチンを受けた女性が、独自でかかえてしまった妄想(に近い感情)のようでした。
 
この記事の読み方はいろいろにあるでしょう。当事者にとっては、委員会の理解が足りないと訴えつづけることになるかもしれません。
 
確かに、女生徒に、ワクチン後に痛みがあり、それが長引いたことはたしかなのですが、ワクチンと関連している証明はできないという結論は、支持されやすい考え方です。
 
生ワクチンと異なり、一旦、体内にいれたものの物質の動きは簡単に追跡できません。1昨日食べたお肉がどこにいったのかわからないのと一緒です。
 
それより、痛みの可能性として考えやすいのは、人の心のみ、痛みを感じ続けている可能性です。人は、つらいことがあると、いつまでも心が痛む、体が痛む、ものだからです。痛みが続けば、戦争後のPTDS(外傷後ストレス症候群)と同様と見なされます。
 
廻りの大人たちが悩めば悩むほど、女生徒たちの痛みは解消していきません。親の思いで、こどもは強い影響を受けます。そして、彼女たちは、大人はひどい!、わかってくれない! と人間不信に陥り、誰も真剣になってくれないと悩みます。人生経験の少ない若い女生徒たちは、限られた閉塞的な感情で胸が一杯になってしまうものです。
 
いろいろな情報や経験が無く、気持ちが切り替えられないのです。しかし、女生徒たちは、どんどん成長していきますので、心の修正が可能です。
そうした彼女たちの成長に、周りの大人の果たす役割は大きいです。
 
望ましくは、痛みで悩んでいる女生徒たち自身が、自ら、痛みの原因究明してやろうじゃないの!位の気持ちを持ってくれるとうれしいです。
 
ザビーナが精神分析医になりたいと行動を起こした気持ちと一緒です。医者でなくても、研究者でもどんな科目でも、科学を勉強することで、いろいろ人生観が変わります。
 
そうした学びの過程で、いろいろな気づきを発見できることになります。悩める人は、発想の転換をして歩みだすことが、悩みを救うことになると思います。
 
被害者の会の女性生徒たちが、「ワクチン被害の究明を要望する」との要望書を厚労省に送ったとの新聞記事がありました。患者さんたちが、私たちの病気を解明してくださいとのお願い文書です。
 
他力本願は、自らが満たされることなく、期待が薄いです。他人に何かを頼んでも、思い通りにならない経験は、多くの人が持ちあわせます。
 
結局、誰でも、自分で考え、努力して行き着いた成果でしか、満足できないのです。
 
ザビーナの病気は、情報がきわめて限られていた時代に発症しています。こうした時代背景の違いはあるものの、彼女の変化は、現代の心の病気考える上で、多くの示唆を与えます。
 
これが温故知見でしょうか?
心理学は、人の思考経路やその傾向を学び、人の心の共通性をみつけて分析する学問だ。さらに、人の心の在り方と、その破綻を修正することを学ぶのが、臨床心理学だろう。
 
しかし、文系心理学では、病気の根幹を考える上で、不利な部分があるようだ。
たとえば、ある心理カウンセラーがネットのブログに自らの治療法について述べているのだが、彼の文章では、うつ病の脳内伝達物質論は、あくまで仮説であると書いている。
 
この心理カウンセラーの某氏は、セロトニンの枯渇とか、機能失調とかを説明はしているが、これは仮説なので、本当は違うかもしれないとの記載している。
しかし、仮説の取り扱いを、こんな風にとらえないでほしいと思う。
 
体のしくみを単純化すると、本来の状態からはずれてきてしまう。
幸福の脳内物質セロトニンなどと書いている医学者もいる。
彼の著書の中で、セロトニンを解説しているが、機序を極めて単純化して、かつ、結論的な言い方をしている。
 
知的読み物として、不十分である。
「おいおい、そこまでは、まだ、言えないだろう」と思う記載が多い。
 
人の脳は、ひとつの物質では支配されないし、セロトニンひとつとっても、物質として単純なものでなく、その働きは一様ではない。時には、逆の作用もおこしうる。個人差も大きく、脳の局所での働き方は人さまざまである。
 
セロトニン仮説が、仮説としてとどまっている理由は、将来、この説が否定されるかも・・という意味ではない。
 
脳内で働くセロトニンの動向がまだ解明されていないという意味である。
セロトニンを含む脳内で働く物質、細胞の動態も、すべて解明途上である。そうした意味で仮説なのである。
 
このブログでも、女性ホルモンが不安の原因物質である可能性を述べている。こうした理論は、それなりに根拠があるもので、今後、今の理論がひっくりかえってしまうというものではない。
 
