この様に
数年間、自分のボーナスが
自由に使えると云う、まさに
思いも寄らなかった事が
現実になった後の喜久雄は
なんだか以前よりも些か
気持ちが穏やかになった様にも
感じられました。

ところが
一方、私自身の方は
一時期とても痛くて、本当に
寝るのも苦痛だった程の
背中の帯状疱疹は、やっと
治まったものの、それでも
円形脱毛症の方は
相変わらずと云った具合で
以前から後頭部に1つ有った
可なり大き目で卵大のモノが
少しばかり小さくなったダケで
しかも、今度はそればかりか
なんと頭髪のそこら中に
1円〜10円ぐらいの大きさの
ハゲが、そこかしこに出来て
まるでモグラの巣穴の様になり
更には、頭髪の生え際部分や
眉毛の一部さえも抜け落ちて
してしまい、それこそ
この様に私の脱毛の症状は
増々酷くなる一方でした。

それでも
私としては
特に外出の際には
念入りに注意しながら
なんとか、この様なハゲが
人目に晒され無い様にと
顔回りの髪は下ろし、また
風などで頭髪のハゲが1つでも
見える事が無い様に必ず後ろで
ハーフアップに束ねて、更に
生え際や眉毛のハゲの部分には
化粧用の茶色のペンシルや
アイライナーなどで欠けている
部分を書き足して行く事で
取り敢えず、一応はそれなりに
ごまかす事が出来ました。

そうして
一日の終わり頃には
仕事や出先から帰宅し
お風呂に入って頭髪や
全身を洗って、それこそ
ゆったりとした後に何気に
風呂場の鏡で、ふと自分を
見ると、そこに映って居るのは
片方のコメカミ辺りから
モミアゲまでが、ごっそりと
切り取られた様に無くなり
そして、また片方の眉毛は
後ろ半分の毛がスパッと
途中で消えた様に無くなって
居るのでした。

その様な
以前とは、まるで違う
別人の様な自分の顔を
風呂場の湯気で曇る鏡越しに
見て居ると、なんとも
それは、まるで四谷怪談の
悲劇のヒロインで有る
哀れなお岩さんの様にも
見えて来て、この余りにも
変わり果てた、なんとも奇っ怪で
不気味な姿が、つくづく情け無く
そして、そんな自分自身の顔に
思わず愕然としてしまい、本当に
苦しくて遣る瀬無い思いが
湧き上がって来るのでした。

それにしても
それなりにオシャレや
容姿の事なども気になる
二十歳そこそこの若さの
女性としては、尚更に
この様な哀れな姿になって
しまった自分自身の事を
常に気に病んで居て
塞ぎがちになって居ました。

しかし
私自身が、そう感じて
落ち込んで行けば行く程
増々この円形脱毛症の症状は
酷くなるばかりだと云うのは
分かって居たので、そこで
特に外で人と接して居る
時には勿論、この様な
暗くなりがちな気持ちは
出来るだけ隠して、それこそ
回りの皆んなには明るく
振る舞って居ました。

そして
そんな或日の昼間も
いつもの様に仕事場を
途中で抜けて、昼の時間帯の
ランチタイムを手伝う為に
実家の喫茶店に向かうと
さっそく、いつもの通りに
忙しく働き始めました。

こうして
お昼時の1時が
過ぎた頃には、漸く客足も
少なくなり出し、やっと
この店のピーク時も過ぎて
段々と落ち着いて来たので
そこで、私も食器を洗いながら
この店で一緒に働いて居る
2人の姉達に、何とは無しに
最近の悩みの種となって居る
自分の円形脱毛症の事を
そのまま素直に話しました。

すると
以前からその事を
知って居る2人は、とても
心配してくれて、それこそ
毛が全く無くなってしまって
ツルツルして居る円形脱毛の
ハゲの部分に人差し指で
恐る恐る、そっと触れてみたり
また特に眉墨などで書いて
ゴマカシて居る生え際や
眉毛を何度も見直しては
本当に同情して居ました。

「あのさ~、サーコ…
あんたが気にする程、
そんなには酷くも無いわよ…
それにサ…そんなのは、多分…
サーコが出来るダケ
気にしない様にすれば、
直に元通りになるわョ!」

「そうよ、そうよ!
きっと、直ぐ治るから大丈夫よ!
だけどサ…それにしても、
もう叔母さんとは一緒に
住んで無いんだし…
コレと云って悩む事なんか
無い筈なんだけどねぇ?
ホント、それにしても…
全く一体なんで、こんな風に
なっちゃったのかしらねぇ…?」

この様に
2人の姉達は
それなりに私を心配して
励ましたりしながら
この様な悲惨な症状に
なってしまった私の事を
本当に心から不憫に思って
くれて居ました。

そして
その様な姉達2人が
妹の私の事を思う気持ちが
とっても心に染みて来て
本当に嬉しくなり、そこで
なんだか自分としても珍しく
この2人の姉達の溢れる様な
姉妹愛を感じた私は、今度は
それこそ、私の方こそ
これ以上は、この2人に
心配させてはイケナイと云う
思いが湧いて来て、しかも
酷い症状の円形脱毛症の事を
本心では凄く気に病んで居でも
この2人の前では出来るだけ
気丈に明るく振る舞いながら
しかも笑いを交えて楽しく
接して居ました。

