NHKの籾井会長のタクシー代の2万円で、予算委員会がもめていた。
こうした少額の金銭処理ミスで、国会の審議時間が浪費され、多数の職種の人件費が費やされる。
 
結局、NHKの番組やらせなど、制作問題とつながり始めた。
これこそ、まさに、NHK会長を引き摺り下ろす政治ショーなんだなと思う。STAP問題に対するNHKの謝罪問題も噴出すれば良いのにと思う。
 
政治家のスキャンダルは、この人を引き摺り下ろせ!との政治的コンセンサスが得られれば、政治ショーが進んでいくようだ。
権力の座にある人の足元をさらうために茶番が演じられ、そこにも税金が使われていく。
 
維新の会の女性議員も、橋本氏から、見限られて除名されてしまった。若く愛くるしい顔が得して、彼女は30歳で議員としての実績もないまま、国会議員になれたのだ。
 
もともと、議員という職種は、経験と頭脳が必要な職種だと思う。
 
だから、若い人は絶対にだめだ。しかし、実際には、顔だち、姿形の良さ、愛嬌、機転の良さなど、表面的なことが優れていれば、とんとん拍子に出世するチャンスに恵まれる。
 
橋下氏が、未熟な彼女を議員にしたのは、間違いだったと発言したそうだが、そうしたことは、選挙の前にわかっていた事だろうと思う。
そういう人を選んだ、党首の問題ではないのか?
 
見た目の良い若い女性を立候補させるのは、選挙民をだますような行為だと思う。
こうした選択ミスも、大いなる税金の無駄使いと言えるものである。
 
議員に必要な資質は、即座に理解する能力と、さまざまな社会的階級の人間を見てきた経験なのだと思う。
そのためには、年齢が若ければ、絶対に無理だ。
若さを売り物にするような立候補者は、議員という仕事がわかっていないのだと思う。
 
そして、政治家に大事なのは、その場で理解する力である。陳情者に会い、役人や取り巻き秘書など多くの人に接し、人に関する知識を増やす必要がある。
議員に入って来る情報のうち、大事な部分を選び取る能力が必要である。
 
医者も若ければ絶対にダメなように、政治家も若ければ絶対にだめなのだ。
 
若くても優秀な人材もいるだろうから、そうした人が経験をつめば、政治家として信頼できるようになる。しかし、若い時にすごかった人が、加齢と共にさらにすごくなれるのかは、わからない。
案外、才能のある人は、それに頼ってしまい、伸びないことがある。
 
ここで話題になっているSTAP問題を考えてみよう。
 
ネーチャー論文発表が、多くのマスコミを集め、国民的行事として、大々的に発表された。
しかし、その直後から、論文不正が問題視され、マスコミは興味本位にねつ造説を書き始めた。
 
理研は、常識的な内部調査で切り抜けようとしたが、元東大教授を長とする改革委員会が、文科省の権威をかさに、STAPをやり玉にあげ、神戸潰しを露骨に始めた。
生物分子学会も改革委員会に同調した。
 理研を管轄する文科省は、何かアクションを起こさなければならないと考えた。
 
理研内部からも、研究者が名乗りをあげて検証結果を示し、小保方氏がESにすり替えてSTAPをねつ造した説を広めた。
仲間の人たちのうち、一日中、ネットに張り付いて、小保方氏の悪口を書いた人もいただろう。
 
8月には、こうした激しい神戸CDB潰しに疲れた笹井氏が自殺した。
マスコミは、理研とその管轄機関である文科省の無策を非難したが、結局は、政治家も神戸を潰すための大連合に手を貸した。
 
そして、桂氏を長とする再度の調査委員会が発足したが、調査の結果は、実行が不可能な混入説の採用だった。最初から、調査委員会は、逃げ道を用意してあって、逃げ道のための結論を採用したと言って良い。
 
調査委員会は、論文に記載されたマウスと、残存検体の遺伝子が一致しないとする検証結果を示し、これを根拠に、STAPは、どこかでESが混じって、すり替わってしまったとの結論した。
 
実際の実験で、混入することが可能か?という疑問には答えていないし、混入方法の具体策もしめしていない。
 
ESでは説明できない現象が、かつて、関係者の証言にあったわけだが、そこは調査委員会の仕事ではないと、つっぱねた。
 
この調査結果を聞いて、一般人が、疑問を持つことなく、小保方氏がねつ造者であったと考えているのだ。
 
STAPねつ造説は、神戸潰しの大連合がなせる業か?と思う人が増えて欲しい。
そのように考える人は、マスコミであっても、政治家であっても良いが、ある程度、社会に影響力を及ぼせる立場の人であることが必要だ。
 
NHKのSTAP番組で出てきた中国人留学生が、やらせを証言したりして、新たな展開があるかもしれない。
 
理研を管轄する文科省担当の議員などの立場にある人で、しっかりとものを考える人が登場してほしいものだ。
 
この議員が、京大びいき、神戸びいきでなくとも、神戸潰しを目的として、科学界、政界、マスコミ界が、大連合した可能性を考えて欲しい。
そこが、STAPねつ造を仕掛けたことに気づいてほしい。
 
そうした正義の味方が、いたとして、小説風に展開させてみよう。
この事件を解明していくのは、議員Aと、ここで設定してみた。
 
議員Aは、小保方氏の冷凍庫にESの凍結検体が入っていたとの報道を聞いた時には、誰か、理研内に小保方氏を陥れようとして操作した人がいるのではないか?と気づいた。
小保方氏がいかにも、犯人ぽく見えよう仕組んだがいる!と、A議員は感じたのだ。
 
そして、A議員は、小保方氏には動機がないことも、大事なポイントだと考えた。
恵まれた生育環境で、大事に育てられた女性(小保方氏)が、この若さでなぜねつ造などをするのかに疑問を持たなければいけない。
 
A議員は、さまざまは社会階層の人を見てきている。幸せでない人のかかえる暗い部分も知っているし、メンタルがおかしない人ともかかわってきた。
精神が病むと、表面的にとりつくろっていても、矛盾する言動があることを、A議員は知っている。
周りの人が、メンタルがおかしな人の異常言動に気づくことが多いものだ。
 
この間の、墜落機のパイロットも、治療中の人であった。
しかし、小保方氏は、そうした人ではない。まじめで熱心な若き研究者の顔しかない。
そうした人が、捏造など考えたりしないし、本人が得るものが何もないのだ。
 
A議員は、政治的なかけひきを生き残って来た人であろうから、策略、かけひきにも、経験をつんでいる。
A議員は、STAP事件が、おかしい!と思って、この事件の担当を申し出て、解明に乗り出した。
 
A議員は、生物学の知識は無い。だから、A議員にとって、大事なのは、18番Cag-GFPとか、アクロシンGFPとかを、ひとつ、ひとつ難しい科学用語を理解していくことではない。
 
そんなことを国会の委員会で、発言しても意味はないし、多くの人が理解できるストリーにする必要があるのだ。
 
つまり、小保方氏は、捏造などしていないと、その根拠となる事実を示していけば良い。

A議員が気付くべきところは、残存検体に矛盾しないSTAP細胞がつくれる可能性はあるのか?ないのか?のポイントだ。ここが、何と言っても一番大事なのだ。
 
残存検体と一致するSTAPが作れる事を知った彼は、調査委員会がそうした大事なことを、公表しない事が、異常事態であると感じた。つまり、STAPはない、神戸は嘘をついたというストリー作りをしたい人たちがいることに気づくのである。
 
カギをにぎるのは、若山氏であるが、彼が隠れてしまったことを、問題提起をして、ひっぱりだせば、解決に向かう。若山氏の参加した検証実験の再開も夢ではない。
実は、一旦は体制側についた若山氏も、外圧に屈したという形をとって、STAPを正当化したいのではないか?
 
