相変わらず卯月先生は
私の両手首を掴んだままで
『私を好きになった事』が
一体どういった感覚なのか
と云う事を、私自身に必死に
説明しようと奮闘して居ましたが
私としてはそんな事の説明よりも
卯月先生自身がやたらと力を込めて
握り締めて居る私の手首の方が
よっぽど気になって居ました。

「天田……俺は…俺は……
本当に…こんな気持ちに
なったのは初めてなんだ!
な…なんて言ったらいいのか…
なんか、腹の底からって云うか…
いや、体中から熱いモノが
湧き上がって来るみたいで…
なんだか、こう…じっとしては
居れん様な…本当に、今まで
感じた事など無い様な…
わ…分かるか?…天田?」

「え?……あ、はい…
まぁ…それはですね…
人を好きになった時には…
大体、そんな風になりますから…」

「そ、そうか !?
コレが…そうなのか…なるほど…
だ、だがな…なんだか…
ソレだけでは無いんだ…
どうやら、お前を…お前の事を
もっと俺の方に引き寄せて…
それでだな…思いっ切り、
お前自身をこの俺の腕の中で…
いや、全身で抱き締めたいと云う…
そんな衝動が出て来てな…
抑え切れん様な感じなんだ…」

そう云うと
卯月先生は先程から
掴んで居た私の両手首を
思いっ切り、グイッと
自分の方に引き寄せました。

「えーっ !?
せ、先生ッ!…そ、そんな…
そんな事、止めて下さい!」

「な、何故だ…天田 !?
…お前だって先程から、あんなに
言って居ったじゃ無いか…
確か、人を本気で好きになると…
それこそ、身も心も一つに
なりたくなるってなッ!
だから…俺も…こうして…
お前の事をこの腕に抱き締めたくて、
しょうがないんだッ!」

「は…はぁーッ!?
あ、あの…先生!
ちょッ…ちょっと待って下さいよ!」

私は咄嗟に
卯月先生に掴まれた両手首を
上下左右に揺さぶって、それこそ
一生懸命に逃れようと試みましたが
ところが、そうすればする程
卯月先生の両手の指が
増々、私の手首に食い込んで
来るのでした。

「いや…抱き締めたい…
だけでは無いな…なんだか…
お前を…直ぐにでも…抱いて…
そして…そうだ、俺はお前と
一つになりたいんだッ!
そうだ…そうなんだ、天田ッ!
俺は…お前をこの場で抱いて、
本当に身も心も一つに
なりたくてしょうがないんだ!
天田、お前にも…この俺の…
この気持ちが…分かるだろうッ!?」

この様な状態で
しかも、こんなショッキングな事を
言われた私は、さすがに
「はい、そうですね、分かります…」
などと答える気にもなれず
かと云って、一人でこんなにも
興奮して盛り上がり、シッカリと
私の両手首を握り締めて居る
卯月先生から容易に逃れて
この場から逃げ出す事など、とても
不可能な事の様にも思えました。

「あ…あの……
せ、先生が…今、感じて居る事は…
つまり…その感覚自体は、さっき、
私が教えた通りの事ですから…
だから、ワザワザ私に教えて、
確かめる必要は有りませんよ…
勿論、私は知ってる事ですから…」

この様に
私は動揺して居る
気持ちを抑えながら
出来るだけ冷静な態度で
卯月先生に話し掛けて居ました。

「フン…俺はな…
ただ、この気持ちを…
お前と分かち合いたいダケだ!
大体だな、お前だって…
さっきまでは、あんなに…
人を好きになるって云うのは…
あぁだとか、こうだとか…
それこそ、色々と言って居ったのに…
それが、なんだ…!?
こうして、この俺にも、
漸く、それが分かって来たから…
人が喜んで、せっかくお前にも
話して聞かせ様として居るのに…
それなのに…なんで、お前は…
ちっとも、一緒に喜んでは
くれんのだッ!」

