こうして
繰り広げられて居た
私達の『地井さん』問題は
ある意味、不完全燃焼のまま
無事に幕を閉じました。

しかし
私が敢えて、この様に
有耶無耶な状態にして
終止符を打ったのには
それなりの理由が有りました。

それは
なんと云っても
『地井さんが居る』と云う事が
完全なる事実で有ると
確信したからでした。

それと云うのも
やはり、不自然で不可解と
思える様な卯月先生の言動や
また蒲田に対する無茶苦茶とも
云える様な詰問などの事を
見ても分かる通り、その様な
卯月先生の一つ一つの
摩訶不思議な言動の裏には
『地井さんが居る』と云う事を
必死に隠さなければなら無い
しかも、何らや表には出せ無い
様な事柄が存在して居たと
思われたからでした。

そして
恐らくこの事は
既に蒲田と私がこの教官室に
入って来る前には、予め前もって
卯月先生とその様な密約…つまり
ソコの準備室に地井さんや
その他多数の教師達が隠れて
居る事などは、絶対に私達2人には
明かさず、色々な質問をして
私達の近況などを聞き出し
また、その質問や答えなどが
ちゃんと準備室にも聞こえる様に
出来るだけ大き目な声でソレを
繰り返す様に…と云った様な事を
シッカリと卯月先生に対して
約束を取り付けた
と云う事の様でした。

しかし
なんと云っても
滑稽だったのは、選りにもよって
天然中の天然…全く純粋そのモノの
卯月先生に対して、この様な
まるで茶番の様な三文芝居を
させたと云う事でした。

それこそ
地井さんを初め他の教師達が
卯月先生とは、同僚として
何年間もそれなりに付き合いや
交流が有るにも拘わらず
この卯月先生の独特な性格の事を
まるで、少しも把握して居ない
と云う事にも唖然とさせられました。

そして
返ってこの様な
ある意味、崇高とも云える様な
紛れも無い純粋さ故に
卯月先生には、こんな芝居地味た
事など、例え皆んなから細かく
指示されたところで、そんな事は
上手く行くワケも無く
しかも、幾ら約束事とは云え
卯月先生本人がその通りに
しようと試みたとしても、所詮
この卯月先生に限っては
先ず、皆んなが期待する様には
ちゃんと出来る筈も無いと云うのは
火を見るより明らかな事でした。

この様な事から
当初から私としては
なんだかいつもとは違う
不可思議で不可解な卯月先生の
言動に対する違和感に就いて
私なりに、徐々にでもその理由が
可なりハッキリと確信
出来て居た事も有り、そこで
卯月先生に関するコレらの
幾つもの不思議な現象に対して
直に見当が付いたので
そのカラクリやおおよその
あらましなどが見えて来たのでした。

そして
このなんとも厄介な
密約を交わされたばかりに
『言うに言われぬ』立場に立たされ
トンダ窮地に追い込まれてしまった
この卯月先生や無理な詰問を
されて頭を抱え込む蒲田を
助けるべく取った手段が、なんと
卯月先生や蒲田や私までもが
全く傷付く事の無い方法…つまり
地井さんの存在の有無を
敢えて、ハッキリとはさせずに
有耶無耶にしたままで
『三方を丸く収める』と云った
苦肉の策だったのでした。

こうして
この件が漸く一段落して
私達3人も、また再び
和やかになった丁度切りの
良いところで、時計を見ると
既に午後3時を回って居たので
なんと無く、蒲田と私は
互いに顔を見合わせながら
そろそろおいとましようかと
考えて居たのでした。

「ねぇ、いつの間にか
もう、3時を過ぎてるよ…サーコ…?
知らない内に、こんなに
時間が経っちゃったんだね〜!?」

「あらま、本当ね、蒲ちゃん…!
だけど、今日はなんだか
とっても楽しかった〜!
久しぶりに先生に会えて
しかも、こんなに色々と
話しが出来て、ホント良かったです!
ありがとうございました、先生!」

「おぉ、俺も本当に楽しかったゾ!
…しかし……そんな時間なのか……?
ところで…お前達は…もう、直ぐに
帰らんといかんのか…?
それとも…何か用でも有るのか?」

「え?…はぁ…別に…
用って程の事は無いですケド…
でも…今日は随分と長い間、
お邪魔させて貰いましたし…
それに…多分、先生も色々と
忙しいでしょうから…
ねぇ…サーコ…?」