A議員は、堤調査委員による報告書づくりに業務する理研スタッフと、いろいろ話をするというストリー展開を考えてみた。この理研スタッフも、捏造説の一味だ。
以下が、A議員と、理研スタッフの会話である。
 
小説脚本始まり
A議員「ES細胞を使わないと、残存検体の遺伝子と一致することはないのか?」
調査委員会のスタッフ「ESを使わないと一致しません」と答える。
 
A議員「ESを作るときも、親マウスがいるんだよね。するとそれと同じ親マウスを使って、STAPをつくったら、ESと似るんじゃないの?」
調査委員会のスタッフは、慌てて答える。
「論文には、使ったマウスの種類がきちんと書かれています。ですから、それはありません」
 
A議員は、続ける。
「論文に書かれたマウスが、本当に使われたという証拠はあるの?」

調査委員会のスタッフ
「論文に書かれたマウスが、本当に使われたということを前提に調査を行います。それが、規定ですので・・・」

A議員は、続ける。
「そうなんだね、すると、調査は、あくまで、論文に記載されたマウスを使ったという場合との前提なんだね。論文審査としては、それでいいかもしれないけど、国民が知る権利を行使する立場で考えると、他の可能性を示すことが必要なんじゃない?」
調査委員会のスタッフ
「いや、我々のタスクは、あくまで、論文に書いた内容の審査にとどまるのです」
 
A議員は、続ける。
「そこはわかった。しかし、文科省としては、人権を守るという立場から、混入以外の他の可能性も示唆した報告者を作ってくれないかね?」

小説終わり
 
となると、STAPは、やはりできていた。小保方氏は、捏造などしていないとのハッピーエンドになるのだが・・・・。
 
政治家が、賢い人であることが、日本にとって、本当に大事なのだと思う。
 
子育てが、親の思い通りにならない事は、誰でも知っている。
 
どんなにがんばらせても、お金をいくらつぎこんでも、優秀な家庭教師をつけても、頭の良いわが子にすることは、親にはできない。ある程度、成績を上げることはできるかもしれないが、最後の競争で、頭の良い人にかなわない。
 
がんばらせれば、がんばらせるだけ、子どもがいじけたり、自信を喪失したりして、学校へ行かなくなるかもしれない。
 
はては、子どものメンタルが悪くなって、体の症状となり、お腹を痛がる、頭痛を訴える、反抗的で意地悪な子どもになるかもしれない。
 
こうした様子を見て、親はあきらめて、反省するのが普通だ。
 
子どもに限らず、皆、自らの夢や理想を、他人に強制できない。相手をコントロールしようと、怒ったり、脅したりしても、結局、自分が損をする。
こうした経験を理論化すると、アドラーの心理学のようになるであろう。
 
他人に期待せず、あきらめる自分を受け入れる。そうすることで、その人のメンタルを改善する方向へ持っていく。ポジティブなあきらめ方と言えるかもしれない。
 
こうした子育ての経験を通じて、叱っても良くならないことを、人々は知っているのに、なぜ、マスコミや権力者は、専門職に対して、非難したり、脅してみたり、改善しろ!とせまるのだろう。
 
STAP事件の時も、理研理事長に、若い新聞記者が聞いたそうだ。
現在の理研の対応は、何点であると思うか?」
 
の質問に対し、野依氏(当時は理事長)が、「君は何点だと思うか?20点か?」と、野依氏は、逆に女性記者に問い詰めようとしたが、彼女は、「5点だ!」と答えたと言う。
 
政治家やマスコミは、相手を毒ついて、自らの優位性を誇示しようとする。
私の後ろには、多くの国民がついているぞ!と言いたいのだろう。
しかし、毒つき方が、一般人の支持をえないと、自らの人気をさげることになる。
 
彼女の言葉は、将来の記者としてのキャリアには、マイナスだ。夏夜の、花火のようなものだ。燃えがらの花火跡をひろう会社はない。
 
いづれにしろ、他人を毒づく事に対して鈍感で、他人を配慮する姿勢が欠けていないと、政治家やマスコミは務まらない。

以前の話しであるが、学校の先生たちに何かの調査をやらせた時、調査がうまく進まず、国会で文科省の大臣が「現場(教師)にお尻をたたいて!たたいて!やらせているが、うまくやれていない。」と答弁していた。
 
調査そのものが、現場の常識とかけはなれていることを、この大臣は知らないのだ。
なぜ、進まないのかを、考えてみることができないのだ。
ただ、権力を使って、強引に調査しようとしている。
 
現場は、意味の無い数値の結果をだして、上層権力からの要求に体裁をとりつくろう。
やらせた文科省大臣は、でてきた数値を示して、得意げになる。その数値が意味するところをわからなくても、大臣はメンツがたつことと、体裁が必要なのである。
 
しかし、こうしたものこそ、真の税金の無駄使いと言えるものではないのか?
 
今回のSTAPの調査も、出てきた結果を見れば、上からの圧力により、理研の現場研究者がやらされた意味のない調査にすぎなかった。
 
なにより、調査委員会が中立性に欠けていた。STAPは無い!、あるとしたくない!そうした価値観が、調査委員会の委員たちの間の、共通意識なのだ。
 
STAPに興味のある多くの一般人は、何か、公正なもの、科学的根拠のあるものを期待したに違いない。しかし、現実は、意味のない調査結果だったである。
 
一般論として、専門的な科学論文の審査は、“仲間たちによる審査”と呼ばれる。
同じ立場の人たち同志でお互いの論文の審査し合うスタイルをとる。
なぜなら、仲間たち以上に、さらに上級者の立場で審査出来る人たちがいない!(仲間たちが最高の判定者)という意味なのである。
 
専門的領域の論文は、専門者同志でなければ、評価できない。
論文の内容は、世の中にまだ、明らかではなく、新しいものである。
依然として試行錯誤が続いている課題である。
つまり、正しいかどうかが、判定できない状態であるのだ。だからこそ、論文になる内容なのである。
 
研究者同士で、調査、議論しても、結論は必ずしも認められない。
 
だから、専門者は、過去を振り返らずに、新たな実験に着手して、もっとしっかりした手掛かり探しを続けるのである。
 
論文を投稿する時には、学閥派閥の弊害を避けるために、論文の著者は、審査して欲しくない研究者、審査して欲しい研究者の名前を書き込むことができる。専門的な審査に、中立性を理想としてかがげているが、現実はそうならない。激しい競争の世界であるので、研究者同士で、つぶしてやろう!認めてやらない!とのかけひきがあるからである。
 
沢山の人に知識があり、正しいことと、正しくない事が決まっていれば判定は可能である。しかし、そうしたものでない専門的議論になる領域では、公正な評価や調査なんて、ありえないということを、今回のSTAP事件は示したのではないか?
 
