こうして
暫くの間は、私達の回りで
並んで居た皆んなと一緒になって
この様な突然湧き上がって来た
まるで有り得ない様な
『卯月先生の彼女の出現』
と云う、完全に皆んなの予想を
遥かに超えた、この話題で
持ち切りになって居ました。

そして
この参列して居る列が
少しずつ進む中でも、やはり
皆んなはその話しに夢中に
なりながら、目線だけは
やたらと回りを見回しては
仕切りに、その噂の人物
『卯月先生の彼女』
に該当する様な人を探し出そうと
躍起になって居る様でした。

しかしながら
当然の事、この私と蒲田も
ご多分に漏れず、その噂の人物を
見逃すまいとして、それこそ
皆んなと話しはして居ながらも
その目線だけは注意深く回りに
向けて居たのでした。

すると
どこからともなく
その噂の彼女が、どうやら
私達の近くに居るらしいと云う
情報が入って来ました。

そこで
さっそく、私と蒲田も
その人物を一目見たいと云う思いで
先程よりも一層、キョロキョロと
回りを見渡して居たのでした。

ところが
あいにくの事
私達は一向に、その人物を
見付ける事が出来ず、仕方無く
自分達の列が先へと進むに従って
それに合わせて私と蒲田も
少しずつ前に進んで行ったのですが
すると、突然、どこからか
囁く様な声が聞こえて来ました。

「卯月先生の彼女が居たわよ!」

「あの人よ…あの人が彼女よ…」

そこで
とっさに、私と蒲田は
その声がする方を直ぐに見ましたが
しかし、その様な人物は全く
見当たりませんでした。

ところが
その様な中で、私達が
先程と同様に列を進めて居ると
気のせいだか、何故かそこで
参列して居る皆んなの目が
それぞれ一斉に、私の方を
見て居る様に感じられ、しかも
なんだか、まるで盗み見をされて
居る様だったのでした。

そこで
私がとっさに思った事は

「あぁ…もしかすると…
この小雨のせいで、まさか
私の後頭部に有るハゲが、
皆んなに見えてしまった…って
事じゃ無いだろうか…?
それで皆んなが、あんな風に
私の事を見て居るのかも知れない…」

と云った様な心配で、途端に
不安に襲われました。

すると
次の瞬間には
直ぐ様、片手で後の髪を
抑えながら、下向き加減で
出来るだけ皆んなとは
視線を合わせ無い様にして
少しずつ前に進んで行きました。

そして
徐々に列が進むに連れても
私は用心の為に、仕切りに片手で
自分の後頭部の髪を押さえながら
歩いて居たので、当然ながら
私のハゲなどは、誰にも見えては
居ない筈なのに、それにも拘わらず
ところが、その時に初めて見る様な
しかも真正面から来た参列の人達と
すれ違う度に、何故かそれらの
人達からもジロジロと、私自身が
執拗に見られて居たのでした。

そうこうして居る内に
またもや、参列者の中から
誰かが、どこかで
『卯月先生の彼女』
を発見したらしく、しかも今度は
割りと私達の近くだったので
それこそ回りでは、それぞれが
ヒソヒソと声を掛け合いながら
まるで伝言ゲームの様に
その事を伝えて居ました。

「ほら、あの人…あれが彼女よ!」

「あそこに居るのが…
卯月先生の彼女なのよ!」

そして
そんな声を聞き付けた
私と蒲田も勿論の事、回りの人達と
同じ様に、急いでキョロキョロと
回りを見回しては、その噂の人物
『卯月先生の彼女』
を一目見ようと一生懸命に
探して居ると、今度は

「そこに居るわよ!」

「その人が卯月先生の彼女よ!」

と誰かが一声掛けた途端
そこら辺に居た人達が、なんと
皆んな一斉に私の方を向き
しかも、その一人ひとりが
まるでなにやら探る様な眼差しで
じっと私を見詰めて居たのでした。

しかし
当然の事ながら
勿論、私や蒲田には
この様な状況が、全く理解出来ず
スッカリ戸惑ってしまいました。

「ねぇ…サーコ…なんか、さっき
『卯月先生の彼女が居る』って、
聞こえてからサ、なんだか
皆んなが一斉にこっちを
見てるみたいなんだケド…
って言うかサ…いや…コレって
サーコの事を見てるんじゃないッ!?」

「え?…ぅ〜ん…
やっぱり…そうなのかなぁ…?
…なんかサ、私もさっきから
皆んなが私の事を見てる様な…
そんな気がしてたんだケド…
う〜〜ん…だけどサ、一体、
何で私を見てるんだろう?」

