こうして
私はとうとう、この2人…
片や、さも鬼の首を
取ったかの様な蒲田と
片や、好奇心旺盛な
イタズラっ子の様な卯月先生に
事の真相…つまり
『地井さんがソコの準備室に居る』
と云う、その根拠に就いて
話さなければなら無い事態に
なってしまいました。

「どうした、天田……早く話さんか!」

「そうよ、そうよ……
もし…サーコの言う通り、
本当に地井さんが、
ココに居るんなら…
そりゃあ〜…私だって、
勿論、会いたいワょ!
だってサ、中学卒業以来、
ずっと会って無いんだからね!
…大体サァ…なんで、
そんなトコに…準備室なんかに
ワザワザ隠れてるワケ !?
だって…もし、ホントに居るなら、
そんなトコに居ないで、
ココに出て来る筈でしょう?
…なんで、そうしないのョ?
…そんなの絶対に変じゃん…
そんなの可怪しいじゃん!
そう思わない?…サーコ!」

「そうだッ、それは本当に
蒲田の言う通りだゾ!
…なんで、地井さんはソコに
隠れる必要が有るんだ !?
なんで、ココに出て来んのだ?
…そのワケを教えろ、天田!」

「…ふ〜む……
そう…言われても…ですね……」

実のところ
この2人には、どう説明すれば
納得して貰えるのか…私自身が
考えあぐねて居たのでした。

と云うのも
それを説明するには
先ず、私と地井さんとの
これまでの関係性や
私達の間に有った色々な
事柄に就いても、当然
話さなければならず…
しかし、そんな余りにも
繊細で個人的な内容の事など
端から、話せる筈も
有りませんでした。

それに
ましてやこんな所で、しかも
こんな状況下で話す気など
毛頭有りませんでしたし
例え万が一にも、この2人に
かい摘んで話したところで
当然、地井さんが不自然にも
そんな所に隠れて居る理由などは
本当の意味では理解出来無い
事だと思いますし…
先ず、それよりも何よりも
到底納得も出来無い事の様に
思えたからでした。

そして
コレはつまり
私と地井さんと云う
当事者同士…結局のところ
この私達2人にだけしか
分かり得ない事だと
云う事なのでした。

それでも
取り敢えず、何とか
説明しようと試みて
当たり障りの無い様な事柄から
話し出してみました。

「そうですね……多分…
故郷で暮して居た地井さんが…
きっと、何かの用事か何かが有って、
この町に来たついでに、この学校にも
寄ったんだと思います…」

「ほぅ…なるとほど…」

「まぁ、それは…
有り得るかも知れ無いケド……
だけどサ、ココに居るんだったら、
なんで私達と話しをしないワケ?
…しかも、なんでワザワザ
隠れる必要が有るのよ !?」

「それは、蒲田の言う通りだな…
どうして、なんだ ?…天田!」

「う〜ん…それは……
えーと……そうですね………
あぁ…それは、きっと…
地井さんが教官室に訪れた時に、
懐かしがって他の先生達も
次々にやって来て、皆んなが
昔話に盛り上がって居るところへ…
多分…卯月先生が突然、
ふと思い出した様に
『これから蒲田と天田がココに来る』
と言ったからですよ…きっとね…
そこで、まぁ…多分…いや、
コレは確実に…地井さんが
提案した事だと思いますが…
つまり、卯月先生には、
私達の事を色々と聞き出して貰って、
それを皆んなが準備室に隠れて居て、
聞こうじゃないか…
と云う様な事になったんでしょうね…
まぁ…突然、そんな事になったのも、
ホント直ぐにでも私達が
『ココに来る』と云う様な…
ある種、緊急事態だった
からでしょうケド…
多分…皆んなも、直ぐに決めないと
なら無いから、どうしようかと
それなりに慌てたりして居て、
そんなに深く考える暇など
無かったんでしょうね…
それに、まぁ…多分、
皆んなにしても、きっと、
そんなドタバタ状態で、
しかも、面白半分で
加担したんでしょうから、
その様な摩訶不思議な展開に
なったんだと思いますよ…」

「おぉ…そうだゾ、天田!
…ィ…イヤ、そうか…そうなのか…?
な、なるほどなぁ……」

「ふ〜ん…?
…じゃぁ…もし……もしも今、
サーコの言った事が真実なら…
地井さんは、本当に、
ソコの準備室に居るって
事になるワケ !?」

「うん…多分ね…!」

この様な
私の話しを聞いて
卯月先生と蒲田の2人は
私の説明に多少なりとも
納得させられそうに
なって居た様でしたが
ところが、そこで、再び蒲田が
異論を唱え始めました。

「だけど…やっぱりサァ……
幾らそんな風に…
サーコに説明されても……
さっき、先生は…卯月先生は…
ちゃんと、ハッキリと
『地井さんは居ない』って、
言ってたじゃない?
…ねぇ、先生…そうですよね!」