こうして
些か機嫌を損ねてしまった
卯月先生は今度は、先程から
下を向いたままの私の顔を
まるで、舐める様に覗き込みながら
自分の顔を近付けて来ました。

「天田、顔を上げて、
お前の顔を俺に見せてくれ!
俺は、お前の顔を見て居たいんだ!
どうした、天田…
どうして、俺の方を見んのだ?
それに…どうして、お前は、
目を瞑ったままなんだ?
ふ〜む…そうか……
お前は…この俺の事が…
きっと、恐ろしいんだな?
だから、そうやって…
俺を見ない様にして居るんだ!」

「い、いえ…違います!
べ、別に…先生の事は、
恐ろしくなんか有りませんから…」

と言い返しながら
私はシッカリと目を見開き
さもナニ食わぬ様な
顔の表情を作って
卯月先生の顔を見上げました。

すると
私がそう云った傍から
卯月先生がまたもやグイッと
私の両手首を自分の方に
引き寄せて、先程よりも
もっと間近で私の顔を舐め回す様に
ジロジロと見詰めるので
さすがに私もそれには堪らずに
やはり再び目を瞑って
下を向いてしまいました。

「アハハハハ!
やはり、俺の言った通りだな!
お前は、この俺が
恐ろしいんじゃないかッ!」

「・・・・・・・」

私が何も言い返えせずに
じっとして居ると
卯月先生は、まるで
独り言の様に話し始めました。

「俺はな…いつもでは無いが…
たまにテレビを見る時が有るんだが…
と云っても、皆んなが見る様な
芸能や娯楽番組では無くて…
殆ど野生動物しか出て来ん様な
アフリカとか大自然のヤツなんだが…
その番組の中では、大体…
ライオンなどの肉食獣が、
獲物を追い掛けて
仕留めて居るんだが…
それでな…いつも俺は、
不思議に思って居た事が有ってな…
それは、そのライオンが獲物を
仕留めるのに、ワザワザ
一撃では仕留めずに、なんと
その獲物をいつまでも
生かさず殺さずにしながら、
まるで弄んで居る様なんだ…
だから俺は、その獲物は
どうせ喰われてしまうのだから
可哀想だから、一思いに
噛み殺してやればいいのに…
と、いつも思って居ったんだ…
だが…しかしな…今日は、
そのライオンの様な肉食獣が、
直ぐに獲物を噛み殺さないワケ…
その理由が、やっと分かったんだ…
それはな、天田…
さっきから、お前が俺から
逃れ様と、必死に藻掻いて
居るのを見て居ってな…
しかも…俺がこうして、
お前の手首を掴んで、
絶対に離さないで居ると…
なんだか、俺もな…
その野生のライオンの様に…
獲物を追い詰めて、一思いに
襲い掛かるんじゃ無くて…
お前を甚振りながら、徐々に
ジワジワと攻めて居る様で
なんだかゾクゾクすると云うか…
それこそ、なんとも言えん興奮を
覚える様になったんだ…」

こうして
卯月先生は増々
私の顔を見ようと、自分の顔を
更に近付けて来たのでした。

「ひ、ひぇーッ!
せ、先生…もう…本当に、
コレ以上は無理です!
どうか、お願いしますから…
今直ぐ、この手を離して下さい!」

すると
如何にもふてぶてしそうな
顔を私に向けながら、卯月先生は
私の申し出をキッパリと断りました。

「な、何を言って居るんだ…お前は!
そんな事したら、きっと
お前に逃げられてしまうからな…
だから、この手は絶対に
離しはせんから、諦めろッ!」

「えぇ―ッ !?…そ、そんな〜!」

「フン…何がそんなだッ!
大体だな…先程の話しでは…
俺がお前と肉体関係を
持ってもいい…つまり、
セックスをしたいと思ったら、
その時には、お前自身も
『先生が、そう思うのなら、
私も別にしてもいいですよ』
って、ハッキリと、
そう言って居ったでは無いか…
なのに、なんで今頃になって、
そんなに抵抗するんだッ!?」

