そうして
一週間も経った頃
喜久雄から連絡が有り
漸く、先日私が提示した
結婚条件に対する返事を
すると言うので、直接会って
話しをする事になりました。

そして
久しぶりに会った喜久雄は
それまでに色々と考えて
重大な決断を下した事を
この日に話す事になって
居た割りには、それ程
重々しい雰囲気も無く
余りいつもと変わらない
様子でした。

それに
喜久雄の元々の色白の顔が
なんだか多少、赤味がかって
血色が良く見える様な
些か、高揚して居るかの
様にも見えました。

それどころか
どうやら喜久雄自身は
本当に落ち込んで居たり
沈み込んで居る様子も無く
私に対しても、至って穏やかに
接して居たのでした。

そこで
私としては、コレはいよいよ
喜久雄自身が私との結婚を
諦める決断をし、また更には
当然ながら2人の決別と云う事も
考慮に入れて十分に覚悟を決めた
表われなのだと思って居ました。

それで
私もそれなりに
密かに期待しながら
喜久雄からの、その決定的な
別れの言葉をじっと静かに
待って居ました。

すると
その喜久雄の口からは

「俺は…『天田』に改名する…
だから…サーコと結婚して、
『天田喜久雄』になるよ!」

と、なんともこの様な
全く予想外のトンデモナイ返事が
返って来たのでした。

しかし
ところが私としては
こんな期待を大きく裏切る様な
そんな答えが返って来るなど
毛頭考えて居なかったので
本当にビックリしてしまい、一瞬
固まってしまったのでした。

しかも
こんな結末になるとは
全く思いも寄ら無かったので
当然ながら、その後の切り返しや
新たな作戦などに就いては
全く考えても居ませんでした。

そこで
いくらこの場で
私自身が固まったとしても
取り敢えずは、この喜久雄に
笑顔の一つも見せなければ
マズイと咄嗟に考え、しかも
強張った顔を引き攣らせながら
必死に作り笑顔で応えて居ました。

しかし
さすがに喜久雄自身にも
この私の驚き様が伝わったのか

「そうか…そうだよな…?
そりゃぁ、サーコも
ビックリするよな…
実際、俺自身にしたって、
自分でも驚いてるんだから…
ホント、なんかサぁ…
今でも信じられ無いくらいだよ…!」

「…そ…そうよね…で…でも、なんで?
…一体、どうして?…って云うか…
つまり、そんな風に…なんか急に…
喜久雄さんの気持ちが変わったのは、
何か理由が有るのかなぁ…って、
なんだかホント不思議に思ってサ…!?」

この様な
余りにも見事に
私の計画を完全に無視する様な
結果を出されてしまい、既に
頭の中が真っ白になってしまった
私としては、もうこうなったら
是が非でもその原因や理由とやらを
突き止めずには居られない
と云った心境でした。

「ん~~…変わった…理由かぁ…
そうか…そうだよね…
そりゃ、まぁ…知りたいよね…
イヤ、実はサ…俺も…自分自身でも
色々と考えたり、それこそ
人にも相談したり、したんだけど…
それでも、やっぱり中々、
気持ちが決まら無くてサ…
ホント、その事ばかりを考えて、
ずっと悩んで居たんだ…」

「ふ〜ん…そうだったの…それで?」

私はこの様に
一生懸命に悩み続けた
喜久雄の葛藤の話しよりも
早くその理由の方が知りたくて
労いの言葉を掛ける余裕など
少しも有りませんでした。

「う…ん…えーと…それでサ…
仕事で外回りしてた時に…
たまたま、目に入ったんだょね…
路上で占いしてるのが…
ほら、駅前とかでサ、
よく見掛ける様な感じのだよ…
まぁ、いつもなら、そんなの
全く気にも留めないんだケドね…
それで…とにかくコレだけ考えても、
自分ではどうしたら良いのか、
全く良い考えが思い付か無いから…
だからサ、まぁ…俺もその時が、
生まれて初めてだったんだけど…
でも…もうこうなったら
エイ、ヤー!…って、感じでサ、
思い切って、いっその事、
占って貰う事にしたんだ…
そうして、その占い師さんに
色々と相談した後にサ…
『貴方は今の名字を変えた方が
運が良くなりますよ!』
って…決定的な事を言われたんだ !?
…だから…それで、漸く俺も、
決心が付いたってワケなんだ…!」

