こうして

一週間もしない或る夜

部屋で寝ていると

いつもの様に父親が外から

飲んで帰って来るのが

分かりました。


ところが

階段を上がって来た父親が

私の部屋の向かい側に有る

リビングのドアを開けて

自分の寝室へと向かって

行く様な気配は、中々

有りませんでした。


そして

なんとこの夜も

酒に狂って居るのか

父親は、やはりこの時も

私の部屋の引き戸の前で

じっと立ったまま

こちらの様子を窺って

居る様でした。


「ったく…性懲りも無く、

また入って来る気なのか?

…ホント…アホだな…!?」


この様に

この父親の余りの愚かさに

呆れて私が嘆いて居ると

カタカタと部屋の引き戸を

開け様とする音がしました。


そしてやはり

この愚かな父親は

酔っ払って帰って来るや

またしても先日の様に

若い娘の部屋に入り込み

今夜こそは自分の娘の体を

思いっ切り貪れると思ったのか

懸命にこの部屋へ入ろうと

して居る様でした。


ところが

『そうは問屋が卸さない』

ってワケで、実は先日以来

私が夜に寝る前には

用心の為に取り敢えず

つっかえ棒を部屋の引き戸に

して居たので、そう易々とは

誰も入って来る事が

出来無いのでした。


しかし

この父親は若い時から

運動能力が抜群で

やたら体力には自信が有り

その上、相撲も得意だったので

この引き戸ごと外される

可能性も有りました。


そこで

まるで脳ミソが筋肉で

出来て居る様な父親には

それこそ、力では無く知恵で

対抗するのが一番だと思い

強力な味方として、夜には

愛犬のエイ君をワザワザ

私の部屋に入れて眠る事に

して居たのでした。


そして

このエイ君は

父親が部屋の前で

立って居る時から、何やら

不穏な空気を読み取って居て

首を伸ばしてベッドの上から

じっと入口の方を見ては


「ゥゥゥ〜ゥゥゥ〜」


と歯を剥き出しながら

多少、威嚇する様な

小さな唸り声をあげて

居たのでした。


ところが

父親が引き戸を開け様と

更に大きくカタカタと

鳴らした途端、このエイ君が

ベッドの上から飛び下り


「ウッゥ〜キャン、キャン、

ウゥ〜キャン、キャン、キャン!」


と、この見えない敵に対して

果敢に吠え続けて居たので

とうとう鬼の父親は

仕方無く退散したのでした。


このエイ君は

ポメラニアンと云う小型犬で

妹の英子が亡くなって直ぐに

家族皆んなの寂しい心…

特に母親が少しでも

癒される様にと、生後間もなく

飼われ始めて、新しく家族の

一員となりましたが

どうやら、このエイ君は

私の事をまるで姉の様に

感じて居るのか、不思議と

私の言うはよく聞くのでした。


この様に

小さい助っ人ならぬ

『忠犬エイ君』のお陰で

私自身、夜も安心して

眠れる様にはなりましたが

それでもやはり、その後も

何度か深夜に酒を飲んで

帰って来た父親がまたしても

私の部屋に入ろうと

試みる事が有りました。


そこで

私は、この酒に侵された

愚かな父親に向かって

少しは頭を冷やしてやろうと

部屋の中から怒鳴りました。


「オヤジ、あんたさぁ〜

もういい加減にしなッ!

…じゃなきゃ、ホント、

お母さんにバラすよッ!

