この母親には
一体どの様にして
喜久雄の事に就いて
説明すれば、すんなりと
納得して貰えるのだろうかと
私自身も暫くの間、考えながら
結局は、やはり私自身が
その時に感じて居る事を
そのまま話すしか無いと
思ったのでした。
「ぅ〜む…実は…なんだか
喜久雄さんは、何か本当に
大事な事を隠して居るって
気がするのよね…
なんか、本当の事を言えずに
居るのか…それとも…
ワザと私には言わない様に
隠して居るのか
分から無いんだけど…」
「そんなの、お前…
仕事の事じゃ無いのかい?
だって、そりゃぁ〜、
会社勤めともなりゃ、
お前なんかにも話さない様な…
まぁ、喜久雄さんは
特にお前には優しいからサ…
お前に心配させ無い様に、
そう云う難しい問題を
抱えて居ても、敢えて
お前には話さない様に
してるんじゃ無いのかねぇ…?
うん、うん…きっと、そうだ…
それに違い無いワょ…!」
まさに
母親は私の話し半分で
なんだか、最初から
私の変な気の回し過ぎだろう
と思った様でした。
そこで
私自身もこの時に
捉えて居る自分の感覚を
上手く表現する事が出来ずに
なんとも歯痒い思いをしながら
更に話しを続けました。
「ぅ〜ん…いや…多分、
そんな事じゃ無いのよ…
なんかサ…もっと、こぅ〜
絶対に知られたく無いって
云う様な…そんな感じで…
単に仕事の事なんかじゃ無くて…
なんて云うか…そう…もっと
喜久雄さん自身の個人的な
事の様な気がするのよね…」
「ふ〜ん…だったらサ、
そんなの…喜久雄さん自身に
ちゃんと聞いてみれば
いい事じゃ無いのよ!」
「ぅ〜ん…そうなのよ…
実はサ、私も最初は
てっ切り仕事の事かなんかで
悩んでるのかと思って、
それこそ、色々と聞いて
みたりしたんだけど…
でも…それが、なんだか
直接的に仕事とは関係が
無いみたいなのよね…
それで…コレは違うなって…
まぁ…なんとなく私も
仕事の事じゃ無いなって
云うのは分かってたんだけど…
でもね、それが、なんだか
どうやら、そんな事よりも、
なんか…もっとマズイ事の様な
そんな感じがするのよね…
だから、喜久雄さんが本当に
私と結婚したいって、それこそ
本気で思ってるんなら…
それなら、まずは疑ってる私に、
その事を第一番に話すべきでしょ?
だって、結婚して一緒に
生活して行くなら、当然、
そのマズイ事には嫌でも
私自身が関わらせられる事に
なるって事なんだからね、
そうでしょう、お母さん…!?
でもねぇ、いくら喜久雄さんに
その事を聞いても…なんだか、
いつもはぐらかしてばっかりで…
結局のところ同じ事ばっか…
『俺を信じてればいいんだよ!』
って言うだけなのよ…
それだから、余計になんだかサ
増々、私にも話せない様な事を
隠して居るんだなって思うのよ…」
私がこの様な
喜久雄のハッキリとしない
言動に対しては、さすがに
怪しさが満載だと確信を持って
話しをして居ると、なんと
それを聞いて居た母親が
突如として豹変し、まるで
私を小馬鹿にする様な
悪態めいた態度で、しかも
殆ど憤りの表情で
反論し始めたのでした。
「フン…下らないねぇ!
お前の言ってる事は、
さっきから全く、
的を得て無いじゃ無いか!
…だって、そうだろう?
大体、そのお前の言う
『マズイ事』ってのは、
なんかちゃんとした
証拠でも有るのかい?
…全く…お前には…
そんなのは…無いんだろう?
えぇぃ…どうせお前が勝手に
そんな風に思い込んでる
ダケなんだろうょ?
ホントにねぇ…全く…
男だったら、そんな、
女に言わない事の
一つや二つなんてのは、
そりゃ当然、有るもんなんだよ!
大体サ、世間じゃそれが
普通ってもんなんだからさぁ…
はぁ…お前も世間知らズだねぇ…
まぁ、まだお前も若いから、
そりゃあ、しょうが無い事かも
知れ無いケドね…
それにしてもだよ、
なんだい、喜久雄さんだって
『俺を信じてればいい』って、
お前に言ってくれてるんだろう?
だったらサ、ナニも問題なんか
無いじゃ無いか !?