「……う…占い…!?」

まさか
寄りにも選って
こんな展開になるとは、到底
私には予想も予測する事も
出来無かったので、まるで
鳩が豆鉄砲を食らった様に
それこそ、キョトンと
してしまいました。

「うん…まぁ…そうなんだケド…
実は…その占い師の人が、
凄くいい人でサ…
本当に親身になって、俺の話しを
色々と聞いてくれてサ…
勿論、他の事なんかもね…
仕事とか、人間関係とかサ…
それで、俺もなんか…
スッカリ気分が楽になった様な
感じがしたんだ…」

「ふ〜ん……そうだったの…
でも…まさか…喜久雄さんが…
占いを信じる…とは…ね…」

「アハハハハㇵ…
ホント、そうだよなぁ〜
だけど、そのお陰で、
俺はスッカリ、自分の名字を
変える気になれたんだし…
それにサ、なんて言ったって、
これで、サーコの言ってた…
結婚条件を満たす事も
出来るんだからね…!
だからサ、もう、これで…
サーコは名字の心配は
無くなったんだから…
俺達は結婚出来るって事だよね…!」

「ぅ…うん…まぁ…そうね…
取り敢えずは…そう云う事ょね…」

こうして
余り乗り気とは云え無い様な
この様な私の返事に対しても
喜久雄は全く気にする事も無く
本当に、この日ばかりは上機嫌で
満面の笑みを浮かべて居たのでした。

実際
当初、私の2人の姉達が
懸念して居た通り、この喜久雄との
結婚自体が、それこそ本当に
『無償の愛』と云う、あくまでも
真に相手の事を思い合う様な
そんな奇跡の様な純粋さが
それこそ、お互いに無ければ
到底、成り立たない様な状態だ
と云うのは明らかでした。

そして
そんな喜久雄自体が
まさに恵まれ無い生い立ちや
扶養すべき叔母との関係性
そして皆無で有る出世の可能性と
更には、経済的にも十分では無い
と云う、何重もの問題を
抱えて居る状況だったので
喜久雄としては、例え自分が
名字を変える決心をしたとしても
当然その事だけでは、私自身が
両手を上げて喜べ無いのも
致し方無い事だと、ちゃんと
理解して居た様でした。

そして
この喜久雄の名字の改名の件は
なんと言っても、私がこの結婚を
断る為に苦肉の策として捻り出した
条件で有り、また更には
喜久雄自身が、この条件により
止むを得ず自ら私との結婚を
断念すると云う、言わば
究極のトリックだったのでした。

そもそも私が
この改名と云う事を
思い付いた理由と云うのが
私の家族構成に有ったのでした。

つまり
私達は元々、四人姉妹だったので
跡取り娘として、妹の英子に
婿養子を取って名字を継がせ
更には、この家や両親の面倒を
見ると云う事が、妹が物心が付く
年頃には、もう既に決まって居て
しかも、家族全員の暗黙の了解と
なって居たのでした。

ところが
家族にとっては
この最愛の妹の英子が
僅か14歳と云う年で、突然
亡くなってしまったので
残った私達姉妹の3人が
皆んなそれぞれ他家へ嫁ぐ事で
当然ながら、誰もこの家の名字を
受け継ぐ者も居無くなって
しまうと云う事でした。

しかしながら
私達のこの実家は
元々、名字を敢えて残さなければ
なら無いと云う様な、そんな
家系でもナンデモ無く、寧ろ凡そ
そんな名字の事などは、殆ど
家族の誰もが、しかも両親でさえ
そんなに気に留めて居る様子は
有りませんでした。

