この様に

地井さんが暫くの間

黙ったままで、一言も

言葉を発してくれないのが

どうしてなのか、私には

理解が出来ませんでした。


それは

ほんのつい先程まで

私達2人はあんなに色々と

話して居たので、それが急に

地井さんが黙り込んでしまい

その理由が全く分からずに

私自身もなんだか少々

不安になり始めました。


「も…もしもし…地井さん…

ぁ、ぁの…そこに居るんですか?

…あれ?…どしたんだろぅ…

なんにも返事が無いケド…

それとも…もしかして…

なんか急用でも出来て、

どこかに行っちゃったのかなぁ?

んーー…ホント…

どうしたらいいんだろぅ…?

もしもし、もしもし、地井さん…

ホントに居ないんですかッ !?」


さすがに

心配して思わず私が

電話越しに地井さんに

声を掛けて居ると、今度は

少ししてから地井さんが

まるで絞り出す様に

言葉を詰まらせながら

答えてくれました。


「…ぅッ…ぅ…ん゙…サーコ…

お…俺は…ここに…居るよ…」


「な、なんだ…地井さん… !

やっぱり、そこに居たんですねッ!?

…あぁ…良かった……もぅ、

ビックリさせ無いで下さいよ…!

だってサぁ、電話中だったのに…

突然、なんか何処かに

行っちゃったのかと思って、

もぅ、ホントに心配して

たんですからねッ!」


「…ぁ…あぁ…そ、そうか…

そうだな…す…済まん…」


そう言うと

そのまま地井さんは

その言葉と共に消え去って

しまったかの様に、またしても

言葉は何も発せられず再び

静かになってしまいました。


「ぁの…地井さん…

ホントにどうしたんですか?

え?…あ…まさか…

そうか…もしかして…私が、

なんかマズイ事でも…

言ったりしたのかなぁ…?

あの…ねぇ、地井さん…

どうして黙ったままなのか、

ソレを教えて下さいょ…

ホント…なんか、知らない内に…

私が何か変な事でも…

言ったんだろか…?

ねぇ…地井さん…ホントに

どうしちゃったんですか?」


この様に

私が本当に心配して居る様子を

じっと窺って居たのか

地井さんも漸くその閉ざした

口を開いてくれたのでした。


「…い…いや…

お前は…何も…言って無い…

ホントに何も…悪く無いんだ…!

た…ただ…お、お前は…

お前はホントに…

本当に、俺の事を…

わ…忘れたんだな…」


「…え?…なに?

な、なんですか…忘れたって?

ヤ…ヤダなぁ〜…地井さん…

もぅ、冗談は止めて下さいよ!

全く…ホント、なんで私が

地井さんを忘れるんですかぁ…

そんな事、有るワケ

無いじゃ無いですかッ!?

…全く、何だってそんな事

急に言い出だしたんですか?

…それに第一…私は地井さんの事

全然、忘れてませんよ!」


「…い…いや…いいんだ…

サーコ…本当にいいんだょ…

お…俺は…俺には…

もぅ…十分に分かったから…

…やっぱり…ホント…か…

あの時に…お前が言ってた事は…

本当…だったんだな…

ぅッ…ㇰ…ㇰッ…ㇰぅ…ッ…」


そう言い終わると

それ以後、地井さんは

言葉になら無い、まるで

嗚咽を堪えて居る様な

そんな声だけが電話口からは

漏れ聞こえて来たのでした。


「ち、地井さん!

…どうかしたんですか?

…何か…有ったんですか…?

地井さん、返事をして下さいよ!

…あれ?…なんだか、また…

繋がらなくなっちゃった…

地井さん、地井さんッ!

