卯月先生から幾ら何度も
真剣に頼まれたとしても
こと『男女の恋愛』に就いて
教える事など、さすがに私自身
そんな自信などは毛頭無く…
しかも、それ以上に問題なのは
果たして、この超天然の
堅物とも云うべき卯月先生に
そもそも『恋愛』そのモノの
概念さえ伝わるかどうか、定かでは
無いと云う事でした。

しかし、こんなにも真剣に
卯月先生から頼まれると
『義を見てせざるは勇無きなり』
と云う、私自身の座右の銘でも有る
元来の厄介な気質がムクムクと
頭をもたげて来て、結局は
そのまま見捨てる事など
到底、出来無くなるのでした。

そしてまた
相手がこの卯月先生ともなれば
その様な形の無い感情や欲望を
説明するのは、それこそ中々
一筋縄では行かないのは
当然の事なので、こちらとしても
それなりに覚悟を決めて
掛からなければなら無い事は
必然でした。

そこで私は
先ず『恋愛』と云うモノが
大体、一般的にはどう云った
モノで有るのかを説明する為に
ここで、蒲田の協力を得ながら
それぞれが自分達の彼氏との
事や付き合い方、或いは
特に異性を好きになった時の
微妙な感情などに就いても
色々と卯月先生に話しました。

そして
卯月先生としても
私達のこの様な拙い恋愛
経験の話しを、ちゃんと聞いては
居た様ですが、しかし何分
そんな感情を抱いた事が無いせいか
やはり、男女がどうしてお互いに
その様な特別な気持ちになるのか…
つまり、ただの博愛的な『好き』から
ある意味、理屈を超えた様な
盲目的な情愛『恋愛』の感情が
芽生えて来るのか…と云う事が
どうしても理解する事が
出来無かったのでした。

こうなると
私も蒲田にしても
全くどうする事も出来ず
さすがにお手上げの状態でした。

そんな蒲田に至っては

「一体、どうして…
そんな皆んなが知って居る様な…
と云うより、人間として…
特に男として生まれて来たら
当然の様に持って居る筈の本能…
つまり、欲望や欲情みたいなモノが
卯月先生には全く無い…って云うか、
感じられ無いのか…?
ソレの方が、こっちには、
よっぽど、理解出来無いわょ…!?」

と言いながら
唖然としてしまいました。

そして私自身も
やはり、もうこれ以上は
全く成す術も無く、当然
コレと云って良い考えも
浮かんで来ませんでしたので
仕方無く、まるでお茶でも
濁す様な、そんな感じで
卯月先生に話し掛けました。

「先生…私達がさっきから…
こんなに、人を好きになる事や、
恋愛の事に就いてなんかを
幾ら先生に一生懸命に話しても、
なんだか…やっぱり、全然、
分からないみたいですね……
でも、そうなると…ですよ…
やはり、ソレは…一教師として
では無くても、個人的にも
ちょっと、先生自身が…
って云うか、結構…本当に
困るんじゃ無いですかね…?」

「な…なんでだ?…天田…
どうして、俺自身が困るんだ?」

「だって、ソレは……
なんと云っても…ですね、
先ずは、女の人を好きになら無いと、
絶対に結婚なんて、
無理な話しだからですよ!
あ、…いや…それとも……
先生は、結婚しないんですか…
って云うか…する気は無いんですか?」