そこで
この私が考え付いたのが
私自身が亡き妹の代わりに
この家の名字を継ぐと
云う事だったのでした。

そして
私としては、まんまと
その事に託つけて、当然
この結婚をナシにするつもりで
喜久雄に条件付けたのですが
そもそも、次男で有る喜久雄には
その名字を継いで居る兄の多喜雄が
存在して居る為、その点に於いては
改名したとしても、何ら問題は
無い事として、無理矢理に
しかも喜久雄にとっては
究極の選択となる様な、この名字の
改名を提示したのでした。

しかし
私がこの様にして
私達の結婚には名字の改名が
必要だとうそぶいてして
目茶苦茶な大義名分まで掲げて
喜久雄に迫ったのも、それは偏に
この結婚が必然的に、ご破算に
なると確信して居たからでした。

ところが
思いも寄らぬ喜久雄の答えに
当然ながら、私のモクロミは
見事に崩れ去り、更には
喜久雄との結婚を拒否する様な
コレと云った題材も見付からず
しかも、この名字改名の条件を
やっとの思いで決意し覚悟した
この喜久雄に対しては、それこそ
当然ながら、その代償として
とうとう、私自身もこの結婚を
完全に承諾せざるを得ないと云う
なんとも、まるで自分で自分の首を
絞める様なハメになって
しまったのでした。

こうして
そうこうして居る内に
私との結婚の為に、喜久雄自身が
自分の名字を変えてまで、この結婚を
真剣に望んで居ると云う事が
家族中にも知れる事となりました。

そして
この話しを聞いて
なんと言っても、いの一番に
喜んだのが両親でした。

しかし
この際、母親には
私の本心を知って貰って
少しでも、この結婚を阻止
出来ればと考えたので
私自身は、この結婚に対して
余り乗り気がしない事と、それに
長姉がまだ結婚して無いのに
当然、年齢的に7歳も若い私が
先に結婚をするのは可怪しい事
なので、私の結婚に就いては
当分は保留にするツモリで居る
と云う事を、正直に母親には
明かしたのでした。

すると
私達の事を本心から
心配して居たせいなのか
母親が言うには

「せっかく、あの喜久雄さんが
そこまで、お前との結婚を考えて、
真剣に受け止めて居るなら…
お前の考えだけで、そんな簡単に
断るのは申し訳無いんじゃ無いかい?
しかも、名字を変えてもいいなんて
そこまで言ってくれて居るのに…
第一、本当に勿体ないわよ…
いっその事、この家で暮らすって
云うのはどうかしらねぇ?
私やお父さんと一緒にサ、
ここで4人で暮らす事にすれば、
喜久雄さんの叔母さんには、
3〜4軒先の近くにアパートを
お前達が借りてあげればいいしね…
それこそ『スープの冷めない距離』
だから、変な気苦労も無いし
お互いに行き来しながら
生活すれば良いワケだからね…
コレだと万事が全て上手く行くから、
お前も心配し無いで、喜久雄さんと
結婚しても大丈夫よ!」

と、この様に
全く私も想像して居なかった様な
ある意味、凄く斬新な提案まで
してくれたのでした。

それと云うのも
両親には私達娘達だけで
男児には全く恵まれず
家庭は女の子ばかりだったせいか
息子と呼べる様な存在を強く
望んで居た事も有り、しかも
両親の2人は、何故か喜久雄が
大のお気に入りで、例え義理で
有ろうと、実の娘の私の事よりも
この喜久雄を自分達の息子として
迎えられる事が嬉しくて
仕方が無かったからでした。

そして
この思いも寄らない様な
展開に、なんと言っても
私自身までが混乱して来てしまい
深刻に悩む日々が続きました。

「私の両親がこの結婚を
そこまで強く望んで居るのなら
もしかして、そうする事が
親孝行をすると云う事になるのか?
この当事者で有る私の気持ちは
別としても、結婚をするべきなのか?
その方が本当は正しいのか?」