ん~…しょうが無いなぁ…

それじゃぁ…もうこれで…

私は電話を切りますからね…

いいですね…地井さん…」


こうして

私は地井さんから

返答が来る事を気に掛けながらも

仕方無く、そっと自分から

先に受話器を置いて

電話を切ったのでした。


そうして暫くの間

先程まで話しをして居た

地井さんとの電話の内容を

思い起こしながらも、何故

地井さんが最後の方では

話しをしなくなってしまったのか

ぼーっと考えて居ると

丁度その時、二階から私を

呼んで居る声がしたので

そこで、気持ちを切り換えて

階段を上がって行きました。


そしてこれ以降は

勿論、この様にお互いに

電話をする様な事なども

有りませんでした。


そうして

こう云った地井さん、舞島先生

そして卯月先生と云う

存在と共に私自身が体験した

不思議な出来事も、やはり

この地井さんとの電話の後は

どう云うワケか、私自身

それらの出来事自体の記憶が

段々と薄れて来る内に、全く

忘れてしまったか、或いは

その出来事…記憶自体が

なんだか自然に書き換えられて

しまったのでした。


こうした理由で

この様な出来事以降も

私としてはそれ以前と同じ様に

普通に生活を送って居ましたが

ただ、何故か喜久雄との

結婚に就いてだけは、やはり

以前よりも抵抗感が強く

なって居た様でした。


ところが

この結婚に対する

私の抵抗や不安、また

不満などがマズイ事になると

いち早く察した母親は、まるで

そんな私の気持ちなど一篇に

封じ込めてしまう様な、そんな

手段を講じたのでした。


それは

この僅か1ヶ月後の

4月に行われる長姉

芽衣子の結婚式の打ち合わせに

母親が姉と同伴して式場に

出向いた際に、なんと

この母親は、私と喜久雄の

結婚式の予約まで万事

済ませて来てしまったのでした。


しかも

その私達の結婚式の

日取りと云うのが、殆ど

芽衣子の結婚式の1ヶ月後

と云う、なんとも超スピードな

全くの無理矢理な段取りで有り

そして、この様にして私も芽衣子も

まるで母親の意図するままに

有無を言わせず結婚へ直行

と云うベルトコンベアーの上に

乗せられてしまって、本当に

全く手も足も出せ無い様な

状態に陥って居たのでした。


そして勿論

私自身としても

そんな重大な事を勝手に

決めて来てしまい、しかも

その結婚の日取りが間近に

迫って来て居る事などは

全く目茶苦茶で話にも

なら無いと、母親を弾糾し

断固として抵抗しましたが

しかし、それでも母親は

如何にもしれっと


「だって、お前…その日しか、

空いて無かったのよ…

なんでも6月からはね、

結婚式の予約が一杯で、

どのホテルでも式場の予約は

中々取れないらしいのよねぇ…

まぁ、どうせ結婚するんだから、 

予約が空いてる内にサ、

早いとこ申し込んどいた方が

いいと思ってね…

それで、私が代わりに

申し込んどいたのよ…

お前、予約が取れて、ホントに

良かったわよ…ねぇ!?」


と云った具合いで

にこちらの方が、逆に

恩に着せられてしまう様な

そんな勢で返されたのでした。


またそれだけでは無く

私と喜久雄の結婚式の

仲人として、何故か母親の

末弟を半ば強引に勧めて

来たのでした…つまり

私にとっては叔父に当たる

人物でしたが、その叔父には

私と年の近い従姉妹も居たので

幼少の頃は頻繁にお互いの

家族同士の交流も有りました。


しかし

私達の結婚は

勿論、お見合い結婚では

無いので、全くその様な

格式ばったスタイルなんかで

式をする必要性が無い事や

また、更に言えば私自身の

信条としても、例え親戚であれ

必要の無い義理を作る事を

良しとはしないと断わり

続けて居たのでした。


その断り続けた

本来の理由と云うのは

例え喜久雄と結婚をしたとしても

直ぐに別れてしまう可能性が

有り得るので、そうなると

仲人をして貰う叔父夫婦には

申し訳無いと云う思いが

多少なりとも私自身の根底に

有ったからなのでした。


