こうして
私と蒲田には、この状況が
全く飲み込め無いまま
この男性教師に促されながら
焼香する場所の隣りの別室へと
案内されて行き、そこで
遠慮がちに座敷に上がると、直ぐに
先程の男性教師が私達2人に
お茶を運んで来てくれました。

「とにかく…お前達は…
全員のお焼香が終わるまで、
ここに居てくれ…
それまでは、お茶でも飲んで、
待ってて欲しい…」

「あ、は…ぃ…
ありがとうございます…
あのぅ…済みません…
お茶まで頂いて…」

この様に
一応は、答えたものの
殆ど、まるで否応無しに
この別室に連れて来られた私達は
取り敢えず、温かいお茶の入った
湯呑みを両手で包み込みながら
暖を取る様に一口飲みました。

それと云うのも
3月半ばと云えば
春とは云っても、まだまだ肌寒く
しかも小雨の中を長時間も
焼香の為に参列して居たので
さすがに、二十歳の若さでも
それなりに応えて居たせいか
この湯呑みの暖かさに
ホッとさせられたのでした。

こうして
暫くすると、私と蒲田も
漸く余裕が出て来たせいか
湯呑みを両手で持ったまま
少し控え目に、この別室の中を
見回して見ると、この部屋の
奥の方には、チラホラと
何人かの人達が座って居たり
勿論、私達から少し離れた所でも
数人の人達が座ってお茶を飲んだり
小声で話しをして居るのが
見えて居ました。

どうやら
この場所は、ご遺族や親族…
或いは葬儀の関係者の人達の
控えの場所とか、休憩をする
様な所だと云う事が、なんとなく
理解出来ましたが、しかし
そうなると、この様な所に
それこそ、何も関係無い様な
部外者の私達が居る事さえ
そもそも場違いで有り、しかも
図々しく部屋の真ん中に座って
ゆっくりお茶まで飲んで居る事自体
如何にも罰当たりの様な
気がして来たのでした。

「か、蒲ちゃん…なんかサ…
多分…ここは…この葬儀の関係者の
為の控え室なんじゃ無いかなぁ…」

「ぅ…う…ん…ホント…
多分…そうだょね…サーコ…」

「なんだかサ…私達がこんなトコに
居るのは…ホント…マズい様な
感じがするんだケド…」

さすがに
私も蒲田も自分達が
明らかに場違な所に上がり込み
しかも、その部屋の真ん中で
お茶をすすって座って居る事に
決まりが悪いと云うよりも
なんだか罪悪感の様なモノさえ
感じ始めて居たのでした。

「ねぇ…サーコ…なんだがサ…
私達がここに居るのって…
やっぱ…気マズいょね…?
…だってサ、他の人達は、今でも
この小雨の中で寒い思いをしながら、
まだ並んでるって云うのに…
だって…私達だけだモンね…
こんな所で座らせて貰って、
しかも、お茶まで飲んでサぁ…
ホントに…いいのかなぁ…?
それに…大体サ、私達は親族でも
関係者でもなんでも無いんだしね…
本当に…ただの元生徒なのに…」

「そ、そうよね…蒲ちゃん…
ホント、マズいって感じょね…
皆んなはサ、外で待ってるのに…
私達ダケがここに居るのは…
やっぱり、なんか変ょね…」

この別室は
焼香場所の隣りと云う事も有り
或る意味では、関係者達の
準備室の様な役割りも兼ねて
居るのか、その為にこの葬儀の
進行状態や様子などが分かる様に
予め出入り口は開け放しに
されたままになって居る様でした。

この様に
この部屋は完全に締め切られた
空間では無かったので、当然
僧侶達の読経の声や焼香の香りも
ここまで流れて来て居り、しかも
まだ外で並んで居る大勢の
参列者達の姿なども少し遠くに
見えて居たのでした。

「ぅ〜ん…私達がここに居るのは
変だってのはサ…そりゃぁ
勿論、そうなンだケドね…
でもサぁ…サーコ…
さっきの先生からも言われたじゃン、
ここで待ってる様に…って…
しかも、ワザワザ
お茶まで出して貰ってるしね…
だからサ、そんな直ぐに帰ると…
なんか…如何にも私達が、チョット
ここでお茶のただ飲みをしに来た
様に思われンじゃないかなぁ?
ねぇ、サーコ…そう思わない?」

