こうして
この父親は何と
玄関口で待って居た
私から急き立てながら
身支度もそこそこに、靴の紐さえ
ちゃんと結べ無いまま、しかも
持参した彼女の古着が入った
例の『お土産』袋は容赦無く
突き返えされたので、さすに
父親もバツが悪そうでしたが
それでも、何だか納得した様に
その袋を抱えると、まるで
私達のアパートから逃げ出す様に
一目散に外に飛び出すと、急いで
自分の車に乗り込み、冷え切った
エンジンが掛かると同時に
慌てて帰って行きました。

しかも
父親が車に乗って
出発するまでの様子を
私達の3階のベランダから
じっと見て居た私は去って行く
父親の車がスッカリ見え無くなると
漸く溜飲が下がった様にホッとし
やっと安心したセイか、途端に
1月早朝の外気の寒さを感じて
思わず身震いし、そこでベランダから
部屋に入ると、まるで何事も
無かった様に、再び静かに
自分の寝床に戻って布団の中に
潜り込みました。

そして
皆んなが丁度、起きた頃に
私も徐ろに起き出して来て
既に父親が居ない事を伝えると
その事が余りに急だったので
本当に皆んなは驚きながら
一体、どうした事かと仕切りに
心配して居ました。

そこで
皆んなに対しては
私が朝方にトイレに起きた時
丁度、父親が返り支度をして居り
理由を聞くと仕事か何かの都合で
どうしても直ぐに戻らなければ
なら無い事を思い出したらしく
ところが、可なり早朝だった為
ワザワザ皆んなを起こすのは
さすがに悪いと思い、それで
父親は皆んなには黙ったまま
帰って行ったのだと云う様に
一応、話したのでした。

そして
勿論、喜久雄や叔母さんには
一番大事な事として、直ぐにも
帰り際には父親が私に
二万円を渡しながら
『この数日間、色々と世話に
なったが、挨拶も出来無ずに
帰るけど、くれぐれも皆んなには
宜しく伝えて欲しい』
と言って居たと
付け加えましたが、しかし
この言葉だけは、事実
父親が帰り際に何だか妙に
済まなそうな面持ちで私に
言った事だったのでした。

ところが
皆んなにしてみれば
やはり昨夜の父親からは
そんな事など一言も聞いて居らず
ましてや翌日の早朝に帰る様な
そんな素振りなども、一切
見られ無かったので、その様な
急な展開自体が何だか不思議で
まるで狐につままれた様でした。

それでも
あの様な本当に
ちょっと普通とは違って居る
突飛な父親がココから突然
居なくなってしまった事自体は
皆んなにしても、それなりに
何だか心無しか安堵して居る
様にも見えました。

この様にして
その年は何とも奇妙な
年末年始を迎えた私達でしたが
しかし父親が去ってからは
漸く通常通りに戻ったので
それからは私達も細やかで
穏やかな日常を過ごしながら
そうして数日後には、また
叔母さん自身も喜久雄が
正月明けで会社に出勤する際に
再び山荘の仕事に戻る為、一緒に
このアパートを後にしました。

こうして
この叔母さんとは
結婚当初の同居から僅か
3ヶ月程で別居しては居ましたが
しかし、その後は、お互いに
2〜3ヶ月置きぐらいに
それぞれが行き来をして居たので
丁度良い距離感の繋がりとして
当時としては、コレと云って
関係性に於いては特に
問題は有りませんでした。

ところが
昨年に私達が
新天地として、やっと選び出した
この様な多少不便な土地での
私達のアパート住まいに
それこそ初めて年末年始に
訪れた叔母さん自身は
ココで暫く私達と一緒に過ごせて
安心したのか、再び仕事の為に
山荘に戻って行った後、まさに
急に里心でも付いてしまったのか
『私達家族と一緒に暮らしたい』
と叔母さんが言って来て居ると
突然、喜久雄から聞かされても
当然ながら私としては余りに
急過ぎて想定外な事だったので
思わず困惑してしまいました。