「へ?…ぅ〜ん…そうね、蒲ちゃん……
…と云う事で…先生…
私達もそろそろ、
おいとましようと思います……
それじゃぁ…先生…
私達もまた、遊びに来させて
貰いますから…」

「…ふむ…そうか……
もう、帰ってしまうのか……
それで…今度はいつ来るんだ?
…明日か?それとも、明後日か?」

「えーっ !? …ま、まさか〜?
じょ、冗談言わないで下さいょ…先生…
ホント…やだなぁ〜…もう…
それにしても…イキナリ…
…あ、明日とか、明後日なんて…
幾ら何でも…そんなの無理ですよ〜!?
ねぇ、サーコ !」

「も、勿論…そうよね…蒲ちゃん !?
そんな事…急に…言われても……
それに…先生だって、色々と
忙しいでしょうから……
それで…ホントのところ…先生は…
私達には、一体、いつ頃、
来て欲しいと思って居るんですか…?」

「ン?…俺か?…
俺は、お前達が来るなら、
それこそ、毎日でもいいと
思って居るんだゾ!
コレは決して、冗談などでは
無いからな!
俺は、本気で言って居るんだ!」

「えッ !?…ま、毎日…って…!」

「ゥ…ウッソー !?」

「何が嘘だ、蒲田 !?
俺は、嘘など付かん!
大体…本当に、俺は…お前達が
毎日でも来てくれたらいいと、
本気で思って居るし…
そして、また今日の様にな、ずっと
話しをしたいと思って居るんだ!」

これを聞いて
やはり、このままでは
なんと無く、マズイ様な気が
して居たので、とにかく私は
なんとか卯月先生を宥めて
説得しようと思いました。

「先生…毎日って、言いましたケド…
それは…やっぱり、無理ですよ…!?」

「そ、そうなのか…?
…毎日は無理なのか……
まぁ…そうだな…お前達も、
毎日仕事をして居るワケだしな……
そうだ!…それなら…一日置きは?
…それとも…三日に一遍ならどうだ…?
ん゙……なんだ?…それも無理なのか!
…よしッ!…それでは、しょうがない…
一週間に一度!コレで、どうだ !?
…これ以上は…もう、負けられんゾ!」

この様に
必死に説得する
卯月先生の言葉を聞くなり
蒲田の目は見開いたまま、しかも
口は殆ど半開きの状態で
全く声も出ずに唖然として
しまったのでした。

そして
この様な性格…性質の
卯月先生には、慣れて居る筈の
私でしたが、それでも普段は
この様なタイプの人間とは、全く
接触する事など無く、また
なんと云っても、久しぶりの再会
と云う事も有ってか、この特殊とも
云うべき卯月先生の独特の
感覚の事を、つい忘れてしまいガチ
になる為、さすがに私自身でさえ
中々それに合わせる…同調するのが
難しい様にも感じて居ました。

「せ、先生…違うんですよ…!
だから…その…つまり、
三日や…一週間に一度とか…
そう云う…回数って云うか…
そんな事じゃぁ、無いんですよ……!」

「ん?…では…何だ?
何なんだ…天田 !?」

卯月先生のこの様な
無謀とも思える様な要望は
一般的な人間にとっては
それこそ有り得ない様な事ですし
ましてや、こんな事を大の大人が
普通に要求したり、口にする事さえ
トンデモ無く非常識な事なのですが
しかし、この卯月先生に於いては
その様な、一般的な通常の
常識の事など、全く眼中に無く
それこそ、卯月先生自身が心から
納得出来る事だけが、唯一
卯月先生には通じる事なのでした。

「だからですね…それは…
何て言えばいいか…つまり……
あ、そうだ!
先生…先程、私達が彼氏の話しを
しましたよね ?…覚えてますか…?」

「ん?…あぁ…覚えて居るが……
それが、どうかしたのか…?」

「ぁ…はい…つまりですね…
その〜…先生の所にですね…頻繁に…
いえ…例え1週間に一度とは云え、
毎週の様に行く…って云うより、
通って来るって云うのは…そもそも…
やはり…マズイ…って云うか…」

