昨日はビジョンについて考える出来事が起こった。

 

今のように在宅でやるようになる前は、

とにかく今の現状を変えたい、でも自分の中の縛りがありすぎて前に進めない。

という苦悩を繰り返していた。

 

その時に今の世の中の状態にすごく疑問があって、

そこから自分のビジョンは生まれた。

 

でも最近、毎日がすごく幸せで平穏で、このままがずっと続けばいいなと思っている自分がいた。

もちろんそれもいいことだと思う。

 

でも自分がせっかく生まれて、理想の生活になったからこそ、

それを求めている人のために行動していくことは大事だと思った。

 

外に発信する機会や、身近な人に話すなど、

できることはたくさんあるはず。

 

もちろんそれを良いと思う人もいれば、よくないと思う人もいる。

ただそれをきっかけに自分の理想へ歩み出すことができる人がいるなら、

自分がやる意味は必ずあるはず。

 

私のビジョンは、お金のいらない世界で生きること。

お金がいらないというのは、本当の意味で与え合える生き方ができるという意味。

 

ずっと、お金について考えていた時期があった。

幼い頃からお金に悩まされ続け、縛られ続けてきた。

 

「お金がないからできない」

「もっとお金があれば自由なのに」

 

でもお金を追い求めて起業したら失敗し、逆に借金を背負った。

もっとお金に縛られるようになった。

 

こんなに努力しているのになぜ?とずっと考えた。

もっと自由に生きたいだけなのにと思った。

 

その時、お金ってなに?って思った。

元々はお金なんてなくて、人にとって必要なものの交換だったはずだ。

 

元は一人で生きていくために全て自分でやっていたけど(いわゆる自給自足)

それだと不便だし大変だから、

自分が得意なことを専門的にやって交換し合うことで、より効率よく豊かな生活ができるようになった。

 

ただモノは腐ったり壊れたりするから、

そうならない「金」が生まれて、持ち運びに便利な「通貨」が生まれた。

 

人がお金を得るのは、何か自分が与えた対価だ。

お金を渡すのは、何かを頂いた感謝だ。

それなのにそんなことを忘れて生きている。

 

当たり前のように美味しいご飯が食べれて、安心して家で過ごせるのは、

全ては誰かがそれを作り出し、与えたから。

自分のためでなく、困っている人が豊かになればという思いで作り出したはずだ。

 

そんなありがたい世の中に自分ができることは?

今やっている仕事で本当に奉仕出来ているのか?

そんなことをずっと考えていた。

 

人は驚くほど皆違って、いろんな才能を持っている。

それを存分に発揮しながら人に与えて、自分が出来ないところは他の人に補ってもらう。

そうやって生きていけば、お金なんてなくても豊かに生きていけるんじゃないだろうか。

 

そのための第一歩として、「安定のため」「生きるため」だけにやっている仕事は辞めて、

「自分の才能が活かせる」「世の中に奉仕できる」仕事を選ぶことにした。

 

でも生きているとつい、今のレベルで生活出来なくなる「恐れ」が出てきて、

「お金のための仕事」を選んでしまう自分がいた。

今も実際、この生活が維持できるならと思っている自分がいた。

でもそうやって選んでいるときは、いつも自分の中で不満な気持ちが湧いてきた。

 

本当はこうしたいんじゃない。

もっと大きな理想がある。

 

でもその大きさを感じれば感じるほど、自分にできることは何があるんだという無力感に襲われる。

その大きさに比べれば今やっていることなんてあまりにも小さすぎて辛くなる。

 

でも昨日ビジョンについて話す機会があって、その時に思った。

自分が小さいと思っていても、その一歩が大事だ。

良いと思ったことをただ実行していけばいいんだ。

 

ビジョンはあまりにも遠すぎてそれに近づけている感覚はないけど、

だからって安定を選んで生きるのは嫌だ。

 

人はもっと幸せに生きていいはずだし、

自由でいいはずだ。

もっと感謝で溢れていいし、

毎日生まれた喜びに感動して泣いたっていいんだ。

 

今やっていることが何に繋がるか今はわからないけど、

スティーブ・ジョブズが言っていたように、

「いつか点が線になる時が来る」

 

今やっていたことが全て、このためだったんだと思える時が来る。

その日まで、今はまず「世の中にとって良いと思うこと」に邁進することだ。

 

自分が今できることを最大限やり抜いていく。

その先に必ず、理想の世界はあると信じて。