「ぅ…ん…そりゃ、そうだケドね…
でもサ…それにしたって…
そもそもは、私の事を皆んなが
誰かと勘違い…って云うかサ…
完全に人違いしてるから、
こうなったワケだし…別にサ…
敢えてこっちから、ワザワザ
騙してるワケじゃ無いからね…
それにサ…きっと、ホンモノも
その内、見付かるだろうしね!
だから…いっその事、私達は
帰っちゃっても…別に、いいんじゃ
ないかなぁ…ねぇ、蒲ちゃん?」

「ぅ…うん…そうだよね、サーコ…!」

こうして
話しが決まると
私も蒲田も忘れ物が無い様に
お互いに自分達の身の回りの物を
確認しながら、帰ろうとして
座敷を立ち上がったところに
丁度、先程の教師がやって来ました。

「あぁ…お、お前達…
なんだ、もう帰るところなのか?
…いや…ちょっと待ってくれ!
実は、お焼香の参列者の数が
思ったよりも多くてな…それで、
予定して居た時刻よりも、
大分、時間が掛かりそうなんだ…
だからな…済まないが、お前達…
もう少しの間、ここに居てくれ…
それに、何と言ってもな…
『このお焼香が終わるまで、
ここで待って居て欲しい』
と、お前達に必ず伝える様に…って、
卯月先生から言われて来たんだ…」

「は…ぁ…そ…そうなんですか…」

「あぁ、そうなんだ…だからな、
つまり、そう云う事だから…
本当に…まだ帰らないでくれよッ!?
…おぉ、そうだ!…お前達…
お茶のお代わりはどうだ?
よし、直ぐにお茶のお代わりを
持って来るからな、帰らずに
ここで待っててくれよ!
…じゃないと、本当に困るんだよ…
俺は卯月先生からシッカリと
言い渡された事なんだから…!」

そう言うと
この教師はそそくさと
この場から離れて、本当に直ぐに
お茶のお代わりを持って来ると
私達2人に目配せしながら
丁寧にそのお茶を私達に手渡し
まるで、この焼香が終わるまで
ここに居る事を確約をするかの
様な感じでしたが、その後は
また直ぐに、再びもと来た方へと
戻って行きました。

しかし
この様にして
この場に残された私と蒲田は
仕方無く再び座敷に座り直すと
そこで新たに入れ替えて貰った
お茶をまたしてもすすりながら
2人共、溜め息をつきました。

「はぁ…サーコ…どうする?
なんか…帰り損なっちゃったねぇ…?」

「う…ん…ホント…全くね…」

こうして
私達2人は暫くの間
言葉少なげに、ただ時間が
過ぎて行くのを待って居ました。

しかし
私自身の頭の中では
この様な状態が一体、何故
起こって居るのかと云う事を
この時の数少ない状況証拠などを
頼りに思い出しながら、色々と
考えあぐねて居ました。

そして
先程の様に屋外で
参列して居た時とは違い
この様な広い座敷で座って
しかも、お茶まで飲みながら
多少は落ち着いて考える事が
出来る様な環境で、色々と
考えて居ると、なんだか今まで
バラバラだと思って居た事が
実は全てが繋がって居る様にも
思えて来たのでした。

つまり
それは、舞島先生が
『最期まで会いたがって居た人』
と云うのが、この葬儀に来て居る
と知った舞島先生の母親が
是が非でも、その人物を探し出して
欲しいと、この学校の教師達に
頼んだ事から起こった事
なのだと思われました。

しかも
当然、その事…舞島先生が
会いたがって居た人物の事を
知って居た卯月先生が、自らも
教師達にその人物を見付け出して
この別室に連れて来る事を
申し渡して居たのだと思いました。

しかし
この葬儀の最中に
その様な事が起こって居るとは
露と知ら無い参列者の皆んなは
どうやら卯月先生が、生徒の誰かを
懸命に探して居ると云う様な
話しを人づてに聞き、しかも
その人物はどうやら卯月先生にとって
本当に大事な人らしいと云う
事になり、そう云った事から
その人は、恐らくきっと
『卯月先生の彼女』に違い無い…
と、この様な噂になり
そしてそれが、ここに参列して居た
大勢の女子学生や元女子学生の
皆んなの間でマコトシヤカに
囁かれて広がって行ったと云う
事だと思いました。