STAP事件は、犠牲者を生むほどに、研究者の人権がかかった論分不正問題であった。
しかし、多くの一般人の期待にもかかわらず、専門家による調査結果は、正当性を欠き矛盾するものであった。馬鹿にしたような奇妙な結果に、人々はがっかりした。でも、それが、現実である。
 
ネット情報の普及により、一般人が趣味として最新の科学分野を勉強することができるようになった。
お互いの知識を持ち寄って、ここがおかしい、ここが矛盾すると、意見をのべあうこともできる。そして、STAP事件が起きて、人々が科学的事件をウオッチする過程で、科学界への猜疑心が高まった。
 
世の中の出来事をウオッチする目が高まれば、多くの人が日本の科学研究の方向が見えてくるであろうし、税金の使い方にも影響を与えるようにもなっていくであろう。何に研究費を使ってほしいか?は、政治家や研究者だけの興味ではないのである。
 
ガラス張りで国民から見られている科学界の専門家は、もはや閉鎖的であることは許されず、一般人を愚弄するような発表をしたり、密室主義的な判断はできなくなるだろう。学閥で固まることは、趣味の世界で通用するにとどめてほしい。
 
研究者の努力や才能に対する国民的理解も進んで、マスコミや政治家の理不尽な研究者叩きや不正叩きも減って行くだろう。

STAP事件を、今後の反省と展望につなげてほしいと思う。
 
今回も、STAP問題です。
 
調査委員会は、図表のねつ造や改ざんを指摘したが、実験そのものがねつ造・改ざんとは言っていない。
言っていないと言うより、小保方氏が、盗用したES細胞にすり替えたと言う証拠がないので、それは言えないのだ。
しかし、実際の調査報告書を見ると、この大事な部分があいまいに書かれている。
 
調査委員会は、小保方氏の実験ノートが無いとか、うっかりミス、初歩的ミスが多いとか書いている。
しかし、小保方氏にしてみれば、論文を良く見せるための操作にすぎなかった。
 

根本的な論文捏造とは、意味が異なる。彼女は、図表の入れ替えのうっかりミスや、故意に書き足しをしたようだが、論文にあるSTAPを作成したという実験の根拠は示した。

 
しかし、マスコミは、小保方氏のゼロからの捏造説をひろめるのに熱心で、小保方氏をとんでもない人に仕立てたかった。ドラマッチクを装って、読者を増やしたいこともある。
 
こうした状況であれば、調査委員会は、研究者を守るためにも、もっと踏み込んで、いろいろな可能性を示すべき立場であった。しかし、その大事な指導的な作業を、調査委員会はやらなかった・・・・。
 
つまり、残存検体と矛盾しないSTAP細胞の作り方があることを、人々に示すことも、調査委員会の大事なタスクだったと思う。
 
ES細胞を作った時に使用した親マウスを一致させれば、残存検体と一致するSTAPが作れることを、調査委員会は示して欲しかった。それがあれば、小保方氏はずんぶんと救われたであろう。
調査委員会は、わかっているくせに、どうして、そこを隠したのだろうか?
 
残酷な調査委員会は、他の可能性を示さず、STAP捏造であるとの疑惑を人々に持たせるために、あえて争点をごちゃまぜにして、報告書を書いた。
 
先に、報告書の最後には、こんな文章がある。
 
また、理研だけでなく、すべての研究者は、STAP問題を自分の研究室にも起こりえる問題と考え、今までより、いっそう思慮深い教育と研究室運営を行うべきだろう。不正防止が大きな流れになるには、「捏造、改ざん、盗用」と重大な違反と考えるのは当然だが、それだけでなく「研究における責任ある行動」ないし「研究における公正さ・・・・・。
 
この部分は、一見、一般論風を装って、小保方氏が、「捏造、改ざん、盗用」をしたかのように印象づけるための文章だ。結局混ぜた人は、小保方氏であるとの印象を読者に持たせようとの意図がある。調査委員会は、混入が技術的に極めて難しい事がわかっていても、あえてその説を採用したのだ。
 
しかし、調査委員会は、混入した犯人を明らかにできなかった。というより、混入の作業が、実際に行われたのか?も、明らかにできなかったのだ。
 
だからこそ、特定の人に、ESの盗用や混入の疑いがかからないように配慮すべきだった。しかし、この大事な作業を、調査委員会はやらなかった!
 
小保方氏の人権に配慮するという作業をあえて、しなかったのです。それは、科学界の主流派に、STAPがあっては困る!の一念があり、STAPは無いとの結論にして、神戸CDBを罰して縮小させるためか?
 
結局、学会の主流派が、何が何でも、STAPは無い!、神戸CDBは叩く!の方向で一致団結したからではないのか?そのための世論操作がなされた事案だったと思う。
 
残念なことに、多くの人は、公的に認められた調査委員会が発表したから、犯人は、ESを混ぜて実験したんだね!と思っている。
 
問題となったESが3種類あることからもわかるように、今回は、何度も実験が行われている。そのたびに、うまくまぜておくことの非現実性を、もっと、もっと、多くの人が疑問の声をあげてほしい。
 
本来なら、別の学会が、この結論がおかしいと騒ぎだしても良いのだが、それも起きない。
臨床の学会なら、対立する学会の複数であり、それぞれのお山の大将(学会長)の顔ぶれも違うので、お互いの正論を誇示して、反対論がでるはずである。
 
学会同志が、真っ向から反論がでたものとして、高血圧の基準とか、コレステロールの基準などがある。
 
しかし、基礎医学は、研究者も限られていて、今回の調査委員会は、既存の分子生物領域の大御所が参加していて、あえて反論する人もいないようなのだ。
 
結局、若山氏がものを言わなくなったのも、今回の捏造騒ぎには、大きな社会的バックがあることに気付いたからだと思う。
 
それでは、再調査が必要か?という意見が出るかと思うが、もう、この問題を調査はしても無駄である。調査する人たちが、中立でないからである。こうした専門的な問題は、いくら調査をしても、もう何もわからない・・・・・(涙)。
 
調査委員会の委員たちも、この問題には、もう触れたくないと思う。委員たちのキャリアの中で、いやなことをやらされて、早く忘れたい経験だったと思う。
とにかく、委員たちは、”調査は終了した”との印象を、世の中に与えて、早く足を洗いたかったと考えていると思う。
 
本来、この調査は、マスコミや上からの圧力でやらされたものでもあるし・・・。桂氏にとっても、とんだ災難!の経験だったと思う。覚悟して、引き受けたのだろう。
 
元々、誰かの論文不正に対して、第3者が調査するという行為は、むなしい作業だ。
調査を依頼された研究者にとっても、他人のあら探しは、非建設的で、最もやりたくない仕事に違いない。調査しても、必ずしも明らかにならない事が多いものだ。
○○新聞のSTAP問題についての読者コーナーに、文章を書きこんでみたが、今のところは、私のこの文章は、ネットにアップされていない。
この新聞社の読者コーナーは、投稿内容に問題がある場合は、載せないとの断りがある。
私の書いた内容が、新聞社は、やはり、気にいらないから、ネット版に載せないのか・・・。
 