「ふ〜〜ん…ソレは…
よく分から無いケド…
でもサ、この状況から考えると…
多分…皆んながサーコの事を
『卯月先生の彼女』だって…
そう思ってるからなんじゃない?
…だってサ、この場合…
そうとしか思え無いじゃん…!?」

「えーっ!?
…な、なんでまた…?
一体、何で…この私が?
…って言うかサ、絶対、そんなワケ
無いじゃない!…ねぇ、蒲ちゃん!」

「ゥフフ…そりゃそうだけどサ…
だって…そんなの当たり前じゃん !?
それにサ…当然そんなワケ無いのは、
私には分かってるしね…
でも…それにしてもサ、どうして
皆んながサーコの事を、その噂の
『彼女』だって…思ったんだろう?
大体、その理由自体が、
全くよく分から無いのよね…
なんか本当にサ、そこら辺が謎で、
しかも不思議じゃない?…サーコ…
…ホ〜ント、変だょね…?」

「なに言ってんのよ、蒲ちゃん…!
…そんな、人ごとだと思って…
呑気に不思議がってる場合じゃ
ないんだからね!
なんかサぁ…ここに居る皆んなは、
きっと、私の事を誰かと
見間違えてるダケだと思うんだぁ…
だけど、いくら勘違いにしてもサ…
さすがに…こんだけ皆んなから
じっと見られたりしたら…
やっぱり、こっちとしては、
本人じゃ無いワケなんだし…
なんか決まりが悪くてサ…
それに、第一、居心地が悪くて
しょうがないのよね〜!」

「うん、まぁそりゃ、そうだワ…
ホント、皆んながサーコを見る
見方ったら、凄いモンね…
酷い人は、ガン見して来るしサ…」

「でしょう…蒲ちゃん?
…それじゃぁサ…ここら辺から
なるべく早く、ズラがる為にも、
さっそく、少しでも前の方に
進んで移動しようョ!」

「まぁ…ね、それがいいカモね!」

こうして
私と蒲田の2人は
皆んなが並んで居る列の中を
それぞれが隣に並んで居る人を
体で少しずつ押しながら、自然と
その人達が少しずつでも列を前に
詰めて行く様に促して、まるで
その列の流れを誘導するかの様に
前に進んで行きました。

そして
もうこれ以上は、さすがに
前に進む事が出来無い程
列には余分な隙間が無い
と云う所まで来ると、漸く
私達の回りには、先程から
好奇な視線を送って居た様な
人達の姿は、やっと見えなく
なって居ました。

「まぁ…ここまで来ればサ、
一応は…一安心だね、サーコ!」

「ホント、一時はどうなる事かと、
思ったわょ、全く…!
でもサ、チョット気になるのは…
その『卯月先生の彼女』って…
そんなに、私に似てるのかなぁ?」

「ほ〜んと、そうだよね~!?
しかもサ、その人って…
確か、私達とは余り歳が
変わら無いんでしょう?
それじゃぁ、やっぱりサ、
増々気になっちゃうょね…!
本当に一体、誰なんだろう?
ねぇ、サーコ !?」

「ふ〜ㇺ…私に似てる…って…
そんな事、言ってもサ…
私達の年齢なら、それこそ
皆んな卒業してるんだから、
それなりに、化粧もしてるし、
服装もそれぞれ違うワケだしね…
当然、それでも…この私に
似てるって事でしょう?
そんな事…有り得るのかなぁ?
でもサ、もし、そんなに似てるなら…
なんか別の意味で、一度その人に
会ってみたい気もするケドねぇ~!?」

「うん、うん、全く!
そりゃ、そうだよね〜、サーコ!
ホント、私だって会ってみたいワッ!?」

「だけど、そりゃそうと…
残念なのはサ、参列者の中の
あの勘違いしてる人達に
『私は卯月先生の
彼女じゃ有りません!』
って、堂々とハッキリ言って
誤解を解きたかったんだけどサ…
でも…ところがサ、誰も
『あなたは卯月先生の彼女ですか?』
って、聞いてもくれないしね…
まさか、聞かれても無いのに、
自分から敢えてそんな事を
言い出すワケにも行かないし…
ホント、もしも誰かが私に
直接、聞いてくれてたら、
それこそ、直ぐに『人違いです!』
って、答えられたのにサ…
そしたら、そんなのは皆んなの
勘違いだったって事が、ホント
直ぐにも、分かる筈なのにねぇ~!」

