そうした
絶望感を感じながらも
結婚式の予定日がいよいよ
迫って来て居た為に
それこそ結婚の準備に
追われる様な毎日でした。

勿論
それ迄にも
喜久雄とは色々と
話しをして居ましたが
しかし事ある毎に
結婚生活の展望と云うか
2人が目指す生活の目標
などに就いて詳細を聞いても
やはり、返ってくるのは

「サーコは、俺を信じてれば
いいんだよ、他の事は何も
気にしなくて大丈夫だから!」

この一点張りで
いつまで経っても
私達2人の結婚生活
に就いての核心には
触れようとはしませんでした。

そこで
両親との同居が
お流れになってしまった事で
私の方からは思い切って
『2人でアメリカに行って
生活する』
と云う、それこそ
今までに無い様な全く斬新な
アイデアを新たに考え出して
喜久雄に伝えたのでした。

この考えは
私自身としては
完全にホンキも本気
全くの本心からで有り
幼い頃から、いつか外国へ…
特に広大な土地のアメリカへ
行って生活してみたいと云う
気持ちが有ったのでした。

そして
このまさに自由を象徴する
アメリカへ行けば、それこそ
長い間、切望して居た自由が
本当に得られる様な気がして
期待に胸を膨らませました。

それは
太平洋を隔てた遥か彼方の
海外に移住する事で
特に私の家族や
喜久雄の叔母さんなどとは
実際に物質的にも完全に
離れる事になり、勿論
精神的に於いても
繋がりは段々と希薄になって
関係性も遠退いて行く事は
間違い有りませんでした。

そして
この様な可なり
強行な手段だけが
晴れてお互いの家族と
必然的に疎遠になる事が
許される唯一の方法だと
強く思ったのでした。

しかも
当時の私達は
その様な冒険を試みる事が
当然、許される程
まだお互いに若く、しかも
この20代と云う年齢こそが
『何でも果敢に挑戦
する事が出来る年代』
と云った大義名分を掲げて
皆んなを説得し、更には
その実行さえ納得させる事が
可能だったのでした。

そして
この国外脱出によって
殆どお互いの家族の誰からも
全く干渉されず、それこそ
本当に自由に2人だけで
生活する事が出来ると
確信して居ました。

こうして勿論
喜久雄に対しても
私自身がこれから
私達2人が迎える事になる
結婚生活へのアイデアとして
この事も提案しました。

そして
例えそれが
些か奇抜な事だとしても
十分に実行する価値は
有るとして、喜久雄にも
本気で熱く語ったのでした。

すると
なんとなく最初から
喜久雄の反応は鈍く
なんだか余り乗り気とは
言い難い様な、スッキリとは
しない感じを受けました。

それでも
私にしてみれば
この様な冒険をする事で
第一に家族からも離れられ
更にはなんと言っても
念願の海外生活を実際に
体験する事が出来ると云う
まさに一石二鳥…いや…
棚からぼた餅…怪我の功名
と云った様な全く奇跡的な
素晴らしいアイデアだと
我ながらコレを思い付いた事に
興奮して居ました。

そこで
もし喜久雄が
この様な完璧なアイデアを
受け入れられない場合は
私自身としては自分一人でも
実行する気持ちが十分に
有るので、その時には
私とは結婚出来無い
と云う事も覚悟して欲しいと
半ば強制的に、そして
その様にやや強迫めいた
事まで言ったので、そこで
漸く喜久雄自体も渋々ながら
この事を承諾したのでした。

こうして
私自身としても
そんなまるで冒険の様な
夢に描いた結婚生活の事を
考えて居ると、それこそ
なんとか出来るだけ色々な
情報を集めたり、またその為の
資金計画を立てたりと
本当に心が躍る様で、まさに
希望に満ち溢れて居ました。

ところが
その反面では
現実的な問題として
この海外移住を真剣に
捉えれば捉える程
この未知とも云える様な
外国暮らしに対する
一抹の不安や恐怖なども
浮上して来たのでした。

そこで
そうなると私一人では
この初の海外生活は
難しいと考える様にもなり
やはり喜久雄とは結婚して
色々と資金準備をしながら
この計画を実行する方が
良いとも思えて来ました。

こうして
以前とはまるで違って
喜久雄との結婚に対しても
抵抗する気持ちが多少は
薄らいで居ました。

そして
家族の皆んなには
それこそ私達2人が
まさか海外生活を計画して
居る事など勿論、おクビにも
出さずに、結婚式の準備にも
追われて居たのでした。

そうして
4月下旬に行なわれた
長姉、芽衣子の結婚式も
無事に済むと、殆どそれと
同時進行の様だった
私と喜久雄との結婚式の方も
概ね準備は終わっており 
後は私達2人の衣装合わせと
私だけ式の1ヶ月前と
その直前1週間前の合計2回の
和装用カツラ合わせが
有るだけとなりました。

こうして
私と喜久雄との
結婚に就いては、もう
殆ど準備も完了して
いよいよ後戻りは出来無い
と云った状況にまで
とうとう来て居ましたが
しかし、その頃になると
やっと私や喜久雄にしても
漸く自分達自身の事を
話し合う様な余裕が少しは
出て来たのでした。