私が書いたものは、以下のような内容である。須田記者が、せっかく、丹羽氏、笹井氏を熱く取材して、その時の様子を時系列で克明に紹介しながら、最後は、STAP捏造論で結論してしまった事を、須田記者も後悔しているのではないか?と・・・。
 
今後、さまざまな刺激後に、万能細胞が出現したとする研究が出た時、須田記者の解説を楽しみにする人もでてくるかもしれないのに・・・。捏造説一辺倒では、将来の新型の万能細胞の芽をつんでしまう行動ではないか。
 
今後の須田記者は、理研の悪口を言う文章しかを作れないし、彼女自身も、本心は、両サイドで書きたかったのでないか?と言ってみた。それは、上層部にうち消された可能性がある。彼女は、笹井氏に信用が厚かったようだから、記者としてのみ込みの良い人だっただろう。女性はこうして、利用されつぶれていくのか・・・・。
 
この読者コーナーには、いろいろな読者がSTAP批判の文章を書きこんでいるが、血税を無駄にしたとか?税金を返せ!という主旨の文章が多い。調査を徹底させろ!とかもあるが、具体的な展望はない。
 
こうした税金返せ!論は、役人の給料問題が出てきた時などにも、しばしば、話題になる。
公的機関へ勤める人へのいやがらせである。役人と言えど、働いた報酬をもらうのはあたりまえである。公的研究所の研究者は、研究して給料をもらっている。
これも、社会的コンセンサスの得られた報酬である。
 
野依氏の辞任の時に語った言葉である、「研究は自由な発想でやるもので、その責任は、研究者にある。」は正論であると思う。辞任しないで、言ってほしい。
 
研究者の不正で、研究所のトップが交代になるのはおかしいと、彼は言っている。
理研の辞任と論文問題は別であると、野依氏は言っている。
 
野依氏は、光学異性体というのを、製造可能にしたことでノーベル賞をもらっている、かけがえのない才気あふれる人である。彼の教えを受けた人によると、とにかく天才的な人であったと言う。
 
こうした人が、文科省やらの権力からの圧力で、責任を取らされるのは悲しいことだ。文科省の役人や大臣は、いくらでもすげかえ可能だ。その立場にいるから、そう立ち回る権限が与えられているだけだ。
当て職の人が、彼の才能を理解できていれば、こうした”知”のすげかえは考えないと思う。
 
彼や笹井先生に限らず、研究者とは、かけがえのないすごい人である。どうして、そこを受け入れない人がいるのか?特殊な才能のある人は、交代可能では無いし、すげかえができるわけでないのである。
つまり、その人がいなければ、研究成果はなくなるもののだ。
 
税金を返せ!と叫ぶ人には、その人の治める税金の額も問題だが、その人が税金を納めるために働いた仕事が、その人でしかできない仕事だったのか?を問いたい。
もっと、人は、自らに謙虚になりたい、なるべきだ。その方が、幸せで、建設的な人生を送れる。
殆どの人は、悲しいかな!、すげ替え可能な立場だ。私は違うと、胸を張れる人は、どの位いる?
 
但し、こうした切り返しは、相手を傷つけるだけで、討論として有用でない。
こちらが、エネルギーを使って、討論する目的は、相手が少しでも、こちら側によってくることを期待している。相手を怒らせても、良い事は何もない。
とりわけ、相手をけなすことは、後味が悪い。
相手が、弱い立場で反論ができない場合は、こちら側の傷も大きい。
 
研究をするには、まず、才能が必要である。
宝くじに当たるような運が必要である。殆どの人は、宝くじに当たらない。
それを嘆いて、どうなるのだ!
 
研究とは、常に激しい競争にさらされ、足をすくわれ、答えのない難題と格闘して消耗する日々にめげないエネルギーを保てなければならない。周りは、才能のある人ばかりだ。
 
優秀な人ばかりの中で、劣等感に悩むより、そこそこの所で、指導力や存在感を発揮できる場所は多い。努力がものを言う場所もある。
 
かつての理研の研究者は、新規の論文を書かずとも、定年まで、ポストが確保されていた。
多分、まだ、こうした層の研究者がいるはずだ。
ところが、最近は、神戸のCDBのような、期限付き研究員が多くなり、こうした短期ポストの人は、厳しい競争にさらされている。
 
つまり、従来の理研の職員からすると、新しい雇用体制を引いていて、研究成果が出やすい神戸理研は、目の上の“たんこぶ”なのだ。今回は、こうした理研内の層の抗争もあると思う。
しかし、科学界、政界、マスコミ界の共同作業を説明できるのは、学閥しかない!。
 
一般人が、そこに気づき、声をあげれば、フェアな競争が可能となり、学閥で固まるのは恥となる。
理研の新理事長が、京大総長で内定したことも、そうした配慮ではないか?と思う。
 
実は、マスコミによる専門者いじめは、医療機関にも向けられている。
いかがわしい治療を提供する医療機関を問題視せず、難しい医療を担う病院医師を非難する。
 
このドクターに問題があるとして激しく糾弾し、そのドクターがとんでもない人であると、記事で印象づける。
しかし、そのドクターが辞めたら、その技術をやれる人たちがいなくなるのである。
しばしば、マスコミは意識的に、後のことを考えずに、ドクター糾弾をくりかえす。
マスコミは、情報を先に持つ立場であり、そこを生かして、一般人を納得させる立場なのに、そこができていないのじゃない?
記事を書くのが、やたら、若い人であるのが気になる。若い人は、良い記事が書けるとは思えない。
人は、経験と年齢を重ねないと、指導的で価値ある記事が書けないと思うよ。
須田記者が、あの若さで、多くの人を納得させる記事を書くのは、無理だと思う。

本当に職場に問題のある人がいたなら、一緒に働く人たちが、糾弾の声をあげるものである。
問題点があった人でも、それに勝る能力がある人ならば、その人をかばう人が必ずいる。
周りの人はその人の仕事を認めているし、その恩恵に浴する事があるのである。
例えば、研究所なら研究成果であり、病院なら、見習いの医師であり、患者さんである。
 
つまり、専門的な仕事は、周りの専門者から、十分に監視され、切磋琢磨されて機能している。
専門的な職場は、周りからの協力がなければ、成果を生むことはない。
専門的仕事につく人は、そこで勤めなくても、我慢できないと思えば、そこを出ていく。
我慢して、下手な教授の手術につきあったりしないと思う。
 
問題が起きた時、外部の人たちが、ずかずかと内部に入り込んで調査しようとしても、結局、意味が無い。成果無きまま、学閥、派閥の抗争の場となるだけである。
 
こうしたことがわからない人たちやマスコミは、表面的な調査に、糾弾を繰り返すだけである。
どうすれば解明が可能になるか?の展望を示せなければ、マスコミが指導的立場に立つことはできないと思う。
文章を読んでも、意味のない言葉の並びにすぎなければ、人はもう読まないのである。