「ん?…お前…ソレは…
結婚の事を言っとるのか?
そうか…だったら…
俺は…結婚して居るゾ!」

「えーっ!?……
け、結婚してたんですか!」

「え?…い、いつ……?
ソレって、先生…
一体、いつ結婚したんですか !?」

私と蒲田は
この卯月先生の言葉に
思わず飛び上がらんばかりに
驚いてしまいました。

ところが当の卯月先生は
そんな様子の私達に対して
如何にも、何を今更…
と云った様な感じで
怪訝そうな顔をしながら
答えました。

「そうだな……確か…
お前達が卒業した…
直ぐ後…ぐらいだったかな…?」

「えーっ!?…そ、それじゃぁ…
1年半も前って…事ですか !?」

「そ、それで…相手は?…
相手は…一体、誰なんです?
…誰と結婚したんですか !?」

「なんだ…
それも知らんのか、お前達は…?
…相手はな、ここの学校の
教師だった、舞島先生だ…」

「ええーっ!ゥ、ウッソ〜 !?」

「はぁ…?ホ、ホント…ですか !?」

「フン…嘘など言わん…本当だ!」

この卯月先生の言葉を聞いて
私も蒲田も本当に驚き
しかし、それと同時に
なんだか、肩の荷が下りた様な
ホットした気持ちと、些か
安堵感さえ覚えたのでした。

しかしまた
それと共に、これまでの事
に就いては、まるで私達の事を
からかって居たかの様な
それこそ、狐にでもつままれて
居た様な感じで、なんとなく
まんまと騙されたと云う様な
気がして来て、多少なりとも
複雑な気分にもなりました。

ところが
蒲田自体はこの様な結末には
なんだかとっても
納得した様子で、それでも
多少、大袈裟とも思える様な
引きつり気味の笑顔を
見せながら話し出しました。

「アッハハハハ〜ッ!
な〜んだ…先生、そうか……
そうですよね~!
ホント…先生は、舞島先生と
結婚してたんですよね~!
やだなぁ、スッカリ忘れてたワ〜
ねぇ…サーコ、あんた…知ってた ?!」

「いや〜…まったくだヮ……
なに言ってんのよ、蒲ちゃん?…
私だって、勿論、忘れてたわよ!
ダケどサ……ホントょね…?
しかし…そんな大事なコト、
なんで、忘れちゃってたんだろう?
しかもょ?…私も蒲ちゃんも2人共、
全然、覚えて無かったなんて……
ホ〜ント…不思議よね〜!?」

この様に
なんだか些か異様な感じで
興奮気味の私達を見ながら
卯月先生自体はそんな事には
少しも動じない様子でした。

そして
蒲田と私は、それでも暫くすると
この興奮状態も落ち着きを取り戻し
この余りにも衝撃的な卯月先生の
結婚の事に就いても、その後
直ぐに自分達が思い出した事で
漸く納得が行く事となりました。

と云うのも
この卯月先生と舞島先生の
結婚の事は、多分その当時…
1年半くらい前の時点では
確か人づてに、噂話しとして
実際に聞いては居ましたが、しかし
間もなくすると、その噂は直ぐに
単なる噂では無く、現実の
本当の事実で有る事が判明して
その事も一応は、情報として
受けて居たのでした。

ところが
私も蒲田にしても
この頃は丁度、自分自身や
身の回りの事で手一杯で有り
他人の事…特に自分達の生活には
直接的に関係しない事柄には
余り関心を持つ余裕さえ
無かった時期でも有ったので
この卯月先生達の結婚話し
の様な事に就いては、大して
気にも留めて居無かったのでした。

そして
なによりも私達…つまり
この学校の生徒や教師達など
この学校の関係者達に於いては
この二人の結婚のニュースに対して
それほど驚きを顕にする者は
余り居なかった様にも
思われました。

それと云うのも
この二人の事は、既に私達の
在学時代から、常に結婚の
噂を立てられて居たので
それが実際に現実となったところで
なにも、特別に目新しい情報でも
なんでも無く、寧ろ返って
「やっぱり結婚したか…」とか
「遂に結婚したのか…」と云った
印象の方が、よっぽど多かった様に
思えたからでした。

そう云ったワケで
まさに、この時、この場で
卯月先生本人から、既に
結婚して居たと聞くまでは
本当に不思議な事に
何故かスッカリ忘れて
しまって居たのでした。

しかも
卯月先生達の
その結婚当時には
勿論、私も蒲田も2人共
当然、その事は知って居て
話題にした事は確実なのに
それにも拘わらず、ところが
この日の時点では、実際
2人共、全くその事を
覚えては居なかったのでした。

それでも
しかしながら
これで漸く、なんと云っても
私と蒲田にとっては
難題中の難題で有った…この問題
『卯月先生に恋愛の事を教える』
と云う件からは、なんとか開放され
とうとうお役御免になると云う
喜ばしい事態となったのでした。