そしたら、あんた…

今直ぐにこの家おん出されるケド…

それでも、イイんだねッ!?」


すると

まるで地縛霊の様に

暫く父親はその場でじっと

して居ましたが、その後は

なんだか諦めたのか

やっと自分の寝室の方に

向かったのでした。


この様に

全く自分勝手で

余りにも情け無い父親ですが

それでも、シラフの時や

また酒を飲んでも、それこそ

深酒さえしなければ

私にとっては、さほど

大した相手では無く、それに

端から気にもして居ない様な

存在だったのでした。


しかし

やはり、なんと云っても

先日の様な破廉恥な事が

起こっては安心しても居られず

また、万が一にも父親に力で

ねじ伏せられて手籠めにされ

その上『妊娠』なんて

事にでもなったら、それこそ

目も当てられ無い様な

究極的な最悪の事態になるので

さすがに、それだけは

絶対に阻止しなければ

なら無い事で有り、しかも

既にこの生家自体が、もはや

安全な場所では無いと云う事を

嫌と言うほど確信しました。


そして

この様な余りにも

尋常で無い父親の行為や

また、一度は2人で決めた

夢の海外移住の件を

勝手に独断で断念した

喜久雄の結婚直前の裏切り

と云う、思いも寄らない

災難に見舞われ続けた私は

もう、それこそ本当に

身も心もボロボロに疲れ果て

更には後頭部の円形脱毛も

卵ぐらいの大きさにまで

なってしまったのでした。


どうしてか

この様に私の回りで

起こる事や行われる事が

全てこの私自身…

この私ただ一人を貶めるだけに

存在して居る様に思われ

しかも私には忠犬エイ君しか

味方が誰一人として居ない

四面楚歌の状態で有り

それこそ敵の様な身内だらけの

こんな地獄の様な世界から

一刻も早く脱しなければ

この先どんな大災難が待ち構えて

いるか分かったモノじゃ無いと

本気で考え、とにかく私は

この家から出て、たった一人で

自活したいと思ったのでした。


そこで

私が最初に決断したのが

喜久雄との関係性の解消で

つまりは、喜久雄との結婚を

破棄すると云う事でした。


さっそく

この様な決断を

母親に伝える為にハッキリと

喜久雄とは結婚する気が無い事

従って結婚式は中止にしたい

と言う事だけを正直に

母親には話しましたが、しかし

父親の不埒な行為の事は

一言も言いませんでした。


と云うのも

もしそんな事を言ったら

それこそ、それを理由に


「そんなどうしようも無い

父親の行為から逃れる為にも

早く喜久雄さんと結婚するのが

良いに決まって居るし、

お前には、それしか道は無いよ!」


などと言われるのがオチで

しかも、喜久雄との結婚を

強要されるだけで無く

更には、実の父親から

そんな破廉恥な目に遭わされた

私の事を当然、姉達にも話され

最初は可哀想だと同情するのも

束の間で、その後この姉達は

それこそ、この実の父娘で有る

私と父親の事を、きっと

まるで穢らしいモノの様に

扱うだろうと思われたのでした。


そして

実際、この私自身は

最初に実の母親、次には

婚約者の喜久雄からも

見事に裏切られ、しかも

その上、実の父親からは

考えられ無い程の悍ましい

仕打ちを受けて、そこで

挙げ句の果てには

姉達から虐げられるなんて

そんな事など、到底

私には絶対に耐えられる

筈も無く、そうなると

意地でもこの父親の事は

この様なまるで他人の様な

しかも突如として敵に変わる

家族には決して話す気など

有りませんでした。


そこで

私が本気で

喜久雄との結婚を

望んでは居ない事や

結婚式も延期では無く

完全に中止にして、勿論

喜久雄との婚約も、当然

破棄するつもりで有り

更にこの意思が固い事を

母親に伝えました。


すると

母親としても

こんな事を突然の様に

言い出されて困惑はしたものの

この様な娘の考えを変える為に

なんとか色々と話しをして

聞かせましたが、それでも

頑として首を縦に振らない

私の事を少しは心配したのか


「サーコ、あんた…

もしかして…他に誰か

好きな人でも居るのかい?」


「え?…そんな人…居ないけど?

それに、そんな事じゃ無いし…」


「なんだ、それじゃあ

喜久雄さんと結婚しなさい!

だって、あんたね、

結婚式はもう直ぐなのよ!

式の前金だってサ、もうとっくに

払って有るんだからね…!」


「フン…そんなの関係無いわよ…

大体、こっちにとっては、

一生の問題なんだからね!

それにサ、そんなお金だったら、

私が働いて返すわよッ!」


「な、なに言ってんのサ!

お金の事だけじゃ無いだろう?

そりゃぁ…お前はサ、

それでいいかも知れ無いけど…

少しは喜久雄さんの身にも

なってごらんよ…

喜久雄さんだって、結婚式には

会社の上司や同僚の人達を

皆んな何十人も招待してるんだよ…

それを今更、中止にしたら、

喜久雄さんの立場は、

一体、どうなるんだい?