昨日、ネットでSTAP捏造を扱ったNHKの番組録画を見ました。
 
放映された時点では、この番組が作られたことは知りませんでしたし、テレビも見ませんでした。しかし、後で、この番組の内容が問題視され、いろいろな評判が立ち、私も見なくてはいけないなと思ったのですが、正直言って、気が進みませんでした。
 
私は、笹井氏が登場する映像は見たくありません。
もっとも見たくないのは、精神科の主治医でしょう。今も、この主治医は、ずーと落ち込んでいるでしょう。
精神科の先生たちから、患者が自殺すること位、落ち込むことはないと聞きます。
 
 
笹井先生とは、一切の面識がない私でも、在りし日の笹井先生を映像で目にするのはつらいですね。それで、笹井先生の録画は、見たことがありません。
 
 
笹井先生は、情報によると、学会のレセプションなどで、バーテンダー役を務めたりと、幅広くフレンドリーな人であったとのことですが、恐らく、ご本人はお酒を飲めない人であったのではないでしょうか?エンターテイナーは、孤独な人が多いですよね。
 
 
とにかく、愛想が良くて、いつも元気な人というのは、危ないですヨ。心の裏の顔があります。
いつも、がんばっていて成果をあげるものの、ご本人は、疲れるのでしょう。
1人になると落ち込むところがあるのかもしれません。
このNHKの番組は、笹井氏の自殺のきっかけとなったのではないかの憶測があります。
 
 
だれも、笹井氏の内心はわからないですが、小保方氏とのメイルのやりとりが読みあげられた映像部分に、笹井氏がショックを受けたのでは・・・?の推論があります。
 
 
しかし、両者のメイルは、若い研究者と指導教官の枠に入ったものであり、小保方氏にとっては、尊敬する笹井先生であったと思います。
 
 
有名人の男女の関係などは、一般人が考えたら、むなしくなるものです。
そこに興味を感じても、何も持っていない自分がみじめに思えてくるだけです。
私は、その部分より、むしろ、仲間のはずの他大学の教授が集まって、小保方論文を批判している映像が、笹井氏が落ち込んだ原因ではないか?と感じました。
この映像部分に、笹井氏はずい分と傷ついたのではないか?と思いました。
 
 
教授たちは、学会で会えば、お互いににこやかに挨拶をかわす関係者同志でしょう。
お互いに、相手の研究の発展性をほめあい、昨今の若い研究者を批判したりと、表面上は、仲良く盛り上がる仲間同士だったのではないでしょうか?
笹井氏と面と向かった時に見せていたにこやかな顔とは全く違う教授たちの顔を、笹井氏は画面に発見しました。教授たちは、皆、一様に、小保方論文、ひいてはそれを指導した笹井氏自身をけなしていたのです。
これを見ることは、笹井氏にとって、つらいものであったと思います。
 
 
ところで、NHKは、どうして日本中の学者を1か所に集めて、この映像を撮れたのでしょうか?なぜ、学者たちは、一様に、小保方論文をけなしたのでしょうか?
 
 
ネイチャーに載ったとはいえ、書いたのは30歳そこそこの女性です。ベテラン教授から見るとははーん、ここ、ごまかしな!とか、ここミスだな、と透けて見える部分が多かったと思います。
 
 
当時の教授たちは、画像にミスが多いよね、とか、この部分は笹井先生独特だから、ここ彼が書いたかもねとかで盛り上がったと思います。
 
 
映像が公開されることを前提にすれば、参加教授たちの最後のコメントは、お世辞となり、論文には新規性がありますね、とか、若いのにがんばりましたね!となっていたのかもしれません。
 
 
この検討会では、もっと、さまざまなことが議論されたはずです。そして、最後の結論はSTAP肯定だったかもしれません。捏造だね!とかは、絶対にならなかったと思います。
しかし、映像は、その後のコメントをカットしました。
 
 
教授たちが結論を導く過程で、各教授が論文の不備について率直に語った部分のみ、映像に残したのです。
そして、視聴者がとんでもない論文だと印象を持つような部分のみ、映像として使われてしまいました。
これこそ、マスコミによる、恣意的な世論誘導なのではないでしょうか?
 
 
恐らく、この時に参加した教授たちは、こうした扱われ方をされるとは予想していなかったのでは・・・と想像します。
その後、彼らが、笹井氏の自殺を聞いた時には、本当にショックだったと思います。
 
 
この番組を見ると、やはり、全国的に広がっていた神戸CDBをつぶせ!の風潮を感じます。
もし、今後、神戸CDB発の論文が次々と人気となり、神戸CDBは、手技的、知識的に未熟な若い研究者が活躍できる研究所となり、お金もついて、日本でトップの研究施設になってしまうことは目にみえています。それをささえるのは、京都大学の知性です。
 
 
東大などの超一流大学は、文系に多くの逸材を送りこんでいて、官僚や政治家間に同窓の輪があります。(余談 医学系では、鉄門会という最強の医学界の同窓会があります)。
 
 
理研の改革委員会のメンバー、日本分子生物学会は、京大君臨たたき、神戸CDB肥大化たたき、など、派閥と学閥の粋を集めて、小保方たたきをしたのだと思います。しかし、それが度を過ぎて、一般人の反発と不信感を買ったと思います。
 
 
何か、そうした大きな力がないと、このNHKの番組だって、作れなかったと思うのです。
昨日、ネットでSTAP捏造を扱ったNHKの番組録画を見ました。
 
放映された時点では、この番組が作られたことは知りませんでしたし、テレビも見ませんでした。しかし、後で、この番組の内容が問題視され、いろいろな評判が立ち、私も見なくてはいけないなと思ったのですが、正直言って、気が進みませんでした。
 
私は、笹井氏が登場する映像は見たくありません。
もっとも見たくないのは、精神科の主治医でしょう。今も、この主治医は、ずーと落ち込んでいるでしょう。
精神科の先生たちから、患者が自殺すること位、落ち込むことはないと聞きます。
 
笹井先生とは、一切の面識がない私でも、在りし日の笹井先生を映像で目にするのはつらいですね。それで、笹井先生の録画は、見たことがありません。
 
笹井先生は、情報によると、学会のレセプションなどで、バーテンダー役を務めたりと、幅広くフレンドリーな人であったとのことですが、恐らく、ご本人はお酒を飲めない人であったのではないでしょうか?エンターテイナーは、孤独な人が多いですよね。
 
とにかく、愛想が良くて、いつも元気な人というのは、危ないですヨ。心の裏の顔があります。
いつも、がんばっていて成果をあげるものの、ご本人は、疲れるのでしょう。
1人になると落ち込むところがあるのかもしれません。
 
このNHKの番組は、笹井氏の自殺のきっかけとなったのではないかの憶測があります。
 
だれも、笹井氏の内心はわからないですが、小保方氏とのメイルのやりとりが読みあげられた映像部分に、笹井氏がショックを受けたのでは・・・?の推論があります。
 
しかし、両者のメイルは、若い研究者と指導教官の枠に入ったものであり、小保方氏にとっては、尊敬する笹井先生であったと思います。
 
有名人の男女の関係などは、一般人が考えたら、むなしくなるものです。
そこに興味を感じても、何も持っていない自分がみじめに思えてくるだけです。
 
私は、その部分より、むしろ、仲間のはずの他大学の教授が集まって、小保方論文を批判している映像が、笹井氏が落ち込んだ原因ではないか?と感じました。
この映像部分に、笹井氏はずい分と傷ついたのではないか?と思いました。
 
教授たちは、学会で会えば、お互いににこやかに挨拶をかわす関係者同志でしょう。
お互いに、相手の研究の発展性をほめあい、昨今の若い研究者を批判したりと、表面上は、仲良く盛り上がる仲間同士だったのではないでしょうか?
 