こうして
その様に暫くの間は
私に対して優しく労っても
くれて居た2人の姉達は
私自身がこの様な本当に
酷く醜い円形脱毛症でも
余り落ち込んで無い様な
態度や様子を見せて居た
せいか、それ迄ずっと
親身になって心配したり
同情してくれて居たのに
何故だか次第に、この姉達の
雰囲気が変わって来ました。

「ちょっと、サーコ〜
あのサ、もう一度よ〜く、
アタシ達にソレを見せてよ…!」

「そう、そう!
もっと近くで見てみないと、
よく分かんないからサぁ〜!」

この様に
一応は、さも心配そうな
顔付きで近付きながら
2人とも交互に私の顔を
意味深な様子でマジマジと
覗き込んでは、もはや円形とも
言え無い様な、この生え際の
哀れな脱毛症のハゲの部分を
ジロジロと見ながら、先程とは
明らかに違う態度で、しかも
殆ど興味津々に触って来ました。

「わあ~!本当にココ、
全然、毛が生えて無いねッ!?」

「ヤダ、ホントだぁ~
本当にツルツルじゃない!」

「そうだょね、ホント、
しかもツルッツルの
完全なハゲだよね…!?
う〜ン…これじゃぁ、
まるでサーコは、ツルツルの
ツル姫じゃない、ねぇ!」

「ヤメなよォ〜、美奈子…
そんな、本人の前でサぁ…
ツル姫だとかサぁ〜…
…そんな、ホントの事言っちゃ、
悪いわョ〜!…クククククッ…」

「そうね…可哀想だよねぇ…
あ、そうだヮ、サーコ!
ところでサ〜、そこの床は
さっきから水で濡れてるから、
ほら…ツルッて…ツルツルッて…ね…
滑るから気を付けてぇ〜
アレ〜?
どうかした、サーコ〜?
…もしかして、アタシったら、
なんかマズイ事でも、
言っちゃたのかなぁ〜?
あぁ、そうだったッ!
サーコの前で、ツルッて言っちゃ、
マズイんだよね、芽衣子ネェ!
…クッククククッ…」

「ちょっと〜、もうホントに
ヤメてょ、美奈子〜!
サーコが気にするじゃな〜ぃ!
さっきから、ツルッとか、
ツルツル滑るとかサぁ〜…
もう、あんたワザとらしいんだから!
そんな笑わせる様な事を言うのは
いい加減ヤメてくれな〜いッ!?
…クックククッ…」

こうして
この2人は嫌味たっぷりに
それこそ、いたぶる様にして
意地悪な言葉を浴びせては
この私のハゲの事をいつまでも
話題にしながら陰湿で執拗な
嘲笑いを続けて居ました。

しかも
その込み上げて来る
笑いを堪らえる為に2人とも
ワザワザ私に当て付ける様に
手で口を押さえながら
まるで、これ見よがしに
イチイチ私から見え無い様にと
その場で後ろ向きになるので
その度に目が合う2人は
思わず堪え切れずに、とうとう
押さえた手から漏れ出す様にして
声になら無い様な声を出して
笑いこけるのでした。

その様な
酷い扱いを受けながらも
私はそんな無体な姉達には
一切、一言も言い返さず
それこそ堪え難い屈辱や嘲りには
心底煮えくり返る程、激怒したり
また、余りに辛く苦しく
悲し過ぎて思わず涙が込み上げて
来そうになるのでさえ、敢えて
ひたすら自分の踵で自分の足先を
力一杯、何度も踏み付けながら
その痛みに堪え続ける事で
必死に我慢して居ました。

それと云うのも
この卑劣なイジメの現場が
実家の店の中だった事も有り
さすがに、お客様の前では
この2人の姉達の所業に対して
あからさまに、リベンジとして
思いっ切り罵倒したり
または皮肉たっぷりに戒めたり
或いは些か震え上がる程の
威嚇をしたりする事も出来ず
やはり接客業の常識としては
せっかく来店したお客様には
決して不愉快な思いなどを
させるワケにも行かないと
云う事が、とにかく第一だと
思ったからでした。

しかしながら
それでも、私自身は
曲りなりにも、この姉達とは
例え半分とは云え、一応は
血の繋がった異父姉妹で有り
にも拘わらず、この様に
無慈悲にも散々いたぶられて
しかも、この時の私自体は
勿論、姉達に対しては
コレと云って悪い事など
した覚えは何一つ無く、ただ
私自身の円形脱毛症の状態が
酷く進行した事を悩みとして
それこそ、身内で有る姉達に
話したダケと云う、まさに
唯一それだけの事でした。