「ぅ…あ、あぁ…そうだ…
も、勿論…その通りだゾ、蒲田!」

「ほらねぇ〜…サーコ…!?
…やっぱり、そうですよね、先生!
地井さんなんて、絶対に
居ませんよねぇ〜!?
だからね…サーコ、やっぱ
あんたの考えは、結局、
間違いだって事よ…分かった !?」

「まぁ…そう言われても……
私には、コレが事実としか
思え無いからなぁ………」

「あ…あんた、まだ、
そんな事言ってンの !?
…もう、いい加減、
諦めたらどうなのよ!」

こうして
いつまでも考えを改めずに居る
私に対して、息巻いた様に
蒲田が責め立てると
その様子を見て、何やら
卯月先生が妙な事を
言い始めました。

「蒲田、お前は…
天田の友達だよな?
…それも、随分と長い
付き合いなんだよな?
…なのに、なんでお前は、
その友人の言った事が、
信じられんのだ?
全く、お前ってヤツは、
情け無いヤツだな !?
俺が、お前だったら…
俺は、絶対に…
天田の事を信じるゾッ!」

これには
さすがの私も驚きましたが
しかし、私なんかよりも
やはり当の蒲田の方が
相当、驚いた様でした。

「へ?・・・・・・!?
…先生…それは…一体…
どう云う…事なんですか… !?」

「どうもこうも無い……
だからな…俺が言って居るのは、
お前は丸っ切り、友達甲斐の
無いヤツだと言って居るんだ…」

「…そ…そんな……
…だ…だって、先生…!
わ、私は…先生を…
先生の言った事を
信じたんですよッ !?」

「そうだ!
…だから…つまり、お前は、
この…ココに居る友達の
天田の事など、全く信じては
居らんと云う事だ!」

「だ、だから…それは…
友達とか、そう云う事じゃ無くて…
それは…つまり、先生が…その……
信用出来る卯月先生から
『地井さんは居ない』
と言われたから、私はただ、
それを信じたダケですよ !?」

「フン…それは…つまり…
アレだろぅ?…事実はどうで有れ、
友達よりも教師の方を信じる…って、
そう云う事なんだろう?
だから…そう云う了見だから、
お前は、いかんのだ!」

「はぁ?! …な、なんで…
なんで私が、そんな事まで
言われないとイケナイんですか?
……それに、私は…先生が…
そうよ、ずっと、この部屋に
居た先生が、言った事だから…
それで、事実だと思ったんですよ !?」

「と云う事は、やはり…
お前は、最初から天田の事など
全く信じる気さえ無いって、
そう云う事だな!」

「ヒ、ヒドイ!…せ、先生は…
さっきから、私ばかり責めてるケド…
私は、『地井さんは居ない』って
言った先生の事を信じて、
ずっと先生の味方をしてたのに……
なのに…先生は、一体、
どっちの味方なんですか !?
…あッ!…そ、それとも、
ホントはサーコの言う通り…
まさか、地井さんがソコに居る…
って、事なんですかッ!?」

「そ、そんな事は無い!
そんなのは…居らんに
決まっとるだろが!」

「そんな事…言ったって…
だって…先生を信じて、
サーコの事を信じ無いと
酷く責められてケナサレちゃうし…
もう、これじゃぁ……
どうすればいいか、分かん無い…
先生、私は一体、
どうすればいいんですか !?
…あぁ…そうだ!
…それじゃぁ、いっその事
ソコの準備室を開けて、
地井さんが居るかどうか、
確かめて見ればいいんだ…
そうよ、それしか無いワ!」

「フン、蒲田、よく聞け!
俺が居らんと言ったら、
絶対に居らんのだ!
それとも、なにかぁ?!
お前は、この俺の言った事が
信じられんと言うのか!」

「だ、だって、先生!
そんな事、言ったって…
ホントに…もう、
それしか方法が無いんですよッ!?」

「フン!
…そんなら、勝手にセイ!
俺は…後は、知らん…!」

この様に
2人の意見がここまで
白熱すると、もうどちらも
互いに引くことが出来無い様な
状態に陥ってしまったのでした。

そこで
私はこのニッチモサッチモ
行かない様な、可なりマズイ状況を
とにかく何とかしなくては…
と考えて、この些か険悪な状態の
2人に対して、突然の様に
話し掛けたのでした。

「そうなんですよ!
まさに、この事なんです!」

「ん?…なんだ天田…
何の事を言って居るんだ?」

「そうよ、サーコ…藪から棒に
一体、何なのよ?」

「だから…つまり…
さっき、私が話してた
本の事なんです!
覚えてますか?
ほら…芥川龍之介の本で
『羅生門』って映画に
なったヤツの事ですよ…」

「ぅ〜ン?…まぁね…
サーコが話してたの…
なんと無くは、覚えてるケド…
ほら…確か…証人が居ても、
犯罪とか犯人とかが、なんか…
よく分からないって…
そんなヤツでしょう?」