笹井氏と面と向かった時に見せていたにこやかな顔とは全く違う教授たちの顔を、笹井氏は画面に発見しました。教授たちは、皆、一様に、小保方論文、ひいてはそれを指導した笹井氏自身をけなしていたのです。
これを見ることは、笹井氏にとって、つらいものであったと思います。
 
ところで、NHKは、どうして日本中の学者を1か所に集めて、この映像を撮れたのでしょうか?なぜ、学者たちは、一様に、小保方論文をけなしたのでしょうか?
 
ネイチャーに載ったとはいえ、書いたのは30歳そこそこの女性です。ベテラン教授から見るとははーん、ここ、ごまかしな!とか、ここミスだな、と透けて見える部分が多かったと思います。
 
当時の教授たちは、画像にミスが多いよね、とか、この部分は笹井先生独特だから、ここ彼が書いたかもねとかで盛り上がったと思います。
 
映像が公開されることを前提にすれば、参加教授たちの最後のコメントは、お世辞となり、論文には新規性がありますね、とか、若いのにがんばりましたね!となっていたのかもしれません。
 
この検討会では、もっと、さまざまなことが議論されたはずです。そして、最後の結論はSTAP肯定だったかもしれません。捏造だね!とかは、絶対にならなかったと思います。
しかし、映像は、その後のコメントをカットしました。
 
教授たちが結論を導く過程で、各教授が論文の不備について率直に語った部分のみ、映像に残したのです。
そして、視聴者がとんでもない論文だと印象を持つような部分のみ、映像として使われてしまいました。
これこそ、マスコミによる、恣意的な世論誘導なのではないでしょうか?
 
恐らく、この時に参加した教授たちは、こうした扱われ方をされるとは予想していなかったのでは・・・と想像します。
その後、彼らが、笹井氏の自殺を聞いた時には、本当にショックだったと思います。
 
この番組を見ると、やはり、全国的に広がっていた神戸CDBをつぶせ!の風潮を感じます。
 
もし、今後、神戸CDB発の論文が次々と人気となり、神戸CDBは、手技的、知識的に未熟な若い研究者が活躍できる研究所となり、お金もついて、日本でトップの研究施設になってしまうことは目にみえています。それをささえるのは、京都大学の知性です。
 
東大などの超一流大学は、文系に多くの逸材を送りこんでいて、官僚や政治家間に同窓の輪があります。(余談 医学系では、鉄門会という最強の医学界の同窓会があります)。
 
理研の改革委員会のメンバー、日本分子生物学会は、京大君臨たたき、神戸CDB肥大化たたき、など、派閥と学閥の粋を集めて、小保方たたきをしたのだと思います。しかし、それが度を過ぎて、一般人の反発と不信感を買ったと思います。
 
何か、そうした大きな力がないと、このNHKの番組だって、作れなかったと思うのです。
読売新聞は、3月16日(月)16時1分に以下のように配信した。
 
理化学研究所は、捏造(ねつぞう)など不正4件を認定した小保方晴子・元研究員(31)の刑事告訴はしない方針を決めた。
理研が弁護士と相談した結果、故意ではなく器具の誤操作で混入した可能性も排除できず、新たな証拠を得る見通しはないと判断。告訴の要件に該当するような疑義はないと結論づけたという。
 
やはり、調査委員会は、微妙な言い回しである混入説を採用することで、小保方氏の弁明の余地を残している。器具汚染とまで言っているのなら、ずい分とトーンダウンした様子だ。
 
調査委員会も、親マウスのすりかえなどの可能性をかんがえていると思うが、混入説の結論は、あくまで保存検体から解析したとのことになっており、親マウスは、論文通りであるとの前提に立つものだろう。親が若山マウスであるとの前提にたてば、ESが混じったという他には、推理のしようがない。

小保方氏は、弁護士を通じても良いが、望ましくは本人が、STAPはありますと言って欲しいと思う。
調査委員会は、あくまで保存検体を解析したと言っていて、それがESと同じ遺伝子背景であるので、どこかで混じったといっているにすぎないのだ。
 
報告書では、酸浴後の1週間の培養中にESが混入されたとの見解だが、誰かが、実際に混ぜて、そのまま、細胞培養を続けるのは至難の業ではないの?・・。
 
受精卵初期の分割卵から一部の細胞をとり培地に慣らして保存すればESになり、そのまま発生させれば、マウスになり、そのマウスからSTAPを作れば、ESと同じ遺伝子背景だ。
 
この可能性にかんしては、調査委員会の最終報告会でも、記者から似たような質問が出ていて、桂氏も、「まあ、遺伝子は似ているでしょうね。」と答えている。
ESであるとした残存検体の遺伝子に矛盾しないから、STAPはあったと言えるのではないのか?
 
かつての丹羽氏、笹井氏、若山氏の言葉は、皆、STAPの新規性の様子を語っている。須田記者は、それを客観的な文章で記録を残している。彼女も内心は、あったと思っているのではないだろうか?
 
キメラの子どもも複数で存在し、その子どもたちもESと似た遺伝子背景であり、STAPとESの親マウスが一致なら、それで矛盾しない。
キメラもテラトーマも残っていて、STAPとESの親マウスが一致なら、それも矛盾しない。
 
テラトーマは切り出し方をミスして、元マウスの組織をいれてしまったと考えられる。
 
STAPは単一細胞ではない。だから、遺伝子解析で、トリソミーがあってもかまわないし、元のマウスの遺伝子形は均一でないと、調査委員会も言っている。
 
実際の実験の証拠が、調査委員会で明らかにされたのだから、STAPはやはり、あったと主張できる。再現性がなくても、その時に限りできた!と言ってもよいのである。
STAP問題について、書いています。
 
今時の一流誌にのるような論文では、筆頭著者が、実験内容のすべてを把握するのは不可能です。主要研究所には、その筋の専門家がそれぞれにいて、各専門分野をサポートします。
STAP論文の実験内容の全てを、小保方氏が把握していなくてもしかたないと思います。
 
今回の論文で、彼女ががんばった部分は、脾臓細胞をとりだして酸につけた後に、培養しできた細胞塊を、一部は若山氏に渡して、キメラをつくってもらい、小保方氏はマウスの皮下にいれてテラトーマをつくった実験のようです。
 
キメラをつくのは、非常に難しいようで、この作業は、若山氏が行っています。
この若山氏は、以前にキメラを作った時に、いろいろと須田記者にSTAPの新規性を語っています。須田記者は、”捏造の科学者”の著者です。彼女が本に書いた若山氏の言葉を聞くと、STAPはやっぱり、あったんでしょ!と、思いたくなります。
 