そして
蒲田自身は既に卯月先生が
結婚して居た事が分かると
それまでの卯月先生の
『恋愛が理解出来無い』
などと云う様な、全くもって
不可解な事に就いては
元々初めから存在して
無かったかの様に…或いは
丸っ切り忘却の彼方へと
押しやってしまったのか
蒲田自身はまるで何事も
無かったかの様に
スッカリ安心仕切った様子で
しかも、よっぽど気が楽に
なったのか、その後は
卯月先生の後方に居た白衣姿の
若手教師と2人で何やら和やかに
笑談し始めて居たのでした。

ところが
私自身としては
これまでの流れから考えると
どうしても、コレで『一件落着』
と云う様には、簡単に考える事が
出来ず、しかも、コノ事は
そんな単純な事では済まない様な
ましてや、そんな容易に収まる様な
事にも全く思えずに居たのでした。

そして
その理由と云うのが
やはり、なんと云っても
この卯月先生自身の性格…性質が
余りにも、通常とは掛け離れ
過ぎて居ると云う事で有り
その上、その事により
更に懸念する様な事柄さえ
浮上して来る様にさえ、私には
感じて居たのでした。

つまり
それは、今回の様な
私達と同じ様な卒業生など…
特にしかも、卯月先生と気が合って
お互いに話しを楽しめる様な
そんな生徒や、或いは誰かが
ココに訪問して来る度に
それこそ、卯月先生は
先程、私に頼んだ様に
『毎日でも一緒に話しがしたいから、
ココに来てくれ!』
と頼み込むのでは
無いかと云う事でした。

そして
多分、この様な言動をする事は
恐らく、卯月先生で有れば
間違い無く有り得る事の様にも
思えたのでした。

ところが
この事が実際に問題なのは
卯月先生が既に舞島先生と
結婚して居る事…つまり
完全な既婚者だからでした。

勿論、卯月先生が
まだ独身の身で有れば
幾ら卒業生や他の人に対して
その様な無茶な事を言ったとても…
幾分、教師の言動としては
些か信用を損なう程度の支障は
有り得ますが、しかし
こと既婚者の教師となると
それはやはり、そう簡単には
済まされ無いのは確かでした。

そして
なによりも
私が気になって止まないのは
卯月先生自身の事よりも
寧ろ、その卯月先生の妻となった
舞島先生の方でした。

それは
嘗て私が中学生の頃
部活後に舞島先生から呼ばれて
マッサージをして居た時に
2人切りで、この部屋に居たら
ひょんな事から、舞島先生の
卯月先生に対する恋心…
密かな思いに就いてなどを
色々と2人で話した事が
有ったからでした。

そして
日頃は快活な舞島先生でも
コト『恋愛』と云った方面では
外見とは違い、意外とシャイで
全く奥手の様なので、その時まで
そんな卯月先生に対する思いを
誰にも打ち明けた事が無く
一人でずっとその様な熱い思いを
秘めて居た様でしたが、ところが
この学校の大部分の人間は
勿論、その当時から、舞島先生が
卯月先生に対して、可なり
御執心な事は…私も然りですが
それこそ、皆んなの周知の事で有り
それを知らないのは、当の本人達
以外には居ませんでした。

当然ながら
この様な経緯が有って
晴れて結ばれた二人ですから
特に舞島先生の喜びが
なんと云っても、それこそ
ひとしおだった事は、絶対に
間違い有りませんでした。

ところが
私が懸念して居る様に
もしココを訪問して来た卒業生…
或いは他の誰かが、万が一にも
卯月先生に気に入られ、更には
先程の私の時と同じ様に
『ココに毎日来て欲しい』
と真剣に頼まれて、その様に
なったとしたら…ソレは…やはり
相手もそれなりに勘違いを
する事になるのは必然で、また
最悪の場合には三角関係と云う
事態にもなり得るのでした。

そして
もっとマズイ事態…
コノ事で、とにかく私が一番
危惧して居るのは
もしかすると…やがては
その様な理由から
卯月先生と舞島先生が
離婚を余儀なくされてしまう事にも
なりかねないと云う事でした。






続く…



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