今日は雪遊びしてきた音譜


普段住んでるとこは山陽側、つまり瀬戸内の方なのであんまり雪は無いけれど、山陰に向かうにつれて雪深くなる山口県。


国道9号線を北上していくと、旧阿東町、現在の山口市阿東に入る。


そこは道路と生活圏以外は更地の雪景色キラキラ


国道沿いは除雪してあるので、すいすいと車を進めて、津和野の一歩手前、道の駅願成就(がんじょうじゅ)温泉まで到着。


そこからの景色にひひ


Maybe,someday.


これは側の田んぼに続く道だけど、30cmは積もってたなあ雪


実に遊び甲斐がありました。

Maybe,someday.


こんな力作もできたり合格


写真じゃ大きさは分かりづらいけど、1m30cmぐらいはあったかなはてなマーク


ポイントはやっぱりチークだね口紅


さざんかの花びらを強く押さえると色素が雪に移ったので、ちょっとおめかしした雪だるまになったニコニコ


もちろん、雪合戦もしたし、ふかふかの雪にダイブもしたし、滑ってこけもしたし、明日は筋肉痛間違いなし叫び


温泉は今回は入らずに津和野まで軽い観光しに行ったけど、次はゆっくり温泉に入りに行こう温泉音譜

さささ寒い…ですね…。


油断一瞬風邪一週間。


油断せずに健康維持、頑張りましょう。


前と同じように、過去の写真を引っ張り出してきてブログ書きます。


Maybe,someday.


昔飼ってた愛犬コロちゃんです。


今は天国ですが、美人でしょ。


以上、ちょっと自慢したかっただけです。


飼い主バカ万歳。


以上…というだけではつまらないので、エピソードを一つ(長いよ)。





この子は小2の時に近所の知り合いのおうちからもらわれてきて、それからの13年間一緒でした。


自分自身は一人っ子だし、家は共働きなので、かなり多くの時間をこの子と過ごし、ある意味一番素直に心をオープンにできた相手の一人…一匹だったと言えます。


そんな子が年を取って、最近元気がない、もう1週間近く何も食べてないと親から連絡をもらったのが、出会って13年目、大学3回生のとき。


大学は奈良で、一人暮らしをしてましたが、冬休みにも入った直後のことだったので、飛んで帰りました。


もしかしたら帰ったときには息絶えているかもしれないとの不安はかなりありました。


が、帰ると痩せ細って丸まりながらも静かに息をしている姿がありました。


少し安心して、その帰省期間中はできるだけ傍にいるようにしました。


肉の無くなった筋のような足の感触を今でも覚えています。


ですが、残念ながら奈良で外せない用事があり、2、3日しか帰省できなかったため、後ろ髪引かれる思いで奈良に戻ったわけです。


その翌日、この子は息を引き取りました。


帰省する時点で分かってはいたのです。


今生の別れになるであろうことは。


奈良に戻る時だって、もう会えないんだろうと頭では分かっていました。


でも、もしかして、最期に一目会うために一握りの生命を燃やして待っていてくれたのかと思った瞬間、眼の奥のダムは決壊したのでした。


男泣きに泣く中でもぐるぐると走馬灯のように思い出は蘇りました。


物心付いてから初めて飼った犬だっただけに、喪失感は半端ではありませんでした。


だけど、ここで確信に至った思いがありました。


それは、長い間連れ添ったペットは、時として、専ら大事なシーンで人の心と行動を読み取るように動くということです。


ちょっとスピリチュアルだと言われるかもしれませんね。


ですが、この子は正にタイミングを見計らったかのように、僕が帰ってくるのを待って、自分の姿を飼い主に焼き付けてから天国へと旅立ちました。


それは事実であり、この一連の流れを僕は一生忘れることはないでしょう。


悲しみは半端ではありませんでしたが、残してくれた思い出も半端ではありませんでした。


その悲しみさえも、それを乗り越える強さを手に入れるための要素と考えると、ペットが僕達に与えてくれるものは大変多く、無駄なものは無いんだ思います。


ペットロスになる飼い主の気持ちも分からないではないですが、やはりそうなってしまっては、最後の最後で旅立ったペットも浮かばれないでしょうから、本当にペットのことを思うなら、これは克服しなければならないことではないでしょうか。