そして
この姉達は、それでも
最初の内は、それこそ
多分、本気で私を心配したり
同情しては居たものの、しかし
それも束の間で、この私が
円形脱毛症の悩みで、相当
ダメージを受けて居ながら
それでも笑顔を振り撒いて
気丈にして居るのを見た
途端に、この私が本当は
弱って居る状態にも拘わらず
生意気にも強がって、如何にも
可愛気が無い妹だと感じたせいか
どうやら姉達の中に潜んで居る
闇の魔物がウズウズとし出し
そこで、とうとうソレが
抑え切れずに顔を出し
始めたのでした。

ところが
なんと有ろう事か
この2人は、まるでワザと
店の常連さんや他のお客様の
居る前で、私の事を完全に
晒し者にしながら嘲笑し
しかも、それを愉しんで居る
悪魔的な態度には、それこそ
私自身も全く信じられ無い程で
本当に愕然とし、また更に
この酷く悲しく辛すぎる現実に
胸が潰れてしまうかと思う程
苦しくて情け無くて、ふと
気が付くと、つい涙が込み上げて
来そうにもなりましたが
しかし、それでも必死に
堪らえて居ました。

そうして
この姉達2人が
そうこうして居ると
それでも、いつもの
常連さん達は、カウンター付近の
私達3人が、何かいつもとは
違った雰囲気で、しかも
様子までが、なんだか可怪しいと
気付き始めて居た様でしたが
すると、そんな常連さん達が
時折、こちらを気にしながら
私達の方をチラッと見るので
そんなお客さんと私自身が
目が合った時には、例え
どんなに辛くてキツイ状態でも
些か引き攣った様な笑顔を
返して居ました。

そして
まるで、この地獄の様な
ランチタイムの2時間が
漸く終わりに近付くと
私自身は、この日の昼食の
自分の賄いにも手を付けずに
サッサと自分の本来の職場に
戻る身支度をし終えてから
まるで、それ迄の事など
全く何事も無かったかの様に
平然としながら一切、顔色も
変えずに姉達に告げました。

「この店は、私が居なくても
大丈夫そうだから…
今日限りで辞めるわね。
もう明日からは来無いので、
そのつもりでお願いします…」

すると
この突然の私の宣言に
さすがに寝耳に水とばかりに
酷く驚いた2人の姉達は

「エッ!?…な、なに…?
なに言ってんのよ、サーコ!
…イキナリそんな事言ったって…
そんなの困るわョ!」

「あ、あんた…それって…
さっきの…ツルツルとか、
ツル姫…って言った…
もしかして、その事が原因なの?
だけど、サーコ…あんなの…
ただの冗談じゃ無いょ〜!」

「えーっ?…ヤダぁ〜!
ホント、そうなの…サーコ?
あの…ツル姫の事が…原因なの?
だったら、美奈子!
あんたが、悪いんだからね、
あんな事を言い出したのは、
美奈子、あんたなんだから、
早くサーコに謝んなさいヨッ!」

「な、なによ、そんな事言うなら、
芽衣子ネェだって、同じでしょ?
だって、サーコのハゲの事を散々、
一緒になって笑ってたじゃ無いよッ!?
なによ、そんな全部アタシだけの
せいにするなんて、卑怯よ!
絶対にそんなのズルいわョ、
芽衣子ネェだって謝んなさいよ!」

と、この様に
慌てふためきながら
お互いに罪のなすり合いを
始めました。

「ふ〜ん…いや、そんな事は
別に関係無いわよ…
それに…そんな事よりも…
2人とも分かってるでしょ?
大体、私は昼の2時間だけの
手伝いだと思ってるから、
出来る限り殆ど休まずに、
いつも一人でカウンターの中で
洗い物や片付けをしてるんだケド…
だけど、殆どその間には
姉さん達がする事が
無いみたいだし…
それに、何にもする事が
無いんだったら…
それじゃぁココには、もう3人も
居る必要が無いと思ったのよ…
そう云う事だから、これで私は
もう来ないので、さようなら!」

こうして
最後に私自身は
あくまでも冷静な態度で
哀しくも愚かな、この姉達に
向かって、如何にも衝撃的な
『捨て台詞』を言い放つと
さすがに困惑して狼狽しながら
引き止め様とする、そんな
姉達の手を無下に払って
クルッと踵を返し、サッサと
店の扉を開けて勢いよく
飛び出すと、まさに
それ迄に私に取り憑いた
悪夢や悪魔から逃れる様に
急ぎ足で歩き出しました。

そして
バス停に向かいながら
暫く歩いて居ると、やはり
この日の店での悲惨な出来事が
まるで走馬灯の様にグルグルと
次々に頭に浮かんで来ては
それこそ、再び情け無くなり
また虚しくもなりましたが
しかし、それでも最後の
最後まで、なんとか挫けずに
毅然とした態度で貫き通す事が
出来たので、この自分自身を
些か誇らしく感じられた事が
せめてもの慰めでした。






続く…






※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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