若い小保方氏が筆頭オーサーになり、大々的に、マスコミ報道も行ってしまった事から、こんなに悲しい事件になってしまいました。
 
ここには、別の権力争いがあったようですが、一論文が発端で、研究所が縮小になることはとてもおかしなことで、こんなに簡単に研究所を罰して良いの?という印象です。うわさ話に弱い政治家や、古い権威主義者が圧力をかけて、世の中を決めているという印象です。
 
今も、引き続き理研は、特定研究開発法人指定の問題で、組織間が対立しているようです。
これは、国会通過を要する法案のようで、この法律ができると、研究者を高額の報酬で雇える事ができるようになるそうです。
 
しかし、このシステムには、日本にはそぐわないような気がします。日本は、とても均一的な世の中で、大金持ちとかはなく、高等教育のしくみが充実しています。誰もが、そこそこに知識を持ち、皆がうんちくを語ります。専門家しか語れないという分野は少ないです。
 
このネット時代に、皆が専門家を自称して文章を書いています。コピペは大はやりです。どれが本物か?は、自分の能力で選らばなければなりません。
 
この日本で、一部の研究者のみ高給というのは、難しいと思いますよ。
優れた論文を出すには、筆頭オーサーに加え、それをささえる周りの研究者が必要であるし、協力体制は新しい発見に大事です。そうした協力体制の無く、給料に大差がある研究所では、それこそ、いやがらせが横行しそうです。人間関係がギスギスになりそうです。
 
人は差別に傷つくのです。
 
研究とは、オリジナリティが高いもので、研究者は、自身の能力をかけて、そこを突き進むわけで、上司が言ったから、組織の方針だから、行動するとかにはならないのです。研究者なら誰でも、自ら努力してなしえたことを、他人にわたしたり、盗まれたりしたら怒るでしょう。
 
しかし、実際、今度の小保方氏論文は、周りの人から、かなりの妨害を受けたような気がします。
 
桂調査委員会報告書には、“実験機器の操作や実験法の初歩的な間違いなど、過失が多い。実験記録やオリジナルデータが無い”と書かれています。
小保方氏は、こうした正規のデータをもらえたのでしょうか?
 そして、周りの人からミスをしくまれてしまったものではないでしょうか?
 
親マウスのすりかえ、ニセ遺伝子データの公開などが、小保方氏の管理できないまま、なされてしまったと想像してしまうのです。

ネット動画を見ていると、理研の遠藤氏の言葉ですが、若山氏も、丹羽氏も遺伝子解析は専門ではない、(つまり彼らにはできない!)と発言しています。
 
つまり、論文に含まれる遺伝子解析の結果を誰かにごまかされても、小保方氏にはそれをチェックする術は無いのです。
悲しいかな、小保方氏は親マウスのすりかえや、偽遺伝子データのおしつけられてしまったのではないかと・・・。

遺伝子解析は、普通、周りの共同研究者が協力データをくれて、皆で論文ミスをチェックします。今回は、この協力がなく、むしろ、逆の操作をされたかも・・・。小保方氏も、ついやってしまった不正もあるでしょうが、それを捏造説につなげられてしまったのです。

小保方氏論文には、古い実験機器名を引用したり、トリソミー細胞の遺伝子データををアップしたりなど、悪意を持った他人による操作が疑われるのです。小保方氏の能力が及ばない部分で、大変ないやがらせがあったと、考えてしまいます。
 
そこにあるのは、STAPをつぶせ、アンチCDBの動きではないでしょうか?
 
桂委員長は、小保方氏をエラーの多い著者ととらえていますが、すり替え説を採用しなかったことは、大変、意味があったと思います。
つまり、小保方氏に、弁明のチャンスを残したのではないでしょうか?つまり、「混入は、技術的に不可能である」と、小保方氏自身で言い出すことを期待したと考えたいです。
普段は、とても温厚な方のような気がします。桂小五郎の子孫ですかね?
 
さらに、捏造の科学者の著者である須田記者が、多くの誌面をさいて、STAP肯定を語る研究者の言葉を記録したのも注目されます。出版元からねつ造説で書け!と、須田記者にプレッシャーがあっても、須田記者は、どこかでSTAP存在を支持する気持ちもあるのではないか?と思います。
 
理研は、ES説で終わらせたいのですから、桂調査委員会は、こうした理研の意向をくみつつ、小保方氏が「STAPありま-す」と、反論できる余地を残した結論ではないでしょうか?
本日の朝、以下のブログを読んでいて、またまた、なるほど!と思いました。

このブログには、STAP騒動の顛末がくわしく説明されています。
これから、この問題を見直したい方も、ぜひ、ご覧になってください。
 
(引用始め)
一連のSTAP細胞問題の性急な幕引きは、特定国立研究開発法人の指定が関係していることは、しばしば指摘されます。・・・・・遠藤氏が、「ES細胞「混入」では、容器に張り付いてしまうのですぐわかる。(ES細胞に「すり替え」だ)」と言っても、そこは知らん顔で、「混入」との結論で「決着」です。(引用終わり)
 
注目すべきは、調査委員会の結論は、ES混入説であり、ESすり替え説ではないという点です。
 
上記のブログからお分かりのように、理研の遠藤氏も、すり替え説を主張していたみたいです。遠藤氏とは、小保方論文発表の直後から、問題点を指摘していた方です。そうした意味では、混入説では、遠藤氏も物足りなかったのかもしれません。
 
もちろん、調査委員会発表動画や新聞記事をきちんと見れば、確かにES混入説です。私は小保方犯行説の視点で、発表結果を見ていたので、大事なこの点を見逃しました。
 
その違いを考えますと、細胞すり替えは、実際に人が行って可能でしょうが、混入は難しいという点です。生きている培養細胞に、別の細胞を混入し、さらに混入がわからないように、細胞培養を継続させる技が必要になります。そうとうに高度であり、人の手で可能か?は疑問です。すり替えは、培養前、あるいは培養後に、他の細胞と代えてしまうことですが、普通は、後の方でしょう。
このあたりは、細胞をいじっている技術の方のご意見が欲しいです。
 
今後、混入犯(すり替えでない)が誰か?は、明らかにならない可能性が高く、このことを前提に、調査委員会の判断はしたような気がします。神のなせる業であるES混入により、実験がされたとのことで、誰も傷つくことなく、幕引きをしたのです。これは、将来の訴訟を免れるためには、意味があるのではないでしょうか?
 