しばらくしてまた帰省した僕は、荼毘に臥されたこの子の骨を親から渡され、庭に埋めました。


小さい骨壷を手にとって、冬の晴れた空の下、やはりさめざめと泣きました。


今考えると、相手が言葉を持っていない動物だからこそ、知らず知らずのうちに、でも必死で心を通わせようと飼い主は努力するのかなと思います。


人間にあてはめるのは間違いかもしれませんが、ペットとの関係のように、スキンシップや言葉意外での感情表現など、ノンバーバルな部分にこそ、もしかしたら人とも仲良くなるヒントがあるのかもしれませんね。


来月2日にはこの子の命日がやってきます。


ひいおばあちゃんの命日も記憶が怪しいところがあるのに、いいのかこれで(笑


命日には線香でもあげてやろうかなと思います。


お前をまだ忘れてないし、忘れないよってな具合です。


最後に、最近は卯年にあやかって兎を飼う人が増えたようですが、どうかその子たちが憂いを見ないよう、幸せな関係が築かれていくことを願いたいと思います。

昨日までのお話。


年越し後、初めてのスクーリングで先週末に京都上陸。


これが恐らく最後のスクーリング。


しばらく京都に…いや、関西に来ることもあるまい。


ということで、何かしら寂しい感じも覚えていたわけで、

ちょっと意識の違う数日間。


思えば飛び飛びとはいえ、

スクーリングで京都に滞在している間は色んなことがあった。



学校で新しい同志・友達ができた。飲み会もした。


京都を歩き回り、少し詳しくなって、かなり好きになった。


もとマネージャーとの奇跡の再会があった。



自分は山口が好きだけど、こうも様々な事があると、

後ろ髪引かれる思いも半端ではない。


まして6年半を過ごした奈良と同じ関西での出来事。


土地勘もあるし、雰囲気もよく知っているし、近くに友達も多い。


経済事情がよければ、関西に別宅を作りたいよう。


老後関西って手もあるな。


なら早めにドロップアウトしちゃうか。


なんて色んな考えが頭を支配する。



何はともあれ、しばらく関西に来ることはない。


じゃあ大丸の商品券あるし、何かスクーリング関係のことを総括した、

思い出の呼び水になるようなものを買いに行こう!


で、四条に1日目のスクーリング後直行。


大丸の中を色々見て回るも、貧乏学生に簡単に手を出せるようなものは、

5000円分の商品券があるとはいえ少ない…。


SALEと書いてあっても、3万とか5万という数字を見て、

涙のちょちょ切れる思いがする。


そりゃあ季節柄、コートとかジャケットとか高いものが多いよね。


諦め半分でうろついてたら、小物を扱ってるスペースに財布やキーホルダーを発見。


こういう状態を、取り付く島を見つけたというのだろう。


そういえば今の財布もだいぶ擦り切れてるし、財布に決定。



迷いながらも、最後は念願のポールスミスに飛びついた。



Maybe,someday.


ちょっと奮発しちゃったけど今回の財布は思い出と同じ。


見栄もあるが、大事に扱うにはもってこいの品。


これを見るたびに、きっと程度の差こそあれ、

京都の空気と出来事を思い出す。


ブランドの価値って、多分そういう記念碑になりうるようなところにもあると思う。


大してブランドを知らない人間にはそのぐらいの理解しかないけど、

間違ってはないよね、きっと。



まああんまり感傷的になるつもりも無いんだけど、


見栄によるちょっとした誇らしさに加えて、思い出まで持ち歩ける日常は、


けっこう面白いと思う。