一体、何が気に入ら無いのサッ!」
「いや…だから、そもそも…
その『俺を信じてればいい』って
言葉自体が信じられ無いから…
私の知りたい事には答えずに
なんか誤魔化してるみたいだし…
だから、喜久雄さんは、
きっと何かを隠してるし
なんか私を騙そうとしてるって、
そう言ってるんじゃない…
体大、それが何かハッキリ
答えられ無い様な、そんな
信じられ無い様な人とは
結婚なんかするつもりは
無いってコトよッ!」
こんな事で
母親になじられる様な
覚えは無いし、しかも
正直な気持ちを素直に
打ち明けたダケなのに
それがいつの間にやら
全面的に私の方にこそ
非があると言わんばかりに
責められては、さすがに
私も段々と気持ちが高ぶり
ぞんざいな態度になって
行ったのでした。
「ナニ言ってんだい、お前は!
大体、喜久雄さんは
お前になんにも悪い事なんか
してやし無いのにサ…
それじゃぁ、喜久雄さんが
本当に気の毒じゃ無いか!
お前を騙してる証拠でも
有るなら出してごらん!
それこそ、全くワケの分から無い
勝手な事ばっかり言ってる
お前なんかより、喜久雄さんの方が
信用出来るってもんだよ!
アタシはね、実の娘の
お前なんかよりも、よっぽど
喜久雄さんを信じるよッ!」
この様に
母親からは実の娘で有る
私の事をボロクソに言われ
しかも、まるで血の繋がりも
なんにも無い様な、全くの
赤の他人の喜久雄の事を
信じて居ると、ここまで
ハッキリと言い切られた事で
これまで抑えていた
私の怒りのボルテージが
一気に上がってしまいました。
「ふん!私なんかより、
そんなに喜久雄さんの方が
信用出来るって言うなら…
それじゃ、いっその事、
お母さんが喜久雄さんと
結婚すればいいでしょッ!?
そんな喜久雄さんなんて
私には必要ないから、ど〜ぞ?
とにかく…私自身が信用する
事が出来無い様な人…
喜久雄さんと結婚するなんて、
それこそ、絶対に
真っぴら御免ですからねッ!」
すると
母親の顔がみるみると
真っ赤になったかと思うと
怒りが爆発したのか、突然
まるで雷が落ちた様に
怒鳴り散らし始めたのでした。
「ナ、ナニ言ってんだい、お前は!
『お母さんが喜久雄さんと
結婚すればいい』だってッ!?
バカも休み休み言いなッ!
あぁ、そうかい…
お前は、お母さんがこれだけ
言っても分から無いってのかいッ!?
ふん…それじゃぁ…
どうしても喜久雄さんとは
結婚しないって言うんだね?
そうかい、そうかい…
そんなにお母さんの言う事が
聞けないってんなら…
じゃぁ、ココから…この家から
出てってちょうだいなッ!
それだけ偉そうに言うんだ、
さぞかしお前も一人前に
なったんだろうからサ…
だったら、もうこの家から
出て行って、一人でどこでも
行って、何でも好き勝手に
すればいいじゃ無いかッ!」
通常では
うちの家族の誰しもが
この様に怒りを顕にしながら
怒鳴り捲くる、このまるで
赤鬼さながらの母親の姿を
一目見たダケで、皆んな
凍り付いた様に固まって
しまうのですが、しかし
私自身としては、この様に
憤り溢れる母親の言葉を聞いて
怯むどころか、寧ろ
『天の声』の如く、まさに
甘味な歌声の様に聞こえて
居たのでした。
何故なら
『この家から出て
好き勝手にすればいい』
と云う、これ自体が
なによりも私自身が
長年求めて居た事で有り
まさに、その言葉をずっと
待って居たからでした。
そうなると
先程とは打って変わって
私には再び冷静さが
戻って来ました。
「ふむ…分かったヮ…
それじゃぁ、私は出て行きます…
それに、もう直、部屋を借りる
お金も貯まる予定だから…
そしたら直ぐにでも
出て行きますよ!」
この様に
何一つ顔色を変えずに
平気な顔で私が答えたので
それこそ、泣き付いて
詫びを入れるどころか
まるで私が全く動揺も
して居ない事自体に、余程
感が触ったのか、私に対して
更になんとも憎らしい
意地悪をする様に無理難題を
突き付けて来ました。
「いや、あんた…
そりゃダメだワね!