「そ、それは…さっきと今では…
じ、状況が違いますから…
だから、無理なんですよ、先生!」

「な、何が無理だッ!?
そんな事、俺は認めんゾ!」

そこで
私はこの興奮仕切って居る
卯月先生に対して、どうして
無理なのかと云う、その理由を
説明しました。

「せ、先生…よ〜く聞いて下さい!
さっきは、舞島先生…いえ、
先生の奥さんが、あと半年の命
だと云う事など、お互いに全く
知らなかったじゃないですか…
だから、きっと…多分、
そんな話しにもなったんですよ…
でも、今はこうして、
その事がハッキリと
分かってるじゃ無いですか…」

「そ、そんなの…
女房の事と、
一体、なんの関係が
有るって言うんだ…!」

「あ、有りますよ…大アリです!
大体…先生が、もしこのまま
私と肉体関係を持ったら…
そしたら、先生は…
きっと私の事を
絶対に忘れられ無くなります…
そうなったら…先生の奥さんは…
一体、どうなると思いますか?
絶対に、先生の心と体は
ココにあらずの状態で、そうなると
奥さんが先生と一緒に居ても
ただ、ただ虚しいだけで
心にポッカリ穴が空いたまま…
いえ、ソレ以上に寂しくて苦しい
思いをしながら、きっと独りで
死んでしまうんですよ…
そんな、タダでさえ半年の寿命
と云う重い運命を背負って居る
奥さんに対して、コレ以上の酷い
可哀想な思いを、そんな哀れな
奥さんにさせるなんて…
私には絶対に出来ませんから!」

「そ、そんな…
女房の事は…俺は知らん…
それにだな…大体…俺はお前の事を…
忘れるなんて出来んゾ!
こんな、初めて本気で
好きになったお前の事など、
絶対に忘れるワケが無い!」

「いえ…だから、先生…
チョット思い出してみて下さいよ…
どう云うワケか、私達はいつだって、
お互いの事を忘れてしまうんですよ?
それに…大体、今日だって、
私がたまたまココに来て、
先生と色々と話しをするまで、
私の在学中に有った様な以前の事は、
お互いにスッカリ、しかも全て
忘れてしまってたじゃ無いですか?
だから、私達がこのまま、
なんの関係も持たずに居れば、
きっとまた、時間と共に
お互いに忘れてしまうんですよ…」

「い、嫌だ!
それは…確かに、お前の
言う通りかも知らんが…
しかしな…俺はせっかく、
こんなにも好きになった
お前の事だけは、絶対に
忘れたく無いんだッ!」

「だ、だって…先生…
そんな事、言ったって…
本当に、コレばっかりは…
私達には、どうしようも
出来無い事なんですから…」

「うぅっ…そ、それでも……
俺は…絶対に忘れたく無いんだ!
そうか……だ、だったら、天田…
それなら、一度だけ…!
本当に一度だけ…でもいいから…
もう、二度と頼みはせんから……
な、どうか、頼む…天田!
今、ココで俺の…この思いを
叶えさせてくれんか… !?」

「えッ!?
…だ…だから…それは、
絶対に出来無いんですよ、先生!」

「こんなに、俺が頭を下げて
頼んでも…ダメなのかッ!?
…フン、ならもういい…
お前には、もう頼まん!
だけどな…お前は俺との約束通り、
ココで俺と抱き合って…
それから…それからな…
俺達が、もっと…もっと…お互いに
ピッタリと一つに合わさって…」

そう言うと
興奮状態の卯月先生は
私の両手首を更に引き寄せ
そして、私の体は徐々に
卯月先生の体に近付いて行きました。

そして
「もう、これまで、絶体絶命か…」
と思った瞬間に、突然
私は腹が座った様な
ある意味、開き直った様な
なんとも云え無いズッシリとした
落ち着いた感覚になって居ました。

「先生…分かりました。
いいですよ…先生がそんなに、
私を抱きたいのなら…
そうして貰っても構いませんよ!」

「おぉ……あ、天田、本当か?
ほ、本当にいいのかッ!?」

これ迄
ずっと卯月先生を
拒み続けて来た当人の私から
突然、いいと言われても
卯月先生自身、一瞬
なんだか半信半疑の様な
複雑な顔をして居ましたが
しかし、それでも直ぐに
嬉しそうな表情に変わりました。