「アハハ…ホント、全くょね…!」

こうして
多少なりとも移動した事で
私達の気持ちも些か落ち着いて
この様な他愛も無い話しを
お互いにして居ると、またもや
列の前の方が少しばかり
ザワついて来ました。

そこで
またしても何事かと思い
私も蒲田も暫くその様子を
窺って居ると、今度は前の方から
この混雑して居る人混みの中を
誰かが列を割って、こちらに
向かって来るのが分かりました。

そうして
暫くすると、なんと
その人達は、私の目の前で
ピタッと立ち止まったのでした。

「こちらが…ここに居るのが、
『天田』です!」

そう言ったのは
高1の時の担任だった
清水先生でした。

そして
その清水先生は
自分の斜め後の方で
小さくなって居る
少し年老いた女性に対して
私の事をこの様に教えて居ました。

すると
それを聞いたその老女は
その細くて小さな体を、今にも
押し潰されそうになりながらも
この人混みを押し分ける様にして
やっと前に出て来たかと思うと
なんと、自分の両手を伸ばし
イキナリ私の両手を挟み取りながら
まるで拝む様な感じで自分の両手で
包み込んだのでした。

「あ…あなたが…あなたが、
天田さん…なんですね…!?」

「あぁ…は…ぃ…そう…ですが…」

すると
当然の様に私が
戸惑って居るのを見て
脇に居た清水先生が、透かさず
声を掛けました。

「天田…この方はな…舞島さん…
亡くなった舞島先生の親御さんだ…
どうしても、天田に会いたいと
言って居られたから、こうして
ここまでお連れしたんだ…」

「あっ…そ、そうなんですか…
そうか…舞島先生の…
お母さん…だったんですか…
そ、それはどうも…こ、この度は…
本当に…ご愁傷様です…」

この様な
思いも寄らない
突然のシチュエーションに
遭遇した私自身は、全く
何がなんだか分からずも
この様に、先程から私の両手を
ずっと握ったまま離さないで居る
この老女…舞島先生の母親に対して
それでも、やっと一言だけは
シドロモドロになりながらも
お悔やみを言う事が出来ました。

すると
この母親は、もっと
ワケの分から無い事を
突然、言い出したのでした。

「あの…天田さんには…
なんですか…娘が、大変お世話に
なりました様で…
本当に、ありがとうございました…
…全く…今まで、ご挨拶も、
お礼にも伺いませんで…
本当に申し訳ありませんでした…
なんせ、婿はあゝ云った人なもので…
…全く、何も話さないものですから…
私も、ついさっき、天田さんが
ここに居る事を、皆さんに
教えて頂いたところなんです…」

「え?…あ、ぁの…
それは…私の事ですか?
でも…私は…全く、舞島先生…
いえ、娘さんには…何も…
お世話などして居ませんが…」

「で…でも…あなた様は…確かに、
天田さん…なんですょね…?」

この様な
私からの返答が
余りにも意外だったらしく
その母親の表情は
一瞬にして曇った様になり
戸惑いを顕にしながらも
直ぐ様、側に居た清水先生の
顔をみながら確認の視線を送ると
清水先生はその母親を安心させる
様に、静かにコクリと頷いて
応えて居ました。

そして
その後は、まるで
促す様な眼差しを向けて
黙って私の方をじっと
見て居たのでました。

「ぁ…はい…そうです…勿論…
私は、天田です…ケド…でも…ぁの…」

「良かった…やっぱり、あなたは
天田さんなんですね…
実は、あの子が…娘が…亡くなる
少し前の事なんですが…
こんな状態の娘に、せめて
私自身がしてあげられる事は
無いかと思いまして
『何か欲しい物や
して欲しい事は無いか』
と尋ねたんです…
すると、病床に臥したままの娘は
『こんなに幸せなままで、
死ねる事が、本当に嬉しい…
だから、もうこれ以上、
欲しい物なんて何も無い…
だけど…ただ、ただ一つだけ…
死ぬ前に…一目だけでも…
天田に会いたい…
会って、お礼が言いたい…
「本当にありがとう」って、
心の底から、本当に
お礼が言いたかった…』
と、この様に…涙ながらに
申して居りました…」

この様に
話しながらも
この不憫な母親は、その時の
情景を思い出したのか、微かに
体を小刻みに震わせながら
静かに溢れ出る涙をハンカチで
拭って居たのでした。





続く…




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