ところが
私達の結婚に就いては
さて置き、この喜久雄自体の
名字改名の件に就いては
誤解が生じた様で、家族の皆んなが
何を早とちりしたのか、スッカリ
喜久雄自身がこの家の婿養子に
なるモノと勘違いしたらしく
そうなると、この改名に就いては
モノの見事に両親と姉達の意見が
分かれてしまったのでした。

そして
なんと言っても
家族の皆んなが揉めている
この問題には、財産分与の件が
関係して来るので、そこは当然
姉達が神経質になるのも
些か無理は無い事でした。

そこで
私の方からも家族に対して
法律上での婚姻には
どちらの名字を取る事も可能で
有る事を説明をして、その上で
更に婿養子になるは、ただ結婚して
名字を変えただけでは養子とは
認められず、しかも、色々と
法律上の手続きが必要となるので
簡単に養子にはなれ無いと云う事を
再度、シッカリと付け加えて
一応、それぞれ皆んなには
納得して貰いました。

こうして
私と喜久雄との
結婚に於いて起こる様な
家族のちょっとした
小競り合いや内輪揉めなどで
それこそ、私が気遣って
この結婚を取り止めて
しまうのでは無いかと
懸念したのか、その後母親は
独断で、直ぐにも私と喜久雄の
結納をする事を決断しました。

そして更に
喜久雄と日程までも調整して
その当日には私と両親が3人で
喜久雄の自宅に出向いて
略式的な結納を取り交わすと云う
なんとも、この様な強硬手段に
打って出た母親自身は、コレにより
色々と姉達の邪魔が入る前に
この私達の結婚が決定事項で有り
更には既成事実事にしてしまう
と云う考えで配慮した様でした。

取り敢えず
この結納が済むと
次は私の成人式が有り、そして
これを終えると、今度はいよいよ
春には結婚予定と云う事まで
母親の独断で決められてしまい
結局、2月頃には結婚の為に
勤め先の会社を退職する
事になりました。

こうして
次から次へと予定が
決められてしまって、こうなると
もう、まるで私には何の権限も
自由意思も無いかの様に、それこそ
母親と喜久雄とが決めた計画を
ただその通りに、坦々と
実行して行くだけでした。

しかし
私自身の心の奥底では
やはり、この結婚に対しては
スッキリと納得が出来て
居ないせいか、なんだか
疑心暗鬼の様な、なんとも言えない
抵抗感の様な感覚が常に漂って居て
それを感じる度に

「この結婚は…
なんと言っても、喜久雄自身の
これまでの悲惨な状況から
抜け出させてあげる為の
『人助け』で有り、また更には
私の両親の達ての願いでも有り
これが、今の私には唯一の
『親孝行』となるのだから」

と仕切りに
自分に言い聞かせて
居たのでした。

ところが
さすがに自分の本位では無い
この様な結婚に就いて、自分自身
本当に深く思い悩む様な日々を
過ごして居ると、それこそ
段々と食欲も無くなって来て
些か身体自体も細くなり、また更に
栄養不良のせいか、それに伴って
入浴時の洗髪でも、なんだか
抜け毛が多くなって来た様な
感じがして居ました。

そして
ある夜、いつもの様に
洗髪後にドライヤーを当て
手櫛で髪を乾かしながら
後頭部を乾かして居ると
そこの皮膚の一部に、なんだか
鈍い痛みを感じて、そこで
指先の腹で触ってみると
やはり、違和感を感じたので
今度は手鏡を使って合わせ鏡にし
後頭部の丁度その部分の髪を指先で
掻き分けながら探って見てみると
なんとソコには、親指の腹よりも
少し大き目の全く毛が生えて無い
部分が現れて、しかも、直接触ると
地肌のツルッとする感触が
指先から伝わって来ました。

この様な
感触も体験も、当然ながら
初めてだったので、一瞬にして
絶句してしまいましたが、しかし
それでも、何かの見間違いか
勘違いかも知れないと思い
再び、合わせ鏡を使って見ると
そこには、やはりハッキリと
ハゲが現れたのでした。





続く…




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