「先生、でも、するんなら…
早くして下さいよ!
とにかく、トットと
済まして下さいね!」

「え?…早く?…トットと済ます?
…と云うのは…一体、
どう云う事なんだ…天田?」

「ナニ言ってるんですか、先生!
こんな所で、いつまでも
グズグズしてたら…
それこそ、他の教師達が
来ちゃうじゃ無いですか!
そんな事になったら、
ホント、冗談じゃ有りませんよ!
大体、こんな状態じゃぁ
完全に言い逃れなんて
出来無いんですからね!
それに…もし、そんな事を
してるトコロでも誰かに
見られでもたら…
可なりマズイ事になりますよ!
まぁ…私は、たまたまココに来た
卒業生なんで、噂になっても
別に構いませんケド…
でも、先生はココで教師として
働いてるワケですからね…
やはり、そう簡単には、
済まされないのは事実ですよ!
だから、先生に言ってるんです…
誰も来ない内に、そんな事
サッサと済まして欲しいって…
そしたら、私もこんな所…
直ぐにも出て行きますからッ!」

この様に
私が覚悟を決めると
まるで『さぁ、殺せ!』
と云わんばかりに
卯月先生に対して徴発でもする様に
両肩を突き出して居ました。

「い、いや…違う…違う、天田!
それじゃぁダメだ、ダメなんだ!
俺がお前を、お前の事を本気で
抱きたいと思って居るのはな……
そ、そんな…決して、そんな風な
感じでは無いんだ!」

「フン!…先生、さっきから、
ナニ言ってるんですかッ!?
私は最初っから、先生に抱かれたい
ワケじゃ無いんですよ!
先生が私の両手首を掴んで
離してくれないから…
しょうがないから、こうやって
先生に抱かれる事にしたんです…
だから、先生が私を抱いてる間、
当然、私は感情も無く
ひたすら棒切れの様に
ただ横になってるダケですから…
だから先生もゴチャゴチャと
四の五の言って無いで、
トットとヤル事やって
早く済まして下さいよ、
分かりましたねッ!?」

「ダ…ダメだ…天田……
俺は…俺は…そんな風に
お前を抱きたいんじゃ無いんだ!
天田、どうして俺の気持ちを
分かってくれ無いんだ!
そうか…それなら…
いっその事……俺は…皆んなが…
この学校から居なくなるのを待つ…
そして、皆んなが帰った後で…
それから、俺は…
ゆっくりと…じっくりと、
お前と2人切りで…楽しみながら、
お互いに抱き合って…そして
とうとう一つになるんだ…
ほら、ソコの宿直用の…
畳敷きの仮眠室でな…」

そう云うと
卯月先生は流しの反対側の
上がり口が高くなって居る
四畳半程の畳敷きの
仮眠室の方を見て、まるで
その時の事を想像しながら
独り悦に入って居る様でした。

ところが
その卯月先生自身が
余りにも恍惚とした表情を
顕にして居たので、今更ながら
この様に男の本能を完全に
呼び醒ましてしまった
と云う現実に対して、さすがに
私自身も身震いを覚えたのでした。

「先生……先生には…
まだ、この状況が本当に
分かって無いみたいですね…
だから、私達がこのままの状態…
つまり先生が私の両手首を
シッカリと掴んだまま、
他の教師や皆んなが帰るまで、
じっと、ココにこうして居る事自体、
先ず、絶対に無理ですし…
第一、この状況が余りにも
不自然過ぎるじゃ無いですか…
それに…それにですよ…
もし、他の教師達が、
この場に入って来たら…
先生はこの状況を一体、何て…
どう説明するつもりなんですか?」

「そ、そんな事は…知らん!」

「し、知らん…って…言っても…
だけど…本当に…現実的に、
もうすぐ、皆んながやって来るし…
先生、ホントに分かってますか?
私は、先生の為に言ってるんですよ!?」

「ぅ、うるさい、うるさいッ!
…俺は、もう…お前の話しは
何も聞きたく無い!
もう俺は、お前とは話しはせん!」

そう云ったまま
卯月先生は目を瞑って
下を向いてしまいましたが
それでも、私の両手首だけは
シッカリと掴んだまま
離さずに居たのでした。







続く…




※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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