大体、次の日からどんな顔して

会社に行けばいいんだい?

お前は、喜久雄さんに

そんな肩身の狭い思いを

させてまで結婚しないって、

そう言うつもりなのかい?

それに…そんな事になったら

きっと会社では、喜久雄さんが

花嫁に逃げられた事で

信用が無い人間だと思われて、

それこそ、出世なんて

出来なくなるんだよ!

喜久雄さんが、もしも

そんな事になったら…

お前は、責任が取れるのかい !?

一体、どうやって、その責任を

取るつもりなんだいッ!?」


この様な

母親が最後に発した

『責任が取れるのか』と言う

言葉には、さすがに耳を疑い

思わず戦慄を覚えました。


「な、なんと言う事か…全く…

娘が実の父親で有る…お母さん、

あんたの夫に、あんな風に

襲われたのは…つまりは、

あんたが妻として、自分の夫の

まさに『監督不行き届き』

って、事じゃあ無いのかッ!?

もしも、お母さんが…

あの夜の惨劇を知ったとしたら…

それに対して…お母さんは、

この私に、一体どう責任を

取るつもりなんだろうか?

いや…そんなの絶対…

こんなお母さんなんかには

責任なんて取れやしないのに…

なのに…この私に対しては、

夫でも無い、ましてやまだ

結婚もして無い、言わば

ただの赤の他人の…それも

6つも年上の男で、既に立派な

社会人の喜久雄に対して、

こんな二十歳になったばかりの

年若い女の身の私に対して、

責任を取れと迫るなんて…

そんな成人男性の喜久雄に

この私が、一体どんな

責任が有ると言うのか…

大体、実の父親には襲われ、

後頭部には、この若い身空で

大きな円形脱毛を抱え、

全く自分自身の事さえ

ままならない現状の、この私が…

なんで、そんな人の責任まで

取らなければなら無いのか…

しかも、そんな事を

母親から負わされるなんて…

一体、私がナニをしたと云うのか…

そんな無茶苦茶な、理由を

無理矢理に押し付けられて、

私が自分自身の人生初めての

結婚生活までを犠牲にして

責任を取ったとして…

もしも、その結果…

結局、不幸になったとしたら…

その責任は…一体、誰が取って

くれると云うのだろうか…?」


こんな事を考えながら

目まぐるしく頭の中だけで

巡らせて居ると、やはり

心の方では、さすがに

こんな一方的な理不尽さには

到底、我慢が出来ず

フツフツと次第に怒りが

湧き上がって来たのでした。


「お母さんが、いくら

そんな事を言ったって

大体、結婚するのは、

この私なんだからね!

したく無いモノは、したく無いし…

嫌なモノは、絶対に嫌なのよッ!」


すると

私の語気に圧倒されたのか…

はたまた、戦略を変えたのか

母親は少しばかりトーンを

和らげながら、穏やかに

私に語り掛けて来ました。


「お前ねぇ…そんな…

嫌だって言ってるだけじゃ、

分から無いからサ…

一体、なんだって急に

喜久雄さんと結婚するのが

嫌になったんだい?」


「ソレは、つまり…

喜久雄さんの事が…

信じられ無いからよ!」


「え?…信じられ無い?…って

…まさかお前、そんな…

なんかの間違いじゃ無いのかい?

それに…大体、喜久雄さんの

何が信じられ無いのサ!

あんなに、お前に優しくて、

ホント…下にも置かないほど

大事にしてくれてサ…

お前の姉さん達だって、

そりゃあ、羨ましがってるのに…

お前は、そんな献身的な

喜久雄さんの、一体、

何が信じられ無いんだい?

もっとお母さんにも分かる様に、

一体、何が信じられ無いのか

ねぇ、言ってごらんよ…!」


そこで 

私は暫くじっと

考え込んで居ました。


「なんだい、お前…

そんなに言い難い事なのかい?」


「ぅ〜ん…いや…

なんて説明したら…

分かって貰えるのか…」


「そんなの話してみなきゃ

分から無いだろう?

いいから、お前…

とにかく言ってごらんよ!」


その様に

母親からいくら促されても

さすがに実態の無い様な

感覚的なモノを説明するのは

私自身としても、可なり難しい

事だと感じて居たのでした。





続く…







※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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