日本人は、初詣に行き、お盆休みをとり、クリスマスを祝う。
多彩な宗教を取り入れ、うまくやっているのが日本人である。
私も御多分にもれず、そのような宗教観である。だって神様はたくさんいるんだから。
今日は送り盆である。
お盆はいろいろな宗教をかじっている私にとっても苦手な時期である。地獄の釜の蓋が開くといわれているが、病院で働いていると、なんとなくそういうことを感じることがある。エビデンスはない。とはいえ、水辺には近づかないや殺生はしないなどは極力守るようにしている。
さて、医療機関で働いているとお盆休みなどはない。ご先祖様は実家に帰っているのだろうが、実家でご先祖様と会うのはなかなか大変である。私のイメージでは、あの世に行くと浮遊しているのだと思っているが実際はどうなのだろう。もし浮遊しているのであれば、私に会いに来てくれる方が早いのではないかと思っている。先祖に会いに来いというのは、少々傲慢ではあるか。
もしご先祖様たちがあの世で労働していて、お休みがお盆しかないのであれば、そのお休みに会いに来いというのは気の毒だが、このあたりのシステムはどうなっているのだろうか。そもそもお盆に帰ってきているのであれば、その間のお墓はどうなっているのだろうか。
祖父は、お盆で親族が帰ってきているのであれば、お墓参りは留守の家に行くようなものだと言っていたらしい。
なるほど私も納得したが、あまりお墓参りに行っていない私が言うのは屁理屈といわれても仕方がないか。
とはいえ、帰ってきているのであれば、せっかくなので接触してくれてもいいのにと思うこともある。
接触するのなら、わかりやすく、私が怖がらない方法での接触を希望する。
会ったことがない祖父や小さいころに亡くなった祖母にも今の私をどう思っているのか聞いてみたい。
ご先祖様たちにもし力があるのなら、みんな健康に天寿を全うできるように見守ってほしい。ついでに、多分宝くじの超高額当選をしたら、いろいろ楽になるのでできればそのあたりも融通してもらえると心底ありがたい。
しかし、あんまりそういうやりとりはできなさそうなので、ここに書いておくにとどめよう。
もうひとつ、昔から考えていることがある。
お墓とはどういうシステムなのだろう。同じお墓に入ると同じ家になるシステムなのだろうか。
そうであれば、ロッカー式の永代供養はさながらマンションだし、大きいお墓は豪邸なのだろうか。
もしあの世にいく一時的な通り道で、あの世ではフリーダムなのであれば、親族を同じお墓でもいいのではないかと思うのが、私という不埒な人間である。このあたりはとても興味深い。
墓じまいも大変なので、このあたりもご先祖様たちが意向をそろえて教えてくれれば私はとてもありがたいのだが。
自分が今日ここに幸せにいられるのは、今まで出会ってきた人、今関わってくれている人、そして家族やご先祖様のおかげだろう。私に関わる人達が幸せであることが私にとっての幸せである。
宗教染みているが、生きることには何か信じることが必要である。お金を信じる人、愛を信じる人、仕事を信じる人。それもきっと名もなき宗教なのだろうと思う。
私にとっては、人なのだろう。神様ももちろん信じている。
幾度となく人生の岐路に立たされたが、神様に助けられて今日もなんとなく楽しく生きられていると思っている。
もしかしたら、ご先祖様も助けてくれているのかもしれない。
いろんなことに感謝しつつ、私の疑問の答えを持っている人は教えてほしい。
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この話を書いていたら突然ページが閉じるという事件に見舞われた。
書き直してみたが、これでよかったのだろうか。