たった今、直ぐよ…
って言っても、もう夜だからね…
まぁ明日にでも、出て行って
貰わなきゃ困るわよッ!
だって、こんな…
親不孝者のお前とは
一日だって暮らせ無いからね!
さぁ、分かったら、お前も
今夜にでも荷物をまとめて、
そしたらトットと明日には
出てっておくれッ!」
「お、お母さん、待ってよ!
…そんな、イキナリ…
明日出て行けって、
無理な事を言われても…
まだ、お金の方が
用意出来無いし…
そんな無茶苦茶言わないでサ、
それに私は昼間は居ないし、
夜だけ寝に帰るだけだから…
出来るだけお母さんに
会わない様にするから!
だから、とにかく…
必ず、この二、三ヶ月中には
出て行くから…
それまで待ってよ、お母さん…
お願いします!」
この母親の
余りの横暴さには
さすがの私も驚きを隠せずに
慌てふためき、いつになく
本気で慈悲を請いましたが
しかし、それも虚しく
後の祭りで、なんと云っても
母親はここぞとばかりに
まるで鬼の首でも取ったかの様に
無理矢理、自分の思う通りに
従わせ様としたのでした。
「ふん、そんな事は、
アタシの知ったこっちゃ無いねぇ…
大体、ココはアタシの家だよ、
アタシの云う事がどうしても
聞けないってヤツは、どうぞ、
どこへでも行ってちょうだいッ!
ただし、ココに居たけりゃ、
アタシの云う事を聞くんだね、
分かったかいッ!」
「…ぅ゙ッ…は…い…
…分かりました…」
こうして
私は已む無く
この母親の突き付けた
横暴な条件を飲む事になり
そこで結局は当初の予定通り
喜久雄との結婚式を挙げる
事となったのでした。
しかし
この事自体は決して
母親に抵抗出来ずに惨敗した
と云うワケでは無く、寧ろ
ある意味では敢えて自分自身も
喜久雄との結婚式を承諾して
晴れて、この家から出て行く
と云う事を選んだのでした。
と云うのも
この時、喜久雄の事や
結婚の事で母親と言い争いを
して居る間に私は全く別の事も
同時に考えて居たのでした。
それは
一方では、もし私が
喜久雄とは結婚せずに
晴れてこの家から旅立ち
文字通り自分自身の自由を
手に入れて一人で暮らす事が
出来たら、どんなに素晴らしく
楽しいだろうか…
と云う、まるで心躍る様な
夢の世界の事。
しかし
もう一方では、もし私が
そんな自由の身になって
楽しく一人暮らしをして居る所ヘ
父親がやって来たら…
それも、最初は娘の一人暮らしを
心配して、様子伺いの様に
本当に機嫌よくお土産を持って
訪問でもして来たら…
さすがに、そうなると
最初から玄関払いするワケにも
いかずに結局、部屋に上げて
しまう事になるので、そこで
もしこの父親が以前の様に
豹変し、私を襲って来たら
その時こそ、本当に完全に
マズイ事態になると云う事。
そして
あの父親の事だから
もし一度でもそんな破廉恥な
行為が出来たとしたら
それこそ、味を占めて
この父親が三日とあげずに
私の所に来るのは明らかで
例えそんな事が発覚して
父親自身が母親に家から
追い出されても、きっと
私の所に無理矢理でも
入り込むのは目に見えて居るし
そうなると、私もいよいよ
本気でこの実父を始末する事を
考えるのは必然で有り
それこそ、最悪の場合には
血みどろの殺人犯の道を
辿るだろう…
と云う、考えたダケでも
まさに身の毛もよだつ様な
地獄絵図の世界の事。
こうして
この様な事をずっと
母親との話し合いの最中
密かにフツフツと浮かぶ事を
次々に頭の中で色々考えながら
巡らして居ました。
そして
結果的に私自身が
下だした答えと云うのが
「どうせ…どっちにしろ
地獄なら、喜久雄との
『懐疑的結婚生活不信地獄』
の方が、まだマシだろう…」
と云った様な
なんとも、僅か二十歳にして
夢も希望も信じる相手さえも
全く無い様な、しかも
これから夫となる存在自体が
『獅子身中の虫』
となる可能性が可なり高い
その様な恐れと不安だらけの
結婚生活が待ち構えて居る
そんな、まるで無実の罪で
自ら刑務所へ出向く様な
退廃的な『結婚生活』への
決断だったのでした。
続く…