ドアではないと思う。通り抜けさせるには破壊するしかないはずだ。
文庫の解説が好きです。あとがきも。たぶん単行本で作品自体の評価はある程度、というかまぁほとんど、定まっているからですよね。なにかとてもぜいたくな数ページな気がします。たいていは。
何度も楽しみたいのなら、初回が肝心ですよね。まったく新しい風景が見えてくるなんて、どれだけいい加減な・・・。いや待てよ、むしろ僕たちはそれを夢見ているんじゃないか?
居心地の悪さに関係していることは間違いない。が、ではなくて、に。が、だと限定的になってしまう。それにもっと詳しく説明しなければならないだろう。口数が増える。とにかく何らかの形で、やり方で、居心地の悪さはここにまで伝染している。いやそれはもともとあちこちにあったものだ。作者の意図は達せられたんだと思う。僕もとても居心地が悪い。
小さな世界はどこにあるのだろう。物語の中で共有した場所、それは世界のすべてなのに部分。自分の中に感じる漠然とした存在感に安心する。普通ならば。いつもなら、不断なら。たとえば・・・、例を出すのはやっぱりやめます。そんなことを考えさせる。どんなあり得ない話とも違う。どこにでもありそうな話。なんなんだろうこの感じ。そしてそれが大好きなんだ。そんな本を読みました。
東野圭吾さんの長編を読んだ。重たかった。その存在は僕にとって、何冊目かの、新しい「沈黙の春」と呼べるかもしれない。もちろんいくつかの意味で。