「はぁ?…なんで…それがマズイんだ?
大体…そんな事ぐらいで
マズイ事など、有りはせんだろう…?
有るワケが無いよなぁ、蒲田 ?!」

「えーっ !?…や、やっぱ…それは……
それは…幾らなんでも…やっぱり…
マズイんじゃないですか〜?!
だって…それにですよ…
大体、天田さんは…その彼氏とは
近い内に結婚する事に
なってるんですからね、先生!」

「ほぅ?…なるほど…
天田はその男と結婚するのか…
まぁ、しかしだな…
それと、ココに来る事と…
一体、何の関係が有るんだ ?!」

この卯月先生の一言で
思わず蒲田と私は
一瞬、お互いに顔を
見合わせてしまいました。

しかし
この様な卯月先生の言動に
唖然としたり呆れたり
して居る場合では無く
私としては、とにかく
何とか卯月先生を説得して
穏やかにこの場から、早々に
おいとましようと考えて居ました。

「あの…だからですね…先生…
つまり、先生と毎週の様に
ココで会って居たら…
それこそ、彼氏がヤキモチを
焼いて、余計な事を勘ぐられるのは
間違い無いですから…
だから、無理なんですょ!
まぁ、それでも…もし、先生が
女の教師だったら……
まだ、大丈夫だったカモ
知れませんけどね…!」

「な、なんだと…!?
お前の男は、そんな下らん事で、
一々、ヤキモチを焼くと云うのか?
フン…それでは…聞くがな…
天田は、その男…その彼氏とは、
一体、どれくらいの割合で
会って居ると云うんだ?
それは…つまり、1週間に一度とか…
やはり…それぐらいなのか?」

「え?…いえ…多分…
殆ど毎日の様に会ってますよ…
それに…会え無い時は、必ず
電話してますので…
なので…会わない日にも、
お互いに何をして居たか…
と云うのは分かってますね…」

「な、なんだとッ!?
それでは、不公平だろうが!
し、しかも…だな……大体、
毎日の様にその彼氏は、
お前と会って居ると云うのに…
この俺とは…なんだ?…1週間に
たったの一度でさえ、
会って話しをする事も
出来んと云うのかッ ?!」

「だ、だって…先生…
そんな事、言ったって…
しょうがないじゃないですか…!?
それに…つまり、その人は
ただの友達とか知り合い
とか云うんじゃ無くて、
私の…結婚する相手なんですから…
そんなの、当然の事なんですよ!」

「フン!しかし…アレだな……
お前のその彼氏とやらは、
本当に了見の狭い、しかも、
全く器の小さい男だな…天田 !?」

卯月先生は
まるで吐き捨てる様に
苦々しくこの様に言うと、如何にも
不機嫌そうな顔をしながら
じっと、私を睨み付けて居ました。

しかし
この時の私としては
そんな風になってしまった
卯月先生自身の事が
手に取る様に分かって居ました。

それと云うのも
嘗て、この教官室で
本当に楽しく一緒に過ごした
高校生時代の私と卯月先生が
それこそ、お互いに2人とも
結婚をしてまで、毎日一緒に
話しをして過ごしたいと
願って居たのに、結局は叶わず
そしていつしか、その事自体さえも
不思議とお互いの記憶の中から
消え去ってしまって居たのでした。

ところが
本当に不思議な事に
それが漸くここに来て…
それこそ3年近くの年月を経て
突然、お互いにその記憶の事を
鮮明に思い出したので、いよいよ
その予てからの願いで有った
『毎日一緒に話しをして過ごす』
と云う事が、本当に叶うと云う様な
状況になったにも拘わらず、無惨にも
それが妨害され阻止されてしまう
と云った事に対して、さすがに
卯月先生自身、全く納得する事も
それ以上に、理解する事さえ
出来ずに居た事で、思わず
それが怒りの様な感情になって
表出してしまったのでした。

そして
私自身は、そんな状態の
卯月先生の事が、なんだか
とても不憫になり、せめて
卯月先生が、なんとか少しでも
納得が行く様にと、話しを続ける
事にしたのでした。




続く…



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