そこで
私はさっそく
密かに私達が計画して居る
海外移住の件に就いても
色々と喜久雄には確認する
つもりで話しました。

すると
喜久雄はなんと
いとも簡単にあっさりと
アメリカ移住を断念すると
言い放ちました。

しかも
その理由と云うのが

「全然、英語も話せ無いのに
今の仕事を辞めてまで
アメリカに行くのは
全く現実的では無いので
考えられないから…」

と云う事でした。

しかし
そんな事はお互い
初めから分かり切って
居た事で有り、しかも
そんな語学の壁の問題さえ
私達にとっては、十分
果敢に挑戦してなんとか
クリアするべき冒険の一つで
有るのにも拘わらず、それこそ
この様な海外移住としては
全く初歩的な問題に
完全に恐れをなしたのか

「アメリカへ行くのは、
やはり無理だから止める」

と突然言い出した
喜久雄のその言葉自体に
私は驚き、ほんの一瞬の間
固まってしまいました。

しかしながら
私は直ぐにも

「やはりここにも、
ブルータスが居たのか…」

と何故だか
不思議と初めから
この様な事になるのが
分かって居たかの様な感覚で
それこそ絶望感と云うよりも
寧ろこの事により
喜久雄に対する期待感が
更に消滅して行く様な
そんな諦めの気持ちの方が
増々大きくなって行きました。

こうして
またしてもこの様に
直前になって信じた仲間に
裏切られた様な、そんな
なんとも残念で虚しい様な
感情が湧いて来て、更に
それ以降は私自身の
希望の光さえ消えて行く様な
まさにそんな暗く寂しい
気持ちにも覆われて居ました。

そして
その様な暗い気分で
毎日を過ごして居ると
或る夜遅くに、いつもの様に
寝る前に自分のベッドで
暫く横になって居た時に
不思議な事に私の部屋の
引き戸がスルスルと開いて
父親が入って来たのでした。

その当時
私の部屋は二階の階段口の
右手に有り、左手は居間で
その居間を通り抜けて行くと
両親の寝室に行ける様な
造りになって居たので
それこそ夜更けに父親が
私の部屋に来る事などは
殆ど有りませんでした。

それに
もし何か私に用が有れば
居間から大声を出して
私を呼び付けるか、または
私の部屋の引き戸を叩いて
合図したり、それこそ
ただ戸を開けて扉越しに
用件を言うだけで、用も無く
ワザワザ中に入って来る事などは
それまで無かったのでした。

それが
どうした事か
その夜は父親が外で飲んで
帰って来るなり、いつもの様に
居間を通って自分達の寝室に
向かうのでは無く、なんと
私の部屋に入って来たので
私はてっ切り父親が酔っ払って
方向を誤り右と左の部屋を
間違えて私の部屋に入って
来たのだと思いました。

「あれ?…なんだ…
お父さん…どうしたの?
ここは私の部屋だょ…
やだなぁ、もぅ…酔っ払って
間違えたんじゃ無いの?」

「…ぁ…あぁ…」

そう呟くと
父親はその場で
立ったたまま、しかも
一向に動きませんでした。

「ねぇ…ホラ、
お父さんの部屋はあっちで、
こっちじゃ無いんだからサ、
別に用が無いんなら…
サッサと出てって、
向こう行って、早く寝なょ…」

ところが
そう私が催促しても
父親はなんだかまだ
その場に居るのでした。

「…いや…お前と…話しを…
…しようと…思ってな…」

しかし
父親はそう言いながらも
私がまだ勧めもしない内に
勝手にベッドの端に
腰掛けて居ました。

そして
この夜の父親の様子が
普段の酔っ払って居る時とは
余りにも違うので、なんだか
この父親自身が私と喜久雄が
この家で父親達と一緒に
同居する事を可なり楽しみに
して居たのが、或日それが
突然、完全に不可能となって
しまった事でスッカリ
意気消沈してしまい、しかも
大体、その事自体さえ父親には
全く相談も無しに勝手に
決められてしまった事でも
やはり相当ショックだったのか
それ以降は、なんだかイジケて
しまった様で、私自身もそんな
父親に対して多少は可哀想にと
同情もして居ました。

しかし
やはりそれは
私自身が喜久雄と共に
計画して居た、まるで夢の様な
アメリカ移住の事を、それこそ
私には事前になんの相談も無く
小心な喜久雄の未知なる
外国に対する怯えや
恐れだけで、ただ一方的に
計画の取り止めを宣言された事で
私自身も啞然とさせられ
その虚しく悲しいネガティブな
感情がこの哀れな父親のソレと
共鳴したのかも知れません。

そして
実際に私自身が
その海外移住に対しては
本当に楽しみにして居たのに
なんの冒険も挑戦も努力さえ
全く試みずに無惨にも
一瞬の内に喜久雄に反故に
されてしまった事が
私自身、精神的に酷く
疲弊した事も有り、やはり
なんと無くこの父親の寂しさが
分かる様な気がしたのでした。

「…へぇ…それで?
…話しって…一体…
なんの話しをするの?」

「…ぉ…おぉ…それ…なんだが…」

そう言った切り
父親はじっと押し黙って
下の方を向いたまま、やはり
中々話し出さずに居ました。

しかし
それで尚更私としても
よっぽど大事な、しかも本当に
話し辛い事なのだと思ったので
再び父親に話し掛けました。

「ねぇ…直ぐに話せ無いなら…
もう遅いからサ、話しなら
また明日にでも聞くから…
お父さんも、もう部屋に
行って寝なょ…」

「・・・・・・・」

ところが
この夜の父親は
いつもより酷く酔っ払って
居たせいなのか、または
余程何かを思い詰めて居たのか…
とにかく本当にいつもとは
様子が違うだけで無く、何故か
どこと無く雰囲気までもが
尋常では無い様な、なんとも
異様な感じさえ漂わせて
居たのでした。




続く…






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