調査委員会は、混入犯を誰と特定していないのですが、それは風がふいて混じったのかもしれない可能性も示唆します。それでも、現在の残存検体と矛盾しません。
 
混入そのもののが不可能に近いと考えれば、小保方氏が、すり替え犯にされたと、調査委員会を訴えることも避けられます。混入をやれる人など、いないからです。

とにかく、小保方氏が盗んでSTAPを作ったと言うのは、遠藤氏やマスコミの作ったストリーなのですから、調査委員会は関与する必要はなく、そもそも、そうした結論をしていないのです。絶妙な言葉の使い回しと言って良いでしょう。
 
私としては、調査委員会がSTAPは、ほぼ、無いと言ったのが、残念であった気がします。
ここが決まってしまうと、小保方氏の窮地は続くからです。
 
調査委員会は、この点に関しては、小保方氏自身で、混入犯ではない事を、マスコミに話すことを予想しているのではないかと・・・・。
 
調査委員会は、専門家の集まりですから、ESを作った時と同じ親マウスを使えば、ESと同じ遺伝子を持つSTAPが作れる事はわかっています。ただし、これでは、STAPが実際にできていたとの話しになるし、理研の実験室の管理が厳しく問われることになるし、そうした結論は避けたかったのでしょう。
 
桂氏などは、親マウス取り変え説が記者から質問に出ることを予想していたはと思いますが、実際の質問は、ESからSTAPを作ったのではないか?の質問だったので、「それはプロトコールにありません」で、逃げられたのです。

記者から、混入は不可能ではないか?なぜ、技術的に難しいことを、結論とするのか?などの質問が欲しかったです。
 
こうしたいきさつを考えると、やっぱり、STAPはあったのではないか?と思う人は、私を含め、少なくないと思います。それでも、私の周りの男性たちは、STAPは無いという人が多いです。
私があるのよ!と言っても、ナイヨナイとされます。
一方、女性は、小保方氏が気の毒という方が多いです。

STAPはできていたとの証拠として、今回の検証実験でも、酸浴後の分化細胞がOCT4発現する細胞に変化するところまできました。
 
ネット情報によると、世界的には、ここまでの万能化は、他の施設でも成功しているようです。その後の技は、若山氏次第です。
 
これだけ、国民的な期待の大きなこのSTAP研究に、国がお金を使っても良いですよね。そして、若山先生も、戻ってきてください。国民が期待する研究内容を国に要望できるシステムがあっても良いですよね。
 
今回は、そうした世に散らばる素人科学ファンの存在を、見せつけました。
 
マラソンだって、沿道の声援がモノを言います。STAPを信じる方、いませんか?
STAP問題を書いているブログ、サイトでは、小保方犯行説をわざわざと、解説をするものが多い。これは、人権がかかわる問題であると思うのだが、多くの日本人が、その部分をわすれている。
一方、小保方氏はとても気の毒な人と考える人も、実際には多くいる。
 
しかし、かなりの人が、小保方氏は実際にすり替え犯なのだから、彼女は、自業自得であると考えるようだ。そうした位置づけは、桂調査委員会の委員長も同様である。
桂氏は、うすら笑いをうかべながら、小保方氏は困った人だ!などと、記者たちを前に話してしまった。
 
結果、調査委員会は、多くの日本人が小保方単独犯行と思うようにしむけたのである。理研が、調査委員会に、小保方犯行説を信じ込ませたのである。
桂氏に限らず他の委員も、実行犯は、懲罰されて当然と考えているようだった。
 
理研の事務方は、桂氏が信じ込むように、必死に遠藤説を解説しただろう。
桂氏は、犯人が特定できない時点で、人権擁護の立場から、小保方犯行説をあまり強調しない方がよいと思うなど、コメントしたのであろうか?
 
彼は、後で、小保方氏から、名誉棄損で訴えられるリスクだってあると思う。
まあ、そうした懸念より、犯罪が確定しない前に、特定の人を犯人扱いにするのは、どのような状況においても、まずいことであると思う。
 
もし、今後、小保方氏(あるいは他の研究機関)が、STAP作成に成功し、すり替え犯が自首するという状況になったら、桂氏は、深く自らの行動を反省することになるだろう。
まして、もし、そうした場合、時すでに遅く、小保方氏がもはや、この世にいない状況だったとするなら、桂氏の落ち込みは大きいはずだ。
 
今回の事件は、あきらかに、STAPを信じたい神戸CDBと、STAPをつぶしたい理研本部の、争いであった。理研は、なにかなんでも、STAPがあるのは困るという立場だろう。
 
今回、STAP幹細胞FLSは、大田マウスのES細胞とされた。このESは、岡部マウスと、普通の白マウスからつくられた大田マウスで、まだ、分割卵の時点(胚盤胞と呼ばれる)で、分割卵の一部の細胞をとりだしたものである。
さらに、それを元に、安定した遺伝子細胞(つまり幹細胞)へと変化させていくと安定したES細胞となる。
 
つまり、同じ条件で、胚盤胞をそのまま、分割させていけば、そのままマウスになり、このマウスを生後1週で、脾臓をとりだして、酸につければSTAPができるのである。
 
つまり、ESと同じ遺伝子背景のSTAPができる。これからキメラも、幹細胞も作れる。つまり、残存検体の遺伝子構造と矛盾しないSTAPができるのである。
 
つまり、STAPはできていたと言える。
但し、若山氏が、最初に用意したはずのマウスとは違う。
しかし、若山氏の考えていたマウスが100%、そのマウスで正しかったとは言えないのである。白黒マウスのかけあわせでマウスはつくられており、この点も矛盾しない。
 
それでは、若山氏は、まちがって違うマウスを取りだしたのか?ふつう、厳密な実験者は、こうしたミスは犯さない。しかし、若山氏は、自ら作った1週マウスを、最初は小保方氏に直接、渡していたが、途中から、別の人がつくったマウスを小保方氏に渡すようになったと言う。
この時、使われたマウスが大田マウスに、すり替わっていれば、残存検体ESと矛盾しない。
 
なぜ、記者たちは、この可能性を指摘しなかったのか?
東京新聞は、そこに迫る惜しい質問をした。ESからSTAPをつくれば、元のESと遺伝子の同じSTAPができてもよいのではないか?との質問であった。
 
研究者の頭には、ESからSTAPをつくる????というストリーがない。そのまま、スルーしてしまったのだが、この時、この記者は、ESをつくった親マウスと同じ親マウスを使い、その子マウスからSTAPを作ったら、ESとSTAPは、同じ遺伝子でも良いのではないか?と、質問を展開させてほしかった。
 
そうすれば、調査委員会の発表は、ずい分と、その後の議論の展開が変わっていたのではないだろうか?
 
つまり、小保方犯行説以外の、さまざまな可能性が議論できたはずである。
悪意をもった第三者がいたかもしれないこと、マウスのすり替え、保存検体のすりかえ、データのすり替えなどの犯罪があったかもしれないことの可能性が議論できたはずである。
 
小保方氏によるすり替えは、可能性の一部であったにすぎないのだ。
新聞記者のやることは、そうした方向性ではないのか?
 
毎日、日経が、小保方犯人説を書くなら、他のメディアは、別の見解を書くのである。
 
こうしたことから明らかなように、あらゆる機会で、STAP実験は、邪魔されていた現状が見えてくる。
 
調査委員会は、元マウスのすりかえの可能を指摘しない。それは、このストリーでは、STAPが成功したことになってしまうからである。
そして、理研の管理の甘さを露呈してしまうことにもなる。
理研は、STAPを無くしたいし、小保方犯行説で、すべての説明をしたかったのである。
 
外部委員から構成された調査委員会の委員たちは、STAPなどニセモノにすぎないのだ!との情報をたたきこまれてしまったと思う。