ところが
そんな音も葉も無い様な事を
何故だか、ここに居る皆んなが
信じてしまい、更には有ろう事か
その噂の人物と私とを取り違えて
居ると云う事が起こりました。

しかし
この事が問題なのは
当然ながら、いずれ本物が
ここに現れて来るのは明らかで
そうなると、私自身がここで
卯月先生を待って居る事自体が
なんとも、バツが悪いと云うか
間が抜けて居ると云うか…
とにかく、この状況は完全に
間違って居ると云う事に
気が付いたのでした。

すると
こうなっては
もう居ても立ってもいられず
私は直ぐにも、ここから
立ち去りたいと云う衝動に駆られ
なんだか気持ちもの方も、やけに
落ち着かず急にソワソワし出して
思わず蒲田に言いました。

「ねぇ、蒲ちゃん!
…もう、いいから、帰ろうよ!」

「え?…だ…だってサ…
さっき…あの先生が、
ここで待っててくれって…
あんなに、言ってたじゃない…
なのに…帰って…いいのかなぁ…?」

「うん、いいわよッ!
だってサ…ホントに…
こんなに大勢の参列者じゃ…
多分…きっと、終わるまで
まだまだ、時間が掛かると思うし…
それにサ…ここで、こうして
お茶ばっかり飲んでても、
しょうがないしね…」

「そうよねぇ〜?
大体…お腹だって空いて来たし…
ホント、お茶ばっかり飲んでてもサ、
全く腹の足しにもなら無いからね!
でもサ、ホントに…いいのかなぁ?」

「いいって、いいって!
だってサ、結局のところ…
私は皆んなが探してる人とは、
全く関係ないワケだし…
大体…なんてったって、もともと
皆んなの大勘違いで、しかも
完全な人違いなんだからね!
…だから、帰っちゃったって、
いいに決まってるわヨッ!?」

「そうかぁ〜…そうだよね…?
まぁ、そう云う事なら…
別に、気にしなくても、いいか…!?
じゃぁサ…そうとなったら、
さっそく、こっから抜け出して、
早く、帰ろうヨ…サーコ!」

こうして
私と蒲田はこの様に
意気投合すると、さっそく
早々と帰り支度をし、そして
先程から私達に対して、親切に
二度もお茶を持って来てくれた
あの教師には申し訳ない様な
気持ちを感じながら、それでも
その教師には見付から無い様に
用心して、その別室から
そっと抜け出すと、なんとか
参列者の列に混じって、この寺の
門の外に無事、脱出する事が
出来たのでした。

そして
念の為に、一応は
私達が門の外へ出ても
誰かが見ている可能性が有るので
このまま安心せずに、それこそ
直ぐにも急ぎ足で最寄りの駅まで
辿り着き、そこから各自
自分達の家へと帰りました。

ところが
私自身は帰宅すると
直ぐ様、風呂場に直行して
気になる円形脱毛症のケアの為に
小雨に濡れた髪をちゃんと洗い
また、なんとも言い難い
この日の変な疲労感を取る
為にも入浴したのでした。

しかし
こうして入浴して居る間も
この日の葬儀で次々と起こった
なんとも不可思議な出来事を
一つずつ振り返って思い出し
湯船に浸かりながらも、更に
ぼーっと考えて居ました。

すると
突然、何かに閃いた様に

「きっと…あの人には、多分…
舞島先生が亡くなった事を
知らせてあげた方がいいなぁ…」

と云った様な感覚が
どこからともなく
やって来たのでした。

そこで
風呂場から出て着替えると
直ぐにドライヤーで髪を乾かし
漸く、準備万端整ったところで
先ずは、自分自身の気持ちを
落ち着かせる様に…一、二度
深く深呼吸をしてから
そして、いよいよ受話器に
手を伸ばし、ダイヤルを回して
電話を掛けました。

「ぁ…あの…もしもし…
あ、天田と申しますが…
あの…そ…そちらに…」

そう私が言い掛けると
間を置かずに、受話器の
向こうからは、この様な言葉が
返って来たのでした。

「あ…あまだ?…天田…って…
もしかして…お、お前…
本当に…あの、天田なのか…!?」

なんと
受話器の向こう側の
相手自身も、突然掛けて来た
私からの電話には、なんだか
本当に意外としか思え無い
と云った様子が有り有りと
感じられました。

「は…ぃ…天田です…
ぁの…お久し…振りです…地井さん…」

こうして
些か心臓が高鳴る様な
変な緊張感を抑えながらも
私が電話を掛けた相手とは…
それは、あの地井さん
だったのでした。







続く…




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