ところが

この母親が言う事には

「一人前の男は皆んな仲人を

経験して居るものだが

この弟は50歳半ばを過ぎても

未だに仲人をした事が無い

だから、弟の為にどうしても

仲人をさせてあげたいので頼む」

と、この様に畳み込まれる

様にして懇願され、とうとう

押し切られてしまいました。


こうして

私や喜久雄だけでは無く

家族や親戚など皆んなを

巻き込みながら、この母親の

策略にまんまと乗せられて

行ったのでした。


そうなると

この様な不自然な

結婚式であっても、それこそ

私と喜久雄に対して

大急ぎで招待客のリストを

挙げさせて、結婚式の招待状や

引き出物選び、更にはワザワザ

式場に出向いての衣装合わせや

式の内容、進行などの打ち合わせなど

するべき事が目白押しで 

私自身でさえ他の事など、まるで

考える余裕も有りませんでした。


また喜久雄自身も

社会人として招待状を

送るだけでは無く、直接

挨拶回りをする事なども

仕事の合い間に熟しながら

本当に忙しくして居たのでした。


そして

この様に何かと

慌ただしく過ごして居た

ある日、それこそ本当に

なんの前触れも無く、突然

母親から予想もしなかった事を

告げられました。


「あのねぇ…サーコ…

やっぱり、あんた達と一緒に、

この家で暮らすって云うのは、

無かった事にして頂戴よ…

ねぇ、頼んだわよ!」


コレには

さすがに私も驚いてしまい

一瞬、言葉を失いましたが

それでも、直ぐにその理由を

母親に聞き返しました。


「え!な、なんで?

一体、どうして急に…

そんな事になるのよ、お母さん!?」


「いや…あたしはサ、別に…

お前達がここに住んでも、

構わないんだケド…でもねぇ…

お前の姉さん達がサ…ほら、

お前達がここに住んでたら、

なんだか自分達が来づらいって…

そう言うのよ…」


「え?…だ、だけど…

あの2人は…そんな事、

今まで一言だって

言って無かったじゃない!

なのに…なんで今更、

そんな事を言い出すのよ…

そんなの変じゃないッ!?」


「そりゃぁ…だって…

お前はシッカリしてるだろぅ…

だからサ、きっと言い辛くて、

それで、あたしんところに

言って来たんじゃないか…

それにね…

いつでも自由に行けるのが

実家なのに…もし、お前達が

ここに住む様になったら、

それこそ、自分達が行く度に

遠慮しなくちゃなら無いから、

そんなの嫌だって…そぅ

あの子達が言うんだよ…

まぁ、ここはお前達姉妹の…

皆んなの実家だからねぇ…

しょうがないだろぅ?」


「そんな事言ったって…

じ、じゃぁ…だったら、なんで

その事をもっと早く私に言って

くれなかったのよ、お母さん!

…そしたら、何もこんなに早く

結婚式なんか決める必要なんか

無かったじゃないッ!」


「なに言ってんのよ、お前は?

…大体サ、お前達だって

まだここに引っ越して来た

ワケでも無いだろぅ?

それによ、お前達がどこに

住もうと、結婚する事には

変わり無いんだからね…

まぁ、だからサ…

お前達には悪いけどもね…

そう云うワケだからサ、

それじゃ、分かったわね…

そう云う事でお願いしますよ…!」


そう言い終えると

母親はあたかも忙しそうな

そんな素振りを見せながらも

さすがに決まりが悪いのか

そそくさと何処かへ

行ってしまいました。


「ここにも、また…

裏切り者の『ブルータス』

が居たって事か…」


余りにも

愕然としてしまった私は

もう、反論する気力さえ

起らずに、ただ暫くの間

茫然として居ました。


ところが

まさにこの事が

後にはトンデモナイ事態を

引き起こす要因となる事など

この時の私には全く予想すら

出来無かったのでした。





続く…




※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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