それでも
叔母さんとしては
自分も67歳になり、もう直
70歳になる身なので、それこそ
いつまで山荘で働けるか分からず
しかも今後の事を考えると、やはり
元気な内に泰介や赤ちゃんの
世話を手伝いしながら私達と一緒に
暮らしたいと云うのが切実な
気持ちだった様でした。

しかも
喜久雄自身は
その叔母さんの言葉を
私に伝えながらも自分は
叔母さん自身から、まるで
切羽詰まった様に今後や将来の
生活の保証や責任を迫られて
無理矢理にも早急な同居を
押し切られたので、仕方無く
同居には同意したと云う事を
それこそ私には事前の相談など
全く、する事も無く、しかも
そんな大事な事を勝手に決めて
しまった事を私に責められるのを
恐れてか明らかに言い訳めいた様な
偽善的で自己弁護的な事を困惑した
表情を浮かべながら仕切りに
言って居たのでした。

しかし
私だけで無く
この喜久雄自体も
実際は叔母さんとの同居の事で
多少なりとも動揺し困惑を
覚えたのは事実で有り、しかも
それは偏に私達が誰からも何も
干渉されずに自立する為に
それ迄の色々なシガラミから
やっとの思いで抜け出す様にして
何とかココまで逃れて来たので
それこそ漸く親子4人が本当に
水入らずで落ち着いて暮らせる様に
なったと思って一安心して居た
丁度そんな矢先に、そこへ突然
何とこの様な叔母さんとの
同居の話しがイキナリ浮上して
来たからでした。

そして
やはり喜久雄自身は
またもや嘗ての様に私に
詫びを入れながらも、結局は
直ぐにも叔母さんを迎え入れる
事を進めて行ったので
何と、とうとう、その翌月には
早々に叔母さんがココへ
引っ越して来る事になり、そうして
私達家族と正式に一緒に暮らす
事になったのでした。

しかし
私の本心としては
まだ子供達が余りにも
幼過ぎて手が掛かる為
この年末に生まれたばかりの
赤ちゃんが3歳ぐらいに
なった頃であれば、一応は
乳児の子育ても落ち着き
その頃なら漸く叔母さんにも
気を配れる様になると思うので
やはり同居するなら、せめて
3年後の叔母さん自身が
70歳になった頃が丁度いいと
思って居たのでした。

ところが
その様な正論とは別に
やはり私自身には
結婚当初のトラウマが
未だに残って居たのか、何だか
またしても喜久雄が今回も
叔母さんの面倒を私一人に
全面的に押し付けながら
それこそ自分は遠距離通勤や
仕事を盾に早朝出勤と深夜帰宅で
自分には殆ど暇も時間も無いと
うそぶきながら、いつもの様な
遣り口で全てを私に責任転嫁
するつもりなのかと考えただけで
まさに一遍に嘗ての不安な気持ちや
感情が次々と湧き上がって来ては
その時の感覚が鮮明に蘇り、また更に
それと同時に喜久雄への僅かな
信頼さえも、まるで砂の城の如く
徐々に崩れて行く様な気がして
何だか無性に虚しく感じたのでした。

しかし
そうは云っても
今回の状態は前回の様な
結婚当初とは違い、まさに
私には守るべき2人の可愛い
子供達が居るので、それこそ
そんな暗くて無意味な辛気臭い
ネガティヴな考えなどは
直ぐ様、頭をブンブン振り回して
まさに遠心力で、とにかく何処かへ
すっ飛ばす事が肝心で、しかも
こうなったら、取り敢えず
ジタバタせずに何とか前向きに
叔母さんとの同居の事を考える様に
する事の方が先決でした。

そうして
私が考え付いた結論は
他でも無い、この叔母さんとの
同居によって、早くもこの私には
いよいよ再就職のチャンスが
訪れると云う事でした。

しかも
この叔母さん自体は
何と云っても、この8年の
山荘暮らしで普通の年配者より
自然と足腰などが鍛えられて居り
しかも、そのお陰で前よりも
10kg以上はスマートになったので
その年齢の割には至って元気で
健康そのモノだった為、そこで
当然ながら、この叔母さんに
子守りを任せる事は全く心配無く
寧ろ心強かったのでした。