「おぉ…それか…その事か!
それで…それが、どうしたんだ…?」

「アハハハハㇵ…
つまり…私達は、まさに今、
その『羅生門』の様な状況に居る…
と云う事なんですよ!」

「え?…どぅ云うコト?」

「なんだ?…それは、一体、
どう云う事なんだ…天田?」

「だからですね……
まぁ、説明すると…
先ず…最初からこの部屋に居る
卯月先生は『地井さんが居ない』
と断言し、また…以前のこの部屋の
状況を知り得無い蒲田は
その先生の言葉を信じて
『地井さんが居ない』
と確信して居るし、そして…私は
以前のこの部屋の状況など
知り得無いまま、色々と
考察した結果『地井さんが居る』
と決定付けて居る…
と、こう云う事ですよね…
ところが、ここで実際に、
私達3人が、全く同じ体験を
この部屋でして居るにも拘わらず、
私達はこの様な…全く違った
見方や考えを持って居る…
要するに『三人三様』
と云う事なんですよね……
まぁ…簡単に言えばですね…
その人の考え…つまり『真実』
だと思って居る事は、まさに
その人ダケの真実で有り
他の人の真実とは異なる…
結局、この世界には
人の数ダケ真実が有る…
と云う事なんですよ!
…ほら、だからココは…
この部屋は今…まさに私が、
さっき本のところで話した通り…
なんか、全く同じ様な
状況になってるでしょう?
ねぇ?…コレって、ホント
面白いじゃないですか〜?」

「ほぅ…なるほどなぁ……
本当だな、天田!
お前がさっき話した本の内容は…
この様な事だったのか……
ふ〜む…コレは、なるほど、
全く面白いなぁ !?」

「えーっ?…な、なんで〜!?
なんだか、納得イカナイ!
だって…それじゃぁ、結局、
本当はどっちなのか、
全然、分から無いじゃン!?
…大体サァ〜…そんなの、
ソコの準備室を開ければ、
直ぐにでも分かる事じゃない?
サーコと先生…一体、
どっちの言ってる事が
合ってるか…なんて事はサァ!?」

「それは、違う…って云うか
そう云う事じゃ無いのよ、蒲ちゃん!
だって、何が正解かって云うのは…
それはつまり、何が『真実』か?
って云う事なんだからサァ…
そんなのは、皆んながそれぞれ
自分の中に持ってるモノだし、
それに…大体、皆んなが
それぞれ違ってるんだからね、
だから、ワザワザそれを、一々
確かめる必要なんて無いのよ!
…それにサ…ソコの準備室を開けて…
もし、地井さんが居たら…
それこそ、卯月先生の考え『真実』
がウソだと云う事になって、
蒲ちゃんは先生に騙されたと
思うだろうしね…
そうすると、卯月先生も当然、
傷付く事になるでしょう?
また、地井さんが居なかったら…
今度は私の考え『真実』が
デタラメだと云う事になって、
蒲ちゃんは私の事を本当に
いい加減だと思って怒るだろうし…
それで、やっぱりまた、
私も傷付くのよね…
そうなると、蒲ちゃんは、
ソコの準備室を開けても開け無くても、
失望感や怒りや不満や無念さ
なんかが残るダケだから、
結局、どっちにしても、
蒲ちゃん自身も傷付く事になる…
と云うワケなのよ……」

「じゃ…じゃぁ…
それじゃぁ、一体、
どうすればいいのよ、サーコ !?」

「アハハハハㇵ…そんなの簡単よ!
だからサ、ソコの準備室は開けずに
そのままにして置けばいいのよ!
それでもって…とにかく、
先生は…
『地井さんが居ない』
蒲ちゃんも…
『地井さんが居ない』
私は…『地井さんが居る』って、
お互い自分自身で考えた通り
思ってればいいだけよ!
だって、それぞれが思った事が
真実なんだからね…
だから、それでいいのよ、蒲ちゃん!
ね、先生…それで、いいですよね?
…それに、なんてったって、
その方が、よっぽど面白いしィ〜
キャハハハハㇵ…」

「おぅ、そうだな…勿論だ、天田!
それで、いいゾ…俺はァハハハハハ…」

「ふ〜〜〜ん……?
なんか、よく分かん無いケド…
でも…皆んなが…いいなら…
ま、いいかァハハハハ〜」

こうして
卯月先生と蒲田の2人の間に
繰り広げられて居た
ミニバトルの様な事態は
漸く収拾し、また更には
『地井さんが居るかどうか』
と云う、この時点での最大の問題
自体さえも、結局、最終的には
敢えてハッキリと答えは出さずに
有耶無耶になったままでしたが
それでも、私達3人の気持ちは
なんとも晴れやかな気分に
なって居たのでした。




続く…



※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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