たまに何かをイッキ見したくなることがある。

昔、古畑任三郎や相棒を一気に見た。どちらのドラマもその後お気に入りエピソードは繰り返し見て、相棒はその後も再放送やTverを今でも見てるので、オープニングでどのエピソードがわかってしまうこともしばしばある。


さて、ついこの間名探偵コナンを全話見終えた。

ドラマやアニメを一気に見る時、いつも途中から視聴計画を立ててしまう。あと何話だから、1日何話見たらどれぐらいで終わる、などだ。

私の本質は三日坊主なので、日記を書いたり、朝活したり、そういうなんかよさそうなことは1週間ぐらいで飽きてしまうのだが、ドラマやアニメを見るということに関しては、なんとか終わらせられる。

これは楽しいから終わらせられるというわけではない。多分他のことをしながら見られるから、最悪流しておけばいいので、その点も相まってなんとか終わらせられているのだろう。


今回、いつから始めたかはあまり明確な記憶はないが、全部で1300話ほどあり、最後の方は義務のように努力した。

アニメなら楽しく見れそうなものだが、1300話もあると、登山のようなものである。

ゴールは決まっているので、継続すればいつかは到達できる。とはいえ、あともう少しが案外きつい。飽きてきた…しかし、頂上が見えているのに、諦めるのは違う気がするからなんとか頑張るか…

といった感じだ。


正直500話あたりで嫌になった。

別に全部見たから何かすごくいいことがあるわけではない。コナンには詳しくなるし、解像度が上がるだろうが、私はそれを語らう友人はいないので、ただ私の知識が増えるだけのことである。

それでも途中で投げ出すのは気持ち悪いというだけで、一生懸命見続けた。自分の意地との戦いだ。

来る日も来る日もコナンを見て、ポケベルが携帯電話になり、いつの間にかスマホに変化していく過程を見届けた。画面がアナログ仕様からデジタル仕様に変わるところも見た。

コナンを通して時代の変遷見ているようであった。

変わらないのは、米花町の犯罪率の高さと検挙率の高さだけ。


1300話みて得られたものは全部見切ったという達成感と世の中は変遷していくものだという悟り。


私の数ヶ月に及ぶ闘いは、これから誰にも披露されることなく、達成感と悟りだけを残して、朽ちていくのだろう。

さて、次は何をイッキ見しようか。