そこで
私は逸早く
この同居に就いて
この様な将来的な計画が
有る事を当然ながら、喜久雄や
叔母さん自身にも伝えると
これから私達が、それぞれ
充実した生活を送る為には
とにかく、お互いが家族として
協力し合う事が何よりも重要で
必要な事だと強調しまた。

ところが
私が再就職するには
やはり下の子が保育園か
幼稚園に入ってからで無いと
さすがに子供達が可哀想だとも
思って居たので、そこで
取り敢えず、この子供達が
その年齢に達する間に叔母さんにも
私達との新しい生活に慣れ親しんで
欲しいと思って居ました。

こうして
私自身は全く
以前とはスッカリ変わった様に
まさにネガティヴな考えよりも
ポジティブな思考の方が
自分自身を強くコントロールして
居るのを実感し、些か感動さえ
覚えました。

しかし
これもきっと
可なりキツイ試練を経て
何とか喫煙を断念する事が
出来たと云う成功体験の実現が
やはり或意味、私自身の一つの
転換期となり、それこそ
まさに、自分の中に存在する
何か闇の部分を無理矢理にも
削ぎ落とし、そこから自らを
変化させた事への『証』
だったのかも知れません。

ところが
何と皮肉な事に
問題なのは叔母さん自体が
若い頃からの喫煙家で有り、更に
タバコを止める事など、全く
一度も考えた事が無かったので
何と云っても、この私達夫婦が
ココに引っ越して来て、しかも
生活の為に2人でタバコを
止めたと初めて聞かされた途端
叔母さんは本当に驚いて
思わず目を丸くした程
だったのでした。

そして
この叔母さんが
やはり、これから
ずっと私達と同居しながら
更にその先、自分が亡くなる迄
余りお金の余裕も無い様な私達に
生活の一切を面倒見て貰うと
云う立場になる身としては
さすがに叔母さん自身も
何だか、それ迄の様に堂々と
タバコを吸う事には、可なり
引け目を感じて居た様でした。

しかし
勿論、私も喜久雄も
少し前までは喫煙家で有り
当然ながら、この叔母さんが
タバコを吸いたい気持ちは
本当によく分かって居たので
とにかく私達も叔母さんには
それ迄通り遠慮せずにタバコを
吸っても構わないと云う事を
事ある毎に言っては居たので
私達夫婦としては、そんな
叔母さんのタバコの事などは
全く気にも留めて居らず、大体
そもそも叔母さんが吸う
タバコの量にしても僅かで有り
何日かに一箱と云った、ほんの
嗜み程度だったのでした。

この様にして
本格的に私達親子4人と 
叔母さんとの共同生活は何とか
始まって居たのですが、しかし
当然、叔母さん自体はココに
来たばかりで、何と云っても
この土地には不案内なセイか
一日中、部屋に居る事が多く
そこで私は叔母さんの為に
子供達を連れて一緒に町の中を
色々と案内したり、また
時には公民館で編み物クラスや
何か趣味の集まりなど他にも
多くの催し物が有る事などを
チラシを見せながら出来るだけ
叔母さんが興味を引く様に
伝えては出掛ける切っ掛けに
なる様にと思って居ました。

そして
更には叔母さんが
勤めて居た山荘辺りの
老人仲間が広場に集まって
ゲートボールをして居たと聞けば
それこそ近くの公園に行って
叔母さんとベンチに座って暫く
そこでゲートボールをして居る
近所のお年寄り連中の様子を
見学しながら仲間に入って
一緒にゲートボールをしたいか
尋ねたりもして居ました。