医学の仮説は、思いつきではなく、仮説に昇格するまでには、多くの動物実験、人体実験の結果を踏まえている。
 
セロトニンの働きを抑える薬、増やす薬などを駆使して、セロトニン研究がされている。実際には、セロトニン以外のさまざまな物質が関連して、人の脳は機能している。
 
ただ、今後、セロトニン以上に脳で機能する物質が発見されるかもしれないし、セロトニン前駆物質、代謝物質の方が重要だったとか、仮説は変化し、精度は向上していくだろう。
 
このところ、河合隼雄著作の「昔話の深層」を紹介しているが、人々の心を理解するための材料に、昔話の解釈を使っている。
 
彼はユング派の学者から学んだ人で、近年、公開された映画、“危険なメソッド”は、フロイドとユングの確執を描いたものである。映画に登場するユング、フロイドに加え、女性主人公サビーナも実在の女性であった。
 
この映画は、日本では、ほとんど、ヒットはしなかったようだが、見られた方はいるだろうか?
 
とにかく、映像が美しい。女性は、人形のようにあくまで美しく、そして輝くように白く若い。
 
背景となる湖、緑、水、ヨット、貴族の館のような精神病院も美しくリッチである。
 
病院で働く人々は、真っ白なアイロンの行き届いた服を着ている。病院ナースの制服は、手のこんだ美しいものだ。そしてなによりも、ユングの妻や、主人公の女性たちが身につけているレースの服の美しさは圧巻である。

映像の美しさは、当時の医者や病院が、特別な人のためだけに用意されていたことを暗示しているだろう。
特に時間のかかる精神科療法は、上流人のための個別的医療であった。
 
当時の上流人は、建前でがんじがらめとなり、社会不安に伴い、重度の神経症が多かったであろう。
 
映画の中でも、精神分析の手段として行われる連想療法に、時間と手間がかけられる様子が描かれている。
 
一方、貧しい人たちは、感染症や、職業からくる健康被害などの病気が多くあり、診断もつかないまま、短命であった。
そうした貧しい人や、普通の人は、めったに画面に登場しない。
 
特別の存在である医者たちの部屋は、歴史ある書物や品物にあふれている。
そうした価値あるアイテムのみで構成された映像を背景に、フロイド教授と弟子ユングの理論のずれが描かれていく。
 
史実としても、フロイドは、ユングを後継者に決め、フロイドが創設した精神分析学会の初代会長にユングを据えている。しかし、彼らはすでに対立する存在であったらしい。
 
映画では、ユングが、次第に超現象や、オカルト的な傾向をつよめていくことに、フロイドが激しく批判する画面は出てくる。
 
映画のフロイドは、後半のせりふで、精神分析は、科学でなければならないと強く主張している。しかし、なぜ、二人がこうした対立となっていくのか?ユングがなぜオカルト的な思考に変わっていくのかの過程は詳しく描いていない。
 
むしろ、この映画の主題は、ユングとの恋愛経験に通じて、主人公女性であるサビーナの神経症が克服されていく経過を描くことだ。
 
当初、サビーナは、錯乱するほどの病的感情をかかえている。いわゆる、混迷状態である。彼女は、父親との苦しい幼児体験を通じて、精神が破綻していた。
彼女は、侮辱されているという強迫観念で、苦しんでいた。
 
彼女は、強制的に精神病院に連れてこられたのだ。女優は、心と肉体のアンバランスをたくみに演じている。たとえば、顔の筋肉が異常にけいれんしてしまう(つっぱってしまう)様子などだ。ドパミン不足や、筋肉まひで見られる症状である。
 
しかし、病院のスタッフは、平然とした様子で、暴れる彼女を迎えこむ。当事、こうした錯乱する患者が少なくなかったことを物語っているのだろう。むしろ、当事の社会は、患者が錯乱するまで、世間体を気にして、患者を隠していたということかもしれない。
 
そして、サビーナは、精神病院での治療を通じて知り合った医師ユングと恋愛することで、彼女の苦しい幼児期体験は上書きされていく。つまり、幼児体験が別物となっていく。
 
やがて、その恋愛も彼女を苦しめることにもなるのだが、サビーナはすでに成長していた。
 
サビーナ自身で、思考して精神分析しながら、自らの不安神経症を克服していく。そして、最後のナレーションで、彼女はその後、成果ある人生を歩んだことが紹介される。
 
もっと、映画を注意して見れば、精神分析という学問が始まった歴史的背景のヒントが含まれているだろう。そして、現在に生きる人間の治療に生かすヒントを学べるかもしれない。
 
又、続報を書きたい。