ところが
そうした私の努力も虚しく
叔母さんは何にも、どんな事に
対しても興味を示さず、やはり
ずっと一日中部屋に居るので
とうとう、そうこうして居る内に
何だか叔母さんは日に日に
大人しくなって来て、まるで
段々と生気が抜けて行く様に
感じた私は、鉄っ切り叔母さんが
まだ私達に気兼ねしながら
遠慮して暮らして居るセイだと
思ったのでした。

そして
しかも、それは偏に
私達のアパート自体が、やはり
2DKと狭く、台所に続く
狭いダイニングに二間と云う
間取りだったので、さすがに
ココで大人3人と幼児と乳児の
5人で暮らすには、それなりに
個人的な空間も余り無くて
それこそ、その内に子供達が
それぞれ大きくなって来た時には
明らかに間違い無く手狭に
なるのは確かでした。

そこで
私が感じたのは
もしかすると叔母さん自身が
ココに居ると云う事自体に
罪悪感を抱いてしまい
しかも、この狭いスペースを
もっと余計に手狭にして居るのが
自分なのだと気にしながら
それこそ私達に対しては済まない
と思って気に病んで居るのかも
知れ無いと思ったのでした。

それで
私は叔母さんの為に
色々と解決策を考えながら
同時に、その様に叔母さんが
元気が無い事なども喜久雄には
当然、相談して更には
何と云っても喜久雄の方からも
そんな叔母さんに対して
くれぐれも余計な遠慮は無用だと
言って声を掛ける様に頼みました。

そして
とにかく解決策として
先ず私が考え付いたのは、それは
もう数ヶ月で私達のアパートが
引っ越しから2年になるので
まさに丁度、更新を迎える
事となり、そこで、いっその事
この機に乗じて他へ引っ越し
しかも叔母さんが遠慮無く私達と
暮らせる様な、もう少し広い間取りの
アパートを探して思い切って
借り換えると云う事でした。

しかし
ただ、そうは云っても
その引っ越しには敷金や礼金
前家賃など色々と結構まとまった
お金が必要となるので、やはり
迂闊には引っ越しする事も出来ず
せっかく時期的にも最高で
いい考えだったとは云え
さすがに、そう右から左には
そんな簡単に決められる様な
事では有りませんでした。

ところが
いくら考えてみても
やはり、私自身としては
まさに更新と云う時期を見ても
家賃1ヶ月分の更新料の費用を
ただ払って、ずっとそのまま狭い
部屋に居るよりは、それより
その更新料分のお金を一銭も
無駄にし無い様にする為に
とにかく、いっその事
何処か、もっと広いアパートに
引っ越しする為に、そのお金を
使う方が全然、前向きで有り
良い事の様に思えました。

しかも
この様な事は
本当に時期的にも、またと無い
せっかくのチャンスだと
思って居たので、私としては
叔母さんや私達家族の為に
どうしても広い部屋への
引っ越しの事を諦め切れずに
内心では、いつまでもフツフツと
燻ぶって居ました。

ところが
そんなところへ
丁度、何気無く新聞の広告欄を
見てみると、何とそこには
もう直、建設が完了する
新築の公団の入居者募集の
案内広告が出て居り、しかも
それは、ここから二つ先の
駅に有る公団だったので
私は思わず身を乗り出して
その掲載されて居た広告に有る
間取りなどの詳細をよく見ながら
そこに私が希望する様な部屋も
載って居るのか分かったので
まさに、これは引っ越しするには
最適だと確信したのでした。

そこで
さっそく、この事を
喜久雄や叔母さんにも話し
とにかく公団だと入居時には
敷金2ヶ月分と日割り家賃と
共益費だけが基本で有り、また
その他の礼金や仲介手数料
更には更新料も一切無く、そして
入居時の初期費用は多くても
家賃3ヶ月分以下になる筈なので
それこそ普通のアパート契約とは
全く違って、それほど多くの
費用が掛からずに引っ越せると
云う事を説明しながら、どうにか
この2人を説得し、取り敢えず
この新規の公団の入居者募集に
応募する事にしたのでした。






続く…




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